■helleborus 01

 白くて清楚だからかな。それで少しだけ緑色で、ちょっとだけうつむいて咲いてるトコもすごく綺麗。こんなに可愛い花なのに、雪の中とか、荒れ地でも咲く。
 ぼくはそのクリスマスローズをみて、似てるって思った。
 多分、時間が経つにつれて、全体が緑色になる種類。そいういうの、お店の人と話してて、教えてもらった事がある。今はまだ、白い花の真ん中が、ほんの少し染まるくらい。
 下を向いてるなんて、花って明るい所に向かって咲くんじゃなかったけ。眩しいからかな。恥ずかしいからかも。そんなトコ、ぼくの大事な人に、似てる。
 見とれて、ワクワク考えてて、ぼくはしまったと思った。
 手元の宅配伝票には、差出人の名前がなかったんだ。
 用心が足りないって、怒られるかも。マンション名も省略せずにきっちり書かれた宛名、駐在さんの名前、他の欄も綺麗に埋まってる。配達に来た人も、間違いなくいつもの人だった。だから、爆弾とかじゃないと思うけど。
 でも、依頼主を伏せたまま送るなんて、可能なんだろうか。
 ぼくは駐在さんみたいに、クールに推理しようとしてみて、すぐやめた。ぼくには難しいかも。それで、伝票のコードを使って、少し裏技も混ぜて検索した。何も出て来なかった。今度は正面から電話をかけて、少し驚いた。
「お答えできません」
 って、オペレーターの声がごめんなさいしたからだ。
 そんなことってあるんだな、とぼくは感心した。
 その後、電話は少し年配の男の人に代わって、保証は当社がいたします。と言われた。キケンはナイってこと?
 びっくりすることばかりだった。
 まあ、いつもあの人が言ってるみたいに、あるトコロにはある、出来る人には出来るってことかな。
 だけど、そんなコト、どんな人ができるんだろう。
 きっと特殊な人なんだろうな。
 花束の中には、二つに折った小さなカードがあった。
 それは、花束と同じで、落ち着いたデザインだった。雑誌なんかに上品で洗練された、とか書かれそうな感じ。
 とても、センスの良い人からの贈り物だって、一目でわかる。
 ぼくは迷いながら、花束を浅いガラスの器に入れた。
 開けば分かるかもしれないこともあったけど。


「おかえり」
「これ、なに?」
「えとね」
 おこられるかな、とぼくは首をすくめる用意をした。でも、駐在さんの目は、白い花から動かなかった。
 お花、気になる?
「駐在さん宛の宅配。お花の……プレゼントかな?」
 ぼくはカード入ってたよ、とだけ伝えると、晩ご飯を温め直しに玄関を離れた。
 でも、そんな広くない部屋の中で、背中向けてても分かる。花束を持って通る姿をみると、様子を覗わずにはいられなかった。
 足音は、洗面所の近くで止まった。ポリ袋のかさかさした音がして、ゴミ箱の蓋を開けたんだとわかった。軽いものに軽いものが触れる音で、何を捨てたのかもわかる。コッソリ振り向くと、白いカードが放り込まれる所だった。
 そのあと、駐在さんはいつもよりも長い時間、手を洗っていた。
 でも、どうして、なのかはわからなかった。


「おこってる?」
「何で?」
「だって、誰からか分からない荷物受け取っちゃったから、用心が足りないって」
 僕はうつむいて言った。
「修行不足って言われるかなと思ったの」
 駐在さんは、何か思い出したみたいな顔をした。
「あー……そうだったな。いや、怪しげな奴ならお前にもわかるだろ」
「そうかなー」
「まあ今回は別に何もなかったんだし、いいよ」
「そうなの?」
「何が」
「何か、不審なものとかじゃなかったの? お花」
「普通の花だよ」
「ホント? 捨てちゃったから、てっきり何か入ってたのかと思ったんだ」
「違うよ。男が花なんか貰っても嬉しくないだろ」
「えー。ぼくは好きかなー」
 可愛いものはみんな好きだ。リボンとか、魚とか、お花もそう。それにね。
 ウキウキ考えるぼくの顔を、駐在さんが眺めてる。
「大体、決まった相手がいるのに」
 そこは多分、ぼくが喜ばなくちゃいけないトコロ。
 貰えない。駐在さんはぽつりと言った。
「俺にもそのくらいのデリカシーはあるつもりだ」
「えー、ぼくそんな嫉妬深くないもん」
 それにね、ぼくは得意げに笑って胸を張った。
「この腕で恋人の全てを、海より深く包み込むのです」
「お前ね」
 ぼくの大袈裟なジェスチャーに、駐在さんは呆れた顔で呟いた。
「ドコでそんな夢芝居観てきたんだ」
「んとね、パートさんが貸してくれた。今お店でロマンス小説流行ってるの。兎に角ね、ぼくはジェントルメンなのさ」
 気障な言い回しで流し目してみる。
「男の度量というものです。だからレディに対する気遣いは不要なのです」
「そんなの、俺だってそうだよ」
 駐在さんはそう言ってぼくにでこぴんした。


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