■helleborus 02
それから、1週間くらいして、花はまた届いた。中身は同じクリスマスローズ。少し違っているけど、やっぱり綺麗でかっこいいラッピング。シンプルなカードが花びらを着ている。同じ配達のお兄さんだったのかはわからない。前と同じだった空白のある伝票をやり取りしたのは駐在さんだったからだ。
受け取った時のままで、ドアの横にある壁の凹みに置かれている。花束に塞がれて文字盤が見えない置き時計から、秒針の音が聞こえる。
TVの音も、トラックパッドの音も、音楽も聞こえない。部屋の電気は点いてたから、それにはちょっとだけほっとした。
椅子に腰掛けて、駐在さんは一人でテーブルにいた。
ぼくがその姿をみてると、しばらく経って目が合った。
「おかえり」
それだけ言うと、駐在さんはまたぼんやり頬杖をついた。手元のペットボトルは水滴が落ちてしまって、多分室温に戻ってる。
「お花、しおれちゃうよ」
「……いらないからいい」
「え?」
「あ、いや捨てようと思ってたんだが忘れてた。悪いけど、そのまま放り込んでくれ」
「わかった」
手を放すと、花はゴミの上に落ちた。小さくバウンドして、中に入ったままだったカードが出てきた。ぼくは淡いブルーグリーンのリボンを見ながら、四角い蓋を被せた。
「これ、冷蔵庫にしまっていい?」
「いいよ」
飲みかけのジュースを置く。買い物してくれば良かったかな。材料が少し寂しい。これでどんなおいしいものを食べようか考えていると、駐在さんが申し訳なさそうに言った。
「ごめん俺今日まだ何も作ってないんだ。とりあえずここに菓子があるから食べててくれ」
テーブルに載ったコンビニ袋を指す。
「え? ちがうよそんなハラペコじゃないよ」
冷蔵庫の中身を眺めてたのを、お腹がすいちゃってるって思ったみたい。
「それならいいけど」
駐在さんは米びつを開けながら言った。
「ご飯もまだ炊いてないし、あー……スパゲティとかでもいいか……それかそうめんとか」
思案しつつ、キャビネットを覗く。
「えと、ぼくごはん作るよ」
「いや、先に帰ったの俺だから」
そうだけど。
ぼくより先に、駐在さんが口を開いた。
「……今日は、何か食いに行く?」
ぼくがそれでもいいよと言うと、駐在さんはまだ部屋着じゃなかったのにわざわざ着替えて、外に出た。
その居酒屋は、2駅向こうにあった。レトロな洋風で、女の子のお客さんも多かった。
駐在さんははっきり言うともっさりしてる。服だって、センスは良いのに、楽しんで着飾るタイプじゃない。好みはあっても、流行り廃りとかには心が動かないみたい。
それなのに、こういうときに、ひょっこり素敵な場所とか知ってて、あっさり連れて来てくれる。メニューをめくる手つきもすごく自然で、お店の人を呼ぶ態度だって落ち着いてる。すごく大人だって思う。
可愛いお店で、駐在さんと差し向かいで座れるのは嬉しい。酔った顔はほんのり色っぽくて、惚れ直しそう。
結構お酒が入ってるのに、まっすぐ帰らないで、寄り道した。ちょっと期待したけど、夜の公園とかじゃなくてゲーセン。
ガンシューはぼくよりも下手だった。全然当たらないんだけど、楽しそうだったから良いや。
珍しく、コインをつぎ込んで取れないぬいぐるみを落としたり、麻雀でお姉さんを裸にしたりした。
「プリクラ撮ろうよ」
ぼくが誘うと、いいよって言われた。こんなこと多分もうないって思ったから、気が変わらないうちに急いでカーテンをくぐった。その姿を店員さんがスルーしても、駐在さんはぼやかなかった。
帰りの電車はもうあまり人が乗ってなかった。それでも、貸し切り状態まではいかない。ぽつぽつ、座席に人影がある。大体みんな寝てる。ぼくの隣では、駐在さんが寝入ってた。斜め掛けのバッグを投げ出して、上着がずり落ちた肩でぼくにもたれてる。
繋いだままの手はぎゅとぼくを握ってて、すごくあったかだったけど、切なかった。
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