■now be

「駐在さん……」
 好きだ。ルナはユイの顔を思い出してとろけそうになった。愛おしい姿。突き上げられて昇りつめる顔は、いつも可愛かった。縋り付いてくるときも、強すぎる快感から逃れようと儚くもがくときも、染まった身体は甘く暖かだった。
 壊れそうな喘ぎ声、細い悲鳴、震える息遣いも、今は残酷に自分を縛り付ける。形なんか持たない筈の身体がナニカに括られて動けない。
「好き……」
 熱い息を吐いて、自分の肩を抱き締める。自前の指でも無いよりマシ。ちょっと気持ち良かった。心細さは変わらない。うつむいて目を閉じる。
 ナニカなんて決まってる。抱きたかった。恋人を、今すぐ滅茶苦茶にしたかった。感じてるトコロが見たい。何もかもわからなくなるくらい突き上げたい。戻れないくらいいかせたい。
 犯したい。
 愛しさや、哀しみ、不安なんかじゃない。
 ただ、喰べてしまいたかった。
 侵して、狂わせたい。
 腐りながらも死ねない誰かの苦しみさえ、あの身体を喰らえば癒されるとか。
 ──ぼくの苦痛も、癒やして。
 快感で満たして、溢れるまで注ぎたい。
 きもちよくなりたい。
「ユイ」
 きもちよくなりたいよ。窮屈で柔らかい身体の中でいっちゃいたい。ルナは強く願って二の腕を握った。痕が残るかもしれない。
 残したいな、とまた思い出す。
 柔らかな肌に。あったかいあの人の身体に残したい。きつく絡み付いて締め付けて、その痕を。
 朝には消えるように、普段はできるだけ、注意深く触れている。力が入り過ぎた時はごめんねって思う。痛々しくてかわいそう。自分に出逢う前からある薄い傷だって、本当は消してあげたい。
 だけど、火照った肌に浮かぶソレは、ゾクゾクするほど色っぽい。
 あの人を喘がせて、自分から動きたくなるくらい可愛がりたいな。
 笑顔よりも、啼き顔が、堕ちる姿がみたかった。
 欲しい。


 会えないのがさみしいって、ちょっとは思ってるけど、そんなので苦しんじゃう程、ぼくは聞き分けない男じゃない。
 もう子供じゃないし。
 なのにいま、ぼくは苦しんでて、なやんでる。
 何にって、逢いたいから。毎日顔みれなくて、でもそんなの何日おきかには必ず会えるし、気にしてなかったのに、今はだめなの。どうしてこんなコトおもってるんだろう。不思議なくらい、ぼくはユイにあいたくて、そして、たべちゃいたいと思ってる。
 犯したいから逢いたいなんてそんなの変だ。身体の方が先に触れたいっておもうなんて、ぼくはどうなってしまうんだろう。
 もう酷い事しないって、きめたのに。
 ぼくは愛情の量や質を無理に問うたりする拙さを切り離した。もう子供じゃないのに。
 この身体はどうしてかいうことをきけなくなってきてる。
 ぼくはどうかしちゃった。
 彼のいない彼の部屋で、ヒトの体を模したまま、人には言えないコトに耽っておもう。
 ぼくの名前と同じ、きれいな丸い光がすき。夜のなかでやさしく輝いて、ぼくを誘う。恋しい乞いしいこいしい。恋人が。
 そうしてぼくは、待ってた。


「駐在さん」
 そっと腕を取って言う。
「いま、部屋行っていい?」
 ユイは黙ってぼくを見つめた。ぼくが映ってるその目を、たべちゃいたい。
「いいけど……お前、何かおかしくないか」
 おかしいよ。あなたが喰べたくて、喰べたくて。
「そんなことないよ」
 そう言ったぼくに、彼は無防備に距離を詰める。
 すっと手を額にあてて、ぼくにしかわからないわずかな動きで、表情を変える。心配そう。わかるよ。
「大丈夫か」
 熱あるんじゃないのかって、最後まで言わせなかった。優しいひとの隙だらけの手を撫でて、口に含む。細い指を、丁寧に辿る。途端に、すべらかな頬が淡く染まる。すきだ。
「……っ」
 顔を背けて目を閉じる。可愛い。
 まだヒトの体のままだけど、まるで絡み付くみたいに抱き締めて、そっと脚を、彼の脚の間に割り込ませた。
 ぴったり。
 こうすれば、誰も間に入れない。何の書類も、刃も。そして、
「ね、ぼく元気でしょ」
 ──ぼくのあつさがわかるはず。


 ベッドに座らせて、パジャマを脱がす。わかってた。ぼくがそわそわしてる事に、ユイは気付いてた。だから、上着は前開きで、下には何も着ていない。普段は何かパジャマの下に着てるのに、ぼくが約束すると、素肌に直接羽織る。ぼくに破られたくないからなのか、脱がせて欲しいからなのか、そうしてる。
 しってるよ。ボタンを外されるのが好きなの。布を裂く音が嫌なの。でも、どっちも感じとってしまう可愛い恋人だって、ぼくはもう、知り尽くしてる。
 はだけた服のまま、されたいんだよね。
 ちょっと身体がもどかしいセックスが、好きなんだ。
 もっと言うと、ゆるく、縛られたいんだよね。
 好きなこと、してあげる。
 ぼくの心配なんか忘れちゃうくらい、きもちよくしてあげる。
 あなたの快感が欲しいから。
 甘い精気を啜らせてね。


 ぼくは、心の中で可愛くおねだりしながら、恋人を犯した。抱くなんて、きょうはやさしくいえないよ。
 ずっと一緒の夜過ごせなくて、何回襲おうと思ったかしれないし。あなたを犯し殺す夢までみた。ソレは、惨い夢だった。でも甘かった、冥い冥い蜜の味がした。流れる血潮が快楽にかわる、そんな不条理であなたを染める幽屋。まだ触れたことないのに、あなたの心臓に口付けた感触が忘れられない。
 もう、粘液でパジャマの生地もシーツもドロドロだね。
 ぼくのせいだよね。だってずっとたべたかった。だからいれさせて。あなたのナカ、ぼくの形にするの。ぼくでいっぱいにするの。なにもはいらないくらい。
 沢山沢山焦らして、ぼくだっておかしくなるくらい焦れて、甘い触手をいれた。一気に奥の、奥まで。
 一際やらしい声をひいて、恋人は気を失った。


 キスしたかったから、体を少し戻した。触手を引きずり出して、代わりに口付ける。こんなに近くにあるのに、ぼくが見えてない。薄い涙の膜を引いた、閉じかけの目。どこをみてるのかわからないって、気味悪がる人もいるけど、ぼくは大好き。笑ったときは優しいし、普段の頼りない視線も好きなんだ。
 今は快感に閉ざされて、その淡い光さえ無くしてる。
 塞がれた唇の奥で、ぼくに絡みつく。甘い感触、吸い付かれながら、ぼくは奪い返す。貪り合って頬を寄せる。熱い涙が伝う。重なった唇からこぼれる唾液と溶け合って、肌を濡らす。
 縛った腕を更に引いて、身体を反らせると、ぷく、と尖った胸の先が見えた。脚を開かせて、腰を押さえる。身体が跳ねて強く舌を吸われた。小さなお腹に潜り込んだ触手は、痛いくらい。もう駄目。
 でも、あなただって、同じでしょ。
 奥をくすぐって、締め付ける力に抗って押し拡げる。かなり無理っぽいけど、触手を1つ、2つと増やした。
「っ……!」
 くぐもった呻きが届く。それもぼくは舌と一緒に絡め取って啜った。
 すごい力。無意識だからかも。逃れようとしてるのか、それとも、華奢な身体に解かれそうになる。強く絡み付いて、押さえつける。縛って、潜り込む。たち昇る甘い精気に、ぼくは酔った。完全に溶かした体で、硬く上を向いた胸をなぞって、優しく包んだ。
 酷いと思ったけど、死んじゃった目、恍惚とした顔はすごく、やらしかった。
 素敵だよ。こんなになって、可愛い。
 ぼくは自分がスライムの体で良かったと思った。
 ──気持ちいい?
 こうして、いいトコロ、たくさん埋めてあげられる。
 それに、ぼくも、からだぜんぶきもちいい。
「あ……ふ」
 突き上げたのと同時に、ぼくは出してしまった。でも、止められなかった。もっと出したくて、もっと絡み付いて突いた。
 何度もそうして、どこにもないけど肩を上下させて、上がった息を整えた。
 それから慌てて、口を塞いだままの触手を抜いた。手と顔を作って、抱き寄せる。自分で吐き出す力はないみたいだったから、今更だけど優しく口の中を拭ってあげた。ソレもすごく感じるみたい。潜ったままの触手が締め付けられる。
 声は、もうあまり聞こえない。
 多分、すごく消耗してる。ぼくもそう。まだ何も話せなくて、お互いの身体にもたれ合った。
 そこでやっと、ぼくはもう一方の触手を抜かなくちゃと思った。でも、そうしたくなかった。名残惜しげに引き抜いた先には、自分の粘液と薄く血が絡んでいた。伝った白い線がねっとりと千切れて、身体が離れる。
「……ぁ……う……」
 泣きそうな顔でぴくっとして、駐在さんはぼくから顔を背けようとした。でも、力が入りきらなくて、できない。
 恥ずかしげに零れた涙が、染まった頬を滑る。
 こぽ、と音をたてて、白い液体が溢れる。僅かに膨らんだお腹。
「は……」
 小さく喘ぐ度に、柔らかな肌を白く汚す。脚を伝って作る、小さな水溜まり。
 駄目だ、壊れちゃう。ぼくは何もかも忘れそうになった。可愛いお腹を押す。身体の中に吐き出された精が流れる感触で、ぐったり崩れ落ちる。
 その身体に再び絡み付いて縛る。見せたくない筈の小さな隙間も隠せないで、ぼくに晒してしまう。そこからは所々微かな血の色に染まった飛沫が白くとろけてる。
 みてると、おかしくなりそうだったのに、目を閉じる事はできなかった。
「駄……目」
 だめだよ、ぼくはそう喘ぎながら、もうボロボロの身体を深く貫いた。
「……っ……」
 こんな事したら、いくらこの人の身体でも保たない。
 壊しちゃう。
「……!」
 声だってもう、出せないんだ。
 気持ちいい。
 気持ちいい。
 全部欲しかった。
 引き裂いてしまいたかった。


 内側から喰い破るか、このまま、あの可愛らしい腹に突き刺して、中身を引きずり出すか。きっとその味は柔らかで、溢れる血は甘い。心臓は、熱いだろうか。ゆめのように。あの目だって、たべてしまいたい。
 ぼくの中に膨れ上がる、暗い快感と情動。
 でも、ほしい。
 欲しい。


 呼ばれた。声は出てなかったけど、確かにぼくに向けられた優しい言葉。
 ぼくの名前。
「ルナ」
 何度目かで、ようやく弱々しい呼び声が本当に届いた。
 そして、同じように弱々しい力で、優しい腕がぼくの頭を抱いていた。
「……駐……在さん?」
「大丈夫か?」
 そう言わなくちゃいけないのはこっちなのに、駐在さんは少しかすれた声でぼくを気遣った。
「ご……ごめんなさい」
 ぼくは細い肩にもたれたままで謝った。
「ぼく、なんか変かも」
「お前、ちょっと大人になったんじゃないか?」
「どうして、わかったの?」
「いつもと違ったから」


「魔物ってのは若い奴程凶暴っていうか……何ていうかまあ、血の気が多いもんらしい」
「そうなんだー」
「何でお前が知らんのじゃ。誰かに習ったことある筈だぞ」
 誰が通うものだったとしても、学校、特に年少者が対象なら心身の健康に関する授業がある。ルナは魔物の学校に通っていた。だから、自分達の習性も、教科書の範囲だった。
 成長期には、不安定になること、反抗期とか、そんなのは人間の社会と変わらない。
 好戦的になったり、食欲がコントロール出来なくなったり、種族によっては大幅に変態を遂げる場合もあるので、その変化についていけないこともある。
 ルナにはよくわからなかったが。ただ、黒板を見ながら、そういうもんかとノートを取った記憶は掴めた。
「そう言われたら、習ったかもー。でも、そういうのって、成体になったトキにセットでなるものだから、気付かないうちに過ぎちゃってたんだと思ってた」
 スライムは、一生外見が変わらない。歳を経るにつれて獲得出来る体積が増すだけだった。子種が作れれば一人前だとされるが、兆候なども特に表れない。
 成体になったのがどれくらいの時期なのか、ルナはソレにも無頓着だった。
「多分ソレが原因なんじゃないか」
「どういうコト?」
「お前が大人になるまでに、体の方が先に一人前になったからだと思う」
「そっかー。そうかも」
 ユイに出逢うまで、ルナはあまり色情を意識したことがなかった。魔導にも関心がなかったので、精気を得る必要もなかった。いつまでも子供っぽい生活でいたから、精神的に不安定な時期が遅れてやって来てしまった。
 そういうことなら、納得出来る。
「あとはまあ……多分、魔力をチャージ出来るようになってからの、進化が、はや……早スギとかもあるかもな」
 辛うじて照れるのだけは堪えているといったトコロか。ユイは落ち着かない仕草で付け加えた。まあ、全ての原因はそういうコトだから仕方ない。
「じゃあ、ぼく病気とか、知らない内に悪い心がにょきにょき育ったとかじゃないんだ」
 ルナは安心してシーツに伸びた。
「だけど、こんなんじゃ、しばらくは駐在さんと別々に住んだ方がいいかも」
 しょんぼりとうつむく。
「ソレはやめとけ」
「ど、どうして」
 このままじゃ、タイセツな人を傷つけてしまうかも。もっと、取り返しのつかない事を、してしまうかもしれない。
「俺がいなかったら、どうやって喰うつもりだ」
 ──そんなこと、させられない。
 ルナは泣きそうになった。啜りたくもない血を啜る、そんな思いをさせたくない。ユイの気持ちに、胸が苦しくなった。
「で、で、でも、駐在さんに、酷いことしちゃうかも」
「いいよ」
 ルナはいまスライムの体で良かったとまた思った。そうじゃなかったら、いっぱい涙が出てた。
「俺とお前なら生産性はない……と思うし」


 たべていいなんて、簡単にいわないで。
 いいよってほんの少し笑った顔は、いつか見たときと同じだった。優しくて、儚げで、そんな姿で守ってくれる。
 離れられなくなっちゃうよ。大好き。そんなこと言われたら、もう駄目。


「まあちょっとくらいかじられても俺は死なないし、定められた手順で喰わないと体も減らないから」
「えと、でもちょっとじゃないくらい喰べられたら? ぼくらの消化液なら、骨だって完全に消化しちゃうし」
 それ以上に、心を壊してしまわないか、気掛かりだ。もっと言うなら、死ななくても、死んじゃうくらい痛かったりとか、する筈。
「細かく分解されたら死ぬかも。でもソレはない」
「なんでよー」
「お前が俺をそこまで殺すか?」
「え?」
「そんな喰い方しないだろ」
「しないよ」
 しない。[うしな]うくらい、バラバラにすることなんか、きっとない。
「ソレでいいよ。ちょっとずつ、加減を覚えて折り合いを付ければいい」
「そんなの」
「なに」
 こわくないの?
 ルナは心の中で叫んだ。強い人だけど、抱き締めてくすぐって、好きだよって言ったらあんなになってしまうのに。流れて、溶けて、無防備な姿なら、カンタンに引き裂けるかも。
 それなのに、ぼくが怖くないの?
滅ぼ[ころ]しちゃうかもしれないんだよ」
「さっきそこまでやらんってお前言っただろ」
「そうだけど」
 どうして、
「平気なの?」
「そらそうだろ。死なないって分かってるんなら、まあ痛い? だけだし」
 出来れば痛いことない方で何とかしてもらえると若干助かる、とか、ユイはあさっての方角を向いた。
「信用してる、ていうのは漠然とし過ぎか」
「えと」
 ルナは何も言えなくなって、伸ばした触手を折り畳んだ。顔を覆っているように見えなくもない。
「泣くなよ」
 ユイは畳んだ触手の上辺りに手を置いた。頭っぽい場所。半透明で柔らかい塊を、なでなで、と撫でる。
「お前男だろ」
「いいんだもん、駐在さんだってHしてるとき泣いちゃうし」
「いらんことを言うな〜!」
 気絶しそうな仕草で赤面すると、ユイはルナの身体を掴んで引っ張った。
「きゃー、そんなに急に引っ張ったらクセがついちゃうよ伸びちゃうよ」
「伸びとけ」
「えーん、もー駐在さんの乱暴もの」
 意地悪! って言うところだけど違う。
 強くて可愛くて優しくて、一緒にいたい。
 ずっと近くにいたいと、ルナは思った。

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