■terror 04

 いつも使ってるボディソープの匂い、毛布の柔軟剤の匂い。
 ぼくは布団の中にいた。シュークリームみたいな塊になった体に、布団が巻きつけてあった。駐在さんがここまで運んでくれたんだ。
 変身が解けた体って、運びにくそう。すっきりしてるのは、きっと洗ってくれたからだ。
 あんまり無い事だから嬉しかったけど、罪の意識。やっちゃったって思った。
 布団を伸ばして、姿を変える。
「うわ、はだかんぼ」
 ぼくは慌てて側にあった部屋着を手に取った。気絶した時何も着てなかったから体に服の存在が記録されてないんだ。当たり前だけど。
 服を着ながら、思い出す。
 熱くて、甘かった。
 熱くなり過ぎて、自分まででろでろに溶けてしまったのはちょっぴり失敗だけど、満たされただろうか。
 駐在さん、いっぱい気持ち良くなれた?
 あの人の名前を呼ぶ。甘い甘いものの名前。
 大好き。
 なんて、いつまでも惚けていちゃいけない。ぼくは眠気が張り付いた頭を振って、部屋から出た。
 テーブルの上にはスープ皿があって、ラップがしてあった。中身は、多分おかゆかな。ぼくが作った晩ご飯は無くなっていて、用意した食器は乾燥機の中だった。
 時計をみるとそんな時間だった。朝から仕事の日。もう朝ご飯も済ませて、出掛ける頃かな。それとももう行っちゃったかな。
 部屋にいるといいな。
 おこられるだろうなー、ぼくは肩をすくめながらも、ドアをノックした。


「なんであんな……」
 頭がガンガンする。オマケに身体のあちこちが痛い。クッション性ゼロな床や壁に不自然な姿勢で押し付けられたせいだ。
「あんなコト、したんだ」
 何よりアレなのは、今も薄く紅く残った痕。こんなもの人にみられたら、言い訳のしようがない。ユイは力なくため息をつく。
「えー……だって」
 ルナは気だるそうに首を動かし、ユイをちらりと眺めた。背の高さが逆なら、きっと上目遣いになっているトコロだ。
「本に書いてあったんだもん」
「……」
 マニアックだなおい、と自分を棚に上げてちょっと驚く。
「何か意外な趣味だな」
 小言を忘れて下世話な興味に流される。
「ちょっとみせてみ」
「ちがうよー」
 こういうお人形みたいに表情の小さい顔じゃなければ、ニヤついてる筈だ。ルナはユイの言わんとしているコトに気付いて、ぷう、と頬を膨らませた。
「ぼくそんなエロス[びと]じゃないもん」
 イヤ十分エロ猿──スライムだけど──だろ、とユイはコッソリ呟いた。
「書いてあったのは駐在さんの本ー!」
「はあ?」
 言われて記憶を辿る。
「この前置いてあった本のメイドさん」
「メイド?」
 悪くはナイけどソッチじゃないと思う。
「1週間くらい前だと思うけど、間に違う本挟んでたトコロ!」


 例によって姫様なゲームの記事で、メイド服を着た黒髪ショートカットで綺麗な娘がアレでナニな目に遭わされていた。エロゲーのコトはよく分からないが、その女の子の絵は何かこう、どきどきしたのだ。可憐さと悩ましさに心がざわついた。日頃興味のない自分がこうなんだから、とルナはひらめいたのだった。
「大事そうにしおり? 付けてるからああいうのがスキなのかなって」


 だからきっと、あの子みたいに鏡の前でエッチなコト言われてエッチなコトされたいハズ。などというルナの解釈に、ユイはどんより肩を落とした。
「……」
 ルナは素直な瞳で、ユイをのぞき込んでいる。
「だから待ち伏せして襲っちゃったんだ」
 思い出したのか、顔が少し染まっている。
「反芻するなよ」
「だって」
 まあ、ソレはさて置き。ユイは自分も赤くなりそうな顔を上げて、わざとらしく咳払いをした。
「いいか、アレは読みかけだったからああしてあったんだよ」
 確かに、買ってしまおうかと思ったタイトルだった。雑誌の中のサンプルを思い出す。儚いながらも色気のある絵で、服の描き方が激しく好みだった。フェチ心は大いにくすぐられたが、別にあのメイド少女が目的じゃない。見開き隣のページの姫様に萌えたからだ。
「え〜、そうだったの?」
「大体な」
 ユイは不満げに眉を吊り上げた。小言をいうペースだ。
「何で……アレみて仮に俺がホントにハァハァしてたとしてだ、搾取される側に回らなならんのじゃ」
 逆だろ、逆、とぼやく。
 ルナはおこっていてもぼくの駐在さんはかわいいな、と思いつつじっとその様子を眺める。2秒後に、何か気付いたように目を丸くした。
「ああ、そうか」
「なんだよ」
「そうだよね〜」
「今気付いたみたいな顔するなよ」
「え、だっていま気付いたんだもん」
「……」
「駐在さんも男なんだから、エッチなコトしたい≠謔ヒ」
「お前は俺を何だと思ってるんだ……」
「恋人です」
「……もういいよ」
 これ以上つきあっていると泥沼にハマりそうだ。赤面しながら上着とカバンを引き寄せる。そこで、長袖でも隠せない手首をみて一瞬固まる。
「ごめんねー」
 少し曇ったルナの声。
「いいよ」
 ユイは半透明のプラスチック箱を手に取った。
「包帯で誤魔化すから」
 中身は、いつも使っている薬や簡単な救急道具だった。
 慣れた手つきで手首を覆っていく様子を、ルナはちょっぴりしょんぼりと見ている。
「そういえばお前」
「何?」
「ちょっと疲れてないか」
「そうかも〜」
 ルナはぽっと赤くなった。
「昨日ね、なんかすごくヘロヘロになったの」
「そ、そうか」
 ぎこちなく目を逸らすユイ。また恥ずかしくなってくる。
「時間あるなら、もうちょっと寝た方がいいんじゃないか」
「うん」
「ラップかけてあるから、起きたら暖め直して食うといい」
 テーブルに載っていた皿の事だ。
「うん。ありがとう」
 それじゃ、とユイは箱を仕舞うとドアノブに手をかけた。
「気をつけてね」
 ルナはぽふんとベッドに転がった。そのまま足元から布団に広がる。
 気配に振り返ったユイに、ルナは枕を抱きしめて笑った。
「このまま駐在さんのお布団で寝ちゃおっと」
 ナンダヨコイツ、とユイは反対の手で口元を覆った。
「……どうぞ」
 堪えるユイの背中に、溶けたルナが触手をぴょこりと立てた。
「今度はぼくがメイドさんになるからね」
 ゴメンネ、という悪気の無い声。
 だからソレはもういいんだって、そんな気遣いは超不要、ていうか実行に移そうとするな、萌えは別腹、などと一気に小言が脳内に並ぶ。
 でも何かどれも全部通じそうで通じないんだろうな、と口に出すのをやめる。微妙に変な解釈をして、またアレコレ世話を焼かれそうだ。おいしい食事や、他愛無い話や、あったかい身体で少し、撫でてくれるのは嬉しい。
 でも、いつでも優しいのはチョット怖い。優しくて、暖かくなって溶けてしまう。ドキドキしすぎてフラフラだ。
 しかも全部、素直な笑みがついてくる。ただのお子様だって言えばソレだけだけど、いつも曇りがない。
 行き過ぎた良い子ぶりは困るかも。
 ユイはまたコッソリため息をついた。

 (1stup→090306fri)


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