■u-ni 01
最初みたときはいかにもリーマン警官ってカンジのつまんなそーな奴でよ、なんつーかその、アイドルもカクヤ……とかっていうんだっけ、坊ちゃんヅラしたもーとにかく俺の嫌いなタイプ。
「パトロールは地道な犯罪活動の一環です。心して参加するように。……あ、犯罪防止の間違いね。防止。そしたら各自行動するように」
俺はマジで運命とかいうものを呪った。
──せめてトナリのT隊で(課長だっけ?)あのちっととっつきにくいがキレーなお姉さんと仕事できりゃあな……。
とっつきにくいのは、目の前のコイツも一緒だったが。
──大した指示でもねーのにまちがえんなよ……。
──なんつーか……変な目ェしやがって……人形みてーなヤローだな。
特機捜が出来て少しは気合が入ってきたというハナシだったが、こんないかにも親のコネとか学歴使ってるようなボンボン(推定)が隊長やってるのならもり≠フリーマン体制は大して変わってなさそうである。
「それじゃ、そーゆーことで、行こうか」
我に返ると、件のトモリとかいう隊長(などと呼びたくはないが)と2人になっていた。
心のこもらない声で呼ばれて、のろのろと席を立つ。
そんな俺をロクに見もしないで、トモリは言った。
「装備は」
「準備できてます」
「……んじゃ、余ったC地区を廻ろう」
俺がボンヤリしているうちに、他の連中は出てしまったようだ。
「えーと……行きたいトコロがあったら、ウチは早いもの勝ちだから」
ネクタイを緩めながらトモリが言った言葉には、皆楽なトコから廻りに出掛けて行く……というイミがある。と思い当たってムカついた頃には奴は既に背を向けて廊下を歩いていた。
俺は渋々後をついていった。ホルスターにはずっしりとF-C09の感触があったが、そいつに嬉しくなった気持ちは弱く、ぐすぐすしててこんなのと一緒に行動せにゃならん自分にハラを立てている。
地下まで来ると奴はIDを通し、そのまま車の並ぶ薄暗いコンクリートを歩いていった。
フツーなら先輩風ビュービューで手柄話のヒトツでもするだろう──無いのは無いで物足りないものだ。ふてくされた俺に話し掛けるでもなく、今時野暮ったいプラスチックのバインダーなんぞを時々見ながら何やらチェックしている。どうもさっきから変な感じがしていたが、奴は左利きらしい。ペンを持っている(と思われる)方の手が、見慣れた向きじゃないので目の端に入ると違和感あった。
顔もアレだが、体つきも冴えないカンジだ。背は高くないし首筋はパンチ食らったらポッキリいきそうだし、
──ウエストなんかそこらへんの女より細いんじゃねえか?
と、心の中で毒づいた俺の目に、刀の鞘が映った。
やっぱり左利きらしい。右側のベルトに固定しているのだろう、日本刀を差している。他にもガンベルトやらトンファーやら下がっているのだが、そんなものはもう目に入らなかった。
──カタナなんか、何に使うつもりだ!?
「何?」
恐らくは今、自分が悪い目つきをしているだろうと思う俺を、トモリが振り返った。
サイバーリングでも、相場じゃこんな気のない顔をしないのに、奴の表情には何の気持ちも出ていない。
「……んでもねー……ないです」
「それじゃ、行こうか」
俺のたどたどしい受け答えを咎めようともせず、奴は出口に近い次の角を曲がると、そこから自転車を引っ張り出した。
──んだと……。
俺の半分もないんじゃないかと思うくらいの腕で自転車を地面からちょっと浮かせて、慣れた仕草でまた立て直し当たり前のように乗った。
「っと待て、チャリ!? チャリって!?」
「え? 嫌なら歩きでもいいけど」
バインダーをあろうことか背中にはさんで、奴は事も無げに言う。思わず俺は大声を投げた。
「ちげーよ! 俺はんなコト言ってんじゃねー!」
俺の顔を、きょとん、とでも見ているのだろうが、イマイチどこを見ているのかハッキリしない目つきだ。
「いや……俺はてっきり自分がついて来るから乗るんだろうな、と思っただけで」
「うがーっ! だからよー、なんでアンタ、パトロールにチャリなんだよ!」
「俺だけじゃないけど」
「アンタ刑事だろー!」
「そーだけど」
「それも、特殊機動捜査隊っていったら、別格で組織された部署だ!」
入社式でも、重役は誇らしげに語っていた。
ハイテク化が進む犯罪に対応する為に系列企業の技術──道楽って言う雑言はこの際封印──の粋を尽くしたいわば生え抜き。
「そうかな……そうかも」
──ダメだ……。
何かもう何を言ってもムダらしい、といよりあきらめが俺に襲い掛かる。
──ひょっとして……コイツと一緒にいたくないが為に皆俺を見捨てたんじゃ、ないだろーか……。
目の前のコイツ程ではないが、隊員たちは良く言えばクール、悲観的にみると──今そんな心境だし──かなり情に薄そうだった。
「あと……パトロールは原則、時間じゃなくてコース巡回終了までだから出るの遅くしても得しないし」
「うるせえ! んなコト分かってんよ!」
と、言葉の最後で、俺は止まった。
幻のように、トモリが笑ったからだ。
いや、本当に気のせいかもしれない。まばたきの間に、奴はもう人形じみた顔で動かない瞳を向けていた。
そこで気付く。さっきから仮にも先輩(しかもムカつくが隊長)をタメ口で怒鳴りまくっていた。トモリの表情は今朝初めてみたときと同じだったが、さすがにバツが悪くなった。
「ウチのエリアは一通とかが多いから、あんまり車には向いてない。バイクなら、それなりに使えるから丁度明日そういう説明とかあるし」
「りょ、りょーかい、しま……した」
何気に目を泳がせて返事する俺に、トモリは言った。
「あー。別に、無理して丁寧に話さなくてもいいから。そういうのはヨソのエラい人とかにとっといてもらえれば」
「そーさせてもらうぜ……隊長さんよー」
俺はもうヤケクソで、安いセリフを投げつけた。
「んじゃ、歩きで?」
「おう」
「あ、そう。それじゃ、そーゆーことで」
ちりーんちりーん、と、出て行こうとする奴を慌てて止める。
「っと待て! 一人で行く気かよ!?」
走って追いかける俺に、トモリはペダルから足を下ろした。
「何で」
「んでって、ホラ、アレだろ」
「イスク巡査って」
「イチヤでいいぜ……」
「イチヤって、自分Aクラスなら……あ、もうすぐA´になるかも……なら、一人でも問題ない」
トモリは俺の胸、ちょうどF-C09がある辺りを見つめている。ように思える視線だ。
ま、自慢じゃないがcenturion≠志した男である。
──そういや……訓練課程出て即特機捜、つーのもけっこーイイ線いってるって、どっかで聞いたな……。
生え抜き。まあそういうこと。
「ったく、分かったよ」
「気を付けて」
イチヤはちょっといい気分になったのを見透かしたようなあの目を思ってやさぐれた態度で歩き出す。
そんな姿をちらりと見て、トモリは自転車を走らせた。
C-2地区は下町で、オサレとかナントカの出る幕ではないが、安くて良いモノを掘り出したいなら、夕暮れまでは一人で来るのもアリだ。もり≠フ俺らがパトロールしている以上、そうそう危ない所でもないということだ。
本当に危ないところなら、警官もパトロールなどしない。
この地区でも路地を一歩入ればこの制服にガンを飛ばしてくる奴がゴロゴロしている。
まあ、呼ばれない限り、そっちの裏路地へ入ることはない。
俺もそれ程疎くはない、自分達FORESTの制服の力では、この地区の表くらいのゲーセンで学校サボってヤニ吸ってるヤツの目を逸らさせるくらいの効果しかないということだ。用も無いのに踏み込んでいって、無意味に荒らす程の御旗もない。
パトロールは、あくびが出そうな程退屈だった。
──ま、世は全てコトもナシってカンジで、
「ごくろーさまです!」
ブルーの制服に帽子、眼鏡の警官が、自転車に乗りながら器用に敬礼し、向かいを過ぎて行く。他社のエリアとかぶっているらしい。俺もちょいと敬礼する。
しかし、
──あんな高速で通り過ぎて、用のある奴がいたらどーすんだ?
チャルメラ鳴らしながら全速力で通り過ぎていくラーメン屋の軽トラ……なんかを思い出してしまう。
──ま……いいか。
自転車でゆっくり走るのは面倒だ。都会は自転車とか言って愛用している奴らもいるが、俺は歩き派だ。地下鉄もバスも結構乗る。
ばあさんが腰掛けた古いベンチを通り過ぎてすぐに、また後ろから自転車がベルを鳴らしてきた。さっきのおまわりさんから数えて5台目くらいだ。
──スーパーの買い物くらい歩いた方が早えーのに……。
とか思いつつ道を空けた。
自転車がゆっくりブレーキを踏んだ。
失敗したらしい。
だから狭い道は嫌いだった。
心の中で舌打ちしつつ、反対側に寄り、振り向く。
じり、とタイヤと砂が噛み合う音がした。
「何で同じ方向へよける?」
俺が心の中で叫んだことを、そいつは口に出した。
かなりムカつくが、言い返すのをやめる。
俺はもう大人なんだ、と何故か自分に言い聞かせ、軽く頭を下げた。
「お疲れ様です」
「えーと……」
トモリは自転車を降りて俺の顔を見ながら、何か言おうとするのだが、別の自転車と歩きの人間が通るのを見て、自分の自転車を脇へ寄せた。
「もし、おまわりさん」
俺と再び口をきこうとするトモリに、小柄なばあさんが声をかけた。
「何でしょう」
奴はあの電池の切れたサイバーリングみたいな顔でばあさんの方を見た。
ばあさんは道に迷っているらしかった。
トモリは大きな紙袋が置かれたバス停のベンチに並んで座りながら、ばあさんの持っている紙切れを見ている。2、3度タテヨコに引っくり返して奴は言った。
「バス停が1つ、ずれてますね」
つまり、ばあさんが降りるバス停を間違えた→基本になる駅の位置がずれているので目的地にたどり着けずに、戻ってきて困っている。
そういえば、さっき俺がこのバス停を通り過ぎた時も、同じばあさんが座っていた。そして何やら熱心に読んでいた。
「しかもチョット間違ってます地図が」
トモリはばあさんを目的地まで案内するつもりだ。紙袋を肩に掛け、自転車にチェーンを施けようとする。奴がしゃがむと、紙袋が頼りない肩から滑り落ちた。
俺は紙袋を半ばひったくるようにして手に取った。
ばあさんは遠く離れたこの街に息子を訪ねて来た。一人暮らししている3番目の息子。そんな他愛の無い家族話を、前を歩くトモリに並んで熱心に話しかけている。とかいって、多分、内容はなんでもいいハズだ。
──一人で心細かったんだろうな。
と、俺は思った。
ばあさんが礼を言ってもちょっとネタ的に自分の息子をけなしても、奴はそうですか、とかはい、とか、ルーチンみたいな返事しかしない。からかうような恋人に関する質問に答えたときも、ほんの僅かに間をおいて、えーと、と言ったきり、にこりともしなかった。
彼女はいないらしい。
ばあさんは驚いていたが、俺は大して驚きもしなかった。
──当然だ。
本当なら、俺はこういうお年寄りや、小さい子供と話すのが嫌いじゃない。
ただ今回は何となくめんどくせー気持ちの方が大きかった。
というか、実のところ、歩きの俺には声をかけなかったのに、チャリでしかも背を向けた位置の人形みてーなあの男に、ばあさんが助けを求めたのが気に食わなかったのだ。
確かにトモリは綺麗な顔をしている。が。俺だって並より上だ。ナンパの成功率はかなり高い。女から告られたことも少なくはない。背は高い方だし体格も……あんな汗臭い連中と一緒にされたくはないが、何か運動やってるのかとか酒の席なんかで女が必ず聞いてくる。実際は部活などというだりーモノには縁遠く、バイトでやってたローディ+趣味でやってたストリートファイト──どっちも、ハデにみえて、地味に力と、ちょっとの機転がいる──の積み重ねだった。
親しみやすさ、からいえば断然俺。俺のが上だ。
まあ、今日の俺はちっとばかしいつもよりふて腐れていたかもしれないが。
避けそこなって向かい合った時の奴なんざ、この街で民営といえど警官としては、もう全くゼンゼン、冴えない男だった。
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