■hao-chi 01

 鞘から抜いた刀身は曇りがない。行き届いた手入れだ。
 霞みがかかったような瞳がソレを眺めて仕舞う。
 さっきバラして組んだばかりのFNも、しっかりと締めたガンベルトに収める。5.4mmでseveNとはイカれてるが、その不可思議さが外≠フ守人の証か。しかも使わない事に意義があるとかいつか言っていた。もっとも、ネーミング以上にイカれた貫通性、街中では使い辛すぎる。
 綺麗に修繕したコートの下の身体は薄っぺらいが、生来の頑丈さに加えて多分、防弾耐刃に優れたアンダーウェアを着込んでいるだろう。アレを下に着てなお細身にみえるのはどうかと思うが。チョット、同情してしまう。
 引き締まったといえばそんな気もしてくる腰回りは各種アタッチメントに細かな補助アイテムが揃っている。
 サブウェポンは今日はトンファーでなくスタンロッドか。
 普通の手錠に加えてテープ手錠まで巻きが多いものを選っている。
 随分な気合の入れようだ。
 きちんと締めたネクタイ、新品の手袋、クリーニングしたての帽子。いつもと同じ服装だが、頼もしげに映る。パラディンの血でも流れていそうだ。実際はもっと厄介なナニカが混ざっている次第だが。
 最後に、綺麗に磨いたブーツの紐を締め、顔を上げる。
 埃除けの布からのぞいた黒髪が、白い肌に映える。なかなかドラマチックだ。
「いまから仕事か」
 いつもこうなら署内の女の子達も黄色い声をあげるのに、などとくだらない事を考えつつ、ショウは相棒に声をかけた。
 管理局からの指示は別ルートだ。そういう任務は大抵、人間にはあずかりしらない所でこなされる。
「違う」
 ユイは少し気を抜いた顔でショウをみた。おもしろくなさそうだ。
「じゃあ何だってそんな物々しいナリしてんだよ」
「わからん」
「はあ?」
「お前ならどう……イヤいいか。あいつらがな」
「ん?」
「うじゃうじゃいるだろ、天井はプロだけど、他にも情報くれたりとか、結界張ってくれたりとか」
「情報屋……協力者? つか、妖怪のことか?」
 ユイは黙ってうなずくとまたため息をついた。
「何か妙に割引いてくるから妙だとは思ってたんだが」
 協力の代償か。金よりも、食欲を満たす事を望まれる場合が多い。血とか、別の種類の欲求とか。
「続きは後でとか、今は血が余ってるとか、イロイロ言ってきてな、揃いも揃ってって思ってたら、まとめて払ってくれとか言ってきた」
「なんだそりゃ」
「ワカラン」
 多分、サシで要求したらコイツが怒りそうなことなんだろうな、とショウは思った。
 ソレがナニであるのかは考えないでおこう。かわいそうだが、逃げよう。相談されないうちに帰るとしますか。
「今更御礼参りもナイと思うけど、用心に、越したことはないからな」
 ひっそり帰り支度を始めたショウの手が止まる。
「もっと物騒な連中の罠だって考えられるし」
 厭な話だ。ふざけたエロ妖怪や、食い気にかられた魔物じゃない、呑気に踊る影で無く、闇。
 駐在≠なのか竜≠なのか、潰したい奴がいる。
 多くはないが、その分力は強い。
 まだ、遭った事はない。人間などゴミのようだと豪語する、ときいているから、おそらく八つ裂きにされる。されてやるつもりはないが、どこまで持つのだろうか。分は悪い。
 銃の腕は素人以下だが、相棒は駐在の名に恥じない──本人はまだ半人前だと言っていたがタチの悪いジョークだと思いたい──力を備えている。正体を露わにすれば、どんなものか。総てはまだしらない。そんなユイが、半死半生の目に逢わされたとか、何度も喰われて這いずり回っての辛勝とか。そもそも、街にいるのもソレ関係の任務で十分な結果が出せなかったかららしい。確かに、駐在の正式名称は定外区域保全管理士=A普通は外≠ノいるもんだ。
 気まぐれで人を、安寧を求める魔物までも弄び、恐怖を蒔いて啜る。そんな奴らのお遊びが、この街で行われるなら大事だ。
「あいつらの名を騙って、俺を餃子の具にでもしようっていうなら、この装備でもちと足らんな」
 だが不確定なことに携帯許可は下りないだろう。そもそも仕事じゃないし。
「でもこれ以上武装すると目立つしな」
 向こうが手を出してこないならコッチはやり合う気ないし、とユイはため息をついた。さっきは気付かなかったが、少し苦しそうだ。
「手伝おうか」
 課長には、後付で言い訳しておこられよう。
「ありがとう。大丈夫。多分お前が考えてるような状態にはなってない」
 ショウを見つめた瞳が一瞬違う色にゆらめいた。
「あいつらはバカだけど街が好きだし、変な思想にはノらない。普通に力あるしな。俺のことだって半分ノリでおびえてるだけだし」
「マジかよ」
「……殴られて喜ぶ趣味なんだろうな」
 ユイは益々不機嫌な顔をした。だけどどこか蕩けそうな視線をしている。ソレを愚痴で引き戻そうとしている。
「人を怒らせて悦んでる変態だよ」
 怒った顔も可愛いってやつか。確かにからかって怒り出した時の顔はちょっと女の子っぽい。
「兎に角、数にあかせて無茶しようとするなら、武力行使も必要だから、気合いれたまでだ」
 立ち上がり、刀を差す。窓から射す月の光を精一杯睨みつけてコートをひるがえす。
 ──おーおーカッコイイねー。
 と、心中で冷やかそうとしたショウだったが、次の行動にがっくりとうなだれる。
「お前ナニ冷蔵庫漁ってんだ……」
「お前が奥に押しやるから取るのに手間取ったんじゃ」
 言い返しながら、ユイは乱暴に蓋を剥がし、中身を飲み干した。そこまでの仕草は完全に薬局に朝寄るおっさんだが、ティッシュでそっと口元をおさえる仕草は上品だった。
 ガラスに残る朱が内側を伝う。とろりとした色。
 一瞬言葉を失ったが、ラベルをみてほっとする。
「……ただのトマトジュースだよ」
「空飛んで散歩に行くのかよ。で、効き目あるのか」
「あまりない」
「そうか」
 ショウは先に部屋を出た。
「くだらない用件だといいな」
 というと、ユイはそうだな、と小さく笑った。
 バカなお化けが舞い上がるのも、まあわかる。


 今日が何の夜か、しらないワケじゃない。
 禍々しいという者あり、めでたいというモノあり、特別な星辰の日だ。しかも満月。めまいがしそうだ。
 浮かれ騒ぐ期間のクライマックスでもあるが、駐在の出番はあまりない。この街では意外に、逮捕劇などはおこらない。
 それは多分、自分の力じゃない。自分程度の権威など、本当に力のある奴に何の効果もない。
 邪魔をされたくないからだ。
 自分一人では読めない魔導書に、この日しか作れない薬があると記されてあった。この日、この時間しか組めない構成、発動しないアイテム、多分レアなものばかりだ。
 あの人もそんなこと言って、嬉々としてハーブを摘んでいた。思い出すと、身体がふわりと浮かぶ気がした。やさしく残酷な心地よさ、それをかんがえて、申し訳なくなって首を振る。胸を押さえると鼓動が速い。誰にって。二重に恋なんてしてないけど。そうじゃないし、もう、独り立ちしたんだし。
 そうだ、さっさと用事を終わらせて、家に帰ろう。
 待ってる筈だ。


 浮ついた空気、ただれた甘さ、暢気な喧騒。それでも、通報が必要な剣戟も、羽ばたきもない。
 限りなく道楽に近い研究を妨げられたくないのかも。
 だから、つまらない小競り合いを起こさせない。
 妖怪どもは、弱肉強食。魔物たちの命は平等じゃない。生まれもった魔力や魂のスペックに差がありすぎる。
 少々の奸計では覆らない純粋な階梯がある。
 そんなに力があるなら、普段から鎮えててくれよ、と思うが、基本的に勝手気ままなのが彼らだ。
 毒にも薬にもならないとは、よくいったもんだ。ユイはため息をついた。


 さわいだらころす。


 てなトコロか。
 まあ、一般市民で居てくれるだけで上等な方だと思うしかない。街が好きなら敵とかじゃない。
 古めかしい石畳だ。魔物しか通らない通り。人払いの結界が張りっぱなしだ。
「こんな日までご苦労さん」
 ほろ酔いの、亀に似た影がニコニコしている。横には、エビが服を着て、スルメをかじっている。足元の七輪にはいい色の魚が乗っている。落ちた脂が一瞬燃え上がり、異形の影がゆらめく。
「パトロール? 大変だね」
 声をかけられて、曖昧に頭を下げる。本当は仕事じゃないんだが、説明するのも面倒だし。
 待ち合わせている彼らには悪いが、何かあったら対処するつもりだし。


 幸い? 自分の助けは必要とならなかった。
 重篤な異変もなく、空には小さな雲が流れるのみだ。


 普段とは違う街並みを歩いて、月を映した水面を見ながら小さな橋を越えて、ドアの前に立つ。
 barはのす≠ニ描かれている。


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