■hao-chi 02

 軽く何かが弾ける音がする。フィクションじゃエフェクターで印象的に味付けされるが、実物はあっけなかったりする。ハンドガンならちょうどこんなかんじ。
 火薬入りかよ、と内心ぼやきながら紙テープを剥がす。とかいって、一瞬ヒヤリとしたのはホントウ。何をされ……イヤ、どんなって、アレだ、くだらなくて物騒ではたメイワクな事を考えているのか、コッチは大体ありえない万が一まで考えてそこそこの装備で来たんだ。
 思わずかざしてしまった右腕には細長いのと数mm四方の赤とか緑とか黄色。多分帽子にもたかっている。


「おめでとう! でいーのかなまーいいや」
「はは〜☆ 驚いた? 驚いたよねハバナイスデイ!」
「……」
 ユイはしばらく黙って暢気に喜ぶ魔物たちをみた。正体隠す気はゼロか。まあそういう所だしソレはいい。酒が入ってるのも別にいい。駄目でない場所で、人間がやるように飲んで騒ぐくらいなら、色んな逆鱗にも触れないだろう。
 そりゃ嬉しいだろうし。なんかこう、沸いてしまうのもわかる。
 けど何で自分なんだ。
「……誕生日ならあと5ヵ月も先だぞ」
「うっそマジマジいつ?」
「てか駐在ちゃんいくつ? オイラより年下? 意外に上?」
「……9月30日だよ」
 ぴったり5ヵ月先というのがムカつく。そうだ、今日は4月30日だ。何がめでたいんだ。床に散らばったクラッカーの残骸までうわついてみえる。
「よっしゃプロフィールゲット! プレゼント何がいい? ねーねーデートしようよ、お持ち帰りしちゃうよ……ってやっぱダメか〜」
 などと言って、ソイツは1個多い目玉をカウンターへちらりと向けた。
 名状しがたい半透明の塊があって、顔なんかどれだかわからないが、こちらをみて笑った。小さく手のつもりの触手を振って、やっぱり楽しそうにしている。
「なんであいつまでいるんだ」
「えっきいてないの?」
 平和な顔をして、いつの間にか側に来ていたカッパが首をかしげている。尻に伸びてきた手をかわして水かきを摘む。
「いてて。いいじゃんチョットくらい〜」
 あの子にはやらしたい放題なのに、と茶化される。そのあの子が問題だ。ルナが何でいるのか。自分で来たのなら……ソレもかなり問題あるか。
 理由によってはやはりこの装備を活用するか、どうせ魔物しかいないんだし、変身して問答無用とか。
「怖い顔しちゃダメですぜ」
 いちいち驚くか、と横を向く。見知った顔が満足げに見つめている。コイツも微妙に浮ついてないか? もう考えるのはやめよう。
「ねえダンナ、折り入ってお願いがあるんでさあ」
 っていったよね、と奇妙な形の影が一斉にこちらを向く。


「はいどうぞ」
 僅かに緑がかったスパークリングワインだ。多分蜂蜜のように甘い。ルナがわくわくとこちらをみている。
「駐在さん甘い方が好きでしょ?」
 普通なら、何か食べる前は甘くない。でもユイが甘くない酒を飲まないこと知ってるから、セオリーどおりでなくしてる。
「勤務中じゃないんでしょ。遠慮なくやって下さい」
 向かいにぶら下がった天井にも勧められ、ユイは細いグラスを傾けた。
「……」
 勢いで口にしたが、結構高いんじゃないのかコレ、とグラスを睨む。一度に空にはできなかった。名前なんか出て来ないけど、最初に予想したとおり自分好みな貴腐ワイン。かなり強い。空けられなかったのは炭酸のせいじゃない。
 それに、とグラスを見続ける。顔が熱いから、多分赤くなってしまってると思う。何もたべられなかったからまわりそうだし、そんなに見られたら飲み辛い。
 どこにも視線をあわせずに、もう一口飲み込む。もっと甘いものが欲しくなってしまいそうだ。ユイは懸命に背筋を正して、期待のこもった視線を跳ね返した。
 人が酒飲んでるだけの何がそんなに珍しいんだ、とか心のなかでぼやいてみる。
 掛けたテーブルを囲んだ妖怪どもは、身を乗り出してユイを見詰めている。
「実はですね」
 天井にしては熱心な口調で、本題に入る。
「まとめていただきたいって言った報酬の件」
 顔を上げたユイに告げる。
「血でお願いしやす」


 おこった顔をみたいのか、殴られたいのか、殺される不安からなんかじゃぜったいない緊張感。むしろそっちにムカつく。
「そんなの」
 ユイは残ったワインを空にした。
「改まって言う程の用じゃないだろ」
 無造作に袖を捲る。だから、いちいちそんな見なくても、と一瞬目を閉じる。
「ペットボトル1本くらいなら一度に採っても」
「いやいやいや。何でそんな色気無いんですか」
 普通首筋とかでしょ、と天井が口に出すと、そうだそうだなどと野次が飛んだ。
「アホなコトいうな! ヴァンパイアでもない奴にテキトーに血管捌かれてたまるか。やるなら普通に採血するかこの辺スパッと切るかしてくれ」
「えとね」
 延びてきた触手に手首を掴まれ、袖を戻される。
「なんか脱線しちゃいそう」
「おっとそうっスね。ダンナをからかって遊ぶのも程々にしないと」
「なんなんだ」
「ねえ駐在さん、蜂蜜酒ってしってる?」
「! 不可思議トリップでもするつもりか」
 あんなものが実在するとは認めたくないが。いる≠フか。
「え〜? 心配しなくてもオハナシの神様はオハナシだから、大丈夫」
 いない≠ニは言わない点が不安だがとりあえずほっとする。
「でも特別なお酒があるのはホントウ」
 ルナはユイの身体をじっとみた。
「お酒っていうか霊薬[エリクサ]かな。決まった日に、決まった材料を調合すると効果が高まるの」
 だいたいわかってきた。
「今夜に重なる特別な星辰と、特別な生き物のしずくが必要なんだって」
「まあホラ、水分……体液なら何でも構わねえんですが、ダンナは構うでしょ。あっしらとしてもダンナをローラーでモップみたいに絞るとか勿体な、イヤ寝覚め悪いですし、できたら適量、血を提供していただけたらなー、と思いやして」
「毒とかじゃないんだろうな」
 この場合、生物兵器っていうのか? こんなものがあったから人が死んだとかはそれこそ寝覚めが悪すぎる。
「ち〜が〜う〜よ〜」
「俺たちが酒盛りするんだよ!」
「タマシイの大幅な増産が図れるのよ。お肌もキレイになるかも」
「ゲーム的にいうと魔力とか、妖力とかの能力値の上限が上がるのさね、勿論カンストもしませーん! ココテストでるよ」
 魔物たちが口々に騒ぎ出す。酒盛りって、既に出来上がってるだろ、とユイはぼやいた。
「で、俺はどうすればいいんだよ」


「はーいおつかれさま〜」
 触媒を取る作業自体に、儀式は必要ないらしい。確かに、血以外(しかも人前)でこんなに絞り取られたら別の意味で死ねる──とかコッソリほっとする。結局騒々しいテーブルで捲った袖口の手首から、コップ一杯程抜かれた。さすがに受けるのは銀製の杯だったが。緊張感はあまりない。
 ただ、無駄な温度は感じる。割れた皿の塊みたいな奴が小綺麗なナイフを滑らせる。そういう瞬間とか、血がしたたり落ちるとか、熱い気持ちがずっとみている。
 そんなにじっと見なくてもいいのに、とユイは思った。
「では、いよいよこの夜の為にねかせた、秘蔵の瓶を開き、混ぜ混ぜするからチョット待っててちょーだいな」
 いそいそと、数体の異形の影が消える。うっとりと眺めながら、周りが拍手なんかする。
 渡された布で押さえていた手首に、半透明の触手が巻き付く。顔が赤いのはワインのせいだ。触手が優しく布を退けて、こぼれそうな血を絡める。掬ったしずくを糧に魔力を紡いで、刃物の痕を消していく。小さな痛みもひいていく。ぼんやりするのは貧血のせいだ。
「つぎは……なにをすればいい……」
「よくわかりましたね」
 だから、皆してそんな目で見るなって、俺だって、正気じゃなくなりそうになる。ユイはテーブルを見つめて小さく息を吐いた。
「こいつがいるから何かあるんだろうなと思っただけだよ」
「えっぼくそんなあやしくないよ」
 イヤあやしいから、いつもどうやって考えつくのか悩むような事ばかりしてくる。
「皆さんからお願いされちゃっただけだよ〜」
 ルナは正直そのもの、といった様子で言った。


「……」
「ほら〜だって駐在さん、今風のカラフルウェイトレス系じゃなくって、古風なの、えと、ヴィクトリアンメイド? っぽいのが良いって」
 言った。確かに言った。
「だからってな……」
 キラキラしい瞳で自分を見つめる姿に言ってやる。
「自分で着るとか想定外なんだって」
 何回も言っている。萌えの対象には、自分がなりたいワケじゃないんだ。ああもう本当に何度目なのか。不毛なやり取りだが、諦めてたまるか。
「じゃあぼくが着るとか? きゃっ言っちゃったもうテレちゃうな」
「やめろ」
 もっとダメだ。多分似合い過ぎ。
「なんか、イヤ、そのなんだくだらんことをいうな!」
 何かあったらどうするんだ。いつでも側にいて守ってやれるワケじゃないのに。
 ──てか今ナニ考えた俺、見当違いな心配してないかコイツ男だしイヤイヤイヤ性犯罪に性別関係ないしいやでもこんなムカつき方おかしい!
 おかしいけど、ルナは可愛いっていうか、
 初めて人型をみた夜の事を思い出す。自然と顔が赤くなる。
 ──綺麗だった。
 今もだけど。慣れたからいちいち照れなくなっただけだ。多分街中歩いてても目立つし、馬鹿をホイホイ惹きつけるような格好をすれば怖くて恥ずかしい目に遭うかもしれない。自分なら兎も角、コイツは人間でもカンタンに捕獲出来るし、何より人を信じ過ぎる。
「たら……どうするんだ」
 魔法生物だから、スライム煮詰めてキャンディにしようとする奴がいるかもしれないんだぞ、変態に惚れられるとか、男の娘を飼いたがる痴女だっているんだぞ。自分の心配をしてくれ頼むから、俺なんかどうせあいつらにとってネタキャラなんだから、本気って事はないし、こういうのも長い目でみたら実利に繋がる、ある意味ビジネスライクだけど、知りもしない相手に不条理な愛を押し付けられたらどうするんだ、閉じ込められたらどうするんだ。奪われたら。さらわれたら。
「駐在さん?」
「! いや、いいよもう。まあ、こういうのはマニアックな趣味だから、好きでも外ウロウロするなよ」
「?? よくわかんないけど、コスプレしていい場所でしかしちゃいけないんだよね」
 まあいいかソレで。
「あとな、俺はレイヤーじゃないから」
 任務以外で衣装くさい服は着ません、と宣言する。何回目だっけ。もういい。
「しってるよ」
 ルナはそっとユイの髪に触れた。満足げに微笑む。
「駐在さんって、普通の、ちょっぴり冴えないお兄さんだよね」
 残念な単語が含まれるがそのとおりだ。
「ぼくは、駐在さんのそういうトコロが好き。そこが、可愛いの」
 趣味が悪い。自分でいうのもアレだけど。
「女の子になりたいなんて考えないし、ソレで高揚したりする趣味じゃない。ぼくも、同じ。ずっと女の子の服着てて欲しいとか、メイドさんでいて欲しいとか、思ってない」
 でもね、と笑う。月みたいな笑顔だ。
「恥ずかしがるあなたは大好き。チョットの間ならお姫様とかセーラー服とか、メイド服とか、可愛い格好してるの、見るの大好き」


 ──だからホラ、この姿でえっちしたいと思ってたりはしないから、安心してね。
 そんなこと、されてたまるか。
 恥ずかしい目には散々遭ってきたが、メイド服で(以下略 はまだない。これ以上珍妙な経験値を増やしたくない。
 まあ、ルナにその気がないのは喜ばしいことだ。それだけがこの状況の救いだ。
 1つの奴や多すぎる奴、対になってない奴なんかもいるから、頭数──ソレだって多分人数と違う──で割っても合わないだろう。大きさも形もバラバラだ。そんな目玉が幾つも、アホ面晒して綿菓子みたいに漂っている。
 賞賛だからといって、ありがとうととか律儀にはなれない。
 赤面しそうなのを、必死で堪える。いや、ソレは無理なのか。顔が少しあつい。恥じらい、とかじゃなくて酒のせいだと思いたい。
 琥珀色の、怪奇ネタに沿っていえば金色の、蜂蜜酒のせいだ。


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