■party-night 01

 身体が軋む。どこということなく、自分でない意思に括られているような感覚。
 こめかみにはプラグが挿さっている。突き破られた防壁の感触が残っている。気持ち悪かった。
 拘束しているのはどこかでみたような黒い防護服。
 音叉に似た深く長いU字型をした槍で、俺の両腕と脚──四肢の付け根を縫い留めている。
 ああそうだあの目玉のついた面防、イシュタムとかいうクソ忌々しい警察のNN[にゅーろのうと]そっくりだ。
 中身はどうやら男。これは勘。タマシイが入っているか、まではわからないが。いけ好かない。クソみたいな奴ら。
 更に傍らには衣装くさい軍服姿の男。目玉どもより頭が低く、幅も狭い。らしくない。優男の部類に入る。軍人じゃないただのコスプレか。だが、姿勢はいい。歩く動作は綺麗だ。育ちがいいのか。そういうのは──とてもいい。親近感じゃないナニカ、好意でない何かに、少し、心が動いた。


 何がどうだというんだ、忘れている何かに引っかかっている。俺がこうされている理由。こうなる前の自分の中のナニカ。
 何故だ何故、こうなったのか。
 考えるが空白があるだけだ。防壁と一緒にメモリが破壊されたか、思い出す為のメカニズムがブロックされているか、これまでのいきさつは、何もつかめなかった。


 人間でない奴には服など不要なのか、裸で、ムシのように。棒に縫われている十字の棒だ。目玉の槍以外、手首や膝は自由だが、見えない糊で固まったように動かない。これは、内側からの拘束か。脳に入り込んだクソッタレなナニカが、末端へ届くはずの俺の指令を歪めている。
 意気も意思も、自分≠ニいうものは何一つなく、磔になって、身体を曝す。
 どうなるのかは、なんとなく。
 だからこそ、具体的にかんがえるのは、やめる。


「お集まりのみなさん」
 奴はこなれた仕草でMCをはじめる。
 ガキみたいな柔らかい色した頬だが、たぶん一人前の歳だろう。口調は大人の男。慇懃に礼をし、霞がかかったような瞳で浮かべる笑顔がうそくさい。


 軍服の人形みたいな男が俺を少しずつ解体していく。
 コスプレだと侮ったが、腕はホンモノだった。
 腰に差した真剣で観客のリクエストを的確にこなす。本当に軍属なのか。むしろ刑吏官か。外≠ノ行けば文字通りの意味で首を刎ねる執行人も普通にいる。呼べば来るだろう。乞えば応えるだろう。報酬があれば叶う。金があればなんだって出来る勝てる世界だ。
 不思議じゃない。


 おなじみのやりとりだ。


「うひゃひゃ痛そ!」
 当たり前だ死ねよ。お前がしね。
 真ん中の辺りで転げまわるカボチャ頭を呪う。
 今軍服が斬り落とした俺の一部を落とした¥翌ェ熱い目でみてくる。いい女だ。下半身が蛇の凝ったボディスーツは悪趣味で嬉しくないが。ああ、この状況じゃ何一つ嬉しいことなどない。
 俺の右手首から下を、さっきの細切れになった左手の指と同じように、盆に載せて運んでいく。ありがたそうに白い布を敷いた、医者が使うような銀色の盆。それを別の目玉が恭しく捧げ持ち、舞台袖へ消える。陰気な目玉だ。アレも中身はサイバーリングか。動きに生きた個性が感じられない。見た目はインパクトがあるが、それだけだ。役人姿とまた違う目玉。大昔の僧服みたいな白衣にヴェールと呼ぶには不吉すぎる頭巾。アレでどうやって前をみているのか顔の前に垂れ下がったその布に、クソ忌々しい目玉がある。この一晩で、世界一嫌いになったその模様。今度から蛾をみたら靴の先でにじり潰してやろう。
 ああ、まあ無くなるのか。
 ニヒリズムをみせようにも、顔はいうことをきかない。痛すぎて笑っちゃくれないか。皮肉な笑みくらい浮かべたいんだが無理だった。表情を支配するのは痛みだ。自分の意思じゃないもの。痛みは血を滴らせる団子のようになった左手。無くなった右手と別れを惜しむ右手首。そいつらが俺を苦しめる。そしてその指は、買われた右手は
「!!」
 俺はみっともなく悲鳴をあげ、そいつを飲み込んだ。うぐ、だか何だか漏らした俺の声に、狼男が喝采した。うまそう、おまえうまそう、気持ち悪かった。クソッタレ。あああ。
 そして、頭の中がぐちゃぐちゃと、黒く濁り赤く沈んでいきそうになった。拷問は初めてでもない。だが、知らない痛みだった。そうかこんなにああ殺してやるこんなのかクソッタレ笑ってやがるそんなに嬉しいのかクソがクソが。
 こういう催しにしては能天気すぎるんじゃないか、ソレに気付きながらもそれどころじゃなく俺は客どもを呪い、痛みと惨めさにのた打ち回りそうな身体を押さえつけた。舐めるな。この程度で。
 舞台の床は、俺の周囲以外影だ。薄暗く、普通の人間の目なら細かいものを探すのは至難の業だ。だが、目玉どもにそんな普通はない。頭巾の目玉はゆっくりと、だが確実に探り当て、医療用のディスポ手袋をした手でつまみ上げ、盆に載せた。男についているアレを欲しがる、或いは斬り飛ばさせて喜ぶド変態が誰なのか、ソレはわからなかった。だが俺は男の乳首を欲しがるバカを呪い殺す呪文を唱えるチャンスを逃した代わりに、軍服を絞め殺してやろうと思った。俺に痛み以外の顔を作れなくしたのはあの刀だ。刃が俺を支配している。白手袋の左腕、ふざけた軍服の優男。俺の返り血を浴びて、益々白が映えている。全くふざけている。血塗れになるってわかっていて白だ。余さず娯楽か。
 そう、なにもかもがお楽しみだ。
 奴は、あの人形みたいな──客とやり取りする以外はにこりともしない──お顔で、ほんの少し、ほんの少し、イヤそうにまばたきした。
 つまらぬものを斬った顔。あるいは、性的なものを忌避するような。1ミリ秒の幼気[いたいけ]
 殺してやりたい一心で睨みつけていたから捕らえられた一瞬だった。そして視界が赤くなった。
 奴が何を斬ったのかわかり、俺は殺したくなった。まあ、さっきからも殺してやりたかったが、それはソレとして。
 随分と盛り上がってきた。空気が湧いている。このド変態ども。しねよ。このままこの世おわれ。思ってから、俺は益々不快になった。こめかみのスロットが疼く。ああ、この呪いもきっと抽出されて、あとで誰かがトリップする。俺が何を思おうが、こいつらを悦ばせるエサになる。
 俺が考えている間に、競合いがはじまって、決着がついた。
「ナニ! もう落としちまうの? 早くね?」
「うるさいよ俺は手羽が食いたいんだからイイダロ」
「手羽いうなw」
「でもさー、ホラもうちっとさ、情緒っていうの?」
「まあまあ」
 軍服は間延びしそうな空気を纏めにはいった。
「もう価格が決定した買取ですので」
 すらりと刀を抜く。
「お客様の希望は新たな取引にて承ります」
 俺へ向き直る仕草はどことなく品があって、礼装っぽいデザインの軍服と相まって絵になった。見とれてやがる。しねよ。俺の左腕へ食欲とあと他色々な感情が降り注ぎ、ソレは奴の仕草にも、多分あの制服の下にも色んな期待がある。
 奴はサイバーリングでもあんな風じゃない、動かない瞳のまま、俺の肩口へ刀を滑らせた。
「がはっ」
 俺はすさまじい痛みに身体をよじり、こみ上げる恐怖に嘔吐した。ああ恐いとも。死ぬんだからな。しねよ、しねよおまえら。
 だが吐くものはなく、苦い胃液だけが飛び散った。
「食うよ、最近は焼いて食うよ〜。やっぱ塩コショウが一番ウマい」
 楽しそうな叫びが遠く聞こえる。それでもそれだけで、意識が沈む気配はなし。ゲロをぶちまけなかった時点でもそう思ったが、多分体のあちこちに細工がされているんだろう。本気で食おうとしてる奴がいるからかもしれないが、多分消化管の中身は空だろうし、簡単に気絶できないのも、ニューラルウェアを埋めたか何かだろう。すぐに死なないよう、思いつく限りのアイデアを尽くしたに違いない。
 奴は呻く俺と、腕を回収する目玉の傍らで、血糊を振るう。さすがに腕となると半端でない量になる。すると腕を運んでいるのとは別の目玉が朱塗りの盆を差し出した。奴は目玉に軽く頭を下げ、その懐紙を手に取った。刀を拭い、手を離す。血の跡を咲かせた半紙がゆっくりと舞い落ちる。目玉はソレを拾わなかった。演出上必要な小道具か。クソ共め。
 刀を戻した奴に、また別の目玉が盆を差し出した。黒い漆の盆の上にはグラスが載っている。赤いもので満たされた華奢なつくりのグラスだ。観客のふるいつきそうな視線を受けても、奴の表情はかわらなかった。困った顔がみたくて堪らないヘンタイが、地団太を踏んでいるだろう。ざまあ。
 差し出された杯を丁重に断ると、奴はその目玉を伴って、俺の前にやってきた。
「あなたはどうされますか」
 俺は奴を睨みつけた。
「これは、あなたの分だそうです」
 柔らかい口調に柔らかい笑顔、だが中身はからっぽだ。
 この顔が役割を演じているに過ぎないなら、まあ、ホンモノをみたくなるだろう。
 綺麗な顔にさっきの胃液混じりの唾でも引っ掛けてやろうかと思ったが、体が軋んで呻いただけに終わった。
「ちょっと、飲食物を口にするのは困難なようですね」
 奴が何事か囁くと、目玉は盆を下げた。
「まあ、ありがちですけど血ですね」
 目玉を見やりながら、俺に小さく告げる。
 足元が暗くて気付かなかったが、流れ出た血が回収されているようだ。
「後程会場にもお配りしますので、試飲の上購入のご検討を」
 奴がそう言うと、会場が盛り上がる。
「消防法的な許可が取れれば、この場で火を通して召し上がっていただくことも出来たのですが」
 それは別の機会に、と申し訳なさそうに頭を下げたりする。
「そんときはアンタが好みの厚さにスライスしてくれるのか」
「常識的な範囲なら承ります」
「ていうかさ」
 魚のヒレというか、カッパの手が挙がった。
「今でもこの人に捌いてもらって家で焼いて食えばいいじゃん」
「お前アタマいいな」
「まあね、墓の下高校じゃ答辞読んだかんな」
「ヨシじゃあ次は腕輪切り! 腕輪切り!」
「早くしてチョンマゲ〜」


「なんだよお前、言いだしっぺだったのに参加しねえの?」
「だって俺ホルモンが食いたいしていうかもっと言うなら尻子玉が」
「はいはいワカリマシタ」


 こんな空とぼけた俗っぽそうなヤツラに、しみったれた値段で買われていくのか俺の体は。
 俺の脳みそは体が欠けていくのに反比例して、無くしたピースが戻るように、何かを取り戻している。
 そうだ、こいつらはおかしい。第一何だこの値段設定は。肉かよ。肉だけど。
 肉と同じはおかしい。スナッフショーはこんな安いものじゃ買えない。もっと、
 ──もっと、何だ。


 欲しい部分がかちあえば値段は釣り上がっていく。そこに間違いは無い。だが、桁が違わないか?
 だがその値段で契約が成立し、奴は客の希望どおりに俺をスライスしていく。何だって出来た俺の腕が、透けそうなくらい薄く、骨付きのハムみたいになる。いや、ハムっていうかしゃぶしゃぶかなんかの肉だな。笑えるが笑えない。5cmだと請われれば5cmに、3mmだと請われれば3mmに限りなく近づける。大したお人形さんだよ殺してやる。オマエラもだよ。特にそこで逆立ちしてる手の長いの。すぐしねよ。
 鼓動が早くなりすぎて苦しかった。歯を食いしばっても悲鳴を噛み潰せない。
 俺の様子をちらりと見て、軍服は目を閉じた。さっと目玉が袖から出てくる。電脳通信か。まあ、こんな商売をしていれば当然だろう。別に奴が生身かそうでないかなんて、知ったところで何もならない生身の方が殺すのは楽しいが。
 目玉は俺の背中を探ると、心臓の裏あたりに、引き金タイプのシリンジを刺した。引き金を引いた直後から、効果が現れる。どうせ死ぬからか。多分安全性は重視されない非認可の薬剤、どこかのC.A.が持ち込んだ試作品かもしれない。
 思考がクリアになり、呼吸が楽になる。どこも治癒されていないというのに、健康そうな脈を刻む心臓。脳を、神経を、血の流れさえ欺く薬物が、俺を蝕んで癒していく。限りなく死に近づいて、そして到達はさせない。ゲームの為のスパイスだ。
 血とドーピング塗れの俺とは対照的に、目玉どもは無機質で、最初に俺を括りつけたNNモドキはあれから微動だにしない。いつの間にか銃剣を立て脇に控えている。地面を這うように進む白衣の目玉とは対照的に、こっちの目玉は長身で精悍だ。黒い防護服に衣装負けしていない。まあどうせ顔は目玉だが。
 無機質なのはコイツもそうだ。人間をバラすのはそう容易いことじゃない。刀一本で切り刻むなら、相当な集中力と忍耐が必要だ。犯すのも疲れるが、殺すのも疲れる。
 だが、奴は息一つ乱さずに立ち、観客を──奴にそのつもりがあるのかどうかはあやしいが──煽り、次々に契約を成立させていく。
 さすがに薄く斬れというリクエストが湧いてしまい、客が飽きるまで延々と続いた後は、小さく呼吸を整えていた。まあそれも2秒。死に掛ける俺を何度も調節する目玉以外で、俺に最も近づくのが奴だ。近くに来ても、汗の気配どころか、体温が上がった感じもしない。まあ、見たいだろうな。息をあげる姿とか。変態に可愛がられそうなうなじを眺めて思う。


「ヤれよサムライボーイ! もう殺しちまえよ!」
「規定により最低でもあと8回の手順が必要です」
「じらすねえ〜相変わらずのSだねえ」
「8回分の手順をお求めいただいた後、特別な手続きを踏んでいただければ権利を更にお求めいただくことも可能です」
 と営業スマイルを浮かべたりする。お人形の薄っぺらな笑みに化け物どもがニヤつく。とぼけた司会とふざけた観客。胸糞悪いハロウィンパーティだ。
「はいはいしつもーん」
「どうぞ」
「さっきも何回もきってくれてたけど、ああゆうのボクらで組んでたとえばだよ、ワザと安い値段で落とし続けてどこまでモツじゃなくて持つか試しちゃっても良いの?」
「前もってお客様同士で結託されて手順の調節を行うのは可能かということですね。まあ、セーフということで」
 基本料金は請求いたしますよ、と付け足す。
「へーそーなのかー」
「商品の数に限りがありますので、1に対して2よりは3、3よりは10、より多くお客様にお喜びいただければそれに越したことはございません。まあ私が力尽きない程度にやさしく要求[して]いただけるとありがたいですね。回数を重ねると身体が持ちませんので」
 ウブな顔に不釣り合いな卑猥で残忍なジョークをとばし場を盛り上げる。


 暢気なやり取りがあって、方法が決まる。斬るのか、どこを、どうやって。金が積み上がり、食欲と情欲が溶け合って酔っていく。この悪党ども。
 これは、化け物の祭りだ。化け物め。
 俺は人形男に解体される。
 腿は高値で売れた、ごちそうだ、毛むくじゃらのナニカが小躍りした。しねよ。
 やつらの喜びの全てを、俺はこの目で見なければならなかった。耳を塞ぐ手はもう無いし、こめかみのプラグが、俺の意識を閉じさせない。くだらない世界との繋がりを、強引に捻じ込んでくる。
 痛すぎて、俺はたまらず罵った。客はハァハァと息を荒くして身を乗り出した。俺は吐いた。こいつらは気持ち悪い。
 それは言葉を飲み込んでただ呻くだけでも同じだった、叫んでも同じ、俺の苦痛も呪詛も、化け物は咀嚼して歓喜した。


 四肢がなくなり、いよいよ胴の番がまわってきた。
 片方なら眼球も可能だというと、肌で温度がわかるくらい、熱くなった。錯覚だろうが、それだけ客席は湧いていた。
「ミノ!」
「センマイ! SE・NN・MA・I!」
「えーと胃は一つしかありませんのでご了承ください」
 まずは開き方からお伺いします、軍服が手際よく客をさばいていく。そして俺は捌かれる。


 皮だけを斬っただけだからか、電脳的な制御の為なのか、想像していたような血の海にはならなかった。
 ただ、腹圧で流れ出た腸をみた俺は、幾分か取り乱したらしい。異様な動悸に一瞬目が眩んで、2秒して気が付くと目玉がシリンジの銃口? を俺から離した所だった。多分鎮静剤だろう。
 小腸はいくつかに分割されて買われていった。俺はまた吐いた。内臓が減っていく。手足とは別な感触。損なわれる維持の機能。喪失の恐怖。
 俺は捌かれる。
 臓器がなくなる。食糧扱いされて喰われる。俺のものだった腎臓、レバーだってふざけんな──肝臓が、抜き取られる。死ぬ。コロシテヤル。死ぬんだ。どんどんからっぽにされてしぬ。
 女の手も握れそうにないお人形さん。啼かせたい。どんな顔してコイツが逝くのかみてみたい。だが逝かされるのは俺だ。
 俺はバラバラになる。
 生きたい。
 助かりたい。
 死にたい。
 もう殺してほしい。
 と願いながら。


「ここで楽になる方法が あります」
 ──どうすればいい。


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