■party-night 02

「この王子様は血が大好きなんだよ」
「毎晩啜らせてやったら、大事に飼ってくれるかもな」
 ニヤついた顔で、化け物どもが俺を野次る。
「お気に召されるように、何か芸でもしろよ」
「オイオイもう手も足もナイんだぜ、カワイソーだろ」
「何でよ他にもイロイロあるじゃん」


 ──奴らのいうように、アンタの奴隷になったっていい。
 防壁を抜いたなら、脳味噌に直接アクセスすることも可能だ。しらない筈の俺の脳内に勝手に話しかけてくる。だから俺は声を出さずに返す。投げつける。
 同時に口が動いているので、声にも出して、奴は俺と会話しようとしているが。耳はまだやられちゃいないから、俺にも聞こえている。わざわざ脳味噌に潜り込んできたのは、俺の意志を理解する為だ。俺はしゃべらない。みっともない悲鳴以外、まだ吐いてない。まあ声の方は会場に聞かせるのがメインだろうが。ぁあしねよクソッタレ。全部見世物だ。
「姫は達磨さんをご所望だ」
 姫様呼ばわりに奴はちょっと不満げなそぶりをみせた。その顔は罪がなく、本物のお姫様みたいに可愛いと思ってしまった。


 ──そういうのが好きなら。
 どうせこの体じゃアンタを殺すことなんてできやしない。
 したければ勝手に勃たせて、乗ればいい。


 それは倒錯的な光景だった。
 俺はサムライじゃない。下水だって啜って生きてやる。チャンスがあれば命乞いだってする。痛いんだクソッタレ痛ぇ。死ぬ程痛い殺してやる死にたくない。俺を啜った奴らが憎い、喰おうとするあいつらを、今この瞬間も呪う。血塗れのイモムシみたいになった俺でも、この化け物どもの意向に背くことがまだ出来る。どうせ後で抽出出来るにしても、今、死にたくないと喚くのだけは聞かせない。聞きたきゃ死んだ脳みそから掻き出せよ死ね変態。
 だが俺はまだ死なない。楽になれる方法があるならそうしてやるまで。やれよ好きなように。痛くて死にそうなんだよ。
 俺は痛みと死んでもないのにハラワタから腐っていくような憎しみに駆られながら、奴が俺を、俺を意のままに喰らい、タマシイまで吸い尽くす姿を 浮かべた。歪んだオピオイドが、俺の狂ったレセプターを犯す。
 ──ヤれよスキにしろ。くいしんぼうのお姫様。
 脳内で揺れる淫乱なお人形に言ってやる。


 沈黙があって、奴は俺が脳みその中で遊んでいる間に進んだリクエストをこなした。滅茶苦茶に責め立てて喘がせたいくらい細く澄んだ、抑揚のない奴の声。俺の鼓膜を無感動に撫でていく。
「それは不可能です」
 奴は刀を振り、血糊をはらい落とすと鞘にしまった。


 腹が熱かった。
 もうないのに。
 硬く、あつく、何回も出した気になった。
 そんな俺を責めるでもなく、奴は床を見つめる。
 このプロセスだけは、決まっていたのだろう。
 最初から落とす手筈だった。結構なご趣味を呪う。声帯からは無様な呻き。
 ソイツをBGMに会場は沸き、次々に金額を提示していく。
 特別なモノだからだろうか、桁が上がっていく。俺が持ってたからか、奴が奪ったからか、どっちもだろうなこのクソ野郎ども地獄に落ちろ。どっちでもいい。どっちでも。俺も奴を喰ってやりたくなったし。痛み、恐怖、喪失、恍惚、俺の脳みそはどろどろに溶けて腐る。腐った脳みそ喰ってハラ壊せ蛆ども、のた打ち回れ。
「他になければ 成立です」
 落札、済みか。激痛と出血に憔悴した顔を上げ、俺は奴の無表情をねっとりと見据えてやった。霞がかかったような瞳は動かず、コートの裾が優雅に揺れた。男の乳首に嫌な顔をして散々変態どもを興奮させておいて、コレはアリなのか。清純なのか淫乱なのか、化け物どものように俺もいきり勃つ。乱してみたいがコチラからは手も足も出ない。無機質な言動とお堅い服の中身はどうなのか、焦らされて、変な期待を掛けさせられて、じりじりと煽られる。このサディスト死ね。
 奴は黙って斬り飛ばしたブツを見る。それだけだった。
 何故か踏みつぶすつもりだと俺は感じた。違った。さっきまでの部位と同じように目玉どもに拾わせ下がらせた。それだけだった。
「なくなっても」
 結構大丈夫そうですね。奴は動かない瞳で俺をみて、次にどくどくと脈打ち痛みと血を吐き出す切断面を眺めた。
 脳は好き勝手に突っ込まれたままだ。回線が開いていれば、俺の興奮もお見通しだろう。殺されて悦ぶ程壊れちゃいないが、俺は沸いている。死にたくなくて、これ以上痛いのは御免で、好き勝手に弄くる奴らが憎くて、奴を滅茶苦茶にしたくて、たぎっている。
 まあ、こうなる前は何人でも、何時間でも責め立てる、俺は絶倫だったからな。ああ、そうだったなと思い出す。どうでもいい。
 奴は死にながら沸騰する姿を軽蔑するでもなく、憐れむでもなく、静かに次の作業に移る。だが俺は、奴が俺のような種類の人間を嫌いだとわかった。死に掛けの人間の慧眼か、腐りかけの脳がナニカを掴んだのか、俺は懸命に唇の端を歪めた。


 ショック状態に陥ってない。上げ底はまだ効いているようだ。思った程、心臓も脳も、ダメージを訴えて来ない。痛いだけ、憎いだけ。目の奥が灼ける。あかい。滅びろナニモカモ。
「ただこのままだと命を縮めてしまうことになりかねませんので」
 別の目玉を呼んで処置させる。
 痛いが、しねない。
 いやしにたくない。
「止血が必要でしょうか」
 とぼけたそぶりで目玉にきく。
 目玉は答えない。
「括ってやれ!」
 客席から声が飛んだ。
「わかりました」
 奴は目玉にワゴンから何かを取らせ、俺の前に立つ。
 手袋を口にくわえてゆっくりと外す。
 行儀の悪いやり方なのに、上品で清楚にうつる。
 外した手袋を咥えたまま、ディスポ手袋を改めて填めて手に取る。目玉に取らせた細いベルト。死ねクソッタレ。俺は全員殺したくなって呻いた。根元から落とさず、少し残したのはコレの為か。ああそうだなコイツが仕損じるなんてありえない。ワザとかよ。ソレが余興だからか。滅びろ。
 奴の細い指先がふれる。痛みの塊に触れる。恐怖にも触れる。
 きがふれそうだ。


「うらやましいぞ!」
「俺にも触ってくれよ」
「商品の受付は別の窓口です」
 ご自分を供与することも可能です、とさりげない営業トーク。悪趣味なジョークでできたステージ。血濡れの可愛いお人形。
 狂ったお祭り、魔物の娯楽。


 ディスポ手袋を盆に捨て置き、元の手袋に戻す。
 それだけの仕草に、痛みを忘れて見入る。
 顔と首以外に、見えるわずかな肌。華奢な手首だ。痛々しいくらい清潔な白い布手袋、所々に赤い飛沫。
 返り血を見つけて思った。
 奴自身の血なら、
 あの肌はもっと綺麗になる。


 俺も、はやし立てる奴らみたいに、こういうのがきっと好きだったんだろう。


 血なんかとっくに浴びてるのに、手袋はサービスか。好みの解体具合にする為に、完璧な前処理を行う奴らだ。血のヨゴレ──感染症の有無くらい検査済みだろう。あるなら一滴でも防護する。杯に汲むなどあり得ない。だから、あれは演出だ。奴にやらせて悦に入る。俺をのたうち回らせて悦ぶ。
 あいつらはあんなので興奮するゲスのあつまりだ。


「これで少しは長らえるでしょう」
 奴は片付けを済ませ目玉を下がらせると、惨めに手当てされた俺に向き直った。
 ──それでどうすればいい。
 楽にしてやると言った。だから聞く。苦痛から逃れる方法を。
「簡単なことです」
 ご奉仕などしていただく必要はございません。
 あの可愛い顔が胸糞悪いジョークを言った。
 こうしているうちにも、一つずつ、契約が成立していく。
 減っていく俺のハラワタ。欲しかったんだろ、ミノでもパンスでも好きに料理して食えよそしてしね。くたばれ。
 この苦痛から開放されるなら、楽になれるなら、なんだっていい。
 ──どうすればいい。俺は、なにをすればいいんだ!
「よく聞き取れませんね」
 ごぼごぼと血を吐き出す俺をみて、奴は人形を呼んだ。奴に似た雰囲気の幼い女。目だけは澄んだサイバーリング。
 奴は女に俺の頭を刺させ強引に結線させると、自分は女からのケーブルをinした。用心深い男だ。ピアスを外す奴の仕草に見とれる客どもを呪いながら、俺は奴を待った。奴は俺みたいなダイバーじゃない。だから直接他人の脳に潜る事が出来ない。第三者──総てがおわるまで姿をみせないだろうクソッタレな、恐らくはバケモノの一人、そこそこ腕のたつダイバーだろうああソイツも引き裂いてやりたい──のアクセスに乗って覗くか、話をすることしか、できないでいる。こうして何らかの機材を介しなければ、こっちの俺とは対峙できない。


 どうすれば、ここから逃れられるのか。


 奴は俺を黙って見つめていた。
 奴のアイコンは何の変哲もない封筒だった。
「おやおや」
 奴はふざけた仕草で肩をすくめた。
「結構なご趣味で」
 封筒に手足なんかないがきっとやってる。
「あなたは私をこんな風にしたいと」
 酷い吐き気だ。
 脳をひっかき回されて、俺は草むらに吐いた。
 だが出てきたのはネジとフィルム。奴からの俺のイメージか?
 痛みは消えていない。多分、現実にある身体は放置されたままだ。
 脳味噌の中にある俺には手足があったあのガキ殺してやる。俺の中に膨れ上がる凶暴な熱が湿地をかき分ける。手には馴染んだナイフ。
 これが俺の手だ。殺してやる抉りとって犯してやる。
「こんな風にですね」
 そうだ。
 痛みが快感に変換されるよう、弄ってから遊んでやってもいい。
 そうしたら、あの取り澄ました顔を淫乱に喘がせて。
 殺されながら感じまくれ、ハラワタをぶちまけてイけ。


 気がつくと俺はこぼれた自分の内臓をかき集めていた。やったところで戻りはしないが。だがそうしなければならない。土が付いたらダメになる、腐ったら使えない、早く戻さないと。わけのわからない、まともなようで全然正気じゃない焦燥で、俺は泥と血に塗れた内臓を掴む。そうしている間にも、鮮やかだった色は沈み、暗く細胞が濁って、黒ずんでいく。腐る、おわる。
「ネット関係は不得手で、あなたのようにはいきませんね」
 顔を上げると、
 奴は赤い葉の中に埋もれていた。クリスマスによくみかけるチャラついた鉢植え。アレの巨大なやつだ。化け物のように育ったポインセチア。そう、ポインセチアだ。水辺に生えた悪魔じみた赤いてのひら。奴の身体は水辺に置かれて、自分では多分そこへ座ることはできないだろう。右腕と左脚がなかった。目を閉じて、人形のように置かれている。
「せっかくだから派手にいきませんか」
 奴は俺の脳の中で囁いた。
 衣装が赤くなり、背中に翼が生える。
 頭には角。水面に尻尾がゆらゆらと動いている。
「おまえ悪魔か……」
 悪魔なら、人を惑わせて当然だ。
 悪魔なら、魂が欲しいのか。
「そんなもの」
 首筋にナイフが当たるような気がして、2秒。
 奴はもっと別なものを欲しがった。
 魂と同じ、形の無いものだが、おかしなものだった。
 どうせぜんぶおかしいからもういい。


「簡単なことです」
 ききたい、と奴は言った。
 俺のやりたいこと。
 やったことを。
 人の身でどれほどまでのことができたか。
 方法、資金、ルート、名前──やけに俗で具体的な事を知りたがる悪魔だ。これじゃまるで


 全部ぶちまけた俺を奴は黙って見下ろしていた。


「首がいいでしょうか」
 奴は嘘をついた。
「心臓がご希望ですか」
 俺は助からなかった。


「両方だ!」
「高くつきますよ」
「アンタの伎ならタマシイだって差し出すよ!」
「承りました」
 俺の首を刎ね、刀を振りきった瞬間反対の手で心臓をつかみ出す。
 右手のクローに串刺しにされた心臓を眺めながら、俺の頭が落ちる。


 ちくしょう。
 だましやがって。
 ああ嘘は言ってない。
 ――楽にさせてあげます。
 奴は俺を殺す瞬間囁いた。
 ――騙した。
「心外な」
 それと、
「私は悪魔ではありません」
 だから嘘もつけるのか。
 確かに悪魔じゃない。
 天使の顔をした  だ。


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