■ジェラートとジェラシーとラッシー

「それが」
 ユミナは深刻そうに見詰めていたファッション雑誌を閉じた。
「芳しくありませんのよ」
 そんな事ないんじゃないか、ユイは思うが、口には出さなかった。
 一体このドリンクの、どこがイカンのか。
 毒味役が自分でなければ、さすが女神、天使と舞い上がるだろう。
 口当たり爽やかなラッシーに似合いの美少女が、澄んだ暗い瞳でどこともしれない処をみている。はっきり言って激しく好みなあのボイスで、呪いの言葉を吐いている。
「これだというあと僅かに、届かないのですわ」
 この口調は、非常に心中穏やかでない時のアレだ。


 彼女はこの世の最後でも見るように2秒、表紙を眺め、優雅な仕草で頁を繰った。
 何故か目に留まる柔らかな白。ソレは彼女のラッシーと似た色だから、だろうか。ポートレートそのものは、彼女とは別物だ。共通点は、基本的にはデザートであるか、女性であるという事くらいか。
 ほんのり誇らしげで、輝かしい笑みを浮かべた妙齢の女。
「その上、この記事を目にする度にうちひしがれている。矮小な存在がいまの私ですわ」
 まあ、目にしなければ良いのだが。
「無かった事にしてしまえば、余計己が臆病な虎になってしまいそうで、勇気を振り絞り、落ち込み、一体何往復すれば強靭な精神が得られるのでしょうか」

 腐りそうなハートを叱咤する→該当記事を目に入れる→慄く

 3stepで死の往復運動(大袈裟 か。
 クソ真面目というか、病的にストイックというか、こんな乙女の会話的なものが異様に堅く重苦しくなる。
 ──ムカつくわー!
 とか叫んでおけば済みそうなアレを、コレしてしまう。
 ──あんなプロスイーツ(謎 気取りのチャラついたBBAが何をしようと取るに足りませんわ!
 とでも高笑いしておけば賛同者もむしろ多いんじゃないか? リア充しねとか言ってる奴多いし。まあ、そんな奢り高ぶったライフスタイルが送れるなら今頃ギルドの談話室で燻っていないだろう。
 そもそも、ミッション中は兎も角プライベートで自信に満ちたユミナなど、多分ソレは電脳の不具合による幻覚か何かだ。


 ささやかな、それでも丹精込めた己の箱庭が、急速に褪せていくような。
 キラキラしたカケラに満ちた、誰かのステンドグラスがまばゆ過ぎる時がある。
 ソレは多分、とおりもの、とでもいうような運やタイミングが起こすゆらぎみたいなものだ。
 誰しも持っている、ココロのスキマ的な。


 甘く煮詰めたリンゴを練り込んだミルクジェラート。
 初雪を思わせる、上品な白さ、とロゴが踊るがソレがどういう白さなのかユイにはよくわからない。普通のソレ系ジェラートとどう違うというのか。気分の問題か。ムードってやつか。
 確かに、センスは抜群に良い。


「とても、美味しそうでしたのよ」

「ただ、[わたくし]はアイスならばチョコミントが好きなので」
 その点は少し惜しむらくだったのです、と付け足した。
「ソレはむしろ、自分の食いたかったものズバリでなくてよかったんじゃないか」
「……仰るとおりですわ」

「もし、この方がお作りになった美しいデザートがまさしくチョコミント、であったならば、私はどうなっていたのか」
 紅い瞳が瞬いた。
「ラッシーであったなら、どうなれば良いのか」
 想像もつきませんわ。吐き出してから、ユミナはまたどこともしれない処をみた。
「いえきっとソレは、私にとってみじめでかなしい出来事でしたでしょう」
 行き過ぎた羨望や嫉妬は腐り落ちた果実のようにかわいそうで醜いものだと彼女はいう。しなくて良い嫉妬をする非常に難解な女だが、持たざる己への呪いは、どこへも向かない。これら一連の件に限れば、彼女は誰も殴らない。清──聖≠ニ記してもコイツなら装飾過剰にならないだろう──も濁も知りつつ、何故か念晴らし≠ニいう言葉を持たない。ユイにはソレが、結局世界の誰も呪わない事と同じだと感じる。ならば何も恥じる事はない。
 本当は自分自身だって呪って欲しくはないし、

 ──笑って欲しい。

 ついでに、もっとこのラッシーを作って欲しい。
 というかワザワザ職場に運んで来なくとも、例えばコチラが通うとか。

 ──どこって、いうまでもない。

 なのに自分は何故、彼女にソレが言えないのか。
 ユイは水滴を受けるコースターを眺めた。

 (1stup→191113wed) clap∬


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