■甘い手

 腹の中が重いというか、なんだろう、痛い気もするし、ナニカに触られてる気もする。
 ソレはチョット理不尽に、快感とさえ、微かに思う。めまいのような、蕩けたナニカ。残滓。
 ソレは、ルナの甘い手が触れたからだと思っている。
 なんて、フワフワし過ぎだろうか。
 だけど現に、俺の身体の奥に触れるのはあいつが作った半透明なアレ──触手だ。だから手って思っても違和感はないと思う。まあ手だとかいうと人間の手を連想させてしまうかもしれないが、兎に角ルナの場合は別物だ。
 一時期気まずくなった事があって、あの頃はそのうち殺されるんじゃないかとかチラリとおもったりしたけど、そうはならなかったし。
 もう無茶な事はしたくないって、言ってた。
 長さや径が変えられるルナの触手と違って、ヒトの手だとか腕とかは決して甘いナニカを連想させるものじゃない。俺の中では、搾取の象徴、暴力的な穿ち方としか思えない。あまり良い思い出がないし。ソレでも、俺はルナが可愛いと思っていて、無邪気に思慕を纏わせて、嗜虐嗜好で包んできたら応えてしまうかもしれない。心が[ほど]けたら、その出来るだけ奥に隠してあってあまり知られたくない身の内の欲だって、委ねてしまうかもしれない。
 暴かれたくなくて秘めている被虐嗜好な心の部品。
 常に何らかの糧として喰われる不安を抱えている自分にとって、最も捕食者に知られてはいけない箇所かもしれない。だから隠してる。
 普通に、普通の知り合いに知られたくないっていうのもある。普通に恥ずかしい。知られたくない。
 何度も交わして、最初は救命だったのが恋人の睦み合いになり互いの身体越しに知っていった事。俺を抱きたくて時にはタガが外れるルナ。俺が職業柄だったりで痛みに対して頑健でも、快感に対して並以下に脆弱だとか。ルナは可愛いそぶりで嗜虐嗜好。そして俺が、優しくだけど、例えば縛られたりとか──されたいと思ってるとか。
 だから、ルナの手≠ェいつもの可愛い手じゃなくて、ヒトを模した指が整って長く、ひんやりとしたあの手≠セったとしても、俺は受け容れるかもしれない。あいつの吐く、俺を愛でる言葉が蜜になって、甘く感じてしまうのかもしれない。
 そんな意味不明な思索をしていると。
 ほんの少しだけ、腹の底が重く感じた。体温が上がった気がして、脈打つような感覚に撫でられる。甘い疼きに、今夜、触れて欲しくなった。
 いつまでも受け身なんて、カッコ悪くないか、と俺は少し反省して、今夜、あの柔らかい頬に触れようと思った。ヤツより先にだ。
 どんな顔するだろう。
 湿気を含んだ、春に向かう温い風を受けながら、帰ろう、とスタンドを外す。
 そして自転車は橋を越えて家に向かう。

 (1stup→210303wed) clap∬


Story? 01(小話一覧)へもどる
トップへもどる