■-eleison.

「ていうと自分」
 トモリは相変わらずさして面白くもない様子でそのガキの面をちらり、と見た。
「素で人殺したらその人ソンケーするってコト?」
「……セッキョーなら聞きたかねえぜ」
 いや、と、トモリはもうガキの顔すら見ないで答えた。
「んじゃ、俺も崇め奉ってもらおうかな」
「……!」
「成程、お子さんのハートをガッチリキャッチで……内偵捜査に使えそうだし」
 映画なんかによく出てくるQ.A.がするような件の無表情で言ったトモリを、ガキがイライラと睨んだ。
「手前!」
 なかなか気合いの入った眼光だったが、トモリは軽く瞳を閉じ、開いてその顔を眺めるだけだった。
「まさか。警察はそんな悪いコトしない」
 ぬけぬけとそんな事を言う。ていうか、俺が何かツッコみたい。
 誰か適当なチンピラをバッサリ殺って、それでヤクザに認めてもらえて入り込めるなら……多分、こいつならやりかねない。他の人間なら兎も角、こいつにとっては安いことのように、俺には思えるし。
 俺がそんな事を考えてるうちに、トモリは件のガキを帰してしまった。ガキはトモリを振り返ってガンを飛ばすが、トモリは涼しい顔で冷めた紅茶なんか飲み干している。
「おい」
「何?」
「手前まさか本当にヤル気じゃねえだろうな」
「……内偵捜査の事か? 俺はあんなことしない」
 一応口に出してそう言われれば、少しは安心出来る。
「まあ、お前にやってもらうのなら、いいかも」
「ナニ!?」
「俺がやっても何か信じてもらえそうにないしな。そういうキャラじゃないし」
「って手前って奴は!」
「何怒ってる? だから、警察はそんな悪いコトしないって」
 冗談だ、と、言っているつもりらしい。
「うわ殺してー」
 俺の腹立ちなど完全に放置して、トモリはさらっとさっきのガキの調書を完成させた。ちょろっと見た感じでは、適度に空白が埋まっていて、いつも通り全く見事な体裁に仕上がっていやがる模様だ。
「あ。これも」
 クリアファイルを手に席を立ったチハルを呼び止めて、その書類を渡す。
「生活安全課から少年課に回して、お願いします」
「了解ですー」
 紙コップの紅茶を飲もうとして、空っぽなのに気がついて残念そうに傾ける。やることが子供だ。
「つーか、ヤクザって何でああも人使うのが上手いのかね」
 席に戻ろうと向きをかえた俺には、トモリがそのとき虚ろな瞳に冷たい輝きを研いだことは分からなかった。
 気付いて然り、だった筈だから、まだまだ俺は甘いかもしれない。
 トモリはヤクザが大嫌いだ。つか、基本的に奴は裏の世界が嫌いだ。
 粋がって悪ぶってる奴や、本当に悪くて強くて格好良いくらいにキマった奴、そんな連中をしばき倒してやりたい。
 ってなこと、奴らを這いつくばらせるにはどうすればいいか、そんなこと、あの恐ろしく賢い頭でお姫様のように澄ました表情の裏で、いつも考えている。
 おまわりさんは、悪いことをするやつは許しておけないのだ。
 でも、裏の世界無くして、多分この世の中動いていけない。
 きっと俺よりも奴は、そのことをよく知っている。
 裏の世界や闇の中でしか、生きていけない人々とか。ソレ以外の、何か他のものとか。
 でも、わざわざ自分から[すす]んで殺したり、奪ったりする事が、奴には耐えられないんだろう。
 だから、ただ叩き潰して殲滅するだけでは何の解決にもならないって分かってても何とかしたくて、きっと、自分の気持ちを持て余している。
 そう、難しいことでもないと思うんだが。
 簡単なこと、トモリが考えいてるのは、心の清い教会のシスターなんかが祈っているソレと変わらないことだ。
 脅かすものが訪れない、生活の中に安寧を。
 みたいなことだ。
 望めば、誰もが日の当たるところで暮らしていければいいって、きっと考えているんだ。
 でも、それが言えない。
 まあ、有り体に言えば照れ屋だ。
 何つうか、そういうところも、子供かもしれない。
 いや、そんなこと話せる相手も、奴にはいないのかもしれない。
 まあ、一杯引っ掛けてもなかなか言えることでもないかもしれないが。
 そう思うと、結構張り詰めてるところも、あるのかもしれない。
 ま、そのうち、聞いてやってもいいかもしれない。

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