恋の足音 since 2011.11.05 ※TOPへ戻る際は←のサイト名をクリックして下さい。


最初、音也からメールが届いた時は無視しようと思っていた。
毎日事あるごとにくだらないメールを送ってきては、返事が無いとわざわざ
教室まで出向いて大声で笑いながら話して戻っていく。
その日携帯を開いて、メールを確認したのは本当に偶々だった。
仕事の入り時間についての変更連絡が来ていたのを確認する際に、指が滑って前のメールを表示してしまった。

「3/14、空いてる?」

音也らしからぬ簡潔なメールに一瞬驚きながら、すぐにバレンタインでの失態を思い出してカッと頬を染める。
家庭科室で他の女子生徒に混ざり、ぶつぶつと思いつく限りの言い訳をしながらチョコ作りの練習をした。
音也にバレないように真夜中に台所で作ったのは、両の手のひらでも収まりきらない程の大きさのチョコ。
そこまでしたのに最後に照れが勝って、ひねくれたメッセージをチョコに書き添えた。
手作りでは無いもののしっかりチョコを用意していたレンと共に悪態をつきながら向かったAクラス。
中から聞こえてきた音也と聖川の、「もうチョコはいい」という趣旨の発言に気を削がれて、
結局自室に持ち帰ってしまったチョコ。

「しっかり食べられてしまいましたけどね…」
捨てるか砕いてしまって毎日少量ずつ消費しようと思っていたのに。
唇の横に溶けたチョコを付けた音也を見て和んだ瞬間、トキヤも美味しく頂かれてしまった。
鮮やかに蘇る記憶が脳を駆け巡り、握っていた携帯がみしりと音を立てる。
「…そう言えば、入り時間が変更になったのも3/14でしたね」
雑誌の取材と撮影が夕方から入っていたはずだが、他の撮影との兼ね合いで午後一に変更になってしまった。
早退の件はすぐに学校側に連絡を入れるとして、この時間であれば授業が終わる頃には学園へ戻れる。
「……………………………」
様々な感情が渦巻いてメールを打つ指がふらふらと彷徨う。
用事があります。放課後なら空いています。朝まで一緒に居られます。
文章を打ち込んでは消すのを繰り返し、無難に空いています、とだけ打ち込んで送信する。
数分もしないうちに音也からの返信を知らせる音が鳴った。
「楽しみに待っててね、…」
携帯を閉じて、浮かれている気持ちを静めるようにゆっくり深呼吸をする。
途中で音也に会いませんように、と祈りながらトキヤは教室へと向かった。



カツカツカツ、と机を叩く神経質な音が教室に響く。
発生源のトキヤの眉間には彫刻刀で刻まれたような深い皺がくっきりと浮かんでいる。
一応文庫本を読んでいるポーズを取っているが、どれだけ時間が立ってもページを捲る音は聞こえてこない。
トキヤは朝からずっとこの調子だった。正確には、音也からのメールに返信した翌日から。
理由ははっきりしている。
音也がメールも電話も、休み時間にトキヤにちょっかいをかけに来る事も全て無くなったからだ。
最初の数日はレンや翔がケンカでもしたのかと心配したりからかっていたが、それも無くなった。

苛立つ理由に誰も触れられないまま休み時間が終わり、あっという間に放課後。
早々に席を立って教室を出ようとすると、蜘蛛の子を散らすように生徒がトキヤを避けていく。
別に、音也が自分に構わない事に拗ねているわけではない。
自分が寂しいと感じている事に対して苛立っている。
一番認めたくないのは夜に音也が性的な匂いを含ませて触ってくる事が無くなって欲求不満になっている事。

机に向かって勉強していようが、寝ようと洗面所で歯を磨いていようが、ベッドで眠りに落ちかけていようが。
音也が我が物顔でトキヤの体を抱き寄せて、煽るように手のひらで腰を撫でる。
求められればすぐに火がつくように慣らされしまったのを悟られたくなくて嫌がるそぶりをしても無駄。
全て見透かしているとでも言いたげな澄んだ瞳に見つめられて、身を委ねてしまう。
トキヤも若さ故にしたくなる時は勿論ある。
伝えようか迷っているうちに音也に嗅ぎつけられて、そのままベッドになだれ込んでばかりで
今回みたいな事態へどう対処すれば良いか全く見当がつかない。

寮の部屋に戻って課題のテキストを取り出しながら、視線は玄関へと続く扉へ向く。
音也が帰ってくる気配は無い。
「…素っ気無い返信をしたのが気に障ったんでしょうか」
そう思いながら携帯を見つめた途端、メール着信を知らせる音楽が鳴る。
送信者の欄に音也の名前が出ているのを見て、慌てて開いた本文には
「施設の皆に会いに行って来る!そのまま泊まって月曜日に帰るね」
とだけ。
休日を一緒に過ごせばどうにかなるのでは、という甘い希望は打ち砕かれた。
メールを見て込み上げる寂しさを上手く文章にする事が出来ずに、結局また素っ気無い了承の言葉のみを返す。
3/14は所用があるので、授業は休む旨を付け加えて。
「音也と会ったら…素直になってみましょう」
自分が言った言葉に気恥ずかしさを覚えながら、トキヤは再び課題へと没頭した。




「あ、トキヤおっかえりー!」
「…ただいま戻りました」
本人にとっては人生の選択にも匹敵する誓いを立てたトキヤを出迎えたのは、
これまでの悩みを丸ごと吹っ飛ばすような明るい音也の笑顔だった。
約1週間悩まされた音也の不可思議な態度が続いているものだといたトキヤは拍子抜けして、思わずその場にへたりこむ。
反射的に言葉を返したものの、続く言葉が全く浮かんでこない。
音也はそれを気にした様子も無く、施設に残してきた兄弟たちの様子や今日の授業の感想などを思いつくままに
話し続けている。

「那月がね、手作りクッキー持ってきたんだけど普通に美味くてさ〜」
相槌すら打たない自分に対して、音也はあくまで楽しそうに日常を報告してくる。
床にぺたりと張り付いた膝や太ももが、冷たいフローリングに熱を奪われてどんどん冷えていった。
久しぶりの音也の笑みに視線も体も動かせずにぼんやり見入っていると、
音也がトキヤに手を差し出す。
「そんな所に座ってたら冷えちゃうよ?まだまだ寒いんだから」
そういう音也の手は暖かく、外から帰ってきたばかりのトキヤをじわじわと暖めた。
促されるままに立ち上がると、当然のように抱きすくめられる。
「全身冷えちゃってるね、首筋とかもこんなに冷たい」
「っあ…」
音也の指がするすると襟足を撫で、筋肉の形を確かめるように下へと降りていく。
触り方に僅かながら性の臭いを感じて、トキヤはうっとりと音也に体を預けようとして、
「あっそうそうお土産あるんだよ〜」
パッと離れた音也を呆然と見つめる。
音也はトキヤの様子には目もくれず、しかし握りこんだ手は放さずに室内へと強引に引っ張っていく。
トキヤは戸惑いながらも、自分の体の変化に気付かれないように注意しながら歩いた。
触れられただけで、興奮して緩く勃ち上がった熱を気付かれるわけにはいかない。
いや、バレてしまった方が良いのか。

室内に入ると音也のベッド近くの床に、包みの入った袋が置いてあるのが見えた。
「お友達と食べて、ってクッキー焼いてくれたんだ!」
可愛らしい包装紙に包まれた箱を、音也が得意げに取り出す。
「それは…良かったですね」
「うん!料理上手い子なんだよ」
乱雑に破かれてしまうかと思われた包装紙は、思いのほか丁寧に取り払われた。
ベッドに座りながら、綺麗なキツネ色に焼かれたクッキーを取り出して音也がぱくりと頬張る。
「トキヤ何突っ立ってんのさ。一緒に食べよー」
「え、えぇ…いただきます」
言われるままにベッドに座ってクッキーを受け取ってから、ベッドの上で食べるなんて、と
咎めるタイミングを失ってしまった事に気付く。
「…」
トキヤが一枚のクッキーをちまちまと食べている間に、音也は箱に入っている半分の量を
たいらげてしまっていた。
「ありゃ、もう半分食べちゃった。あとはトキヤの分ね」
「いえ、私は…」
そんなに食べられない、と続けようと振り返ってびくりと身を竦める。
いつの間にか肩が触れ合うまでに音也が距離を詰めて座っていた。
視線は軽くなったクッキーの箱に向けられているが、このまま顔を向けられたら。

「このアーモンドクッキー美味しいよ、…?トキヤ、どうかした?」
「…ッ!」
カッと頬が赤くなったのが分かる。
この至近距離なら音也にもバレてしまっているだろう。
どうにか誤魔化そうとして動かした唇は意味の無い音を発するだけで、体も凍ったように動かない。
逸らす事の出来なくなった視線がきょとんとした音也を捉える。
「トキヤ」
ふっと目を細めて笑った音也から、快活さが消えた。
自分を荒々しく抱いている時の男の顔を覗かせて、更に距離を縮めてくる。
やがてくる感触を予想して、トキヤは薄く唇を開いて目を閉じた。
緊張でまぶたがぴくぴくと動いてしまう。
「んっ…」
触れた熱い唇が、何年ぶりかに味わった錯覚を覚えた。
それほどまでに飢えていた自分が恥ずかしくなりながら、口内を蹂躙してくれる侵入者を待ちわびる。
「あんまり食べると太っちゃうし、残りは仕舞っておくね」
頭上に降ってきたいつも通りの音也の声に、弾かれるように目を開けた。
立ち上がっていた音也は箱の蓋を閉めながら、頬を上気させたままのトキヤに背を向けている。
一瞬で魔法が解けてしまったかのように、音也から性の臭いが消えてしまっていた。
トキヤは数秒前まで確かに触れ合っていた唇をなぞりながら、目の奥から滲もうとする想いを必死に抑える。
「…私は、余り菓子の類を食べませんので…残りも貴方がどうぞ。」
「そう?」
震え混じりの声を音也は気にもせず、背を向けたまま返事をする。
音也のベッドに座ったまま、ぎゅっと両手を握りこむ。

どうしてこんな態度を、と尋ねようとしてはたと気付く。
いつもトキヤは音也に対して、教室にやって来るな、無用なスキンシップはやめろ、性的な接触はもっての他という
態度を貫いてた。
それがあくまで表面上のもので、余計なプライドが邪魔して素直に感情を表せない厄介なトキヤの性格だと
音也が理解してくれていると勝手に思い込んでいた。
自分の素っ気無い態度に音也が心を痛めている可能性を少しも考慮していなかった。
バレンタインの後、トキヤはいつも以上に音也に対して冷徹な態度を貫いていた。
それが照れ隠しだと音也を始め周りの級友たちも気付いていたし、今更それを咎めるものは居なかった。
「…音也」
「んー?」
捻くれた自分が望んだ音也を与えられて、与えられたら以前の音也を求めるなんて。
「今まで身勝手な態度を取って申し訳ありませんでした」
「へっ」
「本当は…貴方が教室にやってくるのも、触れ合おうとするのも、…その…か、体を求めてくださるのも全て嬉しいんです」
「う、うん」
「だから…」
そこまで言って、トキヤはぴたりと唇を噤む。
突然始まったトキヤの謝罪に目を白黒させている音也のもとに歩み寄って、
「…………」
「…………」
それから言葉を続けられずに二人とも無言のまま、目を合わせる事も出来ずにただ時間を浪費する。
黙っているとこのまま音也が戻らないような漠然とした不安に襲われて、一度は堪えたはずの涙が
止める間も無く頬を伝って零れ落ちた。
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うちのトキヤちゃんが震える理由は会いたいからではなくSEXしたいからだと思ってます^▽^