恋の足音 since 2011.11.05 ※TOPへ戻る際は←のサイト名をクリックして下さい。


珍しいこともあるものだ、と聖川は思った。
授業の合間の短い休み時間、大抵は音楽を聞いたり級友とくだらない話をして盛り上がっている音也が
分厚い雑誌を広げて真面目な顔をして覗き込んでいる。
本当に珍しい。遠巻きにひそひそと話題のネタにされるくらいには。

「ねぇねぇマサ〜マサは来週どうするの?」
「はっ?」
唐突に話しかけられて、素っ頓狂な声を出してしまう。
「マサならやっぱ手作り?」
問いかけている音也は雑誌から目を離さない。
視線が追っている文字列を同じようになぞると、「ホワイトデーはこれで決まり!」という
浮き足立った書体の煽り文句。
思わず周りを確認すると、皆一様に曖昧な笑顔を浮かべて視線を逸らしてしまった。
そう言えば来週の月曜日はホワイトデーだと誰かが話していた気がする。
恋愛禁止の反動からか、バレンタインは日頃のへの感謝という名目でチョコを贈ろうと
女子生徒の目がぎらついていたのを覚えている。
獲物を待ち伏せる野獣のようになった女子生徒からチョコを無理矢理渡された。
というか、スラックスのポケットに無理矢理ねじ込まれて酷い惨状になっていた。
唯一奥ゆかしい置き方をされていたチョコはレンからの物だったのが一番記憶に残っている。
あの時の神宮寺の顔は見ものだったな、と思っていると音也が顔を覗き込んできた。

「マサってば!」
「っ、ああ…一十木は一ノ瀬からもらったのか」
「うん!すっげーデカいのもらった!」
にかっと嬉しそうに音也が笑う。
続けてその後トキヤとどうなったか、耳を覆いたくなるような事を言い始めたので
慌てて口を押さえる。
「一ノ瀬へのお返しはどうするんだ?」
「ん?ん〜…雑誌にはお菓子とかアクセサリーとかブランド物って書いてるんだけどさ」
「それは女性へのお返しを前提とした記事だろう」
「そうなんだよねーお菓子なら男にあげても良いんだろうけど、トキヤにお菓子はちょっと」
本人は隠してるつもりだけど、太りやすいみたいでさぁ
と良く通る大きな声で音也が付け加える。
お前が言いふらしてどうする、と聖川は思ったがどうせ指摘しても理解はされないだろうと口を噤む。
音也は雑誌から情報を集めるのを諦めたのか、雑誌を閉じて鞄に放り込んだ。
すぐに携帯を取り出して打ち出したメールは恐らくトキヤ宛だろう。
この状況で本人に聞けてしまうのが音也の強みだ。まぁ、トキヤに取っては弱みだが。

「マサはどうすんの?」
言われて、もう一度レンの事を思い出す。
邪魔になったのは恥かプライドか、誰からか分からないようにチョコを置き去りにしたレン。
添えられていたカードに書かれたメッセージの筆跡で自分の行動だとバレて、
湯気が出るくらい顔を赤くしてしどろもどろになっていた。
「…マサやらしい顔してるけど大丈夫?」
「なっ!?そ、そんな顔はしていない!!」
「はいはい、授業始まるよー」
渋々戻った自分の席で、顔の筋肉を確かめるように両頬を触る。
ほんの少し口角があがって頬が緩んでいるだけだと思うが、ひっそりレンを可愛いと思っていたのが
顔に出てしまっていたのか。
照れて視線を合わせようとしなかったレンの顔を思い出して、また頬がだらしなく緩む。
聖川は慌てて表情を引き締めて、授業に集中するために顔を上げた。



発声練習や演技実習の授業を終え、ようやく迎えた昼休み。
いつもであれば転がるような勢いで購買へと駆けて行く音也が席に座ったままだ。
にやにやとあまり爽やかではない笑みを浮かべて携帯を見つめている。
携帯を握る親指が意味も無く決定ボタンを撫で擦り、時折ふっと堪えられないように噴出す。
「…一十木、昼食はいいのか」
「後で買いに行くよ」
低く響いた声が聖川の耳に突き刺さった。
聞こえる位置いた女子生徒が、小さく悲鳴をあげて顔を赤くしている。
変なスイッチが入ってしまったのか、音也の表情や一挙一動が艶かしく映る。
妙なフェロモンを撒き散らすのはレンだけで十分だろう、と思いながらもかける言葉が見当たらない。

結局何かに満足した様子の音也が携帯を閉じるまで、教室内は妙な空気に包まれたままだった。
まとめて昼食を買い込んできてくれた那月からメロンパンを受け取って席につく。
目の奥に不穏な光を灯していた音也は嘘のように元通りになってカレーパンを頬張っている。
「ああそうだ、僕ホワイトデーのお返しにクッキー作ろうと思うんです」
「!?」
自前の弁当をつつきながら、那月がのほほんと言う。
余りに破壊力のある言葉に、聖川が飲み込む直前だった野菜ジュースがブッと噴出された。
おかげで野菜ジュース塗れになった音也が文句を言いながら顔を擦っている。
「ちょっこれピーマン臭い!!なんで!?」
「緑黄色野菜シリーズ・緑だからな」
「苦い!ちょう苦い!!」
涙目になってジュースを必死に拭っている音也には申し訳ないが、
今は那月の手作りクッキー発言の方が重要だ。
「四ノ宮、誰に渡すつもりなんだ…?」
「彼女が皆でどうぞってチョコくれたでしょう?そのお返しですよ〜」
那月の言う彼女がSクラスに居る控えめな才女だと思い当たって、ザッと血の気が引く。
自分たちならばのらりくらりと言い訳を考えて危機を回避出来るが、
お人好しな彼女は断りきれずに那月の生物兵器の餌食になってしまうかもしれない。
那月は相手を好いていればいる程、料理に妙なアレンジを加えたがる。
となれば、那月が作ろうとしているクッキーは命を奪うレベルになりかねない。

「四ノ宮、俺と一緒に作らないか」
「一緒に?ふふっ良いですね〜楽しそうです。音也くんも一緒に作りますか?」
「俺は良いよ、お菓子作りなんてさっぱりだし…」
すっかりピーマン臭くなった手をぶらぶらと振りながら、音也が溜息を吐く。
聖川は真意には気付いていなさそうな那月を見てほっと胸を撫で下ろした。
最悪、那月が珍妙なクッキーを生み出してしまったら自分が作ったのとこっそり取替えよう。
レンなら那月と似たような味覚をしているからそちらへ回せば食材が無駄になることもない。
音也の先ほどの様子から見てホワイトデー当日にトキヤと何かしらの約束を取り付けた事は確かだ。
恐らくフォローは望めない。

前日の13日に那月の部屋で作る、と決めてその日の昼食は終わった
音トキの様子が気になる      マサレンの様子が気になる
もう3月も終わりそうなのに今更ホワイトデーSSで申し訳ないです^o^皆さんお察しの通りどちらのルートもお下劣です^^o^^