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Novel Sample
中丸との待ち合わせは、中丸の遅刻を考えて15分ずらして動く。「明日迎えに行くから」
昨日仕事帰りに中丸からそう告げられた。
今日は「買い物に行く」と約束をした、二人揃ってのオフ。
シャワーを浴びて髪を乾かし、クラッシュジーンズと黒いタンクトップを身に付けた所で、中丸が来るだろう時間まであと30分あることに気が付き、上田はコーヒーを入れるためにキッチンへ向かった。
ケトルが立てるシュンシュンという音を聞きながらリビングのソファーに寄りかかり手元にあった雑誌を捲る。
チカリと視線の端に映った光に気を引かれ視線を向けると、引きっ放しになっているカーテンの隙間から漏れる光が部屋の中に線を描いていた。
それに誘われるようにカーテンを開けると、目に痛いほどの光が溢れてきた。
白く滲む視界に、思わず上田は目を細めた。
部屋の空気を入れ換えるために窓を開けると、ひんやりとした風が流れ込んでくる。
外はまだまだ半袖で歩ける程だが、風はもう秋であることを告げていた。
夏の鮮やかさが薄れた空には、夏の名残を惜しむような綿雲の上に、筆で掃いたような雲が滲んでいる。
出掛けるには丁度良い日和だと伸びをしたところでケトルの笛がピーと鳴り、湯が沸いたことを知らせた。
マグにインスタントの粉を入れてお湯を注ぐと、ふわりとコーヒーの香りが広がる。
アメリカンコーヒーに仕立ててリビングへと戻ったところで時計を見ると、中丸に告げられた時刻だった。
丁度飲み終わった頃に中丸が着くだろうと、ソファーに座り直し読みかけの雑誌を手に取ると、見透かしたようなタイミングで携帯電話が鳴った。
ディスプレイには『中丸雄一』の文字。
何かあったのかと思いながら電話に出ると、予想外に明るい声が聞こえてきた。
『もしもし?着いたぞ〜』
「うっそ!」
『ウソってなんだよ。失礼だろ。』
まさか、遅刻すると思っていたからとも言えず、
「上がって来いよ」
そう返しながら、ネイビーのサマーニットと上に羽織るパーカーを掴む。
『路駐で捕まるっつーの。
なに、まだ用意できてねーの?』
「いや、今行く。ちょっと待ってて!」
電話を切ると、冷凍庫から氷を取り出しマグへ入れて薄いコーヒーを一気に飲み干し、開け放してあった窓に駆け寄り鍵を掛けてカーテンを引き直す。
バタバタと準備を済ませ、どんな風の吹き回しかと首を捻りながら上田は部屋を出た。
「雹が降ったらどうすんだよ。こんなにいい天気なのに…!」
そうぼやきながらマンションのフロントドアを抜けると、すぐに中丸の車を見つけた。
運転席に座る中丸と目が合い、手を挙げて挨拶を交わす。
「はよ。お前が時間通りって珍しいな」
助手席に乗り込みながら上田は素直に告げた。
「早く上田に逢いたくて」
不意打ちの様に真っ直ぐに瞳を見つめ、真顔でそんな言葉を返す中丸に、上田は頬の温度が一気に上がるのを感じた。
予想していなかった答えに言葉を返すことができず、だからといって視線を逸らすこともできない。
赤い顔のまま固まる上田を見て、中丸はにやりと笑った。
「なんてな!いや、今日天気良いから寝覚めが良くてさ」
悪びれずに言う中丸に、上田は嶮のきつい眼差しを向けた。
「オレ、そう言う冗談嫌いなんだけど」
「悪りぃ悪りぃ、そんなマジに怒んなよ。
で、どこ行く?」
あまりにも脳天気にあははと笑いながら言われると、怒っている自分が馬鹿らしくなってくる。
「どこでもいいよ」
赤面してしまった照れ隠しに、上田は中丸から露骨に視線を逸らし、わざとぶっきらぼうに返した。
頬に中丸の視線を感じる。
それにますます顔が赤くなっていく。
じっと自分に注がれたままの視線に焦れて、上田はくるりと中丸に向き直った。
幸せそうにふわりと微笑んでいる中丸と目が合うと、ん?と尋ねるように首を傾げられた。
(ムカつく…なんだよ…)
余裕のある中丸の言葉や態度が、まるで自分を子供扱いしているように感じられる。
からかわれているのだろうか。
(歳なんて1ヶ月しか違わねーじゃねーか…!)
変わらずにこやかに微笑んで自分を見ている中丸の視線に居心地の悪さを感じたが、そこで視線を逸らすのは負けてしまうようで悔しい。
中丸の言動に振り回されている自分を自覚して、上田は眉間に皺を寄せた。
「いつまでそうしてんだよ」
車を出してしまえば、運転する中丸は自分から視線を逸らさざるを得ない。
さっさと車を出せ、と言外に伝えたが、
「いや、買い物行きたいっつったのお前だろ?
何買いに行くの?」
そう返されてしまっては何も言えない。
確かに買い物に行きたいと言ったのは自分で、付き合わせたのも自分だ。
(あ〜〜もう面倒くせぇ!!!)
まとまりを見せない自分の感情をゴチャゴチャと考えるのは好きじゃない。
「いーから車出せ!
他の車の邪魔になる」
車通りの少ない道で、そんなことは言い訳にもならないことはわかっていたが、とにかく中丸の視線から逃げ出したい一心で出た一言だった。
そんな自分の気持ちはきっと見透かされていたのだろう。
軽く肩を竦めてギアを入れ替える中丸に、もう好きにしてくれ、と半ば投げやりな気持ちで上田は視線を正面に戻した。