『ラブリィ・ダーリン』番外編・2

SAYA






「ねぇ、沙耶、例えばだよ? 好きになっちゃいけないヒトを、好きになったとしたらどうする?」


 実際、華のあの言葉には心臓飛び出るかと思うくらい驚いたわ。
 好きになっちゃいけないヒトなんて言われて、ホントはどうやって答えていいか分かんなかった。


「そりゃあ、相手がどんなのかによるんだろうけどさ、けど、好きなキモチはどんなに頑張ったって消せるもんじゃないし、やるだけやってみるかなぁ。・・・でも、禁断の恋なんて、逆に萌えそうッ」


 な〜んて風に誤魔化しちゃった。
 ま、ホントに思ってることだけど。

 華がどうしてそんなことを聞いてきたのかはよく分からなかった。
 でも、アレは非常に興味深い質問だったわ。
 あのぽわぽわした華があんな事聞くなんて絶対変だもの。今度追求しなくちゃね。


 だけど、

 それ以来私の中で華の言葉が何度も何度も心に突き刺さってる事は、内緒の話。


 世の中ジジイでもババアでも私みたいなピッチピチの女子校生だろうと色んな事はあるわけよ。



 たまたま私の母親が茶道の家元の娘で?
 父親が養子で?

 そんな中で産まれた私は四人姉妹の末っ子で?

 茶道は好き。お茶って上手な人が立てるとホントに美味しいの。
 勿論普通に飲むお茶だって好き。


 だけど、

 茶の世界なんか大ッ嫌い。


 だから只今一人暮らしを満喫中ってカンジ。
 家出じゃないわよ? 家は出てるけど、親公認ってヤツね。
 そこら辺は色々とやんごとなき事情ってヤツがあるんだけど・・・・・・

 べ、別に私が問題児だったからってワケじゃないわよ?
 ちょっとだけオイタが過ぎただけの話なんだから。


 とにかく、あんな気持ち悪い家、真っ平ごめんって事。
 伝統伝統って言いながら茶の心なんてとうの大昔に忘れてきて欠片も残ってないし。
 『利休百首』でも詠んでもう一度精神鍛え直してこいってカンジね!!
 ううん、きっとそれでも駄目なものは駄目!
 腐ってるんだから! 茶会茶会って金集めしか考えてないし。

 わかる?
 あの人達は、そういうことに全く疑問を持たないで、伝統だの由緒あるナントカだとか、立派なことを並べ立ててる頭でっかちなの。
 しかも、世間体だけは人一倍気にする。

 まぁ、家元が全てウチみたいだって言ったら語弊はあるだろうけど、とにかくウチはそんなカンジだった。




 私は・・・といえば、

 幼い頃からお茶以外にも沢山のお稽古ごとをさせられて、一応お嬢様っぽい事は一通りしてきたつもり。
 でも、すぐ飽きちゃって逃げ出してたけど。





 そんな時いつも『困りましたね』なんて言いながら連れ戻しに来たのはアイツ。


 結構やんちゃだった私に困り果てた両親が、間違いを犯さないようにと10歳の時に話し相手件ボディガードをつけた。
 つまりはお目付役ってヤツよ。

 私よりも13歳も年上のソイツは、眼鏡をかけてる所為か表情が全く読めない。ボディガードってのはともかく、話し相手っていうのには向いてないと思った。
 で、いっつも私にピッタリくっついて、まるで影武者のようにつきまとってる。




 それは、一人暮らしを満喫中の今でも変わらなかったりする。


 一緒に住んでるわけだから一人暮らしっていうのも語弊があるかしら?
 けれど、同棲なんて甘ったるい関係ではない。


 アイツと二人で住んでいるのは、今までよりも快適なこの暮らしを手に入れる為の条件みたいなものなの。






「沙耶さま、授業の予習・復習をしましょう」

 私が部屋でくつろいでると教科書とノートを持ってアイツがやってきた。

 はぁ〜
 思わず溜息が出ちゃうわ。


「やるわけないじゃないっ、そんなものもう頭に入ってるからいいの!」
「しかし日々の努力こそが・・・」
「暁ッ!」

「・・・はい」

 ホントわかってない。
 私の学年順位何位だと思ってるのかしら。

 だけど、私がこんなにイライラするのは、目の前にいる男が海藤暁(かいどう あかつき)だから。
 暁がむかつくから。


「毎日毎日アンタは何のために私の周りにいるの? 身の回りの世話? それとも勉強を見るため?」
「全てを含めてです」
「意味分かんないわ」

 吐き捨てるように言った私に、暁は黙り込んでしまう。

 いつもそう

 肝心要な部分で暁は大事なことを言ってくれない。


「あぁ、暁ってば本当はボディガードだったっけ。・・・じゃ、その為にいるのね、もういいわ、部屋からでてって、私は今安全だからっ、何だったらここからも出てっていいわ、さよ〜なら!」

 私が暁から視線を逸らして、シッシッて手で追い払うような動作をすると、ふぅって小さく溜息を吐いたのが分かった。

 あのね、こっちが溜息を吐きたい気分なのよ!?



「沙耶さま」

「・・・・・・」


 返事をしないでそっぽを向いていると、暁は私の手を取って、
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・信じられない。

 騎士がお姫様にするみたいに手の甲にキスをした。


「っ!? ち、ちょっと、何恥ずかしいことやってるの!?」

 慌てて手を振りほどこうとしたら、逆に腕を掴まれて暁の胸の中に引きずり込まれる。

「ばかっ、離してよッ!! あっち行けって言ってるの!」

「沙耶さま・・・・・・」


 暁の腕の中から逃れようと藻掻くのに、ちっとも振り払えない。
 だけど、暁の腕の中は乱暴って言葉とはかけ離れて、むしろ優しすぎるほど。
 腫れ物に触るみたいに抱きしめられて、それなのに振りほどけないのは、そんなのは分かりきったこと。


 悔しくて涙が出てきた。

 どうしてこんな男に心が乱されなければならないんだろう。

 いつもいつも、無表情で、ちっとも笑ってくれない。

 言って欲しい言葉だって一度も言われたことがない。




「どうかお側に置いてください」

「バカじゃないのっ、アンタはいつの時代の人間よっ!? そんな言葉が聞きたいんじゃないっ! 何の為に私たち一緒に住んでるの? 中学生だった私をあの家から出させたのは単に私が可哀想だったから?」

「・・・・・・沙耶さま」

 暁はバカみたいに私の名前を呼び続けて、首筋にキスをする。
 チクッとする痛みを感じて、絶対痕を付けたなってわかる。明日も学校あるのにどうするっていうのよ。

 それから、服の上から包み込むみたいに胸を揉みながら、暁が私にキスをしようと顔を近づける。


「単なるボディガードが私にそんなことするんだ?」


 冷たく言い放ちながら暁をじっと見つめる。
 彼の気持ちがどう顔に出るのか探るために・・・・・・

 分かってることだけど、やっぱり眉一つ動かさないし。



 暁の顔は、ボディガードなんかじゃ勿体ないくらい綺麗。

 でも、整いすぎてて逆に表情が読みとれない。しかも、わざとなのか元々そういう人間なのか表情も作らないから、何を考えて何を思っているのかサッパリ分からない。
 身体だってムキムキのマッチョじゃなくて、人を守るために必要な筋肉だけがついてるってカンジ。全部綺麗なの、心の底からむかつくわ。


「・・・沙耶さまが望むなら・・・私は何もしません」

「・・・っ!? アンタほんっとむかつくっ!!! そうよっ、私が望んだのよ、こうしてほしいって、暁に抱いて欲しいって。初めてしたときだって私から迫ったんだしねっ、どうせそうよっ、アンタは義務感から関係を続けているだけ、バカッ、もういいっ、あっち行ってッ!!!」


 ホントに悔しい。
 暁にとっては主人が望んだからってだけの話。
 望まないなら一切手を出しませんって事。

 そういうこと!!!!




 気持ちは手に入らない。




 私はこんなだけど、暁への気持ちはウソをついたことがない。
 いつもいつも、私なりに真っ直ぐにぶつかっていったつもり。



 だから、初めて暁と関係をもった時も、決して勢いからだけじゃなかった。

 そりゃあ、ちょっとした好奇心もあったって言うのは認める、そういうこと知りたいって。
 だけど、するなら・・・って考えても暁しか浮かばなかった。
 というか、とっくに暁の事が好きだなんて自覚してたし。






 あれは、まだ中学にあがりたての頃で・・・・・・


 夜中に暁の部屋に忍び込んで迫ったんだっけ。
 我ながらホントにスゴイと思うわ。


 暁が寝ていたのを無理矢理叩き起こして、かなりのワガママを連発した末に渋々ってカンジでえっちした。アレは、力関係を利用した半ば強制のような気もするけど・・・


 でも、

 その時の暁が信じられないくらい優しくて、普段はメガネで隠された暁の目がビックリするくらい綺麗だって知って、他の人間なんて見えないくらい夢中になった。




 だけど、私はこれでもそれなりのお嬢様だったのよね。


 程なくして紹介されたのはどこぞの会社の御曹司。
 結構問題児だった私だけど、末っ子だった所為か親にはベタベタに可愛がられてたし、今時フィアンセ!? な〜んて思ったけど、上の姉たちにも皆フィアンセがいて、長女の真央ねぇさんなんか親の決めた相手と結婚して子供もいる。

 私は気が進まないなりに建前でソイツに会った。

 まぁ、最悪中の最悪だわね。
 マザコン丸出しで将来が目に浮かぶようだったわ。
 何をするにも『ママ、ママ、ママ』。だったらママと結婚しろって思ったわよ。

 私はとっととその場を退散して後で大目玉。
 暁に泣きついたけど何もしてくれなくて、人生呪って荒れまくったわ。


 それからというもの、私は幾度となく家出を繰り返した。
 あんなのと結婚するくらいなら勘当された方がましだもの。
 勿論その度に暁に連れ戻されたけど、帰る度にあの家には居づらくなっていった。


 だけど、

 家出も両手両足の数じゃ足りなくなった頃、暁が突然母親にある提案を出した。


『このままでは沙耶さまは益々孤立してしまいます。連れ戻すだけが良いことのようには思えません。いっそ一人暮らしなどさせてみては如何でしょう。勿論、私が側につくことを条件にしてもらい、身の回りの一切の世話は全て私がやるということで・・・』


 暁に絶対的な信頼を寄せている母親は、元々私の扱いに困ってたこともあって、彼が一緒ならばって言うことで今の生活が始まった。
 それが中1の二学期。
 体裁を取り繕うために、今の学校に編入して。


 ナカナカ面白い学校だから、随分楽しんでるけどね。

 話題には事欠かないし、写真撮るだけで闇で売れちゃう位人気の先輩なんかもいて随分稼がせてもらってる。

 華なんて女の私から見たってメチャクチャカワイイって、本気で思えるくらい天然お嬢様で、そんじょそこらの自分の美貌を意識して着飾ってる女では絶対太刀打ちできないってカンジ。
 初めて会ったとき、思わずほっぺにチュウしちゃったわよ。
 本人わかってないし、自覚がないから言わないけど。
 でも、相当なファザコンみたい。危ない道に走らないといいけど・・・・・・なんちゃって、それは冗談。


 とにかく、最初は嬉しくて楽しくて仕方なかった。

 暁と二人の生活なんて、恋人同士みたいだなんて喜んで。



 ・・・・・・だけど、途中から段々気付いていった。
 暁が私に触れるのは、私が最初にそう望んだからにすぎないって事。

 想っているのは私だけ。
 触れたいと思っているのは私だけ。

 もういやだ、一人になりたい

 そう思って出ていけと言っても彼は出ていかないし、益々虚しくなって寂しくなる。
 近くにいればいるほど寂しくて仕方がない。

 だって、私は暁の心が欲しいから・・・




「沙耶さま・・・」

 ベッドに突っ伏していると、未だに部屋の片隅で佇んだままだった暁が私の名前を呼ぶ。

「出ていけって言ったのよ。いつまで人の部屋にいるつもり?」
「・・・すみません」

 あ〜イヤだ、サイアク!
 この会話、ホントに使用人とお嬢様じゃない。

「沙耶さま」
「何よっ、まだ何か用!?」

 思いきり暁を睨みつけてやった。
 だってさっきから名前呼ぶだけで、一体何なのっ!








「義務感からではこんな事は続きません」

「・・・は!?」


「初めての時は、それは非常に戸惑いました・・・・・・・・・しかし、断ることが出来なかったのは、想い人からの誘惑に逆らえなかった私の精神の未熟さとしか言いようがありませんが・・・・・・」


 ・・・・・・なに?


「それでも、他の方だったら望まれた瞬間に終わっていたでしょう」


 暁は、そんなワケの分からないことを言っている間も無表情で。


「沙耶さまだから、お側にいることが出来たのです」


 だから、もうっ!!


「そのメガネ取って言ってよッ、バカ暁!!!」

「・・・は、メガネ・・・ですか?」
「そうよっ、早く取って」
「はい」

 言われたとおりにメガネを取り外すと、暁の綺麗な目が真っ直ぐこっちを見ているのが分かる。
 どうしてなんだろう?
 暁ってばメガネ有りと無しでは天と地の差がある。


「さっきの言葉、もう一度言って」
「・・・沙耶さまだから、お側に・・・」
「違うっ!! その前よっ、『初めての時は、それは非常に戸惑いましたが』のアト!」

「・・・・・・ですから・・・・・・断ることが出来なかったのは、想い人からの誘惑に逆らえなかった私の精神の未熟さとしか・・・」
「暁っ!」

「はい」


 もう、

 なによ、なんなのよコレ?



「アンタが私をあの家から出したのは何のため?」

「・・・沙耶さまをお守りしたかったからです」

「うそよ」

「・・・え?」




「私を独り占めしたかったんじゃないの?」

「・・・・・・・・・」

「そう言う気持ち、全くなかった?」



「・・・・・・無い、と言うと嘘になります・・・」


 やっぱりそうだ。
 コレって・・・


「じゃあ、私と関係を続けたのは、私が望んだから?」
「・・・・・・・・・」

「暁」


 強い口調で暁に問いただすと、彼は綺麗な瞳をゆらゆらと揺らしながら口を開いた。



「沙耶さまが欲しかったからです・・・・・・」



 ・・・・・・・・・・・・ねぇ、こんな事ってある?

 一人で悩んで苦しんで冗談じゃないったら


 全部暁の所為じゃない!






「じゃあ、奪ってよ」

「沙耶、さま・・・?」



「私を、西芳寺の家から奪ってよ」



 私は暁が欲しい、暁も私が欲しい。
 だったら、答えはでてるでしょう?


 こんなに好きにさせた責任、アンタにもあるでしょう?



「・・・しかし・・・それでは・・・・・・」
「それでは? 冗談じゃないわ、今更戻れる気持ちだとでも言うの? そんな簡単な気持ちだっていうの?」

「ちがいますっ!」

「だったら・・・・・・貧乏だって、なんだって構わない。直ぐになんて言わない・・・だけど、近い将来絶対に私を海藤沙耶にして」

「・・・・・・なに・・・を・・・」

「海藤暁のお嫁さんにしてって言ってるの、どうなの? するの、しないの? どっちなのよっ!!! 私は・・・っ、その約束があるだけで・・・っ、それだけで、未来に夢を持てるのよ・・・・・っ」


 もう、顔中涙でぐしゃぐしゃでみっともないったら


 だけど、もう私にはアトがない、ギリギリなのよ

 このまま家に戻っても、好きでもない男と結婚するだけ
 暁に断られたら、一生檻の中で暮らさなければいけない

 そんなの姉さん達を見ていればわかるもの
 家を継ぐワケじゃない私なんて、行く先は決まりきってる


 私は暁だけがずっと好きだった


 ねぇ、わかってる?
 これって私からのプロポーズも同然なのよ?

 断ったりしたら許さないんだから!!



「暁っ、どうなのよぉっ!!」

「沙耶さまっ!」





 ───叫んだ言葉は彼の胸の中に消えていった。

 思いっきり抱きしめられて。




 ちょっと、アンタの馬鹿力でギュウギュウにされたら私死んじゃうじゃない。
 骨がバキバキって折れたらどうしてくれるの?



 バカ暁。









「・・・します」


「・・・・・・・・・・・・っ・・・あたりまえよっ、バカっ」



 負けないくらい思いっきり暁を抱きしめて、何度も何度もキスをした。

 そうしているうちに、暁の長い指が私の身体をなぞりながら服を脱がして、それから、身体中にキスをしてくる。


 あちこち赤くなって。

 私、それってワザとつけてると思うの。


 こんな事許すのアンタだけなんだから、わかってよね。









「沙耶さま、あなたはとても綺麗だ」


 暁が上から私を見下ろして呟いた。
 裸なんて何度も見ているのに、突然そんなこと言われてどうしていいかわからない。

 何だかガラにもなく真っ赤になっちゃって。

 黙ってると、無表情な暁の顔が・・・









 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウソみたい。




 信じらんない、

 信じらんない!!!






 そんな風に笑えるんじゃないっ!


 そんな風に無垢な笑顔持ってるんじゃないっ!



 冗談じゃないわよ、その顔もっと早くに見せてよねっ

 そしたら、言葉なんて無くても信じたのに。




 こんなになるの、暁だけ。
 完璧ノックアウトよ。



 言葉が足りなくて、イライラするけど。

 だけど・・・





「私が、欲しい?」

「・・・・・・・・・欲しいです」




 きっと、これが私の一番欲しかった言葉。


 えっちな声も暁だけに聞かせてあげる。
 私の全部をアンタにあげる。


 その変わりメガネの奥のこの瞳は私だけのもの。

 私だけを見ていなかったら許さないんだから。




2003.7.9 了
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