『TWINS』より

会えない理由







 これは鈴音が寝た10分後の出来事。


「あらぁ? 愁じゃないの〜」
「おかえり〜琴絵さん」
「うふ、ただいまぁ♪」

 ソファで鈴音に膝枕をしてやりながら、帰宅した琴絵に手を振る愁。
 二人の様子に『あら♪』と嬉しそうに笑った琴絵は、コートを脱いでひっそりと近づいてきた。

「やだぁん♪ 鈴音ったら幸せそうな顔して〜、かわいいわぁっ」
「オレの膝枕だよ? 幸せに決まってるじゃん」
「そうよねぇっ、私もお願いしたいわぁ〜」
「今度ね」
「や〜んっ、もう愁ったら」

 きゃいきゃいと童女のように喜んでいるが、お互い冗談を前提で話している。
 しかし、妙に仲の良い二人の会話は時として鈴音の嫉妬を煽ったり、沙耶や智の他、周囲の者に呆れられることしばし・・・今は誰も突っ込む人間はいないが。


「相変わらず遅いじゃん」
「そうなのよねぇ・・・」
「・・・やっぱ・・・バイト減らすかなぁ・・・」
「え? バイトなんてしてたの?」
「そう、お陰でリンにしては随分ヘソ曲げてた」
「そうなの。やだぁ、私仕事にかまけて気づいてあげられなかったわ」
「琴絵さんの仕事についてはリンはちゃんと分かってるから多分平気だよ。問題は、オレだから」

 愁はう〜んと唸り、短絡な頭を懸命に捻る。
 今回のバイトの件は、ちょっとばかし増やしすぎたかも知れないな・・・と考えて。

 首を傾げる琴絵にニヤッと笑いかけた。

「・・・オレさ、車が欲しいんだよ」

「車・・・? だってまだ免許持ってないでしょ? ていうか、免許とれる年齢はまだ先でしょ?」

「まぁね、車にはまず免許だよ。年齢はともかく・・・とりあえず免許にも車にも金が必要だろ? その時になったっていきなり出てくるもんじゃないし、親の金とか当てにしたくないし。だからバイト増やしたんだ」

「エライじゃない!」

「まぁね〜。車はローンでもいいけど。頭金はちっとは払いたいし」

「ウンウン、で、沙耶ちゃんはちゃんと知ってるの?」

「バイトは知ってるけど、理由は知らないんじゃん? 秘密でもないけど」

「そう」

「でさ、一番にリンを乗せてやるんだ、いいだろ? 安全運転するからさ」

「ま、男の子ねぇ。構わないわよ、ただし事故ったらただじゃおかないからね」

「わかってるよ」


 愁は苦笑して鈴音の頭を撫でてやる。
 寝ていても、その手に彼女はうっとりしているように見えた。

 琴絵は、『はは〜ん』と頷いて向かいのソファに腰をかける。


「もしかして、鈴音にバイトのワケ、言ってないでしょ」

「え? う〜ん・・・そうだったかな?」

「だめよ、女の子はすぐ不安になるんだから。今のそのまま言えばきっと喜ぶのに」

「そっか・・・うん、わかった」

「うふ♪ 素直でかわいいわねぇ」


 かわいい、という単語に何と返して良いのやら。
 とりあえずスルーして、愁は大きく息を吐き出した。


「ていうか、オレも限界かも。もう2週間以上リンとヤッてねぇ〜!」

「うそぉっ、あの愁が溜まってるの!?」

「そうなんだよ〜、オレ、やっぱバイト減らすわ。欲求不満は身体によくねぇよ」

「そうよぉ、若いのに。私が気持ちよくしてあげえてもイイけどぉ」

「今度頼むよ、オレもがんばるし」

「やぁん♪」


 ・・・何度も言うがこれは冗談を前提とした会話である。

 ツッコむ人がいないと成立しないというのに、こんな会話が癖になっている二人だったりする。
 もしかしたら二人は同じ人種に該当するのかもしれないが、年齢と経験から琴絵の方が上手(うわて)ではあるらしい。







 ───翌日。

 朝5時に愁に起こされた鈴音は驚いて飛び起きた。
 どうやら自室に運ばれて自分のベッドで寝たらしいが、その隣には愁がいて『なんで、どうして!?』と小さなパニックを起こす。


「バ、バイトはどうしたのっ!?」

「あ? 昨日の夜電話入れて週に3日にしてもらった。今日はナシ。夜も少し減らすから」

「どうして!?」


「オレが欲求不満になっちゃうからだろ」


 そんな理由でいいの!? と思っていると、愁はガバッと覆い被さってきて。


「じゃ、早速ヤろっかっ!」


 今のセリフとは不釣り合いなほど爽やかな笑顔でキスをされた。



「やろっかッ・・・って、・・・あ、っっ、きゃあぁっ!?」


 叫んだものの、その勢いに逆らうことも出来るわけもなかった。
 結局、なし崩しに朝から激しい運動を強いられることとなったのだが・・・



「・・・これから学校なのにぃっ」


「素直じゃないよなぁ、夕べは会いたかったとか、ホストしないでとか言って抱きついてきたクセに。・・・まぁ、身体は正直だよな、こ〜んなにグチャグチャにしちゃって♪」


「やぁあっ、そういう事・・・っ、いわないでぇ〜っっ!!!」




 ───色気も何も無い会話でも、時として物事はちゃんと進むものである。






 そして、すっかり可愛がられてしまった後。
 かなり強引だった所為か、いつものことだが羞恥を煽られるような愁のやり方にややご機嫌斜めな鈴音だったが、彼がバイトを増やした理由を聞いてちょっと感心していた。


 意外に計画性があったんだ・・・と。


 何より最初に自分を乗せたいという言葉にきゅんとしてしまった。
 そんな鈴音の様子に『さすが琴絵さんだな〜、言ったとおりじゃん』なんて思う愁だった。



「さて、と」

 ゴソ、と身じろぎをして僅かに上体を起こした愁を見て、鈴音はそろそろ学校か・・・と自分も起きあがろうとした。
 だがそれは呆気なく制されてしまい、目の前にピラリと四角い何かを持ってニヤニヤと厭らしく笑う愁の顔があった。


「・・・なに・・・?」

「まだ早いだろ。コレ、琴絵さんからのプレゼント♪ あとひとつ残ってるから」

「はぁ・・・っ!? って、ソレ・・・もしかして」

「コンドーム♪」


 流石に耳を疑った。
 出来ればウソだと言って欲しい。

 よりによってこんな・・・こんな・・・っ



「ママのばかぁ〜〜〜っっ!!!」



 せめてこのひとつは余計だったよ、と、これまた的はずれな事を思う鈴音だったが、琴絵に届いたかどうか・・・彼女は既に出勤してしまった後だったりするわけだが。
 ちなみにこのコンドームは『責任持てるまでは避妊しなきゃダメよ』と愁に渡したものだったのだが、決して全部使えという意味で渡されたわけではない。



 それにしても、


 やはり下手に甘えると後で大変な目に遭う・・・


 何度も身に染みているはずなのに、今回も身に染みた朝だった───






 そして、愁がバイトを減らした本当の理由。

 本当は・・・家で一人が多い鈴音に寂しい思いをさせたくなかったからだったのだが、彼がそれを口にすることは無かった。






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