セイレーンを倒した直後、突然現れたピーピングスパイダーに直慶が攫われた。
囚われの直慶を救うため、専用戦闘機ハニーコメットを駆って、ハニーたちはドルメックの移動
要塞へ急いだ。
狭いひとり乗りのコックピットに、ハニー、団兵衛、大子に赤カブまで押し込んで、スマートな
機体が一路、まだ見えぬ悪の居城に突入する。
ハリケーンハニーに変身していたハニーは、赤と青、白を基調としたライダースーツを身につけ
ていた。
身体の線がくっきりと浮き上がり、ハニーが操縦桿を操ると腕の筋肉の動きがよくわかる。

「ハニーちゃん、真っ直ぐじゃ。このまま真っ直ぐ飛んでくれい。これはやつらのエネルギー
反応に間違いない」
「ええ、私にも何か感じるわ」
「待っとれよ〜〜、悪党どもめ!」

ハニーと団兵衛が言うまでもなく、コスプレシティ上空には邪悪なオーラが満ちていた。
このまま夜が明けぬのではないかと思われるほどの暗さと重さだ。
団兵衛が後ろを振り向いて大子たちに言った。

「おまえら、見逃さんようにしっかり見とれよ!」
「おう!」

ハニーの表情が一段と引き締まる。

「急ぎましょう、直慶くんが待ってるわ」

* - * - * - * - * - * - * - * - *

「闇に眠りし邪悪な精よ、渦巻く欲望の闇に惹かれ、今こそ我らの前に現れ賜え……」

ハニーらが必死に探している要塞艦の中枢部で、男が邪神像の前で祈っていた。

装飾というより、武器としての実用性の方が強そうな飾り角や巨大な肩パッドのついた鎧を纏っ
ている。
背にはマントを背負い、まさに闇の魔王にふさわしい出で立ちであった。
総髪の髪は闇に溶けそうなほどに暗い濃紺で、太い眉が目の上を恐ろしげに覆っている。
身長は優に2メートルを超えそうな大男だ。
逆三角形の体型、分厚い胸板、パッドの下からでもわかる盛り上がったたくましい肩、はち切れ
そうな筋肉に覆われた腿。
全身が鍛え抜かれた身体、というより、野生の猛獣のような荒々しい肉体の持ち主だ。

その男−ドルメックは、祈りの言葉を続けながら邪神像を見上げる。
青銅製のような色合いだが、見た目では石とも金属ともつかぬ。
高さ7,8メートルに届こうかというその巨像は、土台に無数の裸体人体像が幾重にも重なり、
その上に君臨するように「神」がのしかかっていた。
人間の女体に獅子の手足と顔を持ち、背中には鷲の翼を拡げた異形の神であった。
たてがみのような髪がなびき、尾てい骨のあたりには何本もの尾が生えている。
ドルメックはかの像に、畏敬と親愛を込め、祈りを紡いだ。

「へっ! 何をするのかと思えばお祈りかよ!」

その言葉を邪魔するかのように、元気のいい暴言が飛ぶ。
攫われた早見直慶であった。

「なに企んでんのか知らないけど、おまえらの好き勝手にはさせないぞ!」

ドルメックはゆっくりと直慶を振り向き、薄く笑みを浮かべた。
何か言葉を掛けようとしたようだが、それより先に腹心であるブラックメイドンが少年に近づき
ながら言った。

「……ハニーが助けに来るってのかい? おめでたいね」
「そうさ、ハニーは必ず来てくれるよ!」

幼い声で辛辣な言葉を吐いているのはブラックメイドンである。
女性の肢体を象った鎧のような強化服を身にまとっている。
その背に大きな翼まで携えていた。
いや、違う。
着ているのではない。
幼い少女は透明な保管用ガラスケースのようなものに全身を覆われていた。
そして、その下半身だけがアーマードスーツを履いているような、異様なスタイルだった。
自分では直接手足を使えないということもあってか、この少女はサイコキネシスを始め、あら
ゆる超能力を駆使し行動する。

直慶を攫ったピーピングスパイダーも後ろから言う。

「あんな機械人形に何が出来る?」
「ハニーは人形じゃない!」

カッとしたように直慶が反論した。
スパイダーはへらへら笑いながら言った。

「おまえも真の姿を見たろう?」
「そ、それは……」

少年は悔しそうに顔を俯かせた。
セイレーン事件の際、ピーピングスパイダーはハニーとの戦いぶりを観察し、ドルメックに送信
していた。
そして最後に乱入し、偶然ハニーの身体をX線で照射したのである。
スパイダーとしてはアテがあったわけではない。
ドルメックに、ハニーの情報を出来るだけ集めるよう指示されていたため、ついでとばかりに
身体情報も得ておこうと思っただけである。

ドルメックの方は、ハニーが普通の人間ではないということは薄々気づいていたようではあった。
彼が次々と送り込んだ獣人たちを、苦もなく叩きのめし、退治していったというのはただ者では
ない。
生身の人間に出来ることではないのだ。

スパイダーはそのことを意識したわけではなかったが、X線映像を使わず、そのままハニーの
身体を照らしたのである。
彼女の身体は、輪郭を残して中の骨格だけが透けて見えるはずだった。
ところが、見えたのは骨ではなく身体のあちこちに設置されていた金属パーツや炭素フレーム、
チタンカーボネイド、炭素繊維だった。
人工筋や人造皮膚など生体パーツは透けたが、非生体部品はどうにもならない。

「それくらいにしておけ、スパイダー」

なおも言い募ろうとしていたスパイダーを、ドルメックが止めた。

「悪く思うな。これも運命と思って諦めろ」
「謝るくらいなら放せよ!」
「いや。せっかくだ、おまえにはもう一役買ってもらおう」

ドルメックはそう言うとブラックメイドンに目で合図した。
鎧に乗った少女が軽く顎をしゃくると、直慶は5メートルほどもふわりと宙に浮いてしまった。

「なっ、なにすんだ、このっ! はっ、放せ!」
「ここで放したら、あんた床に直撃するよ」
「だから下ろせ! それから放せよ!」
「注文が多いね。ん……?」

その時、異常を知らせる艦内警報が鳴り響いた。
メイドンが少女の声で愉しげに言った。

「……来たね」

艦の外では、ようやくドルメック艦を発見したハニーたちが、必死に接近を試みていた。
移動要塞は、艦のあちこちから砲座や砲身を突き出し、レーザーや熱線砲でハニーコメットを
攻撃している。
本来、単座機であるところに4人乗り込んでいるため、少々運動性能が落ちているようだが、
もともと機体ポテンシャルが高い上に、ハリケーンハニーの操縦テクニックも相まって、盛んに
撃ちかけてくる対空射撃などものともしなかった。
その様子がモニターに大きく映し出されており、直慶も息を飲んで見守っている。

「ハニー……」

思わずつぶやいた少年に、ドルメックは厳かに告げた。

「ふっふふふふ……。小僧、これから起こることをよく見ておけ。そして歴史の証人となるのだ」
「歴史の証人?」
「そうだ。暗黒時代の始まりをな」

ハニーがもう側にいることに力を得て、少年は強がった。

「黙れ! ハニーがそんなことはさせないぞ!」
「そうだな。おまえにはそれ以外にも面白いものを見せてやる。そっちの方は、きっとおまえも
喜んでくれるだろう」
「……」

魔王の不気味な物言いに、それ以上反発する気も失せて、少年はドルメックを見つめていた。

* - * - * - * - * - * - * - * - *

周辺空域では、相変わらず空中戦が続いていた。
巨艦に対するに単座戦闘機。
一対一には違いないが、象に蜂が挑んでいるようにも見えた。
象は自分の身体を七色に染めながら、夥しい光の帯を蜂に放っている。
小粒だが敏捷な蜂は、象の繰り出す攻撃をすいすいと避けてはいるが、それ以上のことはない。
攻撃しようにも、少々ミサイルやレーザーを撃ち込んでどうなる相手ではないからだ。

そして直慶もいる。
恐らく艦中枢に囚われているだろうから、こちらの攻撃で傷つくことはないだろう。
しかしドルメックやメイドンのことである。
これ見よがしに、直慶を艦側面に晒しておき、攻撃を受け流すくらいのことはするかも知れない。
とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかない。
ハニーは決心した。

「ひぇ〜〜、でけーー!」
「直慶はこんなやつらに攫われちまったのかい」

赤カブと大子が実に素直な感想を述べた。
彼ら夫婦は腕っこきの泥棒ではあるが、こんな大物を相手にしたことはない。
団兵衛が励ますにように言う。

「怖じ気づいたか?」
「ジョーダン!」

機体が急上昇し、至近に飛来してきたレーザーの光をかわした。
その残光を見ながら赤カブが言う。

「しかしよぉ、これじゃ近づけねえぜ」
「だいじょうぶ。このハリケーンハニーにお任せ」

ハニーは不敵な笑みを浮かべて赤カブに言った。
団兵衛が問い返す。

「何をするつもりじゃ?」
「こうするの!」

言うが早いか、ハニーは艦の上空から操縦桿を一気に押し倒し、今度は急降下してみせた。
途端に襲いかかる激しいGに、ハニーを除く全員が悲鳴を上げた。

「しっかり掴まって!」
「どわーーーーっ!!」

なんとハニーは、そのままドルメック艦に突っ込んだのである。
時代錯誤のカミカゼアタックと思いきや、彼女は冷静に計算していた。
突っ込んだのは回転砲塔の基部である。
デリケートな可動部でもっとも装甲しにくい箇所だ。
そこに、流線型よりさらに先の細長いハニーコメットが突入したのだ。
超合金Zを薄くコーティングしてある機体は、要塞のもっとも弱い部分を紙のように貫いて
いった。

機体どころかキャノピーも壊れないまま、ハニーコメットは艦内に滑り込んでいく。
中の機材や鉄骨を薙ぎ倒しながら、突き当たりの壁にぶち当たって、ようやく機が止まった。
キャノピーがバクンと開くと、あたふたと4人が機体から離れる。
途端に、あちこちから白い煙を噴いていたハニーコメットは大爆発を起こした。

ハニーらは、身体が転がるままに通風口と思われる大穴に落ちていった。
内部で無人砲台によるレーザー攻撃を受けたが、ハニーがコマンドスタイルのアーミーハニーに
変身し、すべてを銃撃で撃ち落として見せた。
通風口は通路の天上につながっていたらしく、ハニーらは左右にいくつもの部屋のある廊下に
降り立った。
ハニーはあたりを注意深く警戒しながら、傍らの団兵衛に聞いた。

「おじさま、わかる?」
「いいや、だめじゃ。邪悪なエネルギーが強すぎて反応が乱れとる」

ドルメックを目指して邪悪なエネルギーを頼りにここまで来たわけだが、ここはもうあちこち
からそのオーラが満ち寄せており、互いに反応し干渉し合って、かえって位置がわからなくなっ
ているのである。
しかし、ドルメックが近いことだけは間違いなさそうだ。

「こっから先は泥棒のカンだけが頼りだよ、あんた」
「おう、任せとけ!」

赤カブ夫婦が威勢良くそう言ったが、一歩踏みだそうとして躓いてしまった。

「なんじゃこりゃあ?」
「あっ!」
「え?」

手足に白く細い糸が絡みついている。
まるでピアノ線か何かのように強靱な硬さで、引っ張ろうともびくともしなかった。
大子たちはともかく、ハニーや団兵衛の力を持ってしてもダメだ。
四肢に絡んだ糸を引きちぎろうともがくハニーたちを天井が嘲笑った。

「ひぃっひっひっひっひっひ。ここはもう俺の結界だよ、逃がしはせん」

天井に行き交うパイプに、ピーピングスパイダーが張り付いていたのである。

ピーピングスパイダー。
ドルメックの側近というより、どちらかというと「使いっ走り」の印象が強い。
その名の通り、蜘蛛をイメージした形状をしている。
人の背中に大きな蜘蛛を背負ったようなスタイルである。
その蜘蛛には、きちんと八本の脚までついていて、当然これらは文字通り手足のように動かす
ことができる。
それ以外は人状だが、奇怪なのはその顔だ。

両目にあたる部分には細い筒のようなものが突き出ている。
よく見るとその筒の先にはレンズがついている。
望遠鏡のようにも見えた。
そしてその望遠レンズのような目は、両目の位置の他に、眉間にもついている。
三つ目なのだ。
彼は、あらゆる波長の「見る」ことが出来る。
望遠レンズの目は伸縮自在で、遠距離から超至近まで、あらゆる物体を捉えることが可能だ。
そして、彼の目に映った物体は、映像となってドルメックまで送信される仕組みになっていた。

「き、きさま!」

呻く団兵衛を後目に、スパイダーは蜘蛛のように敏捷に動き、ハニーの後ろに回った。
そして、その綺麗な顎を摘んで言う。

「けっけっけっけっ、それにしてもよく出来てるよなあ。惚れ惚れするほどだぜ」
「……気に入ってくれてありがとう。うっ……」

気丈に言葉を切り返していたハニーが、一瞬表情を僅かに歪めた。
スパイダーが、ハニーの豊かな胸をシャツの上から軽く揉んだからだ。
蜘蛛男の顔が、息がかかるほどにまで近づき、ハニーの肌を凝視している。
彼女はアンドロイドであった。

もっとも、アンドロイドとはそもそも「男性」を意味する「andro」という言葉と、「〜もどき」
を意味する「oid 」という接尾語の合成語である。
従ってアンドロイドとは厳密に言えば男性型人造人間のことだ。
故に、本来ならハニーは、女性型人造人間であるガイノイド「gynoid」と呼ばれるべきなのかも
知れない。
しかしアンドロイドという言葉があまりにも普遍化してしまったため、今ではほとんど男女の
区別をすることなく人造人間をアンドロイドと呼ぶのが一般的になっている。
だが、強いて区別なく呼称したいのならヒューマノイド「Humanoid」と呼ぶべきかも知れない。

ちなみに、よく似た意味で使われるサイボーグだが、これはアンドロイドとは似て非なるものだ。
アンドロイドが全身機械仕掛けの人造人間であるのに対し、サイボーグとはサイバネティック・
オーガニゼーション(cyb−org)の略であり、人体の一部を機械化した人間のことを言うのである。
つまり、早見団兵衛のことだ。

「くくくくっ、このまま俺のものにしちまいたいくらいだが……」
「……」
「ドルメックさまもお待ちだしな。ここはお預けだ」
「ああら、それは残念ね」
「くくっ、その強がった口がいつまで利けるか楽しみだぜ」

スパイダーは、涎を垂らしそうな顔でそう言うとハニーから離れた。
そして、背中から伸びた糸を掴むと、まるで投網のようにぐいっと持ち上げた。
途端に大子たちの悲鳴が上がる。

「きゃあ!」
「なにすんだ!」

脚に絡まった糸を引っ張られ、ひっくり返ってしまったのである。
スパイダーは、ハニー以外の三人に絡んだ糸のみをたぐり寄せ、そのままずるずると引きずった。

「おのれきさま、は、放さんかあ! 光子力ビーーム!」

手足は縛られていても、目から発するビームは使える。
しかし団兵衛がスパイダーに向かって放った一撃は、見えない壁にでも当たったかのように乱反射
してしまった。
殺気に気づいたハニーが叫ぶ。

「おじさま!」

スパイダーを覆った光の渦が晴れると、その隣にブラックメイドンがいた。
彼女がバリアを張ったのだろう。
少女は言った。

「スパイダー、そいつらを連れていきな」
「ん? バラさなくていいのか?」
「取り敢えずはいいってさ。そっちのおねえちゃんはあたいが連れていくから」

それを訊くとスパイダーはぼやいた。

「けっ、おいしい役はいつもそっちだ」
「そんなことないわ。終わったら祭場へ来いって」
「そうか」

蜘蛛男はいやらしい笑みを浮かべ、喚き続ける三人をひきずっていずこかへ去った。
ハニーが叫ぶ。

「おじさま! 大子さん!」
「他人のことより自分を心配したら?」
「あなた! もしおじさまたちに何かしたらタダじゃおかないわよ」
「そんなおっかない顔しないで、おねえちゃん。ほら」
「あっ……」

メイドンが顎を振ると、ハニーを拘束していた蜘蛛の糸があっさりと切れた。
ハニーは、赤く糸の跡のついた肌をさすりながら言った。

「どういうことかしら?」
「縛られてたいの? なら、そのままにしておくけど」
「いいえ、私そういう趣味はないの」
「あらそう。でも、すぐにそういうのが好きになるかもね」
「……どういうこと?」

訝しそうに眉を顰めたハニーにメイドンが言った。

「いずれわかるよ。で、おねえちゃん、自由になってこれからどうするの?」
「直慶くんを助けるわ。もちろんおじさまも大子さんも赤カブさんも。そしてみんなでここから
脱出するわ」
「……」
「でも、その前にドルメックを倒して、あなたたちにもお仕置きしなくちゃならないわね」

それを聞いた少女は、さも可笑しそうに笑った。

「お仕置きですって? あっはっはっはっは」
「……何がおかしいの」

こみ上げてくる笑いを抑えながらメイドンが言う。

「だって、これからお仕置きされるのはあんただもん」
「何を、わけのわからないことを……」
「そんなことより、ここは素直に通さないわよ。あたいの身体を傷つけることは誰にも出来ない」

今度はハニーが不敵に笑う番だ。

「そうかしら? ……ハニーフラーーッシュ!」

コマンド姿のハニーがバック転で高く宙に舞う。
アーミーズボンとシャツが裂け、新たに上半身濃紺、下半身真っ赤のキューティーハニールック
となっていく。
黄色いブーツがストッと床に着いた時には、もうすっかりキューティーハニーである。

ハニーフラッシュ。
それは、如月工学博士が発明した空中元素固定装置を内蔵したハニーが、装置を使用する時に
口にするキーワードである。
空中元素固定装置とは、大気中に漂う幾多の元素を取り出し、必要に応じて種類ごとに結合、
あらゆる物質を化学合成するというものだ。

大気中には、量的にはごく僅かではあるが、あらゆる物質が含まれている。
それを集めれば、どんな物でも作ることができるという理屈である。
その理論はわかってはいたが、実現するのはほとんど不可能で、「現代の錬金術」とまで呼ば
れていた。
それを実現したのが如月博士なのだ。

もともと、如月博士がハニーを製作した理由というのが、この空中元素固定装置をセットする
ためだった。
この夢の機械、それでいて悪用されれば世界を破滅させかねない機械の秘密を守るため、キュー
ティーハニーは生まれたのである。
彼女に、異様とも思える戦闘能力を付随させたのも、この装置を悪から守るためだ。

この試みは成功した。
装置を狙っていたパンサークローは如月博士を強襲し、徹底的に捜索したがついに見つからな
かったのだ。
如月博士自身は、彼らの手で殺害されてしまったものの、装置の秘密は守られた。
まさか人体に隠してあるとは思わないし、そもそもハニーがアンドロイドであるということすら
長いことわからなかったのだ。
始めからそうだと知っていれば、あるいは気づいたかも知れないが。
だから、キューティーハニーの第一義的任務というのは、空中元素固定装置を守ることである。
この装置の秘密を探ろうとするもの、奪おうとするものを敵と見なし、攻撃するわけだ。

しかし、如月博士の娘として育てられ、人間たちと生活するうちに、彼女は人の心を理解して
いった。
そして、人々の安穏を守ることこそが、すなわち装置を守ることにつながることに気づき、彼女
は生まれ変わっていったのである。

その空中元素固定装置だが、ハニーはそれを守る役割なのだが、彼女自身、それを利用もして
いる。
言うまでもなくハニーフラッシュ、つまりは変身である。
変身とは言っても、獣人化するわけではないし、姿形はそう変わらない。
大きく変化するのは服装や髪型くらいのものだ。
それを装置で発生させているのである。

ハニーフラッシュというのは、要するにハニーに内蔵された各種装置に命令を下す電子脳が、
身体の各所に伝える行動や動作のパラメータを変更しているのだ。
キューティーハニーは、通常の人間の限界値よりもおおむね4倍ほどの運動能力や筋力を持っ
ている。
ハニーが、ここいちばんの時は決まってキューティーハニーに変身するのは、各能力がもっとも
バランスしていて戦いやすいためである。
そうでなく、もっと特化した能力が欲しい場合は別のタイプに変身するのだ。

例えば、ライダースタイルのハリケーンハニーであれば、バイクだけでなく各種の乗り物の操縦
が可能となる。
テクニックも超一流となるわけだが、その分、他の能力が低下するのだ。
敵のアジトに忍び込んだり盗んだりする時には怪盗になったりするが、この時は観察力や視力、
聴力といった注意力が上がる。
格闘戦になりそうな時は、女子レスラーになったりする。
そういった場合は、体力や腕力、持久力の他、レスリングのテクニックも同様に身につけること
が出来る。
しかしレスラーとしてあまり必要でないとされる能力、例えば嗅覚であるとか知識であるとか、
そういう方面は押さえられる。

つまり、ハニー固体としてのキャパシティは概ね決まっており、それをオーバーすることは出来
ないのだ。
全体を10として、どの能力にどれくらいの力を振り分けるかを決定するのが「ハニーフラッシュ
」なのである。
そんな中、キューティーハニーになった時だけ、全体のキャパを超えるような能力を発揮する
ことがあるのだが、この理由はハニー本人にもよくわかっていない。

ハニーフルーレを手にし、その切っ先をメイドンに突きつけて叫ぶ。

「やってみなければわからないわ!」

そう言うと、剣を振るってメイドンに向かっていった。
重そうな鎧が、まるで綿毛のように舞い動き、少女はハニーの剣を軽くかわしていく。
背中の翼の効果もあるのだろうが、頑丈で鈍重そうな見かけに合わない俊敏な動きである。

「いやーーーっ!」
「はあっ!」
「ええい!」

ハニーの繰り出す突きや打ち込みを難なくかわしていたメイドンだが、攻撃はちっとも当たらない
のに一向に懲りた風が見えないハニーを鬱陶しく思ったのか、苦々しく言った。

「……言ってもわからない子にはこうするしかないわ」
「え? きゃああっ!!」

くわっと大きく目を開くと、瞳がブルーから赤く変わった。
その瞬間、ハニーは見えない力に弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。
それだけではなく、その壁をぶち破って隣の部屋に飛ばされてしまった。
床に転がっているハニーを見下ろし、メイドンは冷たく言った。

「これでわかった? あたいを倒すなんて誰にも出来ないの」
「そんなこと……やってみなくちゃわからないわ」

その言葉が終わった瞬間、またしてもサイコキネシスが発動し、ハニーの身体を壁にぶち当てる。

「ぐっ……」

一瞬呼吸が止まり、背中に激痛が走る。
壁を背にして倒れ込んでいる美女に、少女はもう一度言った。

「いくらやったっておねえちゃんに勝ち目はないよ」
「……ごめんなさい。あたしってあきらめが悪いの」

そう言い捨てると瞬時に態勢を立て直し、再度メイドンに突っかかった。
メイドンは、もう避けるのも面倒になったのか、今度は無造作に腕で剣を受けた。

「!!」

デューム鋼ですら切り裂くハニーフルーレが、メイドンの鎧の装甲で弾き返される。
斬れるどころか、傷すらつかない。

(そんな……)

ハニーは、フルーレを受け付けない敵に衝撃を受けた。
斬れないのはともかく、刃も立たない。
しかし、完全無欠の装甲など存在しない。
どこかに装甲の弱いところ、あるいは隙間があるはずだ。
それが見つかるまで、攻撃を続けるまでだ。

斬り込みは腕で受け止められ、突きはかわされているうちに、ハニーの動きが少し鈍る。
人間とは比較にならぬ許容体力を持っているが、疲労がまったくないわけではないのだ。
それを見越したのか、メイドンはまたしてもサイコキネシスを使い、ハニーを吹き飛ばした。

「うぐっ……!」
「あぐうっ」
「ああっ」
「ぐっ……」

ブラックメイドンは、キューティーハニーの身体をまるでボールのように扱い、壁と言わず天井
と言わず床と言わず、部屋のあちこちにぶち当てていた。
少女にとって、これは戦いではなく、単に相手をいたぶっているだけの感覚だった。
なにせ相手の攻撃をまったく受け付けず、こちらの攻撃は100%の確率で命中するのだから、
そう思うのもムリはない。

人外のハニーの身体は頑丈だが、それでも硬い金属壁に何度もぶち当てられていたらタダでは
済まない。
もちろん、ハニーをぶっつけられている形の室内もそうだった。
あちこちに大穴が開き、ひしゃげ、窪み、割れ、へこんでいた。
もはや部屋としての形態を保っていない。

「うあっ……」

天井に勢いよく激突させられ、そのまま床に落っこちてきたハニーに、メイドンが呆れたように
言った。

「おねえちゃん、ここまでされてもまだあきらめないの?」
「……あ、あきらめないわ。直慶くんをここから無事に連れ帰るまで……あきらめるわけには
いかないわ!」

それを聞いた悪魔の少女は声高に笑った。

「そんなにあの坊やが心配なんだ」
「あたりまえでしょ!」
「でも……」

メイドンは可愛らしく首を捻り、少女っぽい口調で言った。

「このままじゃ、おねえちゃんおとなしく来てくれそうにないし……」
「……」
「仕方ないけど、こうしようかな」
「え……? ぐっ……」

ブラックメイドンの腕が手刀を切ると、天上や壁から青っぽいガスが噴き出てきた。
甘いようで、少し刺激臭のある気体が部屋に満ち、ハニーとメイドンを覆っていく。

「こ、これは……」
「これ? ただのガスよ」
「ガスって、まさか……」

ハニーはハッとして鼻腔を押さえた。

「心配しないで、毒じゃないわ」
「……」
「あたいたちにとってはね。おねえちゃんにはどうか、わからないけどね」
「!!」

ハニーは焦って、防毒マスクを被った消防士か何かに変身しようとしたのだが、もう足腰に来て
いた。

「ぐ……」

たまらず片膝を突き、フルーレを床に突いて身体を支えた。

「ひ、卑怯だわ、こんな……」
「卑怯? そんな人間的な言葉や感情なんか意味ないわ。要は勝てばいいのよ。だいいち、おねえ
ちゃんだって人間じゃないじゃない」
「……く……」

なるべく吸わないようにはしているが、呼吸を止めるわけにもいかない。
彼女は人間と同様、呼吸をする。
酸素を必要としているのだ。
酸素の使い道は人間と違い、内蔵された起動ユニットを可動させるための燃料燃焼に使うのである。
だからむしろ、通常の人間よりは酸素を必要とするくらいだ。

ハニーの口や鼻を通って、ガスは確実に体内に侵入していった。
そんなに息苦しくはない。
だが、身体に力が入らない。
意識が朦朧としてくる。
なぜか身体が熱い。

「直慶……くん……」

ハニーの手から力が抜け、フルーレがカランと床に転がった。
メイドンは、気絶したハニーの脚を無造作に掴み上げると、そのまま引きずるようにドルメック
の待つ部屋へ向かった。




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