「またぞろ騒がしくなってきたようじゃのお」

テレビニュースを見ながら、早見団兵衛がつぶやいた。

「今度はどこですって?」

ハニーは読んでいた新聞から顔を上げて聞いた。
話題になっているのは、近頃コスプレシティを騒がせている大規模強盗団のことだ。
ここ2,3ヶ月、あちこちでかなり暴れ回っているらしい。
せっかくパンサークローを駆逐したというのに、平和は半年も保たなかった。

ハニーも団兵衛も気にはなっていたものの、警察で何とかなるのであれば、敢えて手を出す
つもりはなかった。
人知れず、この街を守っている彼女だが、どんな事件にでも顔を突っ込むわけではない。
あまりに彼女らが出しゃばりすぎて警察との軋轢が出来るのも困るし、彼らにもプライドが
あるだろう。
人間の手に余るような事件であれば、その時こそハニーの出番なのだ。
それまではおとなしく市民生活を送るだけだ。

今日もこうしてのんびりしている。
場所は赤カブたちの家のリビングだ。休日の昼間、部屋には全員揃ってくつろいでいた。
赤カブ、大子、直慶、団兵衛、そしてハニーである。
団兵衛がソファの肘掛けに肘を置き、頬杖しながら答えた。

「……よく知らんが、どっかの金融会社のようじゃの」
「俺、知ってるぜ。よくCM流してるもの」

そう言ったのは早見直慶だ。
赤カブ夫婦の子であり、ハニーに憧れる少年である。

「これも強盗かよ」

ぼやくように言ったのは赤カブ。
直慶の父だ。

「まったく最近の泥棒は品がないったらねえぜ」
「品じゃと?」
「おうよ。いいかい爺さん、泥棒ってのはな、江戸の昔から他人様のものを少々分けて戴くっ
てのを商売にしてる」
「少々のう」
「そうだよ。有り金残らず全部盗っちまうなんてのは野暮天のすることよ。おまけに、けが
人出すなんてのは下の下だ」

それを聞いたハニーがフフッと笑って言った。

「泥棒の仁義ね」
「その通り! さすがハニーちゃん、良いこと言うぜ」
「……泥棒にそんな立派なもんがあるのかよ」
「なんか言ったか、直慶」
「いや、別に」

赤カブたちがハニーの正体を知っているのと同様に、彼女も彼らの仕事を理解している。
社会的には犯罪なのだが、あまり悪辣なことはしていない。
目に余るようならハニーも一言言うだろうが、その辺は彼らも「仁義」を守っているようで
ある。
赤カブは不満そうに鼻を鳴らして続けた。

「だからな、貧乏人はもちろんだが、真っ当な暮らしをしてる庶民の家にも入っちゃいけね
えんだよ。俺たちゃな、不当に儲けてる連中からかすめ取ってるわけさ」
「その点は、こいつらも同じようじゃがのう」

そうなのだった。
問題の強盗団というのも、ほとんど一般住宅は襲っていないのだ。
襲撃されるのは銀行などの金融機関、大規模宝飾店などである。
市民の家が狙われたこともあるのだが、それは広大な邸宅を持つ富豪ばかりだ。
大口の仕事しかしないのであろう。
被害に遭っているのが高利貸しのローン会社や、阿漕な商売で儲けている金持ちが多かった
ため、世間的には快哉を叫ぶ者も多いのだ。
彼らは義賊ではないか、と。

「義賊ってことがあるかい」

大子が顔をしかめた。
団兵衛の娘であり、夫の赤カブを完全に尻に敷いている女傑である。
その行動力もテクニックも赤カブを凌いでいる。

「いいかい、義賊ってのはね、金持ちから奪ったカネを貧乏人たちに施すやつらを言うんだよ。
こいつらはそんなことしてないじゃないか」

その通りなのだ。
この強盗団は奪うだけで、貧民や社会施設などにカネをばらまいたなんて話はまるでないのだ。
ないのだが、カネのない者は襲わない、
襲われるのは一部の大金持ちであるという、まさにその点だけで、コスプレシティでの評判は
そう悪くはないのである。

「もっとも、それはおまえたちも同じじゃがのう」
「当たり前さね」

大子が啖呵を切った。

「こっちは生活のために戴いてるんだ。他人に分け前やるほど稼いじゃいないさ」

ハニーはくすくす笑っている。
彼女はここが、彼らが気に入っている。
気が休まるのだ。気遣いがいらない。
気を抜いていられる。

本来、ハニーは如月研究所跡に居住していたのである。
パンサークローの襲撃により研究施設は半壊しているものの、居住区は残っていたし、生活に
不便はない。
データ移送のためにも、そこに住んだ方が都合はいいのだ。
彼女もそう思ったのだが、団兵衛を始め、ここの一家がそれを止めた。
ここに住めばいいではないか、と。

当初、ハニーがアンドロイドと知っていたのは団兵衛だけである。
彼女の正体を赤カブや直慶たちが知ったのは事件後のことだ。
だからその時、ハニーはここを去るつもりだったのだ。
ところが、彼らはハニーに対する扱いをまったく変えなかった。
今まで通り、女性として──知り合いのお姉さんとしてつき合ったのだ。
だから食事も一緒にするし、遊びにも行く。
ハニーがシャワーを浴びれば、赤カブと直慶と団兵衛が覗きに来る。
ちっとも以前と変化なかったのだ。
ハニーは何となく嬉しかった。
ここにいる限り、自分は人間でいられるような気がしたのである。

「それにしても、これで何件めかしら?」

ハニーが問うと、団兵衛は首を傾げた。

「どうだったかのう……10件くらいはいっとるか」
「どっちにしたって迷惑な話さ」

大子が毒づく。

「この下品な連中が暴れ回ってるから、こちとら商売上がったりだよ」
「なんでさ」
「だから。こいつらの襲撃を恐れて、どこもかしこも警備が厳しくなってんだよ。あたしら
みたいな昔気質の泥棒には甚だやりにくいんだ」

暴力で押し入る強盗対策なのだから、普通の泥棒だって入りにくいのは確かだろう。
この強盗団の暗躍のせいで、各金融機関は警備員を大幅に増強したし、警報システムも念入りに
セットしている。
真っ当な泥棒にとっても、やりにくいったらないのである。

「それだけじゃないわ。昨日は警察署まで襲われてる」
「警察だあ?」
「それも強盗団かい?」
「いいえ、違うわ」

ハニーは新聞を読みながら言った。

「これは別みたいね。いくら腕に自信がある連中でも、警察署を襲ったって意味ないでしょ」
「そりゃそうだ。サツに押し入ったってカネがあるわけじゃなし」
「記事はどうなっとるんじゃ、ハニーちゃん」

団兵衛が覗き込んだ。

「……この記事だけじゃよくわからないわね。ただ襲われたってあるだけ」
「まさか同一犯か?」
「違うと思うけど……。でも、そうだとすると、武装強盗団の他にも、警察を襲うような訳の
分からない武装グループがいるってことになるわ」
「物騒な話だな」

赤カブがぼやいた。

「真っ当な泥棒はな、サツには逆らわねえんだ。捕まったのは自分が悪いからだ。捕まりそうに
なったら逃げるだけさ。手は出しちゃなんねえ」
「おまえさんの哲学はもういいよ。問題はハニーちゃんが言った通り、この街には今、ぶっそう
な連中がふたつもいるってことじゃないか」
「……」

大子の一言で、場はシーンと静まりかえった。

「……ったく、商売上がったりだ」

大子が、また同じことを言った。

────────────────

情勢が変わったのは、そのすぐ後だった。
ハニーたちが強盗団の話をした2日後、彼女は市長に呼び出しを受けたのである。
ノックしてドアを開けると、そこには懐かしい顔があった。

「やあ、よく来てくれたね」

ライト市長である。
以前、ハニーは「如月ハニー」を名乗って、彼の秘書を務めていたのである。
その後、覚醒し、キューティハニーとして生きることになって秘書を辞任した。
だから市長の方は、彼女、如月ハニーがキューティーハニーだということを知っている。

だが、それを知っているのは、赤カブ一家を除けば市長だけであり、こうして公の場に訪れる
時はキューティーハニーのスタイルではない。
今日の格好はと言えば、タータンチェックのハンチングをかぶり、同じ柄のスラックスとチョ
ッキを身につけている。
チョッキの下は真っ白のシャツで、襟元には棒タイを締めていた。
シャツの上には、ズボンを吊っているサスペンダーがあった。
見た目通りの探偵ルックというわけだ。

市長は、警察では解決が難しい事件の場合、こうしてハニーに仕事を依頼しているのである。
もっとも、彼もハニーと同じ考えで、基本的には警察に当たらせ、その手に余るものだけを
依頼するようにしていた。
あまり派手に活躍させて露出させては、彼女の正体がバレる恐れがある。
せっかく一般人の生活を楽しんでいる彼女のプライベートを大切にしてあげたかった。

握手を求め、自然にすっと伸ばした手をハニーも握り返した。
市長は、女性秘書に自分とハニーの紅茶を煎れさせると、その場を下がらせた。
彼女を追うハニーの目が感慨深そうになっているのを、市長は好ましそうに見ていた。

「それで、お話というのは?」

ハニーは、ソファに腰を下ろすと単刀直入に聞いた。

「ああ……」

ライトの顔が曇る。
そして数日分の新聞をテーブルに投げ出した。

「君も知っているとは思うが、ここしばらくこの市に武装強盗団が現れている」
「知っています」

この前、直慶や団兵衛たちと話していたことだ。
市長はうなずいた。

「派手に暴れ回っているから、当然きみの耳にも入っているだろう。あちこち手荒くやられて
いて、警察や私の面目は丸つぶれだ」
「……」
「いや、私のメンツなんかどうでもいいのだが、このままやつらをのさばらせておくわけには
いかん。どういうわけか、連中が襲うのは大金持ちが金融機関ばかりだから、市民たちには大
きな被害は出ていないのだが……」

そう言ってから市長は苦笑した。

「いや、私がこんなこと言ってはいかんな。金持ちだろうがそうでなかろうが、私の市民には
違いないのだ」
「そうですね……」
「それに、直接的な被害はないが、社会不安が起きているのは確かだ。市民たちは、警察が役
に立っていないと思っているだろう」

これだけ襲われ続けて、しかも犯人を挙げられないどころか、特定も出来ないのであれば、
それもやむを得まい。
ハニーはそう思ったのだが、市長はさらに驚くべきことを言った。

「それも仕方ないがね。こうして警察署まで襲われてしまっては……」
「なんですって?」

ハニーは仰天した。

「昨日、警察署が襲われた記事は私も読みましたけど、それって、この強盗団の仕業なんですか?」
「恐らく間違いない」
「なぜそう言えるんですか?」
「手口が同じなんだ。マスコミには伏せているがね」

襲撃された警察署は、ほとんど全滅の状態だったらしい。
生き残ったのは事務員ばかりだそうだ。
そう言ってライトはハニーに何枚もの写真を見せた。
ハニーが思わず顔をしかめ、背けたのを見て、市長は謝った。

「すまんね。本当は、こんなものを女性に見せたくはないのだが……」

市長の顔が暗い。
その写真には、主に被害者の様子が写っていたのだ。
酸鼻極まる写真だった。
なにしろ、まともな人体がひとつもないのだ。

手足が千切れ、首が飛んでいる。
上半身がちゃんとしていたと思ったら、腰から下がない。
ひどいのになると、顔が下顎しかなく、上顎から上がなくなっていたり、内臓が引きずり出さ
れて腹腔が空っぽのものすらあった。
眉間に皺を寄せながら、それらの猟奇的な写真を見ていたハニーがつぶやいた。

「これ……人間がやったことなんですか?」
「というと?」
「例えば……」

ハニーは、幾分当惑したような表情で言った。

「例えば、何か得体の知れないケダモノだとか、ロボットだとか……」
「それは何とも言えんのだが、少なくとも人型はしていたらしい」
「……」

ということは、自分のようなアンドロイドの可能性もあるということなのだろう。
ハニーの顔も暗かった。
ロボットにせよアンドロイドにせよ、それを製作するにはロボット工学三原則を遵守しなけれ
ばならないのは当然ある。
悪党にそんなことを言っても始まらないのではあるが。

「それで、警察署を襲って彼らは何をしたんです?」
「……何も」
「は?」
「何もしとらんのだ」

市長は吐き捨てるように言った。

「襲われたのは32分署だが、何か奪われたとか、そういうことはなかったそうだ。実を言え
ば、当時この署には、先日行われた麻薬取引事件の際に押収した合成麻薬が100キロ近く
あったらしい。取引現場を押さえたから、麻薬はもちろん取引に使われる予定だった大金も
あったそうだ。それらは手つかずだった」
「……」
「これはいったいどういうことだと思うかね、ハニーくん。彼らは警察署を襲っただけで引き
上げている。事前に麻薬やカネがあったことを知って襲ったのなら、これを強奪していなけれ
ば辻褄が合わない。知らなかったとすれば、警察を襲う意味がわからない」

その通りだろう。
わざわざ武装警官のいる警察署を襲撃する意味などないはずだ。
当時の32分署が麻薬や現金を押収したことを知っていて襲ったのなら、それを奪っていない
理由が不明である。

「……わかりませんね」

ハニーは軽く首を振った。デティクティブハニーになっているのだから、推理能力は通常の
数倍あるのだが、それだけではわからない。
ハニーは鋭い目つきでライトに言った。

「他にまだ何かありませんか?」
「……」

まだ口を付けていない紅茶はすっかり冷めている。
ライトは目を閉じて腕を組み、おもむろに立ち上がった。
そしてデスクの引き出しから一葉の写真を持ってきた。

「これは?」
「なんだと思うかね?」

もともとは小さな写真を引き伸ばしたものらしく、粒子が粗かった。
それでも大まかな情景はわかる。
夜だ。
壁越しの施設が火災のようである。
窓から火を噴いている。さらに、何か光の線があちこちに走っていた。
火線に見える。
粗い写真の上、夜の風景でわかりにくかったが、よく観察すると、黒くずんぐりしたものが
うずくまっている。
生き物ではない。目を凝らすと、それはどうも……。

「戦車……?」

ハニーのつぶやきに、市長はゆっくりうなずいた。

「てことは……軍の基地ですか!?」

ライトはこれにもうなずいた。

「その通りだよ、ハニーくん。それは市の郊外にある陸軍駐屯地の写真なのだ」
「火事のようですが……」
「それも連中らしいのだ」
「なんですって!?」

今度こそハニーは驚いた。
警察どころではない。なんと軍隊を襲撃したらしい。

「どういうことなんですか」
「わからん。軍も軍警察も、何もはっきりしたことは教えてくれん。ただ、その夜、軍基地が
何者かに襲われたことだけは事実のようだ。市民病院にも、多数の兵隊が収容されている」
「そんな……それで軍は何と言ってるんですか!?」
「もちろん演習だ。そう言うしかないだろうよ」

実際に屋外演習がある場合は、それが例え駐屯地内であっても、事前に市や市長に連絡がある
らしい。
それは当然で、実弾を使えばもちろん、例え空砲であったとしても銃砲声は響くわけだし、
爆発もあるだろう。
何も知らずにいれば、周辺住民たちが不安になり、何事かと思うのは当たり前だ。
そのために演習時は必ず事前通告があるはずなのだ。
ところが、その晩に限ってはそれがなかったのだそうだ。
基地の周囲に住む市民たちが市へ抗議してきて、初めてライトも知ったらしい。

「それで私も陸軍に抗議したんだがね。演習をするならするで、事前に知らせてもらわないと
困る、と」
「軍は何と?」
「いや、抜き打ちでやることもある、というんだ。そうでなければ奇襲された時の訓練になら
んとね」
「……」
「それはそうなのかも知れないが、どうにも様子がおかしいんだ。演習でけが人が出るのは
仕方がないのだろうが、市民病院にまで大勢収容されている。ということは、陸軍病院は、
もう満杯だということだろう」
「……」
「つまり、それほど多くのけが人……あるいは死傷者が出たということだ。内密に調べさせた
んだが、どうも演習ではなく……」
「襲撃された、と……」

ライトは重々しくうなずいた。

「襲われたのが事実だとしても、軍の立場からして警察には泣きつけないだろう。もともと軍
と警察は折り合いが悪い。増して、重武装の軍があっさり敵にしてやられた、なんてことがわか
ったら、これは信用問題だからね。言えないのはわかるんだが……」
「これが同じ犯人だとした根拠は何です?」
「遺体の状況が同じらしいんだ。市民病院の医師にそれとなく尋ねたのだが、どうも五体満足
の遺体はほとんどないらしい」

訳がわからない。
警察もだが、軍を襲っても金目のものなどないだろう。
聞いてみると、やはり人的、あるいは装備品、施設以外の損害はないらしい。
武器弾薬が強奪されたとか、機密資料が盗まれたとか、そういうことは一切ないようなのだ。

「申し訳ないが、これくらいしか情報はないのだ。彼らが一体何者なのかはもちろん、何を狙っ
ての犯行なのかもわからない。金銭に興味がないのかと思いきや、銀行を襲った時はちゃんと
現金を盗んでいるし、宝石店を襲撃した時は貴金属を強奪している。かと思うと、警察や軍基地
まで襲って、そっちは何も盗っていない」

確かに支離滅裂だ。
ライトは、さっぱりわからんと言ってソファに寄りかかった。

「どう思うね、ハニーくん。こいつら、一体何を考えてると思うかね」
「わかりません……。でも、どの事件でも必ずやっていることはあります」
「何かね」
「殺人です」

そう。
どの現場でも、必ず人は殺している。
それも残虐に、である。
ということは、殺人淫楽症なのだろうか。
市長がそう問うと、ハニーは首を傾げた。

「そうかも知れません。これは感じですけど、お金を奪っているのは、何となく「ついでに」と
いう気がしますし」
「ということは、あくまで目的は人殺しで、強盗の方は付随的なものだ、と?」
「ええ……。それにしたって、おかしい気がしますけど」
「そうか……」

市長は立ち上がり、窓から市街を眺めた。

「あと、わかっていることと言えば、複数犯であることくらいだ」
「手際よくって感じなんですか?」
「いや、そうではなくて、殺し方に特徴があるのだ」

発見された遺体でわかるのだそうだ。
どれもが惨たらしいものなのだが、大まかに言って三種類あるらしい。
ひとつは、とてつもない馬鹿力で人体を引き裂いているとしか思えない遺体。
ひとつは、鋭い刃物で切り裂かれ、切断されている遺体。
そして、矢が刺さっている遺体。
ちなみにこの矢は、現時点で金属なのか陶製なのか、それすらわからないのだそうだ。
未発見の元素から作られたものらしい。

そして、その強盗団は2人で襲うこともあれば3人のこともあり、また1人のこともある。
それはまちまちで特に規則性はないのだそうだ。
何しろ生存者がゼロなので、それくらいしかわからないのだ、とライトは言った。

「とにかく君に頼むしかあるまい。武装警官はおろか、軍まで相手にならんとすればな」
「……」
「事件発生が確認されたら、警察へ情報を下ろす前に知らせる。何としても……」

市長は振り返ってハニーを見据えた。

「何としてもやつらを退治して欲しい。これ以上の暴虐を防がねばならん」
「わかりました。微力を尽くします」

────────────────

深夜のコスプレシティ。
その闇を縫うようにして、身軽にビルとビルの間を跳躍している肢体があった。
しやなかなその体つきは女性のようだ。
彼女は、街を歩く人々に気づかれぬまま、郊外へと移動して行った。
市長が見れば、それがキューティーハニーだと見抜いたことだろう。

「……ただいま」
「おう、どうじゃった?」

ハニーは如月研究所跡に帰還した。
待ちかねたように団兵衛が出迎える。
そしてハニーの腿から血が滴っているのを見て慌てた。

「ぬ、ケガをしておるじゃないか、ハニーちゃん!」
「あ、もう平気よ」

ハニーは、何でもないというように笑った。
すぐにメインルームへ行き、データシートに腰掛けた。
ヘッドギアをかぶり、計器の調整を行う。
その間、団兵衛はハニーの脚の傷を治療していた。
老人は眉をひそめた。

「……だいぶ深手のようじゃな。腿を貫通しておるぞ」
「弓矢でね……」

敵の矢を受けてしまったのである。
激痛が走ったが、すぐに引き抜き、そのまま戦闘を継続したのだ。
そう言うと団兵衛は軽く首を振った。

「相変わらず無茶をしおるわい。ハニーちゃん、少しは自分の身体を大切にせい」
「大丈夫よ。だって、私はアンドロイドだし……」

そう言った美女の表情は少し寂しそうだ。
察したのか、団兵衛がおどけたように言った。

「ま、わしだってサイボーグじゃからな。首を飛ばされたって死なんわい」
「そうね……。私も死なない……というか、死ねないのね……」
「……」

しんみりしそうになるところだが、そういった雰囲気は団兵衛にもハニーにも馴染まない。
ふたりは顔を見合わせると、にっこり笑った。

「まあ生身の人間どもは、不死に憧れるものじゃがな。わしらがそうだと知ったらうらやまし
がるじゃろうて」
「そんなことないのにね」

ハニーがため息をついた。
団兵衛も深くうなずく。

「死んだ方が楽じゃと思うことだって多いしのう」
「ええ。痛いとか苦しいとかって感覚が、私たちだってあるんだもの。人間だったら、とても
生きていられないくらいの傷を負った時なんか、痛いわ苦しいわで、ホントに死ぬ思いなのに」

団兵衛も黙ってうなずく。

「そして意識がすうっと遠くなって、ああこれで死ねるのかなって思うと、また意識が戻る。
傷が治って痛みも消えてる。いいことなのかも知れないけど、死ねないってことは、要するに
それを何度も味わわなくちゃならないってことなのよね」
「……そうじゃな」
「死ぬほどの苦しみって言うけど、私たちにとっては実感ある言葉よね」
「……後悔しとるのか、ハニーちゃんは」

アンドロイドとしての生命を受けたことを悔いているのか。
もういやなのかと老人は問うた。
ハニーは、美女には似つかわしくないほどの親しみやすい笑みを浮かべて首を振った。

「そんなことないわ。私は、この命をもらったことでお父様に感謝しているもの。お父様が
いなければ、アンドロイドとして生を受けていなければ私はいないのだし」
「……」
「そうなら、おじさまや直慶くんたちに会ってもいなかったわけでしょ?」
「装置の秘密を守り、人知れず悪人たちと戦い、こうして傷つき、苦しむことも受け入れら
れるのかの?」
「もちろん」

ハニーは笑った。
しかしその笑顔は、隣のお姉さん的なものではなく、むしろ不敵ですらあった。

「空中元素固定装置を守ることはお父様の遺志だし、この街を、直慶くんたちを守るのは私の
生き甲斐なの。そりゃあケガもするし、痛い思いもするし辛いこともあるけど……いいんだ、私」
「そうか」

団兵衛は視線を外した。
どんな顔をすればいいのかわからないのだろう。
だが、ハニーの方を振り返った時は、もういつもの団兵衛だった。

「それにしても、例の強盗団めが、ハニーちゃんに手傷を負わせるとはなかなかやるようだのう」
「そうね。こっちの油断もあったかも知れないけど」
「そうなら、今度はわしも出るぞ」
「それはいいわよ」

ハニーは言った。

「だって、おじさまの活躍は派手なんだもん。あっちこっちにボップミサイルやロケットパンチ
を打ち込まれたら、周辺の被害が甚大よ」
「ぬぬ……」
「それに、それを街の人に見られたら、ここにいられなくなっちゃうわよ」

二の句が継げない団兵衛に、ハニーが微笑みかけた。

「それよりおじさま、早く手伝って。今回の戦闘データ、早くデータベースに吸い上げましょう」

────────────────

ちょうど、その頃。
コスプレシティ南端にある如月研究所跡と正反対にある、北端の地。
そこには、パンサークローとの戦いの際、破壊された製薬会社の工場跡があった。
工場施設は、その90%が破壊され、もはや復旧不可能として放置してある場所だ。
そこに浮浪者や犯罪者が住み着いているという情報もあり、ライト市長としては早々に瓦礫の
撤去、再開発を行いたいところなのだが、度重なる重犯罪の発生の対処と予算不足で、やむ
なくそのままになっている土地である。

確かにそこには不審者どもが住み着いていた。
だが、それも三ヶ月前までのことだ。
今では新たな住人たちがいた。
不審者という意味では変わりはないのだが、彼らはこのもともとこの街の住民ではなかった。
よそ者である。

彼らは定住地を持たなかった。
街から街へと移動し、略奪、殺人を繰り返す無法者である。
彼らこそ、先日来この街を騒乱させている武装強盗団であった。
市長らは強盗団と称し、大人数だと思っていたが、実は違う。
彼らは基本的には三名なのだ。
その都度、下っ端やザコは増えるが、こいつらは消耗品であり、仲間とは思われていなかった。
なにしろそいつらは、彼らによって「造られて」いたのだから。
人造生命体だったのである。

その廃工場の一室。
元工場長室だった部屋に3人はいた。
小さなテーブルを囲んだソファに腰掛けている。
どれもボロボロだったが、そんなことは気にもしていないらしい。

いちばんマシだと思われるソファに腰掛けているのは女性のようだ。
大柄で180センチくらいはあるだろうか。
肉感的な肢体だが、太っているという印象はない。
腿や尻が発達しているという感じだ。
身体にぴったりとしたコスチュームを身につけているところからして、よほどスタイルに自信が
あるのだろう。
ヴァイオレットと黒を基調とした、暗く鋭いデザインのスーツだ。
美人と言える顔つきだが、目つきが鋭く険がある。
おまけに濃紺のアイシャドウを使っているため、余計に目つきが悪く見える。
もっとも、彼女はそんなことはちっとも気にしてはいなかったのだが。

その右に座っているのは、見るからに他人を圧倒しそうなマッチョマンである。
瘤のように盛り上がった筋肉を誇示しているのか、上半身は裸である。
下にタイツのようなものを履いているだけだ。
禿頭で眉が太い。
どちらかというと愚鈍そうな顔つきだ。

左にいるのは反対にスマートな体つきの男だ。
標準的な体格なのだが、異様なのは何も着衣を着けていないことだ。
そして全身が青銅色に輝いている。
頭髪もあるのだが、同色だ。
筋肉男よりは冷静そうなイメージだが、その表情はわからない。
サングラスを掛けているのだ。
その男が言った。

「……まさかレライエまでやられるとは思わなかったな」
「そうだね」
「で? どうするんだ、姉貴」

姉貴と言われた女は、弟たちの方を見もしないで冷たく言い放った。

「いいから黙って見てなよ、カイム」
「……」

カイムと呼ばれた男は、再び姉の正面に据えられた大型液晶画面に目をやった。
そこには、キューティーハニーとレライエの戦闘シーンが投影されている。
退屈そうに鼻をほじりながらマッチョがぼやいた。

「なあ、姉御。こんなもん見たって意味ねえぜ。もったいつけてねえで、さっさと片づけようぜ」
「黙ってな、アスタロ」
「……」

姉の命令は絶対なのか、筋肉男は黙った。
画面には、レライエの弓から放たれた矢が、ハニーの太腿に突き刺さった場面が映っていた。
さすがにハニーも、ガクンと膝をついた。
同時に5本の矢を放つことが出来るレライエの技を避けた時は、三人から感嘆の声すら上がった。
だが、3本の矢を僅かずつタイミングをずらして放つ技量には、さすがのハニーも対処し得なか
ったようだ。

一本目の矢をフルーレを弾き飛ばした時、そのすぐ後に二本目、三本目の矢が飛来してきたのだ。
二本目を左手素手で払ったのは驚くべき技だったが、三本めはどうにもならなかった。
それが左腿にグサリと刺さったのだ。
矢はハニーの太い股を貫いていた。
ほぼ真ん中を貫いていたから、骨を砕くか突き通していたはずだ。
だからこそ彼女も膝をついてしまったのだ。

レライエがにやついたのが見えた。
勝利を確信したのである。
弓に五本の矢をつがえた。
そしてそれを放った時──ハニーは跳躍したのである。
大腿骨を砕いたはずの矢を引き抜き、それを投げ捨てて女は飛びずさった。
レライエが驚嘆する暇もなく、ハニーのフルーレが額を貫き、その先端が後頭部に突き抜けて
いた。

「おう」と声が上がった。
アスタロだ。もうひとりの弟──カイムは頬杖を付いたまま、黙って見ていた。
姉──リリが言った。

「どうだい?」
「……なかなかやるようだな」

カイムが静かに言った。

「メアと言い、レライエと言い、かなりのやり手だったはずだ。それをひとりで片づけるとは
な……」
「だがよ、兄貴」

マッチョが言った。
カイムが兄らしい。
つまり長姉がリリで次がカイム、末弟が筋肉のアスタロなのだろう。

「所詮、女だ。どれほどのこともねえだろうさ」
「まったくおまえはオツムが足りないねえ」

リリが頭を振った。

「気づかなかったのかい?」
「何をだよ」

不満そうに言う不肖の末弟に、姉は言った。

「じゃあ、もう一回見せるからよく見てな」

そう言ってリリは、メアとの格闘シーンから上映し直した。
画面には、長剣を持ったメアとフルーレを操るハニーの剣闘が映っている。
キン、カン、と、刃物が激しく接触する金属音を発している。

メアは剣術に特化した人造人間だ。
それとまともに戦える人間がいるとは思えないが、画面には彼を圧倒している女がいる。
それでも、無傷ではいられなかったらしい。
メアもあちこち傷ついているものの、メアの剣も女に触れていた。
メアの切っ先が女の左二の腕に掠った。
音声はないものの「くっ」と呻いた女の苦鳴が聞こえるかのようだ。
傷は浅手だが、確かに左の上腕部を斬っている。
スーツが斬れて、下の皮膚も切り裂かれていた。
その証拠に、血しぶきが飛んでいる。

女は、フルーレを持ったままの右手で、左手の傷口に手を当てている。
そこから血液が零れた。
メアはさらに斬りかかる。
しかし女は、傷など気にもしないように手を離し、右手のフルーレを振るった。
リリはそこでモニタを止めた。

「ここだよ」
「あ?」
「よく見な」

コントローラを操作し、女──ハニーの表情をアップした。
不敵な表情が浮かんでいる。
ちっともメアを恐れていない。
そこから画像は巻き戻され、メアの剣がハニーの左腕を切り裂いたシーンまで遡った。
その瞬間、あるいはその直後の女の顔がクローズアップされた。
眉をひそめている。
顔をしかめている。
明らかに痛みを感じているのだ。
そのままビデオは先へ進む。
ハニーがフルーレを振るって、メアの右胸を貫いた時には、苦痛の表情は消え失せていた。
カイムがつぶやいた。

「……ちっとも痛がっていないな」
「そうさ」
「じゃあ、あの女は痛みを感じないってのか?」

末弟のアスタロが眉を寄せた。
だとしたら強敵だろう。
痛みを感じない敵なら、こっちの攻撃を恐れることはない。
そう思ったのだ。
姉は小馬鹿にしたように言った。

「少しは頭を使いな。もう一度見せるからよく見なよ」

画面は、再びメアの剣がハニーの左上腕部を切り裂いた状況を映し出した。
そこでリリがストップモーションをかけ、画像が止まった。
そこでハニーの顔をアップにする。ハニーは顔を歪めていた。

「……痛てえのか」
「そうだね。あの顔は痛みを感じてるんだろうよ」
「……」
「ところがね」

今度はビデオを早送りにする。ハニーがフルーレを構え直したあたりだ。
そこでまた画面を止め、ハニーをアップにした。

「わかるかい? ケロッとしてるだろ」

黙っていたカイムが口を挟んだ。

「そう見えるだけなんじゃないのか?」
「それならそれでもいいんだけどね……」

姉は早送りにして、今度はレライエとの戦闘シーンを探し出した。
画像が乱れ、一瞬止まった。

女の左腿にレライエの放った矢が深々と刺さっている。
今度は顔をアップにしないでも、ハニーが苦痛を感じていることがよくわかった。
ガクリと膝を着いている。
傷口からは血が滴っていた。
カメラ視点がハニーの後ろに回った。
腿の裏側から矢先が30センチほども突きだしていた。
貫通しているのは間違いない。

そしてレライエが次の矢をつがえた時だった。
ハニーは両手で矢を掴むと、それを一気に引き抜いたのだ。
鏃は、簡単には抜けないように鉤状になっている。
それを無理に引き抜いたのだ。
肉が裂ける音が聞こえた気がした。

さらに驚くべきことに、女はバック転してのけた。
傷ついた左足を庇っている様子はない。
驚愕するレライエを嘲笑うかのように、ハニーの必殺の剣が襲いかかる。

「……なるほど、もう感じていないように見えるな」
「そうさ」
「だがよう姉貴」

筋肉男が吠えるように言った。

「我慢してるだけじゃねえのか? 本当は痛いのを堪えてんだよ」
「おまえくらい神経が鈍けりゃあたしもそう思いたいところだけどね。だけど矢を喰らった
瞬間なんかを見ても、かなりの激痛を感じていたはずだよ、あの女は」
「ポーズということはないか?」
「ポーズ?」

弟よりは頭が切れそうな兄が言う。

「つまり、痛手を受けたような顔をして相手の油断を誘うとか」

そう言えば、レライエもハニーががっくり膝をついたのを見て、勝利を確信したかに見えた。
そこから油断を引きずり出したということか。

「悪くない見方だね。でも、あたしはそういうことでもないように思うのさ」

リリがつぶやいた時、室内に一羽の小鳥が飛び込んできた。
すぅっとモニタの上に留まる。

「帰ってきたようだね。すぐモニタに転送しな」

異様な鳥だった。
見た目はほとんど駒鳥と同じなのだが、首から上がない。
小さな嘴と淡いらしい顔の代わりに、小さなレンズを備えた小型カメラが乗っていた。
リリが送り込んでいる偵察用メカである。
襲撃地にはすべて送り込み、その映像をこうして確認しているのだ。
メカ鳥のレンズがチカチカ瞬くと、モニタの映像が乱れだした。
送信しているのである。

「どこに送ってたんだ?」
「なに、あの女の後をつけさせたのさ。どうも普通の人間には思えなかったからね。レライエが
やられた後、すぐにね」

画面に映像が復活した。
女は、なかば崩壊していた施設に入っていく。
門柱を通り過ぎた時、リリが叫んだ。

「お待ち!」
「?」
「巻き戻しな。それと拡大画像を出すんだ。いや、女じゃない。その門を焦点にするんだ」

モニタには門柱が拡大されて映った。
見えにくかったが看板が掛かっている。

「如月……工学研究所だって?」
「知ってるのか、姉貴」
「知ってるも何も……」

リリも科学者の端くれだ。
如月工学博士のことはもちろん知っている。
理論上は確立されていても実現は不可能とされた空中元素固定装置。
現代の錬金術。
それを開発した唯一の男なのだ。
これさえあれば無から有を生み出せる。
いや、実際には空気中にある各種元素を集めて構成するのだから、正確には「無から有」とは
言えないが、現実的には似たようなものだ。

秘密結社パンサークローはこれを狙って如月研究所を襲撃、博士を殺害している。
ところが、どうしても装置自体は発見できなかったのである。
開発書類を含め、それがどこにあるのか不明とされている。
博士が殺される時、後顧の憂いを絶つために破壊し、焼却したのだと言われていた。
その研究所に出入りしている女がいる。
リリは唖然としながら聞いた。

「この女……なんていうのか知ってるかい?」
「ああ? ああ、聞いたことあるぜ。確か……」
「街の連中はキューティーハニーとか呼んでいたな」
「キューティーハニー……。ハニー? 待てよ……」

確か、子のない如月博士のもとに突如現れた「娘」というのが、如月ハニーと言うのではなか
ったか。
そうか、キューティーハニーとは如月ハニーなのだ。
ということは、この女が装置の秘密を握っているのではないか。
あまつさえ、こいつはただの女ではないのではなかろうか。

「なんでもいいさ」

アスタロが立ち上がった。
毛髪のない頭をぼりぼりと掻いている。

「要はあの女……ハニーか? そいつをぶちのめせばいいんだろう」

にやっと邪悪そうな笑みを浮かべた。

「ひさびさに骨のありそうなやつじゃねえか。退屈しのぎにちょうどいいぜ」
「そうだね……」

リリは考え考え言った。

「いいだろう、今度はあの女をやりな。おっと、おまえは女には興味がないんだったね」

あまりにも猟奇的かつ惨殺の状態がひどいため、あまり目立っていないのだが、犯行現場に
いた人間の中には凌辱された者もいた。
無論、その後殺されてしまっているため、警察にはわかっていないのだろう。
これには男女の区別はない。
女はもちろん、男も強姦された痕跡があった。
男を犯していたのは、マッチョの同性愛者アスタロだったのである。

「それがよ、姉貴」

アスタロは舌で唇を舐め回しながら言った。

「俺、あの女を犯ってみてえんだ」
「へえ」

リリもカイムも目を丸くした。

「どうした風の吹き回しだい? おまえもやっと女に目覚めたか」
「そうじゃねえ。ふにゃふにゃの女のマンコなんか、やる気にならねえや」

アスタロは首を振った。

「だがよ、あのハニーって女は別だ。今も見てたけど、あの尻。腿。引き締まってて、いい
ケツじゃねえか。みっちり筋肉が詰まってそうだ。男でもなかなかああいうのはいねえよ」

見方はいろいろあるものである。
性欲の強さは弟に負けないほどに強いが、カイムの方は正常で女しか興味はない。
その彼の目にもハニーは魅力的に見えた。
もちろん女性としての肉体美を感じていたのだ。
アスタロが褒めるように、カイムもハニーの尻の凄さに圧倒されていたが、観点が違った。
粗暴な弟は、脂肪層の下に隠れた筋肉に惚れたようだが、カイムの方は、その柔らかそうな
脂肪に目がいったのだ。
揺れる乳房、弾む臀部、躍動的な太腿。
弟と違って、こちらはまともな反応である。

「へへ、あれならさぞやケツの締まりもいいだろうよ。だから今回は……」
「待て」

兄が冷たい声で言った。

「あれは女だ。女は俺のものだ」
「そう言うなよ、兄貴。俺だって……」
「だめだ」
「まあ待ちなよ」

俺だ、俺だと言い合う弟たちを姉が窘めた。

「あたしもアスタロが女を扱うってのは興味あるよ。今までそんなことなかったからねえ」
「しかし姉貴」
「待ちなって。おまえの言い分もわかるさ、だから今回はふたりでおやりよ」
「ふたりで?」
「ああ。だから、あのハニーって女はふたりのものにしな。順番で犯ればいいだろうよ」
「……」

よく考えればそれでもいいのだ。
何しろ使うところが違う。
兄は膣で弟は肛門だ。
どっちが先だ後だと揉めないで済む。
リリは酷薄そうに嗤った。

「何なら、ふたり同時にあの女を犯してやればいいさ」
「そんなことしたら死んじまうぜ」

カイムがサングラスをとって言った。
驚いたことに目がなかった。
どこで見ているのかわからない。

「そうじゃなくてもアスタロがやれば、大抵の男はぶっ壊れちまうんだ。まあ、見たところ、
あの女は少々丈夫そうだがな、それでも……」
「平気さ」

リリはまだ嗤っている。

「あたしの考えが正しけりゃ、かなりのことをしてもあの女は死にゃしないよ。壊れもしない
だろうね」
「そうなのか?」

姉がうなずくのを確認して、末弟が立ち上がった。

「なんでもいいさ、姉貴がそういうなら本当なんだろ。じゃあ、どうする兄貴」
「ああ、今までの様子だと、どこを襲ってもあの女はやってくるんだろうな。ふふ、正義の
ヒロインを気取ってるんだろうな」
「じゃあどこでもいいか。そういや姉貴、カネの方は?」
「うん……まだ何とかなるね。まあ、獲れるようなら獲っておいでよ」
「わかった。じゃ行こうぜ、兄貴」
「お待ち」

部屋を出ようとした兄弟を長姉が止めた。
訝しそうに振り返った男どもにリリは言った。

「いいかい、今度はここでやるんだよ」
「ああ?」
「だから、あの女をここに及びだしてここでやっつけるのさ」
「なんでそんな面倒なことすんだ?」

アスタロは露骨に顔をしかめた。

「その場でぶっ倒して、犯して、終わったらぶっ殺せば……」
「殺しちゃダメだよ」

あの女を捕らえて調べる必要がある。
あたしも興味があるから、殺さずにここまでおびき出せ、と、姉は指示した。
不承不承だったが、弟たちはその命令に従った。
姉の指示は絶対なのだ。

もちろんリリは弟たちのように、ハニーを嬲ってやろうと思っているわけではない。
あの女の秘密が知りたかった。
傷や痛みを苦にしない戦いぶり。
精神力もあるのだろうが、それだけでは説明がつかない。
なぜなのか。
リリも科学者である。
知的興味があるのだ。
それともうひとつ。

空中元素固定装置である。
状況から考えて、あの女が知っているとしか思えない。
知りたかった。
それ故、ハニーを殺すことを禁じたのである。

この時点で、リリは弟たちがハニーに敗北するなどとは微塵も思っていない。
彼らはリリが改造に改造を重ねた実験体なのだ。
生体改造である。
目的のため、究極の肉体を作り出したのだ。
改造を受ける弟たちもそれを望んだのだが、リリとしてはどちらかというと手段が目的化して
いる。
改造すること自体に関心があったのである。
その結果、もとは人間だった弟たちは、度重なる改造により、もはや原型を留めていない。
人間とは比較にならぬ力量と技量を与えていた。
負けるわけがないのだ。

連れてきたハニーをどう分析するか考えていると、何を思ったのかアスタロが戻ってきた。
ドアから大きな顔を出した弟に姉が聞いた。

「どうしたい。忘れものかい?」
「いや、そうじゃなくって……」

そう言うと、アスタロは革袋をテーブルに放り出した。
開いていた口から、小さなポリ袋がたくさん零れ出る。
中は白い粉だった。

「こいつぁだめだよ」
「……」
「確かによく効くんだけどよ、それっきりなんだ」
「それっきり?」
「ああ。注射してやったその時だけはえらい効き目なんだけど、半日も保たねえで死んじまう
そうだ」

それはリリ特製の媚薬であった。
化学的に合成したもので、かなりの効果があるのだが、その分副作用が強烈で、人体が保た
ないのである。
彼らはこれも資金源にしていた。
弟たちが強奪してくる現金や宝石の他、このクスリを売り捌いて莫大な利益を上げていたので
ある。

売人から「なるべく薄めて使うように」指示はしているらしいが、それでも、より強い刺激
を求めて、限度以上の濃度で使う者が後を絶たないようだ。
人命などどれほどのものとも思っていないから、それはそれで構わないのだが、リリの造る
クスリを使うと死ぬという評判が立ってしまっては、今後の商売に差し支えるというものである。

「使う方にも問題あるんだけどね。まあいい、また改良するさ」

そうは言ったものの、効果と副作用は比例する。
副作用となくそうとすれば効き目が薄れる。
その兼ね合いが難しかった。
リリがそんなことを考えていると、まだアスタロは部屋に残っていた。

「ん? まだ何かあるのかい」

弟は決まり悪げに「へへへ」と笑った。
そして、舐めるように姉の肢体を眺めた。

「実はよう、また我慢できなくなって……」

リリは呆れたようにため息をついた。

「……これからあの女を襲えばやれるだろ? 何を焦ってんだい」
「そうだけどよ、姉貴はまた別さ……いいだろ?」
「仕方ないねえ」

姉は立ち上がるとボディスーツを脱ぎだした。
そしてソファの肘掛けに両手を突き、尻を弟に突きだした。
丸い尻がぷりぷり動いている。
おもむろにそれを掴むと、アスタロはぐいと割り拡げた。
姉のアヌスを見ると昂奮したように一声吠える。

「……さっさと終わらせなよ。カイムが待ってるよ」
「わかってる」

弟は、姉の肛門に己のペニスを突き立てた。




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