「やっ……あああっ……」

美和子が太腿を抱え上げられて貫かれている。
ベッドに横向きで寝かされ、左脚だけが革ベルトで天井に吊られている。
両手は背中で拘束されており、身体の自由は奪われていた。

美和子は、もはや淫らな欲望に負けてしまい、牧田やトッド相手にはほとんど無抵抗
でその肢体を提供していた。
焦らされたあとなどは、自ら相手に抱きつくほどであった。
それだけ性的に堕落させられていても、この男だけは最後まで拒み続けていた。
今、美和子を犯しているのはその男−一柳英機である。
美和子がおとなしく抱かれないため、今でもこうして縛っているのだ。

「いや、あなたはいやあっ……ああ、やっ……あっ……」

どれだけ拒んでも、牧田らに開発され、完全に開花した美和子の性感は、じっくり
責められると脆くも崩れてしまう。
一柳に嬲られるのもこれで三度目になるが、犯すたびに美和子の媚肉は具合がよく
なる一方だ。一柳は恍惚としている。
膣の奥まで貫き、隅々まで味わった。
濡れやすく、ぬるりとペニスを飲み込むのに、その締め付けのきついこと。
一級品の媚肉だった。

「いやじゃないんでしょう、こんなに濡れて……。ほら、こうして擦られるのはどう
です」
「あっ、はああっ……や、もうっ……やめ、やめてっ……あっ、ああっ……」

生理的に嫌っている相手に犯されるのは厭だという理性とは裏腹に、美和子のたお
やかな肉体は一柳の責めに素直に反応している。
一柳の律動に合わせるかのように肉襞が蠢き、奥を突かれるとキュッと締めつけ、
引き抜く時はぞわぞわと周囲を覆ってくる。
ムリヤリ犯されているとは思えないほどに、息苦しいような姿態を晒しているの
だった。

美和子は気がおかしくなりそうになる。
一柳に凌辱され、快感を得ているという事実が耐えられなかった。
それでいて、嫌っている男に貫かれているという被虐の愉悦がちらちらと見え隠れ
しているのだ。

「ふふ、どんなに嫌がっても美和子さんは感じている。そう認めたらどうです?」
「ふっ、ふざけないで! だ、誰があなたなんかで……あああっ…」
「なら、これはどうです」
「ああっ」

一柳は抱えた腿に舌を這わせ、突き込むたびにゆさゆさ揺れている乳房を掴んだ。
搾乳するかのようにぎゅうぎゅうと揉み絞る。
敏感な乳首や柔らかいふくらみを揉み潰される苦痛に美和子は呻くが、その刺激すら
痺れるような快感に変わってきていることを認めざるを得なかった。

「……」

一柳は美和子の美貌を見つめ、陶酔する。
涙と汗に濡れたその顔は、一柳に犯される苦悩と屈辱、そして羞恥によって色づけ
され、まさに「犯される美女」を体現していた。
今まで一柳にはツンと澄ました態度を取り続けてきていた美和子の淫靡な乱れぶりに、
エリート官僚も高まっていく。

「そらそら、何を言ってもムダですよ。美和子さん、こうして嫌いな男に犯されると
感じるんでしょうが」
「んんっ……そ、そんなこと、あるわけが…あああっ……」

一柳の言うことは恐らく真実だったろう。
トッドに犯されている時もそうだった。
黒人に凌辱されているという屈辱が、あられもない快楽を生み出していたのだ。

そして今も、嫌っていた一柳に好き放題犯されまくっているという事実に、美和子の
肉体はどうしようもなく感じてしまっていた。
辱められ、きつく荒々しく犯され、言葉でも蔑まれる。
そうされることで、美和子の裸身は言いようもなく燃え上がり、高ぶってしまう。
鞭やロウソク責めとはまた違うが、これもマゾヒストの一種なのだろう。

「んん! …んくっ……ああ、こ、こんなの……あはあっ……く、くううっ、い、
いやっ」

美和子は自分の肉体が情けなくなる。
どんなに嫌がっても、この男に犯される悦びを身体が満喫している。

一柳の、情け容赦のない突き込みは、根元まで押し込まれると膣の壁にぶちあたる。
言うまでもなく子宮である。
先に行くに従って膣道が狭くなるが、そこに入り込んでいるのはペニスのもっとも
太い亀頭部だ。
いやでも内側から引き拡げられる感覚が強まる。

「あっ、ひぃぃっ……ふ、ふああっ……だ、だめ、そんなとこまでっ……ああっ
……んふうっ……あ、うう……い、っ…い……」

さすがに自分から求めてくることはなかったが、与えられる愉悦には身体が応じて
いる。
美和子の吐く喘ぎ声も熱く、艶っぽくなっていく。
美和子は、腹の奥から滲み出てくる淫蕩な欲望を堪えきれなくなってきた。

「ああ! ……そ、それはっ……やっ、だ、だめ……ううっ……ああ、も……い、
い……」
「美和子さん、今なんと?」
「ああ、な、なんでも……」

つい口走ってしまった恥ずかしい言葉に、美和子は美貌を染める。
一柳は、もういちどそれを引きだそうと、さらに腰を強く送り出した。
乳房がもげそうなくらいに揉み絞る。

「あ、ああっ、激しいっ……あ、い……だ、だめ、いいっ」
「そうです、素直にそう言いましょうよ」
「あ、ああ…い、いいっ……あ、気持ち、いいっ…やあっ、こんなのっ……だめえ
…いいっ……」

身体の奥底からわき起こる肉悦に破れ、快感を露わにし始めた美和子を、一柳は
かさにかかって責め抜いた。
美和子の腫れぼったくなっている媚肉を思い切り突き上げ、奥の奥にある子宮口を
ぐいぐいと押し上げる。
深く貫くだけでなく、円を描くようにこね回したり、上下左右とかき回すように
抉り抜いた。
その、どの刺激にも美和子は過敏に反応し、細い裸身が折れそうになるくらいに
仰け反り、しならせた。

「う、うはっ……うああっ……ひ、ひぃぃっ……あぐっ……い、いいっ……ああ
うっ…」
「そんによがってくれると私も嬉しいですよ」
「ああ、いいっ……くぅぅぅっ……いっ、いいっ……っ……あう、あうむっ……」

美和子の腰がぶるっ、ぶるるっと細かく震えてきた。
膣がきゅうきゅうと間歇的に締まってくる。

「いきそうなんですね、美和子さん」
「いっ、いやっ、そ、それだけはあっ…」
「でもいきたそうですよ」
「ああっ」

それまで、グラインドを大きくして、美和子の腿と一柳の腰がぱっちん、ぱっちん
と音を立ててぶちあたっていたが、今度は動作を速く細かくした。
美和子をいかせ、自分も出すためだ。

急に激しく、速くなってきたピストンに美和子は声を高ぶらせて喚いた。

「だめ、だめっ……んああっ……そ、そんなにされたらっ……あ、ああ、もうっ」
「いっていいんですよ」
「やああっ……あ、ううんっ、いいっ……あ、い、いっちゃうう……やあっ、いっ
ちゃいそうっ」
「いってください、私も出しますから」
「えっ!?」

一柳の台詞に、美和子はそれまでの快楽が一瞬で醒めた。
快感で赤く上気していた美貌から血の気が引き、一気に青ざめてくる。

「そっ、それだけはっ」
「出します」
「いやあっっ……お、お願いっ……それだけはやめてっ……ああ、外に出してぇっ」

これまでも、牧田やトッドに何度も射精され、気をやってきた。
子宮の中に流れ込んでくる熱い精液を感じ取って絶頂まで到達したこともあった。
だが一柳だけは別だ。
ヤクザや黒人の子を宿すのも厭だが、よりによって一柳の子を身籠もるなど絶対に
イヤだ。
実際は浣腸ピルで避妊しているのだが、美和子はそんなことは知らない。

「おっ、お願いです、一柳警視っ……な、中だけはいやなの……ああ、せめて外に…」
「冗談じゃありません。私は美和子さんを妊娠させるまで犯しますよ」
「いやああ……」

一柳の絶望的な言葉に、美和子は気が遠くなる。
なのに熟し切った美和子の肉体は、一柳の精を欲するかのように、膣の襞をざわざわ
と動かし、ペニスを締め上げている。
膣内射精を本気で嫌がっているのに、よがり声を抑えることが出来ないのだ。
嫌がる責めをされると、とことんまで燃え上がる美和子にとって、中で射精されると
いうことほど感じさせられることはないだろう。

「ああ、だめっ……ぬ、抜いてぇっ……外に出してっ……中は許してっ……ああっ…」
「よし、いきますよ」
「いっ、やああああっ」

一柳は腰を密着させるまでペニスを奥にねじ込み、その先を子宮口に当てた。
そして、入り口をこじ開けるように捻り込み、口が僅かに開いたことを確認すると
一気に射精した。

「うっあああっ、いっくうううっ!」

ズキンと強烈な電流が美和子を貫き、頭が炸裂したかのような悦楽を享受した。
そして、ドクドクと自分の中に流れ込んでくるものを感じ取り、慌てて叫びだした。

「やああああっ、な、中で出てるっ……だめ、早く、早く抜いてっ……ああ、で、
出てるぅぅ……」

美和子が活きの良い魚のように暴れ出したが、一柳はがっちりと腿を押さえ込み、
腰を突き入れ続けた。
美和子の理性とは裏腹に、その膣は一柳の肉棒を締めつけており、残りの精液まで
絞り出していた。
一柳は陰嚢が空っぽになるのではないかと思われるほどの量を美和子の子宮の中に
注ぎ込んでいた。

「ああ……ひ、ひどい……に、妊娠したら……ああ……」

美和子は顔を伏せ、泣きじゃくっている。
その様子を見て、一柳はようやくペニスを引き抜いた。
ぬぽりと肉棒が抜け去った膣からは、多すぎて中に入りきれなかった精液がとろとろ
と零れていた。

一柳は泣いている美和子の顔をつかみ、自分の方に向かせた。

「美和子さん、そんなに私が嫌いですか」

美和子はキッと泣き濡れた顔を引きつらせ、血を吐くような叫びを男にぶつけた。

「あ、当たり前よっ……あ、あなたなんか……こんな風に女を縛って犯すなんて……」
「でも感じてましたよ」
「言わないで! ……だ、大嫌いよ、あなたなんかっ……虫唾が走るわっ」
「その大嫌いな男に犯されて気をやったご感想は?」
「……」

美和子はぎりぎりと歯を噛みしめて一柳を睨みつけたが、その美しい瞳から新たな
涙がこぼれ、耐えきれずに泣き出した。
そんな美和子を見て、一柳は常軌を逸したような笑い声を上げるのだった。

* - * - * - * - * - *

「お、おい、コナン……」
「いいから早く!」

コナンは、ほとんどムリヤリ小五郎を警視庁まで引っ張っていった。
事前に高木刑事に連絡し、捜査一課に今誰がいるのか確認している。
やるなら今しかない。

コナンとしても不本意ではある。
本来なら、もういくつか証拠を掴み、相手を追い詰めて自白を迫るところだ。

しかし今回は急を要する。
蘭もさることながら、由美も心配だ。
巻き込むような形で協力させ、結果として拐かされた。
いやが上にも責任感が募る。
もっとも、由美の方は、自分が主体でコナンを引き込んだと思っていただろう。

いずれにせよ、蘭も美和子も由美も、人身売買組織に拉致された可能性が極めて高い
のだ。
もう、証拠固めがどうのこうのと言っているヒマも、容疑者と腹のさぐり合いをして
いる余裕もない。
一点突破あるのみ。

捜査一課のドアを開けると、中の捜査員たちが一斉に振り返った。

「毛利さん……、コナン君もか」

目暮警部がきょとんとしている。
白鳥警部、千葉刑事、寺島刑事たちも「えっ?」という顔だ。
一柳警視は露骨に咎めるような視線を送っている。
いちばん驚いているのが高木刑事で「なぜここに?」と尋ねてきた。
小五郎が困ったような顔をして頭を掻いた。

「いや、今日はこのコナ……」

そこまで言いかけて、小五郎はクタクタと手近の椅子に崩折れた。
言うまでもなく、コナンが腕時計型麻酔銃を発射したのである。

「毛利さん……?」
「……いや、突然ですいませんね、警部。もうのんびりもしてられないんでね」

コナンはデスクの脇に隠れ、蝶ネクタイ型変声機を使って小五郎の声で喋っている。

「のんびりしてられない、とは?」
「蘭に佐藤刑事、それに宮本婦警まで攫われたとあっては……」
「も、毛利さん、なぜそれを……?」

宮本巡査行方不明の件は、まだ警視庁内でしか知らされていないはずだ。

「これはどういうことなんですか、目暮警部! 宮本君のことまでこの男に言ったん
ですか!」
「まあまあ、一柳さん。ここはひとつ「眠りの小五郎」のご意見をうかがおうじゃ
ありませんか」
「眠りの小五郎?」

そう言えば一柳も聞いたことがある。
毛利小五郎は居眠りしながら自分の推理を述べる、と。

「ふん」

探偵などハナから信じていない一柳は、つまらんことを言ったらここぞとばかりに
突っ込んでやる、とばかりに腕組みして身構えている。
目暮と一柳の双方を確認して、高木が切り出した。

「それで、あの、毛利さん……」
「その前に高木刑事、用意してもらいたいものがあるんですが」
「はあ」
「佐藤刑事の拳銃、あれまだありますよね?」
「え? ええ……」

高木は目暮に視線を送る。
目暮は軽くうなずいてキーを渡した。
受け取った高木は、課長のデスクの後ろにあるロッカーへ行き、鍵を開けて中から
銃を取りだしてきた。
コナンは陰からそれを確認すると、小五郎の声で言う。

「警部、これはもう指紋とかはとってありますよね」
「あ? ああ、構わんが……」
「じゃあ高木刑事、その銃をビニールから出して直接持ってみてください」
「はあ……」
「その銃、何か気づいたことはありませんか?」
「え?」

高木は手にした美和子の拳銃を改めて見てみる。

「そうだなあ、アスファルトの上を転がった時のキズがありますけど」
「確かにキズはありますな。だが、それは本当に道路に転がった時のものですかな?」
「……どういうことです?」

目暮も一緒になって銃を見ている。

「もしそれが、本当に一柳警視の言う通り、佐藤刑事が押し込められたクルマの窓から
放り投げられたものだとしたら、少しおかしくありませんか?」
「何がおかしいと言うんだね!」

少し苛ついている一柳が言った。
小五郎は受け流すように続ける。

「キズはどうについてますか?」
「どうって……。左の側面一体にザーッとアスファルトかコンクリで擦ったような跡が
ありますけど」
「もし無造作に放り投げられたのだとしたら、一面だけじゃなくって、あちこちにゴツ
ゴツとキズが入るもんなんじゃないですかねえ」
「!」
「そう言えば……」

走るクルマの窓から投げられでもしたら、ゴトゴト、ゴロゴロと転がっていくはずだ。
そうなら、左側面だけでなく、銃口からトリガー・ガードやらマガジンやら、あちこち
キズだらけになっているべきだろう。

「その銃は、まるでコンクリの床の上にでも滑らせたようなキズじゃありませんか」
「……」

そんなことまで考えなかった。
一柳は軽く舌打ちして、小五郎をなじった。

「だから何だというんだね! どう転がったかなんて、見てもいない人間がわかるはず
もないだろうが!」
「それはそうです。これだけでどうこう言うつもりはありませんよ、一柳警視」
「……」

小五郎の落ち着き払った口調に、やや気圧されて一柳も黙る。
小五郎の声で、コナンはさらに高木へ訊いた。

「他に何か気づきませんか?」
「うーーん……」

頭を捻る高木に、コナンは言った。

「高木刑事、あなたそれを最初に持った時、なんだかわからないが少しヘンな気がする
って言ってましたよね」
「ええ……。でも、それが何なのかよくわからないんですけど」

机の陰でコナンがニヤッと笑う。

「高木刑事、確かあなたの拳銃も佐藤刑事と同じものでしたよね」
「あ、はい。P230ですけど」
「ちょっと、出してもらえませんか」

促され、高木はスーツの懐のホルスターから自分の銃を取りだした。
美和子のものと同型である。

「ふたつを持ち比べてみてください」

何だかわからないが、取り敢えず言われた通りにしてみた。
右手に自分の拳銃、左手の美和子の銃。
それぞれを手のひらに乗せて、計るような仕草をしていた高木が突然小さく叫んだ。

「あれ……」
「どうしたね、高木君」

目暮が声を掛けると、高木は不思議そうな顔をして答えた。

「はあ……。佐藤さんの銃の方が少し重いような……」
「なんだ、それは?」

警部は高木から銃を受け取り、自分でも確かめてみた。

「む……」

確かに美和子のものの方が若干重いような気がする。
それにしても微量ではあるが。

「これ……、どういう意味なんです、毛利さん」
「佐藤刑事の銃の弾倉を抜いてみてください」

目暮が言われた通りマガジンを抜く。
特に異常はないと思う。

「……8発、確かに全弾ありますよ」
「……。8…発……?」
「じゃあ今度は高木刑事の銃の残弾を見てください」
「あっ」

そこまで言われて、ようやく高木も気づいた。
目暮が高木の銃の弾倉を確認してギョッとなる。

「ろ、6発しかないじゃないか。撃ったのかね?」
「ち、違います!」

高木は大仰に両手を拡げて否定した。
思った通りだ、と思ったコナンは先を促した。

「高木刑事、どうしてフルに8発込めないで6発にしてるんです?」
「それは……」

美和子に言われたからなのだ。
今まで使っていたニューナンブから装備改編になった時、いくつかある候補の拳銃の
中から、高木と美和子はこの小型の自動拳銃を選んでいた。
以来、ふたりは新しい銃に早く慣れようと、よく一緒に射撃訓練をした。
その際、美和子があることに気づいたのだ。

「どんなことです?」
「ええ。この拳銃、小さくて軽いし、命中率も良くって使いやすかったんですが……」

なぜかマガジンにフル装弾できなかったらしい。
いや、出来ないわけではないのだが、8発詰めるのがえらく大変だったのである。

ムリヤリ込めれば入らないわけではないが、動きがいきなり悪くなる。
これではジャムが恐いと言って、美和子は1発減らして7発で何回か撃った。
それでも不安だったのでもう1発減らし、結局6発にしたのだ。
6発ならスムーズに詰められるし、マガジンのスプリング・トラブルによるジャムの
恐れもほとんどない。

美和子にそうアドバイスされて、高木も6発込めるようにしていたのである。

高木や白鳥たちも、息を飲んで小五郎を見ている。

「そう。このP230という銃は、マガジンの構造自体に問題があるのか、はたまた
スプリングがきつ過ぎるのか、弾倉に8発入る仕様なのに、8発詰めるのは難しい
ようですな。無論、メーカーカタログにはそんなことは書いてないでしょうが、海外
でもフルには詰めにくいという評価が一般的なんですな」

ここにきて目暮もようやく理解した。

「じゃあ佐藤くんも普段は6発しか入れてないんだな」
「そうです」
「なるほど、それで君は佐藤刑事の銃を持った時に、おかしいと思ったんだな」

白鳥もわかったように頷いた。
小さな拳銃弾2発だが、高木の手は微妙な重みを感じ取っていたのだ。

「そう。しかし犯人はそのことを知らなかったんでしょうなあ。だからカタログ通り
8発詰めるしかなかった」
「……」

一柳は唇を噛みしめている。

ふと気づいて、目暮が質問する。

「しかし、なぜ犯人はそんなことしたんです?」

当然の疑問だ。
刑事が撃った弾丸の補充をする必要など、どこにもないだろう。

「簡単ですよ、警部。犯人はね、現場で撃ち合いがあったことを知られたくなかっ
たんです」
「撃ち合い?」
「そう」

小五郎を囲んだ刑事たちの中心にいた一柳が、徐々に輪から外れていく。

「恐らく、現場には銃撃戦の痕跡が残ってるんじゃないでしょうかね。空薬莢が落ち
ているとか、弾痕が残っているとか」
「あ、そうか!」

高木がわかったような声を出した。

「だから佐藤さんの拳銃を落としたんですね!? ただ佐藤さんが拉致されたと
いう証拠だけなら、別に拳銃じゃなくても、警察手帳でも何でもよかったんだ!」
「その通り」

コナンは「ほう」と感心した顔で高木を見た。
今回は、少しは冴えているようだ。

「犯人にとっては佐藤刑事の銃を落とすということに意味があったんですな。彼女の
銃がフル装填なら、誰もそこで発砲があったとは思わない……。違いますか、一柳
警視!!」
「!!」

小五郎の、いやコナンの一言に、部屋中のみんなが警察庁のエリート警視を振り向く。

「な、なにを……」
「なにを、じゃありませんよ」

コナンは続ける。

「あなたは、佐藤刑事拉致の現場に駆けつけ、その銃を発見してそのまま本庁まで
来たとおっしゃった。ということは、あなた以外に佐藤刑事の拳銃に弾を込められた
人はいないじゃありませんか」
「……」

血の気が引いた一柳に、コナンが追い打ちを掛けた。

「いま一度、現場検証をしてみてください。多分、現場は道路ではなく、倉庫内
ですよ。そこにあなたの銃の弾痕が残ってるんじゃありませんか!?」

青ざめた一柳に目暮や高木、白鳥が迫る。

「い、一柳警視……まさか、あなたが……」
「パ、パレットの……」
「佐藤さんはどこです!」

若い警視は、紙の色になった顔のまま後じさり、机に手をついた。
そして、わなわなと震えながら言い放つ。

「き、きさまらに、今のオレの気持ちがわかるか!?」
そして懐に手を入れ、愛銃のレディスミスを引き抜いた。
「!」
「こうするしかないんだ!!」

目暮たちが止める間もなく、一柳は銃口を自らの口に突っ込み、そのままトリガーを
絞った。

* - * - * - * - * - *

一柳の自殺から四日目。
都内の某総合病院。
その特別病棟にあるリフレッシュルームに毛利小五郎がいた。
ここは入院患者やその付き添い、あるいは見舞客のための待合室兼休憩所のような
ところだ。

毛利蘭は、パレットのアジトからの救出後、救急車でJ医大病院に入院したが、
すぐにここに転院した。
手を回したのは蘭の親友たる鈴木園子である。
責任の一端を感じた彼女が、鈴木財閥の息が掛かった総合病院であるここを紹介し、
強引に入院させてしまったのである。
蘭や小五郎は、このような豪奢な病院には気後れを感じたのだが、園子の感じなく
てもいい罪悪感を解消するためにもここに入ることを了承したのだ。

蘭の病室から出てきた小五郎は、一服すべくリフレッシュルームへ来ていた。
凝った肩をほぐそうと軽く首を回していると、エレベータ・ホールから見知った顔が
やってきた。
警視庁捜査一課の高木渉刑事である。

こちらへ歩いてくる高木に軽く手を挙げると、小五郎が声を掛けた。

「よう、わざわざすまんな、蘭の見舞いか」

小五郎は高木が手にした花束を見て言った。
高木が照れたように頭を掻くと、小五郎は少し脇によけて高木に座るよう促した。

「蘭ちゃんの具合はいかがです?」

腰を下ろすと同時に高木が訊いた。
小五郎は胸ポケットからタバコを取り出しながら言った。

「ああ、もう身体の方はすっかり良いようだ。今、女房とコナンが付き添ってるよ」
「あ、コナン君も」

小五郎は薄く笑って軽くうなずいた。

「まったくガキのくせに気の回し過ぎだよ。あいつ、蘭が目を覚ますまでまる2日、
一睡もしないでつきっきりだったんだぜ」
「へえ……」
「こう、蘭の手を握りしめてな。なんだか新一を見ているような気がしたよ」
「そうですか……。でもまあ、大したことなくてよかったですよ」

その言葉を聞いて、小五郎は着けようとした火を消して少し顎を引いた。
表情が少し暗くなったような気がして、高木が訊いてみる。

「あの、蘭ちゃんに何か?」
「ああ……」

小五郎は手にした100円ライターを弄びながら言う。

「身体の方は本当に大したことないんだ。ケガらしいケガはなかったしな……」
「……」

それでも、処女を喪失したことだけは確実なのだろう。
高木は訊いてしまったことを少し後悔する。
しかし小五郎は別のことを言った。

「精神的にちょっとな……」

やはり大きなショックを受けたのか。
精神的に毀れてしまったのか!?

言葉の出ない高木に、小五郎は言を重ねる。

「別におかしくなったわけじゃない。ただ、記憶がな……」
「き、記憶喪失!?」
「正しくは記憶障害だそうだ」

あまりにも大きな衝撃を受けた場合、心はその均衡を保つことが難しくなる。
事実をそのまま受け入れてしまった場合、アイデンティティの破壊に直接つながり
かねない。

このようなケースでは、心は自らの崩壊を防ぐべく、確定的な事実をわざと拾えない
ようにすることがあるらしい。
記憶としては確かにあるのだが、その記憶を呼び起こすための手続きあるいはコード
を忘れてしまうのだ。
だから記憶を喪失しているのではなく、その記憶につながる配線に障害が発生して
いるようなものらしい。

医者からの受け売りで、詳しいことはよくわからんと言って小五郎は笑った。

「それって……」
「つまり、その間の記憶だけスッポリ抜けているらしいんだな」

具体的には、学校の帰り道で誘拐されてから救出されるまでの記憶がないらしい。
蘭にとって、都合の悪い、忌まわしい思い出をすっかり忘れているのである。

高木の顔がさっと明るくなる。

「なら好都合じゃないすか! そんな記憶、忘れてた方が蘭ちゃんのためだ」
「そうなんだがな」

それはある意味、いつ爆発するかわからない不発弾を抱えているようなものなのだ。
しかも、何がキーになって破裂するかわからない。
おまけに蘭自身はそのことすら知らないのである。

そう言われて見ると、なるほど不安である。
蘭本人ではなく、周囲で見守る者たちが不安でたまらないだろう。

高木が考え込むような顔になったので、小五郎は青年刑事の肩を叩くように言った。

「まあ、そんなこた気にしてもはじまらねえよ。心配したってしようのねえこった」

わざと磊落な口調で言い、今度は高木の方へ訊いてみた。

「そっちの、佐藤刑事の方はどうだい?」
「佐藤さんはもう……」

実は佐藤刑事と宮本婦警も、園子の手配でこちらの病院への入院手続きをしていた
らしい。
園子も、小五郎やコナンもそれを薦めたのだが、彼女たちは警察官ということもあり、
治療に差し障りのない範囲内で事情聴取があるらしい。
従って、園子の申し出は謝絶し、関東第二警察病院へ入院している。

高木の話によると、美和子は救出直後こそ呆然、錯乱を繰り返していたが、それも
すぐに落ち着いたらしい。
蘭同様、身体の方にはほとんどケガらしいケガはなかったし、傍目は精神的なショッ
クの影響も少ないように見えた。

「佐藤さん、強い女(ひと)ですから……」
「強い女なんていねえよ」

だからおまえが支えてやらんでどうする、と小五郎は言っているわけである。
高木もそれがわかるから、「そうですね」と素直に返事をした。

「でも、本当に元気そうで明日にでも退院したがってました」
「彼女らしいな」
「ええ。でもさすがに主治医の先生がストップをかけて、少なくともあと一週間は様子
を見るように、と。目暮さんも同じ事を言いましたから、佐藤さん素直に従ったよう
です」

結局、溜まっていた有給休暇の消化ということで、さらに一週間の入院となったらしい。
そういう高木自身、美和子救出直後から長期休暇を申請し、彼女の母親と共に付きっ
きりだったのだ。
それを許可した目暮や松本警視もいいところがある。

「でも、宮本さんの方が……」

高木の表情が曇る。
宮本由美婦警の方も、他のふたりと同じく怪我はないのだが、こちらは精神的ダメ
ージが極めて大きかったらしい。
と言って、蘭のような都合の良い記憶障害にもならなかった。
心身に受けたおぞましい凌辱のダメージがまともに残ってしまったのである。
心神喪失状態らしい。

黙って聞いていた小五郎が言う。

「……意識がないのか?」
「いえ……。意識はあるみたいなんです。目も開いてますし、呼吸もしてます。でも
反応がないんです……」
「……」
「僕らが何を話し掛けても、まったく無反応なんです……」

主治医の話によると、美和子の場合と違い、由美の方はかなり問題らしい。
長期間の入院加療が必要で、予断を許さないようだ。
命に別状はないのは確からしいが、職務復帰どころか社会復帰そのものがいつになるか
わからないという。

捜査一課長の松本警視から刑事部長へ根回しして、交通部長に話をつけ、とりあえず
三ヶ月間の休職扱いにすることになったそうだ。
こちらは、とてもじゃないが事情聴取どころの話ではないらしい。
ちなみに、美和子にはまだ由美の症状は伝えていない。

「……」

小五郎の顔が深刻になってしまったので、高木は話題を変えることにした。

「ま、まあ、由美さんのことは我々が悩んでも仕方がないですし、蘭ちゃんが元気な
だけでもよかったですよ」
「……」
「で、その、事件のあらましなんですけど」

と今回の内容について触れると、ようやく小五郎は高木の方を向いた。
高木は何気なく周囲を見回す。
部屋には高木たちふたりしかおらず、外の廊下をたまに看護婦や患者が歩いている
程度だ。

「踏み込んだんですけど、ほとんど収穫はありませんでした」

一柳の自殺後、事態は急転した。
その遺体を調べてみると、スーツの内ポケットから折り畳まれたレポート用紙が出て
きたのだそうだ。
中身には、遺書らしいメモ書きとパレットのアジトの地図が記されていた。
この内容が偽書である可能性もあったが、ことは急を要する。
拉致された蘭たちが殺される危険は少なかろうが、グズグズしていたら国外へ連れ出さ
れてしまう公算が高まるのだ。

目暮警部はその場で一課全員を緊急招集し、現場へ出動した。
その車中で課長の松本警視へ連絡、直ちに機動隊を動員するよう要請した。
松本課長も事態を理解、要請を受けて機動隊投入を決定、その旨を警備部長と刑事部長
に連絡。
その間に目暮や高木たちは目的地に到着、機動隊の到着を待つことなく目的の建物に
突入した。

のだが。

「……もぬけのからだったってわけか」
「そうなんです。彼らがどうして我々の行動を察知したのかは不明ですけど。でも、
蘭ちゃんや佐藤さんたちを救助出来ましたから……」

高木たちがドアを蹴破って中に入ると、人っ子ひとりいなかった。
それでも、建物の各部屋をあたっていくと、蘭や美和子、由美を発見できた。

「三人だけか」
「はい。調べてみると、どうも他にも何人か拉致されていたらしい痕跡はあったん
です。マスコミが騒いでいた連続誘拐事件のすべてが連中の仕業だとは言いません
けど、そのうちの何割かは……」
「そうか。残りは、じゃあ……」

恐らく海外へ連れ去られたのだろう。
多分、その時「調教」されていたのは蘭たちだけだったと思われた。
他の女性たちはもう仕込みが終わり、すでに渡航していたと見るべきだろう。

蘭や美和子たちも、連れ去るなり、最悪殺すなりしたかったのだろうが、高木たちの
急襲でその余裕がなかったと見ることも出来る。
なぜ警察介入がバレたかはわからないが、それでも間一髪の不意打ちであったことは
間違いないらしい。

「遺留品らしいものはほとんどなかったんですが、ひとつだけとんでもないものが
ありまして」

死体がひとつ出たのである。

「ヤクザの死体? なんだ、そりゃ?」
「四課の話だと、都内の暴力団の男らしいです。今回の事件とどう絡むのか、まだ
わかりません」

死体の状況から見て、死後30分〜1時間といったところで、まさにさっき殺された
ような状態だったらしい。
それ以外の証拠物件は、指紋から足跡にいたるまで何ひとつ出なかったそうである。

高木はちらと腕時計を見て、見舞い時間を確認した。

「じゃあ、毛利さん……」
「ん? ああ……。蘭の部屋は501号室だ」
「はい……」

立ち上がり、歩き掛けた高木は思いだしたように振り返った。

「よかったら、これどうぞ。さっき駅前でもらった号外です」

そう言ってポケットから折り畳まれた半ぺらの新聞を差し出した。
小五郎は無言で受け取り、高木を見送った。
若い刑事が足早に病室へ向かうのを見ながら、弄んでいたタバコにようやく火を
着けた。
そして、もらった新聞をガサガサと拡げて見る。

今回の事件についての警察の記者会見についてであった。
大きなゴシックで派手な見出しが躍っている。

「国際的人身売買組織のアジトへ手入れ」。
「犯人側と激しい銃撃戦? 警官一名死亡」。
「容疑者も一名死亡、残りは逃亡か。警察失態」。

小五郎はざっと見出しを流し読みすると、本文に目を通した。

− 警察庁外事課と警視庁は、XX日、国際的人身売買組織の日本での活動
 拠点に捜査の手を入れたことを発表した。組織についての情報を得た警察庁
 外事課と警視庁捜査一課は、日本人女性が拉致監禁されている可能性が強い
 と見て、都内某所に潜伏していた容疑者グループのアジトを急襲した。
  人質の生命を第一として説得を試みたが、容疑者側は警官に対して発砲
 したため、警告を繰り返した後、警察側も発砲した。この際、警視庁捜査
 一課に出向していた警察庁の一柳英機警視(26)が、犯人側の銃撃を頭に
 受けて死亡した。また、捜査一課の捜査員一名と、応援に来ていた交通課
 の警官一名が軽傷を負った。ふたりとも生命に別状はなく、都内の病院に
 収容された。
  30分ほどの銃撃戦の後、犯人側の発砲が止んだため、警視庁第二機動隊
 と捜査一課の捜査員が強行突入を計った。ドアを破って内部に入ったものの、
 容疑者グループはすでに逃げ去った模様で、誰もいなかったという。
  建物を捜索した結果、拉致されていたと思われる少女一名を保護し、都内
 の病院へ収容した。監禁されていた女性はひとりの模様だが、他にも数名が
 拉致されていたらしい形跡があり、捜査中という。
  さらに、建物内に男性一名の死体が発見された。警察の発表によると、
 この男は都内の指定暴力団幹部○○組系X△会の牧田慎次郎組員(32)
 で、頭部と胸に数発の銃弾痕があり、ほぼ即死の状態だったという。
 牧田組員の体内に残された弾丸から、警官の拳銃から発射されたものでは
 ないことが判明した。警察では、何らかの内部抗争があったものと見て
 調べている。
  これに伴い、警視庁捜査四課は、明日にもX△会への家宅捜索を予定
 しているという。さらにこの組織に関連があると見られる外資系の人材
 派遣会社へも、早急に家宅捜索する方針であることも合わせて発表した。
  犯人グループに、複数の外国人がいたらしいという情報もあり、警視庁
 は成田と羽田の空港警察と連携を取り、不審な外国人の出国を認めない
 よう手配したとしている。このことから、警察庁外事課は、ICPO−
 国際刑事警察機構に届け出をするとともに、FBI−アメリカ連邦警察
 とユーロ・ポール−欧州刑事警察機構にも協力を要請し、各国での組織
 の活動状況なども調査中という。
  なおFBIから提案された国際捜査班の創設にも、前向きに対処する
 方針であると発表した。国内でも、警察庁内部に「国際人身売買組織
 事件捜査本部」を近々組織する旨も合わせて公表した。
  事前に情報を得ていながら犯人一味を取り逃がすなど不手際も目立ち、
 捜査活動の失態を指摘する声もあり、今後の捜査の進展が注目される。 −

                                 − 完 −



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