──注意──
  このお話は、前半部のシチュエーションに於きまして、綺羅光氏の「女教師 牝奴隷」を
  参考(というかパクリ(^^;))にさせていただいております(無許可です。ゴメンナサイ)。
  すみませんです。



東京沖に浮かぶ孤島・阿乃世島にある全国指折りの進学校、スパルタ学園。
放課後の職員室には教員全員が集まっていた。
週に一度の職員会議が開催されているのである。
「職員」会議とは言うものの、いわゆる職員は参加できない。
実際に生徒たちを指導している教員のみに参加資格がある。
その会議では、十年一日のような光景が展開されていた。

「……以上のように、当学園は来月より定期試験の結果による罰則制度を設けることを決定
する」
「学園長」

しーんと静まりかえった職員室は完全防音で、校庭や教室で部活動に励む生徒たちの喧噪も
ここには入ってこない。
響いているのは学園長の声のみだが、時々、凛とした女性の声が混じる。

「……夏綿先生か。何か?」

「ですから、私は反対です。成績をつけている以上、上位者と下位者が出るのは当たり前です。
なのに、それに対して罰を与えるのはどう考えても行き過ぎだと思います」

事実上、この学園の職員会議で発言するのは、学園長の他は司会をする教頭、そして夏綿けい子
教諭だけなのであった。
理事長でもある学園長は完全な独裁者であり、他の教員は部下である。
いや、部下にも及ばぬ使用人に過ぎなかった。
故に、学園の──というより学園長の無理難題に抗議するのはけい子くらいものである。
けい子は、黙り込んで座っている教員たちをザッと見回す。

彼らは概ね三種類に分けられる。
ひとつは、今、けい子の右隣で白けきった顔をしている岡崎教諭のようなタイプだ。
事なかれ主義で、さっさとこの窮屈で無為な集会から解放されることだけを願っている。

ふたつめは、けい子の斜め前にいる小山田教諭みたいに、苦虫を噛み潰した表情を浮かべている
人間だ。
彼らは完全に学園派であり、言ってみれば学園長の取り巻き連中である。
学園長の威勢に屈し、媚びへつらう。
あわよくば権益のお零れでも与りたいというところだろう。

また、学園長の権力を笠に着て居丈高に振る舞うことも多い。
まさに「虎の威を借る狐」なのだ。
教員勢力としては当然最多で、教頭以下、全教員の半数近くを占めている。
もちろん生徒からの評判は極めて悪い。

そしてみっつめは、けい子から左にふたつ離れたところに座っている石川教諭タイプだ。
会議では殊更小さくなっている。
学園に廃しては批判的な意見を持っており、生徒側に対して同情的な心情を抱いている。

そういう意味ではけい子の考え方に近いのだが、何しろ小心で、目立つ行動はしたがらない。
けい子の方もそれがわかるから、生徒のために一緒に行動しようと何度となく誘ってはいるが、
決して首を縦に振らない。
生徒たちは可愛いし、何とかしてやりたいとは思うが、それ以上に自分の身も大事だ、という
わけである。

けい子は少し間を置いて彼らを見渡したが、石川らはすぐに視線を逸らせた。
援護射撃など期待できそうになかった。
諦めたように顔を軽く振ると、キッと学園長を睨む。

「学園長、先ほどから申し上げています通り、成績が悪いと言って処罰するような行為は──
体罰は断じて反対です。人権擁護委員としても看過できません!」
「夏綿先生」

学園長は机の上で手を組み、ゆっくりと言葉を返した。
その表情は、悪魔とも般若ともつかぬ仮面に隠され、伺い知ることはできない。

「いいかね、先生。当学園は卒業生全員をストレートで大学入試に合格させねばならん。国公立
が大前提で、それもそこらの駅弁大学じゃない。旧帝大系だ。私立にしても有名私大や医大で
なくてはならん。それを達成するには生徒どもの成績を上げることが至上命題だ」
「それはわかります」
「だがね、昨今のけっこう仮面──いや、コードK事件の続発によって、生徒の動揺が大きい。
勉学に励むという空気が乱されておる」

けい子としては、それを言うなら「けっこう仮面が現れるのは、学園側の横暴が過ぎるからでは
ないか」と反論したいところである。

「それに伴って、生徒どもの間にも学園を軽視したり、けっこう仮面めをヒーロー扱いする風潮
まで見られよる」
「それとこれとは……」
「別ではない」
「……」
「夏綿先生。それと他の先生方も聞いてもらいたい。生徒どもはまだ子供だ。ガキなのだ。言っ
てみれば野生のけだものと同じだ。それを飼育し、調教して、大人社会で通用する人材を作り
上げるのが我々の使命であり、学校教育であろう」

異議はないのか、それとも独演会の邪魔は出来ぬと思っているのか、教師たちは沈黙している。

「無気力な生徒や反抗的なやつを仕込み直すには、ある程度の荒療治も必要なのじゃ。悪い成績
を晒して精神的に追い込んだり、場合によっては体罰も有効じゃろう」
「いけません! 学園長が仰ったように、生徒たちはまだ子供です。精神的にも肉体的にも未
発達なんです。そんな子供たちに対して精神的肉体的にダメージを与えるのは反対です」

学園長の暴走に対し、唯一の抵抗勢力であるけい子が声を張り上げた。
それを言い含めるように仮面の独裁者は言った。

「何も精神崩壊させるようなことはせん。低い点数が恥ずかしければ高得点を取ればいいと思わ
せるだけじゃ」
「いくら良い点を取っても全体の平均点が高ければ、結果として成績上位になれない生徒だって
出るじゃありませんか。それを罰するのはどう考えてもおかしいでしょう!」

ある生徒が80点を取ったとしても、クラスあるいは学園平均点が85点だったら、平均点以
下になってしまう。
そうなら、みんなの成績が良かったわけだからこれは喜ばしいことであり、例えその平均点を
割ることになったとしても、その生徒を責めるわけには行かないだろう。
けい子はそう思う。
それに対して学園長は冷然と言い放った。

「そう言うがね、夏綿先生。大学入試や企業の採用試験で同じことが起こったら何とする?」
「同じことですか?」
「そうじゃ。定員が決まっとるところに大勢が試験を受ける。その篩い落としをするために
試験はあるのじゃろう。ならば。いかに80点を取ろうが90点だろうが、95点以上を取った
者が定員数以上いれば、それ以下の者は落ちることになる。違うかね?」
「それは……」

確かにその通りなのだ。
その厳しさを教えるというのなら、それはそれでいい。
しかし、だからと言って体罰をしてもいいという理由にはなるまい。
それに、けい子としては今まで70点しか取れなかった生徒が、頑張って80点取ったなら、
例え平均点以下だったとしても、その努力は賞賛に値すると思うのだ。
その場合、合格不合格はそれこそ時の運である。
それだけの実力があれば、どの大学に行っても能力を発揮できるはずだ。
志望校を変えても、本人は納得できるに違いない。

正論を言っても無駄だと思ったけい子は、その気持ちを飲み込んで学園長を見た。

「我々が、民主主義競争社会で生きて行かねばならん以上、あらゆる競争に打ち勝たねばならん
のは自明だ。それはクラスメイトとて同じこと」
「学園長がやろうとなさっていることは民主主義ではありません!」
「そうじゃ。生徒どもには民主主義を支える成人になるための教育を施しているわけじゃ。
従って民主主義の理念は教えるし、将来はそれを守護してもらわねばならんが、今はそれを
実践する必要はない」

学園長は冷酷に言い放った。

「それでは生徒同士の敵愾心を煽ることになります」
「敵愾心を煽って何が悪い」

学園長は平然と言ってのけた。

「敵愾心を持つのはけっこうなことではないか。クラスメイトなど、たまたま一緒になった
ライバルに過ぎん。足の引っ張り合いもいいではないか。勝つためには何でもするべきだ」

正直な話、学園長はカンニングなどの不正行為も容認している。
ただ、バレた場合はタダでは済まないだけだ。
バレなければOKだし、むしろ技術として認めている。
ただ、立場上そうは言えないだけのことだ。
反論しなくなったけい子を見ながら学園長が続ける。

「それに体罰にしたところで、半殺しするわけでもあるまい」

似たようなものだとけい子は思った。

「昔あった某ヨットスクール事件を憶えとるかね? あれなどは愚の骨頂じゃ。残っている
フィルムなどを見ても、教官たちは手加減なく生徒をぶん殴っておるし、海に突き落として
おる。あれではいかんのだ。あんなことをせずとも、生徒どもには少々の想像力を働かせる
ようにすればよい」
「想像力?」
「そうじゃ。人間、怖いと思うのは、暴力を振るわれるまでの時間だ。殴られるかも知れない、
殴られる、殴られたら痛い。そう思うから、殴られる危険性を感じさせるだけでも充分な効果
がある。無論、そればかりでは結局殴られないと思ってしまうだろうから、たまには手を出さ
ねばなるまい。わしの言うのはそういうことじゃ」
「つまり恐怖心によって生徒たちのやる気を引き出そうということですか」
「その通り」

学園長は大きく頷いた。

「口で言ってもわからぬ相手にはそれしかあるまい。大人の言葉の意味を知らしめてやるのじゃ」
「それではただの恐怖政治じゃないですか!」
「そうだとも。それが何か問題かね?」
「も、問題かねって……」
「日本は自由主義平等社会などと言っておるが、なぜ暴力団がいなくならんのか。なぜ世界には
恐怖政治や警察国家がなくならんのか。それらがすべて証明しておるではないか。それが最も
有効で手っ取り早い施策だからじゃ。もちろんそれがベストとは言わん。言わんが、今は危急
の時じゃ。わかって欲しい」
「しかし学園長……!」

けい子の舌鋒を食い止めるかのように、学園長は右手で制した。

「……夏綿先生のご意見は充分に承った。それはそれとして、この件は先ほど述べた通りに決定
する。よろしいな?」
「……」

けい子は悔しそうに唇を噛んだが、他の教師たちは俯いたり、学園長に肯定するように大きく
頷くばかりだ。
その様子を見計らって、「茶坊主」とあだ名されている教頭が場を仕切った。

「えーー、では本日の議題は以上のように決定しました。あとでこれについてのプリントを配布
しますので、先生方、よろしくお願いします」

バカバカしくなって、けい子はそっぽを向いた。
この時点で、もう詳細を記したプリントまで作ってあるということは、既に決定事項だったと
いうことだ。
儀礼的に職員会議を開いただけだということだろう。

教頭は学園長を見て続けた。

「学園長、議題は以上ですが……」
「うむ。あと、いくつか連絡事項があるので聞いて欲しい」

学園長がクリップ留めされた資料をぺらりとめくった。

「年に一度の消防署の監査が今週ある。いつもの八丈の消防分署からじゃな。内容もいつもの
通りじゃ。消防班の野中先生、消防委員会の生徒どもを使って、万事よろしく頼む」
「はい」
「消火器、消火栓、消火ホースに給水塔、火災報知器などを調べよるから、つまらんケチをつけ
られんようしっかりチェックして欲しい。非常口付近も片づけておいてくれ。消防演習もある
から、その準備もな。ああ、消防車の手入れも怠らなんように」

学園長の言葉が終わると同時に、野中教師の頭が下がる。

「それと……これは警察からか」
「警察?」
「うむ。先生方もテレビや新聞のニュースでご存じだろうと思うが、例の、本土で起きた消費者
金融強盗事件」
「ああ……、国分寺であった強盗殺人ですか。確かまだ犯人は逮捕されてなかったんじゃない
かな……」

石川教諭が頷く。

「そうじゃ。あれの容疑者がな……あーー、秋本誠司とかいうそうだが、まあ名前なんぞどう
でもいいか。とにかく、そいつが先日、八丈島で見つかったそうじゃ」
「ほう。では捕まったので?」
「いや、逃げおった。連絡船に潜り込んだらしいが、八丈で追い込んで今一歩のところで取り
逃がした」
「……しかし、逃げると言っても島でしょう」
「うむ。それがな、今度は島の漁船を奪って海へ逃げたというのじゃ」

けい子も反応した。

「海へ? それじゃ、まさかここに来る可能性が?」
「察しがいいな。まあ、そういうことじゃ。その可能性もあるから、充分に警戒して欲しい、
という通達が八丈の駐在所と本土の警視庁からあった。その犯人は、強盗の際に消費者金融の
社員をふたりも殺しておる凶暴なやつじゃ」
「……」

学園長は、手にした用紙を指で弾きながら言った。

「とはいえ、八丈からここまでは100キロ以上離れとるしな。警察も、ここよりは青ヶ島に
逃げ込む可能性が高いとして、そっちに機動隊や捜査員を送り込むらしいわい」
「そうですか……」
「ここはその青ヶ島からさらに40キロも遠くにあるわけだしな。盗んだのも小さな船らしいし
燃料もそうなかったようじゃ。それに八丈での最後の目撃情報によると、犯人は本土方面に向
かって漁船を走らせていたそうじゃ。だからまあ、とりわけ心配はいらんと思うが……」

教頭に目で合図しながら、学園長が立ち上がる。

「以上、解散。ご苦労だった」

学園長と教頭が職員室から出ていくと、一様にホッとした空気が流れ、私語が始まる。
ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がり、早々に立ち去ろうとする教員も多い。
手渡されたプリントをまとめてけい子が椅子から立つと、すかさず小山田教諭が近寄ってくる。

「夏綿先生。いけませんなあ、ああいう態度は」

けい子が軽く睨みつけても、まったく動じないように小山田が続ける。

「先生だっておわかりでしょう? ここはタダの学校じゃないんです。学園長は理事長兼任の
実力者……いや、こう言ってよければ「学園の天皇」だ。逆らっても意味はないし、むしろ
逆効果ですよ」
「だからと言って、学園長の言いなりになることは出来ません。それでは職員会議の意味なんか
ないじゃないですか。無茶な方針にははっきりと異論があることを……」
「先生」

小山田がねちねちとした言い回しで、けい子の話の尻を取る。
その目線は、言葉尻ではなくけい子本人の尻に向いていた。

「2006年にあった都の教育委員会から通知はご存じでしょう」
「ええ、知ってますよ。「職員会議において職員の意向を確認する挙手・採決の禁止の通知」
ですね」

2000年の学校教育法施行規則改正で、職員会議は校長が主宰する補助機関と位置づけられ
ている。
それ以前は法令上の根拠がなく、学校運営を巡って校長と教職員が対立して紛糾したり、職員
会議で意思決定をすることも珍しくなかった。
それでは「効率的な運営」が出来ないとして、こうした決定が為されたわけである。

けい子は、そもそもこれ自体が誤りだと思っている。
2006年に小山田の言う通達が来た時には、その後進性に驚いた。
そして文科省で経緯を聞いた時には呆れて物が言えなかった。
この内容は、教育委員ではなく都の教育委員会事務局──つまり役人が決めてしまい、それを
委員どもが追認しただけだというのである。
これでは民主もへったくれもあったものではない。
けい子には、なぜ職員会議を民主的に行なうのがいけないことなのか、さっぱりわからなかった。

「ご存じなら従わなくちゃ。お元気なのはけっこうですけど、あまり反発すると目を付けられ
ますよ。長いものには巻かれろ、ですよ。それより……」

そこで小山田はスッと顔をけい子の耳に近づけた。

「この前のお話、考えてもらえました? 一度、おとなのつき合いをしようっていう……」

けい子は嫌悪感たっぷりに言い返す。

「そのことなら何度もお断りしているはずです。私はあなたの考え方には全く興味ないんです。
あなた自身にもね」
「これは手厳しい、ふふ……」
「きゃっ……!」

するりと小山田の手がけい子の尻をジャージの上から撫でる。
けい子にしては珍しく悲鳴を上げ、反射的にスケベな中年教師の頬を張っていた。

「何てことをするの! 恥を知りなさい!」
「おお、痛え。ふふ、そういうじゃじゃ馬(死語)なところもいいですなあ。ま、今日のところ
は引き下がりますよ。じゃ」
「何て男なの……!」

へらへらと笑いながら退場する小山田に憤慨するけい子を宥めるような声がかかる。

「夏綿先生」

穏健派の石川教諭と二宮教諭だった。
心情的には生徒よりであるが、学園長の威信に脅え、積極的な行動がとれない男だった。
気は優しく人も好いが、優柔不断でもあり、結局は学園の言いなりになってしまっている。
けい子の目には、我が身を守るのに汲々としているように見える。

「お怒りはごもっともですけど、小山田先生の言い分にも一理ありますよ」
「……」
「この学園は、あらゆる意味で「特殊」ですし、都の教員である以上、上部組織の都教委に従わ
ないわけにはいきませんから」

こうした態度を見ていると、自分は「その都教委の上部組織である文科省から派遣されてきて
いるのだ」と、ついつい言ってしまいたくなる。
そうも行かないから、殊更に義憤を感じていることを強調してしまう。

「私もおとなのつもりですから、それはわかるんですよ、石川先生、二宮先生。でも、物には
限度というものがあるじゃありませんか。それを……」
「その「限度」が一般的なそれとは違うんですよ、この学園は」
「……」
「何であろうと、すべて学園長の手の中です。下手な言動は無駄という以上に命取りになります
よ」

二宮は、けい子に対して好意で言っているのだろうが、あまりにも軟弱でだらしくなる思えて
しまう。

「学園は生徒のためにあるものでしょう? これでは学園長の私物ですよ。私たちだって雇われ
ている身ではあるけど、言うべきことは言わないと……」
「いいえ。この学園は生徒ではなく、学園長のためにあるんですよ、先生」
「そんなことでは……!」
「先生」

そこで石川と二宮は顔を見合わせて言った。

「……そんなことを言えるのは、先生がA級ライセンスをお持ちだからですよ」
「そんなこと関係ありません」

夏綿けい子は、A級ライセンスを持った数少ない教師である。
スパルタ学園のウリは、日本に20名ほどしかいないA級ライセンスの教師を8人も揃えている
ところにある。
けい子もそのひとりなのだ。

「関係ありますよ。学園長は、他の教師たちには下僕同様に接しますけど、夏綿先生たちA級
ライセンスの教師には、一応敬意を持って接してますからね。そうじゃない私らには、それが
よくわかるんですよ」
「……」

確かにそれはそうだろう。
他の教師たちは、けい子たちA級ライセンスの教師に明らかな羨望と妬みを持っている。
実際、学園長にしても、A級教師たちには少なからず気を使っているのは事実なのだ。
せっかく集めた人材に去られては困るからだ。

もっとも、これは他の教師たちも同じではある。
学園の秘密を知った者を、そうそう逃がしはしないのだ。
それにしても、けい子たちは他の教師たちに比べて、少なくとも報酬の面ではかなり優遇されて
はいる。

けい子は黙った。
反論するのも虚しいし、もしかしたら味方になってくれるかも知れない──消極的味方だろうが
──相手をやり込めるのは本意ではなかった。

「いずれにしても夏綿先生、この学園ではあまり目立たないことですよ。先生は処世術だとバカ
にされるかも知れませんが、波風を立てないことも生徒のためになるってことは理解してくだ
さい。あまりに先生が鋭角的に反応してしまうと、先生の立場も危うくなってくる。それはね、
生徒たちのためにも私らのためにもならんのですよ。今のスパルタに夏綿先生がいなくなったら
どうなります? 暗黒ですよ、暗黒」
「……」
「先生は他のA級教師たちとは違います。この学園の、最後に残った希望の光なんです。あまり
無茶に行動して、その光を消さんでください。お願いしますよ」

沈黙したA級ライセンス教師を見て軽くため息をつくと、石川と二宮はとぼとぼとその場を去っ
ていった。

───────────────

夕方5時。
一般生徒たちが寮に戻る時間である。
常夏であるこの島では、まだ日が長く明るいが、この学園では運動部を含めた部活動も、授業
終了の午後3時から5時までの2時間しか認められていない。
あとは寮での自主学習をするよう強制されている。
それ以外の生徒は補習させられていることが多い。

けい子たちは、使われていない体育用具室に集まっていた。
ここは恵たちのグループが普段無断で使っている場所だが、けっこう仮面グループも使用して
いた。
他の生徒や職員たちが寄りつかないから、直接会っての連絡には都合がいい。
ただ、真面目な生徒たちは寮にいる時間だから、この時間にここへ来られるのは、教職員である
けい子と香織の他は、恵だけである。
ここで話された内容は、恵から光一や結花たちにももたらされるのである。
無論、個々に香織やけい子が彼女たちに伝えることもある。

けい子が憤慨しながら今日の職員会議の状況を伝えると、香織はクスクス笑い、恵は冷め切った
ような表情を浮かべていた。
香織は、いかにも「生真面目で勝ち気なけい子らしい」と思ったのだろうし、恵は学園には何の
期待もしていないから、改めて怒るほどでもないのだろう。

「で? あたしらが気に掛けなきゃなんないような話はないわけだね、先生」

そう言いながら、恵はポケットをまさぐった。
探し当てたものを外に出そうとして躊躇し、結局諦めた。
けい子や香織の手前、喫煙は遠慮したらしい。
その様子を見て、小さく頷きながら香織が言う。

「別に先週は大きな出来事もなかったようですしね。その、何ですか、脱獄犯?」
「いえ、強盗犯」
「ああ、強盗犯ね。その人がここに逃げ込んでくるかもって話だけは注意した方がいいんですね」
「そんなことないだろ」

恵が両手を頭の後ろに組んで、壁に寄りかかった。

「ちっぽけな漁船に乗って逃げたってんだから、こんなところまで来られないだろ? それに
燃料もあんまり積んでないとか言うんだし」
「そういうことね。でも万が一、そんなのが上陸したらえらいことだわ。警戒するに越したことは
ないわね」
「何でもいいや」

恵が左手のひらに右の拳をバチッとぶち当てて言った。

「ここんとこ、学園も学園長も比較的おとなしいからな。退屈してたとこなんだ。強盗犯でも
脱獄犯でも何でもきやがれって」
「怖いこと言わないでよ、紅さん。相手は人殺しなんだから」
「そうよ、恵。さすがに学園長だって人殺しまではしないわ。でもそいつはもうふたりも殺して
るんだから。仮に出くわしたら、あまり無理をしないで応援を呼ぶことね」
「わかってるさ。でも、そもそもそいつがここに来る可能性はあまりないってけい子先生だって
言ってたじゃないか」
「そうだけど」

けい子が返事をしたところで着メロが鳴る。
けっこう仮面用の連絡コードではない。
通常通話だ。
着信を見ると、石川教諭である。
ということは、教師用連絡網だ。

「はい、夏綿です。どうかされましたか? ……え?」
けい子の声が変わり、香織と恵も緊張する。
「真弓くんが……2−Bの高橋真弓が行方不明ですって?」




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