スパルタ学園は、独自に消防団を持っている。
島には学園しかないのだから、当然、消防署がない。
そこで、消防法の関係もあって教職員と生徒のチームからなる私設消防団があるわけだ。
小型ながら消防車を備えているのだが、実際の消火活動は警備員がやる。
従って消防団の活動も消防車の出動も、年に一度の消防訓練の間際だけなのだ。
それ以外は、滅多に人が来ることはない。
その消防車倉庫の前に、ふたりの男子生徒が佇んでいた。

「よーよー、小村ちゃんよ〜。また頼むよ〜」
「こ、困ります、持田先輩」

大柄な男が、下級生らしい生徒を上から見下ろすようにしている。
猫撫で声だったが、言っている内容は恐喝である。

「こないだ、その、払ったばかりじゃないですか」
「だから、それがもうなくなっちゃったのよ〜。昨今の不況でさ〜、どうにもなんないのよ」

持田と呼ばれたその三年生は、詰め襟を高く、裾を拡げた、いわゆるガクランを着ている。
スパルタ学園に於いては、校内では学生服もしくはジャージの着用が義務づけられている。
学園指定以外の服装は、放課後、寮へ帰宅するか、休日以外は認められていない。

峻厳なこの学園では、学則を破ればたちまち罰則に該当する。
寮謹慎くらいで済めばいいが、強制補習や仕置き部屋送りにされてはたまらないので、校則を
正面から破る生徒はいない。
従って、持田のような輩は既存の学生服に自分で手を入れて、私製ガクランを作るのである。
さすがに学則ではここまで規制してはいないし、迷惑をかけない程度であれば学園も黙認は
する。
あまりに押さえ込み過ぎて、多数の生徒の反発を受けても良いことはないと思っているから
である。

ただ、記載されている学則を無視されるということは、学園そのものを蔑ろにしているのと
等しいとして、これは厳しく罰している。
髪型なども、あまりハメを外すわけにはいかない。
持田にしても、本音を言えばリーゼントにでもして頭を固めたいところなのだが、整髪剤に
限らず化粧品をつけることは厳禁されている。
だから仕方なく角刈りにしているのだが、それが一層、この男に凄味を持たせていた。

「……」

このやりとりを見つめている目があることに、ふたりは気づいていなかった。
倉庫から10メートルほど離れた校舎の陰に、ひとりの女生徒がいたのである。
ぼさっとした長い髪が赤く、目つきも鋭いが、顔の造作は良く、美人と言えるだろう。
しかし雰囲気が尋常でなく、一般生徒には見えなかった。
裾を踏みそうなほどに長いスカートを履いているところを見ても、この女生徒もヤンキーなのか
も知れない。
彼女は無言のまま、持田たちを見ていた。

「だ、だけど僕も、もうそんなに持ってませんよ」

幾分、青ざめた顔で持田に対応している一年生の小村の方は、これは基準通りの学生服姿であった。
まだ学園に慣れる時間もなく、早々と三年のヤンキーに目をつけられたのだ。

「そんなことねえだろ?」
「あっ」

小村が身をひねる間もなく、襟首を掴んで持ち上げた。

「別にこないだみてえに1万も2万も出せとは言ってねえさ。2千円でも3千円でもいいって
妥協してんじゃねえか、え?」
「……」

でかくて人相も悪い持田が、歯の隙間から押し出すような低い声で凄むと、気の弱い小村はたち
まちすくみ上がる。

「だからおとなしく出しなって」

そう言うと、片手で器用に学生服の前ボタンを外し、内ポケットに手を入れた。
そして、そこからジーンズ生地の財布を抜き取った。
持田の手から解放され、尻餅をついた小村は慌てて立ち上がり、縋った。

「も、持田先輩、困ります! それがないと僕……」
「まーまー、いいじゃねえか」

持田は小村の手が届かぬように、頭の上で財布の中を確認した。

「……なんだ、こんなに持ってるじゃない、小村クーン」
「返してください!」
「返しますよ、ほれ」

持田がポイと投げた財布に追いすがり、その中を見て小村が言った。

「こ、これ……」
「小村クンの分、ちゃんと千円残しておいただろ? 俺って気ぃ使ってるじゃん」
「そんな、ひどいですよ!」
「ひどいだぁ?」

持田の口調と目つきが変わった。
射すくめられるような視線に、小心な小村は「ひっ」と悲鳴を出した。

「こうして中身を残して返してるのに、ひどいだと?」
「……」
「もういっぺん言ってみろ」

逆上しかけた持田が、またしても学生服を掴んで持ち上げると、小村は慌てて首を振った。
それをバカにしたような目で見ると、三年生は一年生をそのまま投げ捨てた。

「バカが。かかってくる根性ねえくせに楯突くんじゃねえよ。てめえがそういう気なら、
こっちももらってやらあ」

そう言うと、小村が握りしめている財布を奪い取った。
そして倒れ込む少年にツバを吐きかけると、持田は意気揚々とそこを後にした。
そこまで見ていた女生徒は「……クズが」と舌打ちをひとつすると、彼の後をつけた。

* - * - * - * - * - * - * - * - *

その得意そうな表情は5分と保たなかった。
突如、目の前に出現した妨害に、持田は露骨に顔をしかめた。

「……紅か」

180センチある大柄な持田の前に立ちふさがったのは、二年生の紅恵だった。
持田がスパルタ学園を牛耳れないのは、ひとえにこの女のせいなのであった。
持田は露骨にイヤそうな口調と表情で言った。

「何か用かよ」
「言わなきゃわかんないのかい?」
「……」

持田を見上げる恵には、言いようのない迫力があった。
身長は170センチはあるだろうが、180の持田から見れば小さい。
筋力にしても、彼に敵うとはとても思えない。
それでいて彼女には、ヘタに手を出せばタダでは済まないという威圧感があるのだった。
それを感じている自分に腹が立ち、持田はわざと挑発的に言った。

「わからねえな。俺はおめえなんかにゃ用はねえ」
「そうかい。じゃ、出しな」
「出す? 何をだい」
「こいつだよ」
「てめえ、なにを!」

恵は目にも留まらぬ速さで、持田の制服ポケットから財布を抜き取っていた。
持田自身、いつ恵が手を入れたのか、わからぬほどだった。
恵が両手でそのジーンズ生地の財布を弄びながら言った。

「これはあんたのかい?」
「そ、そうだよ」
「ほう」

恵はにやっとした。
男臭い笑みだが、こうした笑いが似合う女だった。

「じゃ、こっちはおまえのじゃないんだね?」

いつのまにか黒革の財布まで持っている。
こっちは間違いなく持田のものだ。
しかし、それはズボンの後ポケットに仕舞ってあったはずなのに、いつのまに抜かれたのだろう。
しかも、学生服のポケットに入れていた小村の財布と同時に、である。
持田は慌てて言った。

「ま、待て、そっちのは本当に俺のだ!」
「『本当に俺の』? じゃあ、こっちのはあんたのじゃないんじゃないか」
「……」
「こっちは返してやるよ。だけどこっちはもらってくよ」

最初の「こっち」は黒革の財布、つまり持田のもので、あとの「こっち」は小村のものである。

「……何か文句あるかい?」

持田は何か言いたそうにしていたが、その一言で挫けた。
そして悪党のお決まりの捨て台詞、「覚えてろよ!」と言い残して足早に去っていった。
その様子を、さっき持田が小村にしていたのと同じ表情で見送った恵は踵を返した。
と、そこに声がかかる。

「お待ちなさい」
「……」

聞き覚えのある声である。恵が振り返ると、腕組みをした女生徒が立っていた。

「あなた、何してるの?」
「……」

同じクラスの生徒であった。
名を結花千草と言う。
身長は恵とほぼ同じくらいだろうか。
さらさらのセミロングの髪を、赤いリボンでまとめている。
生真面目そうな表情だが、造作自体が良いせいか、年相応の愛らしさや花開く直前の女性の
美しさを損なうほどではない。
ややキッとしたような瞳は凛とした美貌を醸し出しているが、結花本人はやや気に入らない
ようである。
よく見ると、このふたりは容姿的に似ているようだ。
キリッとした美貌もだが、スラリとしていながら女性らしいふくよかさを持った体つきもよく
似ている。

だが、恵は彼女が苦手である。
嫌いなわけではない。
ただ「苦手」なのだ。
合わない、と言ってもいい。

「見てたのかい?」
「ええ」
「じゃ、わかるだろう。カツアゲだよ」
「カ、カツアゲって、あなたね」

そこで恵は片手を拡げて結花の方に突きつけた。

「またぞろ、クラス委員長さまのお説教かい?」

合わない原因はここにもあった。
結花は優等生のクラス委員であり、恵は見ての通りのヤンキーである。
恵にとっては、結花のどことなくお高く止まっているところがいけ好かなかったし、結花に
とってはヤンキーの存在が不愉快だった。

恵自身を嫌いというわけではない。
不良やヤンキーが嫌いなのだ。
彼らは何もしないとしても、ただそこにいるというだけで、他の真面目な生徒たちに有象無象の
圧力や不快感を与える存在だ。
結花自身もそれがイヤだったし、クラス代表として、同じクラスにそういう生徒がいることが
許せなかった。

「怒られるのがイヤなら、そういうことはやめさないよ」
「……うっせーな」
「大体、あなただってけっこう仮……」
「バッ、バカ!」

結花が口を滑らせそうになったので、恵は慌ててその唇を塞いだ。
彼女たちはけっこう仮面なのである。
よもや二年生学年主席の女生徒と、その対を為す不良女生徒がけっこう仮面だとは誰も思うまい。
しかし、壁に耳あり障子に目あり。
どこで誰が見ているか、わかったものではないのだ。
事実、持田のカツアゲも恵が見ていたわけだし、恵のも結花が目撃していたのだから。
結花もハッと気づいて謝った。

「ご、ごめんなさい……。でも、こういうことはやめてってあれほど言ったのに」
「……」
「こんなつまんないことで学園に目を付けられたらまずいでしょ。あまりあなたの行動が目に
余るようになれば、夏綿先生にだってご迷惑がかかるわ」

結花の言っていることくらい、恵にだって理解できる。
だからこそ彼女は、よほどのことがない限りは表立った行動はしないし、なるべく徒党も組まな
いのだ。
第一、さっき持田から財布をカツアゲしたのだって、小村のものを取り返したに過ぎない。
しかし、そのことを説明するような恵ではない。
黙って立ち去ろうとする恵を、結花が止める。

「待ちなさいよ、まだ話は終わってないわ」
「あたしには話はないよ」
「待って! じゃあ、さっきのお財布返しなさい」
「返す?」

小村の財布を持田に返したのでは意味がないだろう。
そう言いかけたが、説明する気もなく、恵は手で拒否して歩み去った。

* - * - * - * - * - * - * - * - *

「こ、困ります、やめてください」
「そんなつれなくすんなよ、高橋」

持田である。
今度は、校門を出て生徒寮へ続く道で女生徒に絡んでいた。

女生徒を壁際に追い詰め、その顔の横に腕を突き出している。
そうして身体を支えて、女子の顔を覗き込むようにしていた。
高橋真弓だった。
儚げな印象を持つ控えめな美少女だったが、生徒たちが陰で選出しているミス学園候補の常連
でもある。
シャギーの髪と、しなやかな肢体も評判だった。
その彼女に、持田が迫っていたのである。

「最初っから俺の女になれっつうのが無理なら、お友達からでもいいんだぜ」
「でも……」

真弓はすっかり脅えていた。
迫ってくる持田の脂ぎった顔がおぞましい。
喋るたびに口から匂うタバコの悪臭がたまらない。
ムッとした男臭さと混じって、むせかえりそうだ。

もう、こうして迫られるのは何度目になるだろう。
そのたびに断っているのだが、一向に諦めてくれそうになかった。
あまりはっきり、きつく拒絶したら何をされるかわからない恐怖がある。

持田は、学園でも札付きの乱暴者だ。
スパルタ学園は教師の力が圧倒的に強い学校だから、先生に逆らったり暴行したりすることは
ないし、生徒間でもあまり目立った暴力行為はない。
しかし持田は、そんな中でもうまく立ち回り、暴力で支配権を拡げている。
今の学園生徒の中で、彼に刃向かう者は少ない。
それがわかっているから、自分の言う通りにならない真弓に苛ついていた。

「でも?」
「……」
「もう、そんな言葉は聞き飽きたぜ高橋」
「……」
「今日こそははっきりしたお返事を聞かせてもらおうじゃねえか」
「……」

はっきり返事をしたら、何をされるかわからないから困っているのである。
真弓は今、つき合っている男子はいない。
いないが、だからと言って持田という気にはとてもならない。
もし世界が破滅して、残った人間が自分と持田だけになったら、人類は絶滅すると思っている。
それくらい、いやだった。
煮え切らない真弓にムカムカしてきた持田は声を荒げた。

「いい加減にしろよ!」
「ひっ……」
「何ならこの場でやっちまってもいいんだぜ!」
「待ちな!」

持田の手が真弓の首に伸びたところで、鋭い声がかかった。
聞き覚えのあるその声に、持田は顔を歪めた。

「またおめえか、紅」
「そりゃこっちの台詞だよ」

持田が振り返ると、恵たち一派が立っていた。
恵を真ん中に、左右に三人の女生徒が従えている。
持田の陰でガタガタと震え、脅えている真弓を痛ましそうに見ながら恵は言った。

「さっきはカツアゲ、今度は強姦未遂かい。やりたい放題だね、あんた」
「やかましい! てめえ、2年の分際で3年の俺に逆らおうってのか」
「先輩風を吹かせたいなら、少しは先輩らしいことをしてからにしな」

恵がそう言うと、取り巻きの女生徒が嘲るように付け足した。

「まったくだ、恵さんの言う通りだよ。あんたは、先公や恵さんに見つからないようにコソコソ
やってるだけじゃないか。それでも男かよ、3年かよ」
「てめえらっ!」

はやし立てる恵の子分どもに逆上した持田は、顔を真っ赤にして向かってきた。
懐からナイフを抜くと、頭上に振り立てて恵に襲いかかる。
恵は咄嗟に子分たちを後ろに庇いながら叫んだ。

「カバン寄こせ!」
「はい、姐さん!」

後ろから差し出された薄い革鞄を受け取ると、恵はそれを手首だけで払った。
突きつけられたナイフは、カバンの直撃を受けてポーンと飛ばされていた。
持田がその衝撃で「うっ」と呻いて手首を押さえると、すかさず今度はその顔を真横から
叩きのめした。

「ぐあっ」

横っ面をまともにカバンでぶん殴られた持田は、くるっと一回転して壁に背中から張り付いた。
そこに恵が風のように近づいていった。
そして持田が真弓にしたように、持田を壁に押しつけ、腕を壁について顔を近づける。

「少しは分相応ってことを考えな」
「く……」
「あんたとあの娘じゃあ、あまりにも不釣り合いってもんよ」

黙ったまま恵を睨みつけている持田に、彼女はさらに顔を寄せた。
同時に、持田の股間に右膝を押し当て、急所を押し潰さんばかりに圧迫している。

「もうあの子には近づくんじゃない。……わかったね?」
「わ、わかったよ!!」

その返事を聞くと、恵は震えている真弓に目をやった。
気を抜かれたように恵を見ていた隣のクラスの美少女に、目配せして立ち去るように合図する。
すると真弓はハッと我に返り、慌てたように自分の鞄を拾うと小さく恵にお辞儀した。
そして小走りに駆け出すと一端立ち止まり、今度は深々と腰を折って頭を下げた。
それを優しげな瞳で見送った恵は、一転、ゴミでも見るような目つきで持田を見やると、その
襟首を掴んでつっ転がした。

「畜生!」

持田は、下級生たちの嘲笑を背中で聞きながら、振り返りもせずに逃げ走った。

* - * - * - * - * - * - * - * - *

「しかし持田の野郎、ざまぁなかったですね」
「まったく」

体育用具室に恵たちはたむろしていた。
用具室はふたつあって、片方は体育教官室そばにあり、実質的にはそっちがメインに使われて
いる。
こちらは使い古した用具や、壊れて修理待ちになっているものが集められており、あまり人の
出入りはなかった。
それをいいことに恵たちが目を付け、ここを集会所にしているのである。

「あの野郎、最近、姐さんがおとなしくしてると思って、だんだんとのさばってきてんですよ。
ここは一発しめといた方が……」
「そうですよ。誰がこの学校のバンなのか、はっきりさせといた方がいいですよ」

はやるふたりを抑えるように、もうひとりが言った。

「薫も尚子も待ちな」

そう言ったのは、恵たちのグループのナンバー2と目されている岡みどりという2年生である。
みどりはタバコを燻らしながら言った。

「姐さんがなんでおとなしくしてるかわかってるだろう? ここじゃ、あんまり目立つ動きは
命取りになるのさ」
「……」
「学園の先公どもは、あたしらを潰す口実を探してる。おいそれと、そいつを提供するような
マネはよすんだ。ですね、姐さん?」
「……ああ、そうだね」

恵はそう答えながら、スカートのポケットからタバコの箱を取り出した。
銘柄はセーラム・ライトのピアニッシモだ。
実のところ、恵はタバコが美味いと思ったことは一度もない。
ただ、親への反発や仲間たちへの箔づけなどもあって、ふかしているだけだ。
それでも、メンソールの香りは好きだった。
恵が細身のタバコを口にくわえるや否や、左右からさっと三つの火が出てくる。
子分どもが一斉にライターの火を差し出したのである。

恵はもともと、グループの頭になりたいなどとは思っていなかった。
中学時代から、その度胸や気っ風の良さ、そしてケンカの強さでのし上がり、すぐにクラスの
番を張り、学年、学校のヤンキーグループのヘッドに収まっていった。
暴走族にも所属し、中3の頃には副総長格にまで成り上がっている。
恵にその気はなくとも、周囲が彼女の力量や威風に影響され、祭り上げられていくのである。
彼女自身は、権力や暴力を欲しているわけではないから、そんな地位には何の魅力も感じないし、
なりたいとも思わない。
しかし、周囲にちやほやされるのは気分がいいので、成り行きでそうなっただけである。

恵の父親は大きな企業コンツェルンのCEOだ。
母親の父が興したグループだが、そこに取り入って母をものにし、代表に収まっている。
少なくとも恵はそう思っていた。
そんな親に反発し、グレていったわけだが、恵はいつも醒めていた。
そんなことをしても何の解決にもならないということは、賢い彼女は理解していた。
頭ではそうわかっているのだが、他にやりたいこともなかったのだ。
そしてそのことが、親に対する抵抗になるとも思っていたフシがある。

年を重ねるにつれ、行状が改まるどころか悪化する一方だった恵にほとほと困った両親が、
彼女をスパルタ学園に放り込んだのが2年前のことだ。
そこでも恵はすぐに頭角を現し、たちまち不良グループを作り上げていた。
学園内で彼女を問題視する声が高まり、教師の夏綿けい子が彼女のもとへ乗り込んだのである。
そこで何があったのか、本人たち以外誰も知らない。
わかっているのは、恵はけい子との対話の後、即刻グループを解散したこと、そして彼女が
けっこう仮面グループに所属することになったということである。
以来、この学園にはヤンキー生徒はいるものの、彼らを束ねるグループというものは存在しなく
なっていた。
というのも、裏で恵が手を回し、あるいは実力行使して、それらのグループを潰して回っていた
からである。

それでも、どうしても収まらない「元気」の良すぎる連中はいる。
そいつらを抑えるために、恵は小さなグループを作ったのである。
それがここだ。
配下にいる岡みどり、須永薫、内海尚子は、中学時代に相当鳴らしたスケバンであり、スパルタ
学園でも手を焼いていた札付きのヤンキーだった。
そこで恵が彼女たちひとりひとりを相手にし、説得し、あるいはケンカまでして従えたのだ。
彼女たちなら、放っておけばすぐにグループを作ってしまう。
それならば恵が収める小グループを作り、彼女らを配下にすることで抑えてしまおうと思った
のだ。

それは功を奏し、彼女らの行動は目の届く範囲に限られたので、いつでも恵が手綱を引き絞る
ことが出来た。
もっとも、恵の子分になって以降の彼女たちは、そうバカな行動はとらなくなっている。
恵の言動を目の当たりにするにつれ、彼女に心酔していったのである。
自分らの行動が恵の顔に泥を塗ることになりかねないと覚った時、彼女たちは自制し、自分の
行動に責任を持つようになっていった。
彼女たちが実力行使する場合は恵に報告して許可を得たし、場合によっては恵が代わって出動
した。
そうすることにより、話が大きく広がらず収めることが出来たのである。
メンバーの尚子が、自分のスカートを摘んで情けなさそうに言った。

「しかし姐さん、これどうにかならないですかね」
「スカートかい?」

恵たちも校則通り、指定のセーラー服を着ている。
しかしお仕着せでは満足しないというか、目立てないから、ヤンキーたちは外した格好をする
のが常である。
この学校では特攻服を着るわけにはいかないから、男子ならガクランに改造するし、女子なら
スカートをいじる。
短くして超ミニにするのが今風だが、恵は一貫してこれを拒否、逆に引きずるほどの長いスカ
ートにしている。

これだからルーズソックスを履く意味はないし、そもそも恵はそれも履かない。
それが尚子たちには物足りない。
何だかんだ言っても現代の女子高生である。
流行にも乗りたいし、ハヤリの格好だってしてみたいのだ。
ところがリーダーの恵がそんなことにさっぱり興味がないので、仕方なく他のメンバーも従っ
ている。
恵は薄笑いして言った。

「あたしゃミニにもルーズにも興味ないのさ。昔気質の不良なんでね」

それを聞くと、尚子や薫たちは顔を見合わせて苦笑するのだった。

* - * - * - * - * - * - * - * - *

「先生!」
「なに? どうしたの、結花さん」

いきり立ったように職員室に乗り込んできた結花を見て、けい子は少し驚いた。
普段は声を荒立てるようなことはない娘だからである。

「私、もう我慢できません!」
「結花さん、少し落ち着いて。何があったの?」
「紅さんです!」

結花は、恵の行状を説明した。
さっき見たばかりのカツアゲ劇である。

「ケンカくらいなら喧嘩両成敗かも知れませんけど、いくら何でも他の生徒の財布をカツアゲ
するのはよくないですよ!」
「……」

さすがに周囲に気を使い、小声で糾弾する結花を困ったようにけい子は見つめた。
結花はそれを、恵の行為にけい子が困ったのだろうと思っていたのだが、実は違う。
結花にどう説明したものか困っていたのである。

けい子は、恵が何の理由もなくそんなことをする生徒ではないことを知っている。
確かに、入学当時は手の付けられないヤンキーだったが、けい子が懸命に説得し、けっこう
仮面の任務を与えることで、彼女にも自覚が生まれたからである。
以来、恵はけい子を困らせるようなあくどい行為は一切していなかった。

確かにケンカはやったし、隠れてタバコも吸っているようである。
だが、他の生徒たちに迷惑をかけるようなことはしていないはずだ。
こう言っては何だが、学園の管理とて完璧というわけにはいかない以上、隠れて飲酒や喫煙を
している生徒は他にもいるだろう。
それでも学園は、あからさまに規則を破ったり、暴れて他生徒や学園に迷惑、損害をかけない
以上、ある程度は黙視しているのである。
必要以上に厳しい指導をしている手前、多少の息抜きは必要だろうという、ある意味、必要悪と
見ているのである。
無論、表向きはそうなってはいないが。

「私だって、もう庇いようがありません! クラス委員としても放っておけませんから」

結花にも結花の言い分はある。
けい子から「恵は好きにさせてやって欲しい」と言われているから、彼女なりに大目に見ている
ところは多いのだ。
他の生徒たちが恵に対する苦情を委員長である結花のところに言ってくると、彼女はむしろその
生徒たちをなだめる側なのである。

それにしたって限界がある。
今回のように、恐喝となると弁護のしようがないのだ。
恵はいちいち説明や言い訳をする娘ではないし、かえって露悪的なところまであるから、余計に
結花の目に付くのだろう。
けい子は、少し困ったような表情で言った。

「わかったわ、結花さん。恵には……紅さんには私からもよく言っておくから、ここは収めて
ちょうだい」
「でも、お財布を盗られた生徒には……」
「それも含めて言っておくわ。だから、ここは任せて。ね?」

* - * - * - * - * - * - * - * - *

「くそっ、紅の野郎……」

持田は恵を毒づきながら廊下を歩いていた。
機嫌が悪いのがわかるのか、一般生徒たちは廊下の真ん中をふんぞり返って歩く持田を左右に
別れて避けていた。
そんなことも気に入らないのか、持田はあちこちにメンチ入れまくっている。
ちょっとでもガンを返すようなやつがいればケンカを吹っ掛けようと思っていた。
それくらいむしゃくしゃしている。

自分でも、何で恵が怖いのかわからない。
ケンカ上手ではあるようだが、本気でやればどうにかなるのではないかという気持ちはある。
だが、いざ恵を目の前にすると、その眼力だけで怖じけてしまい、手を出そうという気持ちなど
あっというまに吹っ飛んでしまうのだ。
そういう時は、誰でもいいからぶん殴って欲求不満を解消したくなる。
しかし、怒り肩でずんずん進んでくる持田の迫力に圧倒され、近づく者などいなかった。

「ん?」

廊下の突き当たり、体育館への渡り廊下に恵の姿を見つけた。
あの時の屈辱がムカムカを湧いてきた持田は、小走りで向かっていった。
持田が渡り廊下まで行った頃には、恵は取り巻きを引きつれ、食堂へ向かっていくところだった。
そういえばもう夕方である。
生徒たちのほとんどは、放課後の補習や部活動が終わった後、寮へ帰宅する前に学園食堂で夕食
を摂るのが普通だ。
恵もそうなのだろう。
このまま後ろから襲いかかって不意を突けば、恵に一発喰らわせてやれると思ったのだが、まだ
取り巻きの女どもがいる。
それに、万が一、また恵にしてやられでもしたら、まだ他の生徒たちが大勢いる中で叩きのめ
されることになる。
そうなったら面目丸つぶれで、持田のプライドもひどく傷つくことになるだろう。
ここはこのまま恵の後を尾行し、ひとりになった隙を狙うのだ。
そう思い直した持田は、足を緩め、ゆっくりと恵たちのあとを歩いていった。

あれから2時間ほど、持田はあとをつけていた。
腕時計を確認すると、もう午後8時を回っている。
さすがにもう校内にも校庭にも生徒はほとんどいない。グラウンドの照明も落とされ、仄暗い
外灯のみになっていた。
営業時間を終えた食堂からも光が消え、学園は静けさを取り戻していた。
恵は7時まで、つまり食堂の営業時間いっぱいまで子分たちとそこで過ごし、あとは校内を
ぶらぶらしていた。
警備員に追っ払われるのが8時だから、ぎりぎりまで学園に残っていたことになる。

「何をやってんだか……」

持田にはわけがわからなかったが、実は恵は見回りをやっているのである。
警備員は校内まで入って来ないから、そこで悪さをやってる連中を「締めて」いるわけだ。
言ってみれば自警団のようなものだが、彼女にはそんな気負いはない。
けい子に、あれこれ見逃してもらっている借りを、こうして返しているつもりなのである。
それがようやく終わったのか、恵は「うん」と伸びをひとつして校門方向へ向かった。
持田はこっそり後をつけ、いつ襲ってやろうか考えていた。

「? なんだ、あいつ……」

校門を出て寮へ向かうものだとばかり思っていた恵は、その手前で方向転回し、体育館方面へ
向かっていく。
たまに立ち止まり、周囲を窺うような素振りを見せている。
気がつかれたかと思い、持田は身を固くして物陰に隠れた。
しかし恵の方は、彼に気づいた様子もなく、そのまま早足で歩いていった。

足音を殺して持田が尾行していくと、驚いたことに体育教官室へと向かっているではないか。
どこの学校でもそうだろうが、体育教官室というのは生徒にとって鬼門である。
言うことを聞かない生徒は、怒鳴るか殴ればいいと信じている体育教師が詰めており、ふんぞり
返っている部屋だからだ。
ここに呼び出される生徒は、拷問前の罪人のような顔で絶望する。

その部屋と恵ではまるで関係ないように思えた。
というのも、恵には教師どもも一目置いており、滅多なことでは呼び出しなどしないからだ。
体力バカの体育教官でも、恵をまともに相手にするとは思えないし、恵の方も教師どもに用件
があるとは思えなかった。

訳が分からないまま、持田は後を追った。
恵は教官室に付属する更衣室の前で立ち止まり、もう一度あたりを見回していた。
そこは体育教師が体育着や普段着に着替えるための小部屋で、当然、生徒が使うべき部屋ではない。
そんなところに何の用があるのかと思っていると、恵はポケットから鍵を取り出し、そのドアを
開けたではないか。
あいつは何をしているのだ。
まさか合い鍵でも作って忍び込み、教師の財布でも失敬するつもりなのだろうか。

持田が貧しい発想に思いを巡らせていると、閉じたドアが開いた。
恵が出てくると思っていた持田は仰天し、思わず「あっ!」と叫びそうになった。

けっこう仮面ではないか。
けっこう仮面の証である全裸姿。
見事なプロポーションの肢体。
夜目にも鮮やかな白い肌。
真っ赤なマスクと長いリボン。
同じく真紅の手袋のブーツ。
手にヌンチャクこそ持っていないが、スパルタ学園関係者なら見まごうはずもないけっこう仮面
その人であった。

呆気にとられ、棒を飲んだように立ちすくんでいた持田が我に返った時には、もうけっこう仮面
はいずこかへ立ち去っていた。
何が何だかわからない。
さっきは間違いなく紅恵はそこに入っていったのだ。
しかし出てきたのは、なんとけっこう仮面だった。
持田は、鈍い頭を働かせて考える。
恵がけっこう仮面だったということなのか?

しかし、全校生徒が震え上がるスケバンの紅恵と、学園の不正を暴き、生徒の救世主である
けっこう仮面では、どう考えても釣り合わない。
確かめてやろうにも、しまった、と思った時にはけっこう仮面は見えなかった。

慌てて更衣室に走り込んだ。
ドアノブに手をかけると、すんなり開いた。
慌てていたのか油断していたのかわからないが、彼女は施錠していかなかったようだ。
念のため、室内灯はつけなかった。

狭い室内には誰もいない。
それでいて、ここに入ったのは紅恵であり、出ていったのはけっこう仮面である。
中に誰もいないということは、恵イコールけっこう仮面ということになる。
持田は言い知れぬ興奮に囚われていた。まだ誰も知らないけっこう仮面の正体を知ったかも知れ
ないのだ。
無論、まだ恵がけっこう仮面だという確証はない。
持田が見たのも、言ってみれば事前と事後であり、恵がけっこう仮面になったその瞬間を見た
わけではないのだ。
これでは学園に通報しても信じてもらえないかも知れない。

そう思った彼は、ロッカーを探り出していた。
持田が入ったのは教官室の女性更衣室である。
学園には、女性体育教師は夏綿けい子を含めてふたりしかいない。
念のため、彼女たちのプレートの入ったロッカーを確かめてみた。
4つあるロッカーのうち、ふたつが教師に使われている。

味も素っ気もないスチール製のロッカーは、しっかり施錠されていた。
けい子のロッカーの右隣、名前プレートのない空いているロッカーを開けてみると、そこは鍵が
かかっていなかった。
空っぽである。
次にいちばん右端を見ると、そこには鍵が刺さったままになっていた。
使われているらしい。
慌てていたのか、鍵を抜き忘れている。

持田は息を飲んでそこを開けた。
あった。
たたまずに脱ぎ捨てるように置いてあるセーラー服だ。
持田は震える手でそれを手にした。
恵のものだと断言できるものではないが、まず間違いないだろう。
スカートは一般のものより、かなり長かった。
第一、まだ人肌の暖かさが残っているのだ。
今の今まで誰かが身につけていた証拠である。

確信した持田が立ち去ろうとすると、ロッカーの奥にほの白いものがぼんやり浮かんで見えた。
暗い中でも白く光ったそれは、女性の下着だった。
ブラにショーツ、スリップがある。
持田は少し考えてから、ニヤリと笑ってショーツを掴み、自分のポケットに押し込んでいた。

* - * - * - * - * - * - * - * - *

迂闊にも、後を付けられていたとは知らない恵はけっこう仮面となり、男子寮へ向かっていた。
夜10時消灯で、9時には正面玄関が閉ざされてしまうが、もともと玄関から入る気などない
から関係はない。
恵は薄暗い外灯の中、軽快に身を躍らせて目当ての部屋の前まで来た。
カーテンは引かれているが、灯りは洩れている。
起きているだろう。

恵は遠慮がちにコンコンとガラス窓を叩いた。二度繰り返すと、カーテンが開き、続けて小さく
窓が開いた。
覗き出た少年の顔が驚いていた。

「け、けっこう仮面……?」
「シッ……」

恵は小さく頷き、唇に立てた人差し指を当ててウィンクする。
慌てたように口を押さえた小村に、微笑んで財布を差し出した。
小村はさらに驚き、また大声を出しそうになった。

「こ、これ……」
「あなたのでしょ?」
「は、はい……」
「世の中、悪いことばかりじゃないわ。気を落とさず、元気でやるのよ」

恵はそういうと、呆然としている小村を振り向きもせず駈け去った。
何もけっこう仮面になって渡さなくてもよさそうなものだが、彼女は紅恵としてこういうことを
するというのが照れくさいのである。
けっこう仮面になって初めて知ったことだが、素の恵でいるよりも、こうしてけっこう仮面に
なった時の方が素直に自分が出るような気がしていた。
だから恵は、この仕事が好きなのだ。

* - * - * - * - * - * - * - * - *

夜9時少し前。学園の宿直室に、ふたりの教師が残っていた。
スパルタ学園では警備員が完備しているので、教員の宿直はあまり必要ではないのだが、慣習と
して残っている。
大体、一ヶ月に一度くらい当番で回ってくるが、当然みんな嫌がっている。
自由度の極めて低いこの職場では、職員寮の自室だけが唯一の息抜きの場だからである。
そこに帰れないということは、ストレスを抱えたまま翌日を迎えなくてはならないのだ。

形式的に行わねばならない校内の見回りも面倒極まりない。
校内の監視カメラシステムがあるのだから、夜回りなどいらないだろう。
教師たちはみなそう思っているが、学園長の威光と宿直手当だけを目当てに甘んじているのが
実態である。

この晩の宿直教師である佐田努と片桐久子も、今日何度目とも知れぬ欠伸をしながら時間が過ぎる
のを待っていた。
そこに、夜の静寂を破るようにドタドタとけたたましい足音が廊下を走ってきていた。
こんな時間にどこのバカだと腹を立て、佐田がドアを開けようとすると、いきなりそこが全開に
開かれた。

「せっ、先公……じゃねえ、先生いるかい!」
「持田か?」

意外な人物の登場に驚いた佐田が呆気にとられていると、まだ少しは理性的な片桐女史が刺々
しく言った。

「3−Aの持田くんね? なんですか、ノックもしないで」
「そ、それどこじゃねえよ!」
「だから何だ! きさま今何時だと思ってる! 何でまだ校内に残ってるんだ!?」

体育教師の中でも飛び切り生徒に厳しくあたる佐田が凄んだが、持田は気にもせずに叫んだ。

「け、けっこう仮面だよ!」
「なに?」
「なんですって!?」

その一言は、いつでもこの学校の教師たちを動揺させる。

「けっこう仮面が……」
「出たのか! どこでだ!?」
「わ、わからねえ……」
「……」

女性化学教師は、メガネのフレームに手をやりながら聞いた。

「あのね、持田くん。落ち着いて順番に話してよ。けっこう仮面がどうしたの?」
「だっ、だから俺……」

顔を真っ赤にした佐田を宥めながら、片桐は持田を座らせ、落ち着かせた。
勧められたぬるい茶を一気に飲み干した不良学生は、片桐に聞かれるままに話し始めた。
けっこう仮面の正体を知ったと言われた時は半信半疑だったふたりの教師は、それが紅恵だと
聞いて仰天した。

「まさか……」
「……それで、何か証拠でもある? あなたちゃんと確認したの?」

声も出ない佐田を後目に、片桐が持田に迫った。

「ま、間違いねえよ。さっきも言ったけど、お、俺、紅のやつの後を付けてたんだ。そしたら
あいつ、体育教官の更衣室に忍び込んでいったんだよ」
「……」
「しばらくして出てきたのは紅のやつじゃなくて、けっこう仮面だったんだってば。ホント
だぜ、先生」
「けっこう仮面が出ていった後は誰もいなかったのね?」
「ああ、そうだよ。ロッカー漁ったら、紅のセーラー服まであったぜ」

そう言って持田は自分のポケットをまさぐった。
証拠物件である恵のショーツを出そうとしたのだが、寸でのところで押しとどめた。
何も自分の犯罪の証拠まで出すことはない。
何のことはない、下着ドロなのだから。
恵のショーツがあった以上、彼女はそこを素っ裸で出たことになる。
普通に考えれば、そんな姿で外に出るのはけっこう仮面以外あり得ないし、出てきたのはけっこう
仮面だったのだから、恵がそうなのだというのは決定的であろう。

「で、どうすんだよ先生!」
「まあ待ちなさい」

興奮醒めやらぬ持田を宥めながら、片桐女史は同僚の佐田に目配せした。持田同様に興奮を隠し
きれない佐田だが、片桐の意味深な目線を受けて気を落ち着けた。

「とにかく先生たちも調べてみるから、あなたはそれまでこのことは誰にも言っちゃダメよ」
「調べるも何も間違いねえよ! 俺が見たんだから」
「わかってる、わかってるわよ。それでも容疑者は女生徒だと言ってるのよ、あなたは。もし
違っていたら、「見間違いでした」では済まないんだから」
「……」
「だから少し時間をちょうだい、その上……」
「で、でもよ」

持田は必死の面もちで言った。

「けっこう仮面の正体に関する情報を寄せて、それでけっこうが捕まったら「学園長のお墨付き」
を貰えるんだろう?」

サタンの足の爪のお墨付きがあれば、簡単な面接試験だけでどの大学もほぼフリーパスになる。
それを餌に、学園長はけっこう仮面の件に限らず、様々なことで生徒をけしかけているのだ。
持田だって高校生である。
この特権に関心がないわけがない。
片桐先生は言った。

「わかってるわよ。もし持田くんの情報が本当だったら、私たちから学園長に申請してあげるわ」
「本当だな!?」
「本当よ、約束する。だからあなたも、私たちから連絡があるまで、この件は一切他言無用よ」

片桐はそう言って持田も引き込むと三人で顔を寄せ、何事かこそこそと打ち合わせをし始めた。




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