「えいっ!」
「はっ!」
「やっ」
「まだまだ! それっ!」

一反ほどの狭い野原で、少女と少年が争っている。
少女は珊瑚、少年は源八郎。
彼らは争っているのではなく、珊瑚を師に源八郎が教えを受けているのだ。

型どおりの攻撃を、珊瑚は軽々とかわしていく。
少年は、いくら攻撃の手を繰り出そうとも、師匠にひとつも当てることが出来ず、半ば呆然と
していた。

(違う……。あまりにも力が違いすぎる……)

当初、源八郎は、いかに出来るとはいえ珊瑚は少女であり、彼が本気でかかったら何とかなるの
ではないかと思っていたフシがあった。
それがとんでもない過ちであったことはすぐに気づかされる。
攻撃がちっとも当たらないのだ。

最初は、手加減するつもりで腿や腕といった筋肉がそれなりについている箇所を狙った。
仮に当たっても、そこなら大したダメージがないからだ。
それがこうだ。
むしろ手加減しているのは珊瑚の方だと判明した時、少年の自信は崩壊した。

年上とはいえ相手はおなご。
しかも自分は連日のように鍛錬を積んでいるのだ。
負けるとは思わなかった。
なのに珊瑚に師範を頼んだのは、もちろん彼女と一緒にいたいからだ。
その源八郎が本気で珊瑚に挑むようになるまで、そう時間はかからなかった。

「ほら、何してるの!」
「くっ……」

珊瑚の叱咤が飛ぶ。
それを屈辱と感じる余裕はなくなっていた。
男の面目として、いや、原嶋家の跡取りとして、無様な姿は見せられない。
しかし、実力差は如何ともし難かった。

少年が珊瑚の顔面を狙って拳を突き出す。
脇腹目がけて爪先を繰り出した。
着物ではなく、焦げ茶の戦闘服を着込んだ美少女は、いとも簡単に源八郎の攻撃をかわして
いった。

「駄目、そんな甘い突きじゃ! ほら、油断しないで!」
「ぐっ……」

少年の蹴りを後ろ飛びで避けた珊瑚は、トンと片足で着地した後、その足を軸として、また
前方へ飛んできた。
源八郎が「あっ」と思う間もなく、珊瑚の手刀が少年の首筋を捉えていた。
一瞬、呼吸が止まり、源八郎は打たれた首を押さえてごろごろと転がって行った。

「すぐ立って! 隙を見せちゃ駄目って言ったでしょ!」
「お、おうっ」

珊瑚の方も、当初、少年が力加減をして自分に挑んでいることは見抜いていた。
珊瑚を少女と見下してのことか、はたまた自分の力を過信しているのかはわからないが、いずれ
にしても真剣勝負にはふさわしくない感情だ。
師匠と弟子が稽古を行なう時、加減だの性差だのを考えるのは師匠の方であり、弟子は常に死を
賭けた仕合をすべきだと珊瑚は思っている。
源八郎が珊瑚を甘く見ているのが面白くないというより、頼んできていながら手抜きをする姿勢
に珊瑚は怒った。
このまま実戦に及べば、間違いなく命を落とすであろう。
命のやりとりの厳しさを教えるため、そして少年の甘さを叩き直すため、彼女の方も手を出す
ことにした。
そうすることにより、彼に真剣さを求めたのである。

少年が起き上がるのを待って、珊瑚はすぐに攻撃にかかった。
軽くジャンプしたかと思うと、源八郎が避ける間もなく彼の左右の二の腕に衝撃が走った。
少年は小さく呻いて両腕を抱えるようにしてうずくまった。

源八郎は改めて目の前の美少女が並大抵の技量の持ち主でないことを覚った。
宙に浮いたごく僅かな時間に、珊瑚は少年の腕に二度も蹴り込みを入れてきていたのだ。
信じられないほどの身軽さと俊敏さである。
敵の隙を突く抜け目のなさも尋常とは思えなかった。

* - * - * - * - * - * - * - * - * - * - *

その様子を、少し離れた崖の上から見下ろしている男女がいた。
男の方−弥勒が言った。

「なかなか気合が入ってますな」
「なんか近寄りがたいよねー」

少女−かごめがそれに応じる。

「あれは原嶋の殿様の嫡男と聞きましたが……」
「うん。確か源八郎くんって言うんだよ」
「ほう。しかし、お付きの者どもがいませんな」
「珊瑚ちゃんに教わってるっていうのは内緒らしいよ。普段はぞろぞろ連れてるみたいなん
だけど、人払いする時間を作って来てるみたいね」
「随分と熱心なんですな」

弥勒とかごめは膝を抱えて座っている。
若い僧は、膝の上に肘をつき、その上に顎を乗せていた。

「しかし珊瑚もよく師範など引き受ける気になったものですな」
「そうねー。なんかお金貰ってるみたいよ」
「あ、なるほど。それで……」
「お金取ることはないと思うんだけどなあ」
「珊瑚らしいですな」

かごめが見下ろすと、稽古はひと段落したらしく、珊瑚と源八郎は動きを止めて汗を拭いていた。
おもむろに珊瑚が少年に近づくと、何やら説明しながら彼の手を取って指導しているようだ。
心なしか、少年の顔が赤らんでいるのがここからでもわかる。
弥勒はわかっているのかな、と思って、かごめが訊いてみた。

「ね、弥勒さま。源八郎くんかなり熱心だよね」
「ですな。珊瑚はあれでなかなか厳しいですからね、ついていくのは大変かと……」
「そうじゃなくって」

かごめの表情が少し悪戯っぽくなっている。

「源八郎くんさ、あれ多分、珊瑚ちゃんのこと好きなんだよ」
「……」
「あるのかもね。あのくらいの年頃の男の子って、年上の女の子に憧れる時期が」

かごめは興味深そうに若い法師の顔を覗き込んでいる。
弥勒と珊瑚のカップルの場合、男女問題で嫉妬するのは常に珊瑚の方である。
理由は簡単で、弥勒はひどく浮気性で女好きであるのに対し、珊瑚は極めて古風で身持ちが堅い
せいだ。
たまには弥勒の方が妬いてくれないと不公平というものである。
珊瑚がいつもどんな気持ちで弥勒の浮気に耐えているのかわからせたい。
それと、この男が妬気に駆られる顔というのも見てみたい気がする。
かごめは、だめ押しだとばかりに付け加えた。

「なんかさ、珊瑚ちゃんの方も満更でもないんじゃないかなあ」
「……」
「ね、気にならない?」

そう呼びかけた時の弥勒の表情はかごめの想像を超えていた。
笑っていたのだ。
もしかして強がりなのだろうか。

「気になる? 何がですか?」
「だから、源八郎くんは珊瑚ちゃんを……」
「好きのようですな」
「珊瑚ちゃんの方だってさ……」
「はあ、あれは好意を持ってますな」
「持ってますな、って……。弥勒さま、何とも思わないの? それとも珊瑚ちゃんが他の人を
好きになっても弥勒さまは平気なわけ?」
「かごめさま」

弥勒は、再び稽古を始めた珊瑚と源八郎を眺めながら言った。

「なぜ珊瑚は源八郎どのに稽古などつけているのだと思います? それも、あんなに一所懸命に」
「え? お金もらってるしぃ……」
「それは大義名分ですな。カネを受け取ることで、甘さを消して本気で鍛えるための口実にして
るんです」
「そっか……。じゃあ、やっぱり珊瑚ちゃんも源八郎くんを憎からず思ってるからじゃないの?」
「それは半分当たってましょう」
「半分て?」

ここで弥勒はかごめの方を見た。
顔に浮かんだ笑みは柔らかかった。

「少なくとも珊瑚の方は、男女間の愛情ではないのでしょう」
「?」
「わかりませんか。珊瑚は源八郎どのに琥珀を見ているんですよ」
「あ……」

そういうことなのか。
ほとんど通りすがりに等しいような源八郎に、なぜあそこまで入れ込むのかと思っていたが、
彼女は彼に弟を映していたのだ。
そう言えば年齢的にも同世代かも知れない。
能力的な素質がありそうでいながら、今ひとつ気弱で放っておけないタイプというところも
似ている。

この旅の目的は四魂の玉のかけら集めである。
しかしよく考えれば、それは犬夜叉およびかごめの場合なのだ。
一緒に旅しているとは言え、弥勒の目的は奈落を倒すことだ。
珊瑚はと言えば、父親や里人の仇として、やはり奈落を殺すことにある。

そしてもうひとつ、その奈落に拐かされた弟を取り戻すことだ。
この世にたったひとり残った肉親である琥珀を探し求めることこそ、珊瑚にとっては最大の
目的だったろう。
その弟を思い起こさせる存在が源八郎だったということらしい。
弥勒は言った。

「珊瑚があの少年を可愛がる理由も、そう考えれば辻褄が合います。そんな珊瑚を、そういう
穿った目で見てはいけないと思います。特に私はね」
「……そうね、ごめんなさい」
「いや、何もかごめさまが謝ることではありません」

そう言って法師は「うん」と伸びをした。

「合戦も近いらしいですし、珊瑚の稽古も一層熱が入るでしょうな」

* - * - * - * - * - * - * - * - * - * - *

「いただきまーす」

珊瑚とかごめ、そして源八郎は車座に座って弁当を拡げていた。
今日はかごめもふたりの訓練を覗きに来たのである。
なんだかんだ言って、かごめもふたりが気になるのだ。

午前の稽古を終え、昼食を摂っている。
当時は中食(ちゅうじき)と言った。
源八郎は、かごめが持ってきたペットボトルの緑茶を飲んで感心した。

「これはうまい。なるほど、冷やした茶というのも良いものなのだな」
「でしょ。あんまりこの時代は冷やして飲まないんだよね」
「ないこともないけどね。煎茶を煎れたものを竹筒に入れて川や井戸で冷やしたりすることは
あるよ」
「ほう、そうなのか。俺は、茶というものは熱いものだと思っていた」
「それ、ちゃんとした茶道のお抹茶のことでしょ? これ、お茶っ葉から出したお茶だから」

もう、かごめの方もすっかり源八郎と打ち解けている。
お殿様の若さまだと言うから、もっと威張っているのかと思ったが、案外と普通の男の子である。
かごめがそう言うと、少年は苦笑して言った。

「殿様と言うが、俺のところなぞ大したことはない。主家の北条さまや松田さまの家とは格が
違うからな」
「でも家来の人とかいるんでしょ?」
「まあな。でもそれは別に俺が偉いからいるわけではない。俺の先祖の時代から続いていると
いうだけだから」

偉ぶらない態度にやや感心したような顔のかごめに珊瑚も言う。

「ね、ちょっと変わってんでしょ、この子。お武家さまの子っぽくないんだよね」
「そこが珊瑚ちゃんの気に入ったところ?」
「ちょ、やめてよ、かごめちゃん……」

からかわれて少し困ったような表情を浮かべた珊瑚を見て、源八郎の方も顔が赤くなる。
かごめは少し悪ノリして、少年の方にも突っ込んでみた。

「源八郎くんも、珊瑚ちゃんのこと好きだよねー」
「なっ……」

途端に少年が真っ赤になる。
キョロキョロと、かごめと珊瑚を交互に見、そして最後にまた珊瑚を見てから俯いた。
わかりやすい態度なところが、まだ幼いことなのだろう。
かごめも、そんな少年を微笑ましく思った。
珊瑚が庇うように言った。

「かごめちゃん、あんまり源八郎からかっちゃ駄目だよ。こいつ、動揺がすぐ表に出ちゃう
んだから……」
「わかった、わかった、ごめんね源八郎くん」

かごめは可笑しそうに笑って言った。
素直で良いが、確かにこれでは午後の稽古に影響が出てしまうだろう。
話題を変えて振ってみた。

「もうすぐ合戦なんだって?」
「……」

訊いちゃまずかったかと、かごめは少し後悔する。
映画やドラマではない。
この少年は本当の殺し合いに出なければならないのである。
まだかごめよりも年下だというのに。

「こたびの戦が具足始めになる……」
「え? ぐそく……?」
「初陣てことだよ、かごめちゃん。そうか、源八郎、今度のが初めての戦なのか……」
「……うん」

飲み終えたペットボトルを弄びながら少年は続けた。

「……怖いのだ」
「え?」
「笑うてくれ、珊瑚、かごめ。俺はな、武士のくせに合戦が怖いのだ」
「……」
「まことにもって情けない。原嶋の家の名折れじゃ」
「そんな……」

いかに侍の家系とはいえ、まだ十三歳の少年である。
初めての合戦、つまり殺し合いが怖いのは当たり前であろう。
まだ生まれて十三年しか経たぬのに、もう死ぬことを考えねばならない時代なのだ。

うまく生き延びて死なずに済んだとて、敵を殺さないわけにはいかない。
雑兵ならば、命大事と逃げ回ることも出来るかも知れぬが、源八郎は家臣を持つ武将の長男
なのだ。
家を継ぐ者として、そんなみっともないマネが出来ようはずもなかった。

自分が死ぬことも他人を殺すことも縁遠い時代に育ったかごめにとって、この少年の心の闇は
重かった。
珊瑚が思いの外きっぱりした声で言った。

「心配ないよ、源八郎」
「珊瑚……」
「当たり前なんだよ、そんなの。誰だって死ぬのは怖いさ、このあたしだってね。その恐怖を
吹き飛ばすためにするのが稽古なんだ。さ、やるよ源八郎」

師範役の少女はそう言って立ち上がった。

午後の稽古も熱の入ったものとなった。
源八郎が珊瑚について訓練するようになってまだ四日だが、飲み込みが良いのか、もともと素養
があったのが、めきめきと実力をつけていった。
もちろん、珊瑚の熱心な指導の成果でもあったろう。
この頃になると、互角とは言わぬまでも、そこそこ珊瑚の相手が務まるほどになっていた。
ここまで伸びるとは思わなかったので、珊瑚の方も感心していた。
これなら教えるにしても教え甲斐があるというものだ。

師範役の少女が、少年に投げ技を伝授している。
珊瑚は自分の腕を源八郎に持たせ、投げ飛ばすように言った。
少年は珊瑚の腕を掴み、一本背負いにしようとしていた。
しかし、いくら源八郎が気張っても、背中の珊瑚はちっとも持ち上がらない。
珊瑚がそのままの姿勢で声を掛けた。

「だめだめ、それじゃ。そんなんじゃいくらやっても投げられないよ」
「……」

今度は入れ替わって、珊瑚が少年の腕を掴み、背中から投げ飛ばそうとする。
少年と同じように、腕の力だけでぐいぐいと引き上げようとするが、やはり投げられない。
自分の背中にもたれかかるかたちになっている少年に珊瑚が言った。

「ね? 腕力だけじゃ持ち上がらないの。こういう時はね、腰を使うんだよ」
「腰を?」
「そう。いい? これは大柄な相手を投げる時なんか特に有効なんだけど、こうやって腕を
掴んだら、相手の身体を自分の腰に乗せる感じにするんだ。わかる?」

そう言って珊瑚は、また少年の腕を掴んだ。

「そしたら、腰を跳ね上げるようにして相手を持ち上げるんだ」
「……」

少年は少し顔が赤らんだ。
自分の手を珊瑚の手が握っていたからだ。
そして、胸や腹に珊瑚のしなやかな背中を感じている。
少女と身体を密着させていることで、どうしても彼女を「女」として意識してしまっていた。

「その時、同時に腕を引く。うまく腰に乗れば、腕を引く力はほとんどいらないはずだよ。
ほらっ」
「あっ……」

珊瑚が腰を跳ね上げると、源八郎の身体はウソのように持ち上がり、そのまま腕を引かれて
珊瑚の前方に投げ飛ばされた。
軽く投げただけだったのに、少年はどたっと地に落ちた。
珊瑚に身体をくっつけて、ぼーっとしていたせいである。
受け身でうまく転がるだろうと思っていたのに、無様に地べたへ落っこちたので、珊瑚は呆れた
ような口調で言った。

「……なにやってんの、あんた。疲れた?」
「あ、いや、そんなことはない」
「ほんとに? ……まあ、いいや。じゃ、今度は源八郎が投げてみてよ」
「わかった」

少年は軽く頭を振って、珊瑚への妄念を振り払うと、再び少女に向かっていった。

投げと受け身の訓練を終えると、今度は拳闘を指導する。
これも、うまく殴らないと殴った方が指を骨折することもあり、我流では危ない。

「はっ!」
「やあっ」

源八郎の拳が珊瑚の身体を掠めた。
まるっきり空振りだった頃に比べれば長足の進歩だ。
しかし、掠った場所が問題だった。
珊瑚の柔らかい胸だったのである。
少年の指に、ほんのりと、だが確実に少女のふくよかな乳房の感触が残った。

「あっ……」

源八郎は慌てて手を引っ込めた。
顔は真っ赤である。
一方、珊瑚の方はまったく意に介しておらず、すかさず攻め入った。

「ほら、なにぼうっとしてんの!」
「あっ」

腕を突きだしたままだったので、珊瑚にそこを狙われた。
少年が我に返った時は、ものの見事に地面に投げつけられていた。
少女の柔軟な身体を活かした見事な一本背負いだった。

「痛っ……」
「源八郎くんっ」
「かごめちゃん、放っといて!」
「……」

思わず駆け寄ろうとしたかごめを、珊瑚が厳しい声で止めた。
続けざまに、少年へ言葉を投げつけた。

「源八郎っ、ちゃんと受け身をしなさい! じゃないと、戦場じゃ命取りになるわよ!」

地べたに叩きつけられて一瞬呼吸の止まっていた少年は、それでもすぐに立ち上がった。
それを待ってから珊瑚が言った。

「何度も言うけど、背中から落ちる時は必ず腕から落ちなさい。いちばん悪いのが腰から
落ちることよ。腰を打ったら痺れて立てなくなるわ。今のあんたは背中からだったからそれ
よりはマシだけど、それでも息が止まっちゃうでしょ?」
「……」
「いい? 腕から落ちる時も、腕に余計な力を入れちゃ駄目。ヘタすると折れちゃうからね」
「わ、わかった」
「……きびしーなあ、珊瑚ちゃん」

小声でつぶやくかごめを後目に、少年が再度珊瑚に立ち向かう。

「……」

ふたりの少女の心とは裏腹に、少年はまったく別のことを考えていた。
今し方、珊瑚の胸に触れてしまったことである。
もしや珊瑚が拒否反応を示すのではないか、あるいは激怒するのではないかと思っていたが、
気にしていないようである。

反対に自分は、今でもまだ胸がドキドキしている。
女性の胸に触れたのは初めてだったのだ。
源八郎はぶるぶるっと頭を振った。
淫らな思いを断ち切り、稽古に没頭しようとした。
しかし、目がどうしても少女の胸や腰、腿に行ってしまう。
白い肌が露わになった首筋、そして珊瑚の綺麗な身体の線が出ている戦闘服。
もやもやとした劣情がわき上がってくるのが止められなかった。

「やあああっ」

源八郎は、戦闘意欲というよりも珊瑚の身体にむしゃぶりつくように向かっていった。
そして少女の腰に手を回した。

「あっ」

少し油断していたのか、懐に入り込まれた珊瑚はそのまま少年を受け止めた。
そして両手を伸ばして源八郎の腰に回した。
相撲の相四つのような形である。

少年はその頭を少女の胸に押し当てた。
身体を低くして押し込むというのは基本通りだから、珊瑚も注意はしなかった。
源八郎はごくりと唾を飲み込んで、頭をグリグリ回して珊瑚の胸を押し上げた。
女の柔らかい乳房が、少年の頭に何とも言えない触感を残していく。

「くっ」

さすがに嫌がったのか、珊瑚が源八郎を振り払おうと腰投げにしようとするが、低く腰を落とし
ている少年はがっちりと動かない。
足払いをしようにも、頭をつけられているため届かなかった。

「あっ」

と思うと、少年は珊瑚の腰に回した腕をぐいと引き寄せ、上半身が密着する形になった。少女の
胸は、今度は源八郎の肩のあたりに接触している。
そして少年の目の前には、珊瑚の美しい首筋があった。
汗の臭気が混じった甘い女の香りが源八郎の鼻をくすぐる。
珊瑚の口から洩れる吐息すら香しく感じられるのだった。

「……」

攻め込まれている珊瑚の方も、さすがにおかしいと思い始めていた。
不意を付かれて少し押されているが、少年の動きが何だか不自然だ。
妙に珊瑚へ触れてこようとしているように思えてならない。
胸に顔や頭を押し当ててみたり、腰に回した手が時々臀部に触れている。
息が荒々しくなっているのは、稽古の興奮とは別のものなのではないかとすら思えてきた。

珊瑚が感じていた通り、源八郎の手は彼女の尻に伸びていた。
あまりあからさまに触っては気づかれると思い、遠慮がちにちょんと触れる程度だったが、徐々に
手のひらを拡げて撫でるような動きすらしてみた。

「……」

源八郎は、ちらと珊瑚の様子を窺った。
少し複雑な表情が混じることもあるが、まるっきり嫌ったり、いやがっている様子もなかった。

その手から感じられる珊瑚の感触は素晴らしかった。
胸も尻も腿も、どこもかしこも柔らかく、それでいて引き締まっていた。
少年は辛抱たまらなくなってきていた。
いつのまにか大きく勃起していた男根に気づき、珊瑚にばれてはまずいと、思わず腰を引くと、
そこを付け入られて突き倒されてしまった。

「うあっ」

油断というよりも、余計なことを考えていたせいで、少年は思い切り腰から落ちてしまった。
珊瑚はつかつかと少年に歩み寄ると、問い詰めるように言った。

「源八郎、あんたさっきから……」

ガッシャーン!!

「きゃああっ」

突然、大音響が響いた。
かごめがひどく驚いて耳を塞いでいる。
はっと空を見ると、西の空が真っ暗である。
遠く、山の方からゴロゴロと低い地鳴りのようなものが聞こえる。

「雷……」

珊瑚がかごめを見、そして暗雲に気づいてつぶやいた。
途端にこの辺りも薄暗くなり、あっというまに大粒の激しい雨が降り注いできた。

「きゃあ、夕立!」

かごめが慌てて頭を両手で隠し、右往左往する。

「どうしよう……」

傘など持って来なかったし、このままではずぶ濡れだし風邪を引いてしまう。
といって、村までは一里くらいはある。
走って帰っても濡れ鼠になるだけだろう。

源八郎がすっくと立ち上がり、大声で言った。

「ふたりとも来い! 近くに捨て城がある、そこへ行こう」
「捨て城?」
「いいから早く!」

言うが早いか、源八郎は走り出した。
珊瑚とかごめも顔を見合わせたが、他にアテもないから仕方なく後を追った。
五分ほど走ると、その捨て城に到着した。

「ひゃーー、冷たい冷たい」
「濡れちゃったねー」

かごめと珊瑚がきゃあきゃあ騒ぎながら中に入った。
こういうところは年相応である。

捨て城というだけあって確かにあばら屋に近かったが、それでも雨風くらいは充分にしのげる
ようである。
城というには規模が小さく、多少大きめの館といったところだ。
部屋はいくつもあったが、屋根に大穴が空いていたり床が抜けていたりで、人が居られそうな
ところはあまりなさそうである。
かごめの表情に気づいたのか、源八郎が説明する。

「ここは十年ほど前の合戦で捨て城になった場所だ。当時、長尾家に攻め込まれてな、応急で
ここに城を築いたのだな。だから城というよりは砦だ」

少年が、あちこち踏み抜けてある廊下を注意深く歩き、その後ろをふたりの少女が続く。
源八郎はそれぞれの部屋を覗きながら、使えそうなスペースを探している。

「長尾方に攻め落とされそうになってな、敵勢が乱入してきた時、もはやこれまでと思って火を
放ったのだな」

そう言われてみると、焼け落ちている梁や焦げ付いた柱が目に付いた。
壁や障子戸が燃え落ちたのか、黒く焦げた枠組みしか残っていない部屋もある。

「ところがその直後、松田の殿様が八百の兵力を持って後詰めに来てくれてな。一気に形勢逆転、
越後衆を追い返したのだ」
「あんた詳しいんだね」

珊瑚が問うと、源八郎は振り向いて答えた。

「そうさ。なにせこの城を守っておったのは原嶋左右衛門尉氏定……。俺の親父殿だからな。
親父殿はその戦で名を挙げて知行を加増され、主家の北条どのの覚えもめでたくなったのだそうだ」

三人は良さそうな部屋を見つけてくつろいだ。
廊下との境目である戸や襖はなくなっていたが、屋根も床もあった。
おまけに、多少埃っぽかったが畳も腐らずに残っていた。
雨戸には大穴が空いていて、外の大雨の様子がよく見えた。

しばらくはとりとめのない話をしていた三人だったが、建物や地面を叩く雨音がやかましくて
よく聞こえない。
雨が上がったら村へ帰る予定だったのだが、どうしたことかこの夕立はもう一刻以上も降り
続いていた。
誰が言うでもなく、ここに一泊することになった。
なんだかんだ言っても、昼間の鍛錬で源八郎も珊瑚も疲労していたし、無理に帰らねばならない
理由もなかったからである。

珊瑚を真ん中にして、廊下側にかごめ、縁側に源八郎が横になった。
もちろん布団などないので、直に畳の上に寝た。
着物を脱いで襦袢姿になり、上に着物を掛けて眠った。

ちなみに、当時、敷き布団はあったが、まだ布団を掛ける習慣はない。
掛け布団を使うことが広まったのは、珊瑚の時代から二〇〇年以上後の江戸時代後期になって
からである。

暗い中、灯りと言えばかごめが持っていたペンライトのみで、それもすぐに消して床に就いた。
かごめはころんとすぐに寝入ってしまったが、珊瑚は隣で何度も寝返りを打つ源八郎が気に
なって、何となく起きていた。
「眠れないの?」と声を掛けようかと思ったが、もうすっかり眠っていて単に寝相が悪いだけ
かも知れず、そうこうするうちに彼女自身、うつらうつらして徐々に睡魔に吸い込まれていった。

「ん……」

二刻ほどした頃だろうか。
珊瑚はふと意識が戻った。
激しかった雨音もすっかりなくなり、どうやら雨も上がったようである。

珊瑚は、なんとなく自分の身体に違和感を覚えた。
なんだかむず痒いというか、こそばゆいのだ。
半分寝ぼけたような状態で、ほんの少し身体を揺するとようやく原因がわかった。
胸の上で何かがもぞもぞと動いているのだ。

上に掛けた着物が盛り上がっている。
というより、珊瑚の肌襦袢の襟を割って、何か入り込んでいるではないか。
何事と思って見てみると、珊瑚の左隣から腕が伸びてきている。
源八郎である。

「!」

彼女は驚いて少年の方を見た。
源八郎は、珊瑚が気づいたのかどうか、そのまま手を動かしていた。
珊瑚はひどく動揺し、言葉も出なかった。
少年の方は、それをいいことに盛んに珊瑚の肌をまさぐっている。

「んっ……は……」

少年のぎこちない愛撫−まさに愛撫であった−に、珊瑚はもどかしいような不可思議な感情を
得ていた。
弟とも思っていた少年の、思いも寄らない行為。
少年が自分に対し、ほのかな愛情を持っていたことも珊瑚自身充分に理解していた。
その彼が、あからさまに自分の肉体に対して男の欲望を見せている。
その戸惑いと怒り、そして羞恥に、珊瑚の動揺はますます深いものとなっていく。

「…く……、あ、あんた……源八郎っ……お、起きてるんでしょ……あっ……」

確かめようとする珊瑚の声は小さい。
言うまでもなく、右隣で寝ているかごめを起こせないと思っているからだ。

少年の手は美少女のすべらかな肌を撫で回している。
胸のふくらみを揉む仕草は不慣れでぎこちないが、ぎくしゃくした行為すら、この異常な状況
では珊瑚にうっすらと官能を思い起こさせる。

「……ぁっ……っ……う……」

声を出すことを堪えようとする珊瑚の喉が鳴る。
少女が抵抗しないことに気を良くした源八郎は、さらに大胆にその肢体を味わう。
指の動きも活発になり、乳房全体をやわやわと揉み上げてきた。
薄甘い性の快感が、乳房の奥からわき起こり珊瑚を悩ませる。
源八郎の手が、何か拍子に敏感な乳首に触れるときなど、珊瑚は噛みしめた口が思わず開き、
呻かずにはいられない。

「んあっ……は、く……や……」

珊瑚にとっての救いは、少年がまだ性的にまったく未熟で、女体のどこをどうすれば女が感じ
やすいのかをよく知らないということだった。
このまま乳首を集中的に責められでもしたら、声を堪えることが出来なくなってしまったろう。

それにしても、と珊瑚は思う。
いつのまに自分はこれほどまでに性的に反応するようになってしまったのだろう。
奈落に徹底的に嬲られ、人魚の娘に両穴責めされて失神するまで凌辱された。
もちろん弥勒にも愛された。
そんなことが積み重なり、もとより鋭敏だった肉体がより一層感じやすくなってきている。

それにしても、このまま源八郎の暴虐を許しておくわけにはいかない。
珊瑚はやや強めの口調で少年を止めた。

「源八郎っ……あんた何してるかわかってんの!?」
「うーーん……」
「!!」

その途端、隣で寝ていたかごめが寝返りを打って声を出した。
気づかれたかも知れないと思って、珊瑚は身体を固くして動きを止めた。

「……」

しばらくそうしていたが、そのうちかごめの方から気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
珊瑚がホッとする間もなく、少年はさらに彼女の身体を触ってくる。

「やめっ……あ……やめなさい、源八郎っ……あっ、そこは……や、やめっ……」

珊瑚の声がまた少し変わった。
これ以上我慢出来ぬと、珊瑚は胸をいじってくる源八郎の腕を押さえたのだが、その隙を
突いて、もう片方の腕が珊瑚の股間に伸びてきたのだ。
あっというまに少年の手は美少女の膝の間に潜り込んでいた。
するりと太腿の間に忍び込んだ手は、いくら珊瑚が締めつけても、快い柔らかさを伝える
だけで押さえることは出来ない。

源八郎は、珊瑚の腿の熱さと柔らかさに感動していた。
おとなたちが、おなごの身体は良いと言っていたのはこのことだろうか。
確かに、いくら触れていても飽きぬ心地よさだ。
いやがってむずがる珊瑚を無視して、そのまま手を上へ上へと持っていく。

その感触に珊瑚は恐怖した。
このままでは恥ずかしい自分を知られてしまう。
そう、珊瑚は、それまでの源八郎の幼い愛撫で、心ならずも濡れていたのである。
少年の手が股間にまで届くようなことがあれば、珊瑚が口では拒否していながらも女陰は
濡れていたことがわかってしまう。
それだけはいやだった。

「げ、源八郎、お願い……も、もう、これ以上はやめて……ああっ……」

とうとう源八郎の指が珊瑚の腿の付け根にまで到達した。
少年はその熱さにくらくらしてくる。
珊瑚の脚も熱かったが、ここはそれ以上に熱を持っていた。
しかも、なぜか湿っている。
小水ではないようだったが、さらさらした感触である。

少女の内腿を撫でているうちに、源八郎はあることに気づいた。
いつしか甘い香りが珊瑚の股間を中心に漂ってきたのである。
少女の恥ずかしい蜜の匂いなのだが、源八郎はそういう女体の神秘を知らない。

「あっ……くく……」

珊瑚はもうどうすればいいかわからない。
ここで起き上がって源八郎を張り倒す、あるいは大声を上げて難詰することは簡単である。
ただ、そんなことをすれば、痴漢行為をされていたことをかごめに気づかれるし、源八郎も
傷つくだろう。
この期に及んでも、少年の体面を考えてやっているところが珊瑚らしいと言えば珊瑚らしい。

この年代は性に目覚める頃であろう。
であれば、行き過ぎた悪戯として穏便に済ませてやってもいいのだ。
それにはかごめに気づかせてはならない。
我慢していれば少年もわかってくれるのではないか。
珊瑚はそうも思い、ともすれば洩れそうになる声を右手の人差し指を咬んで耐えていた。

源八郎の方はもう有頂天になっている。
さっきまで、胸元に侵入しようとしていた腕を珊瑚の右腕が押さえていたのに、今はそれも
離されている。
そして指を咬んで、必死に声を立てないように堪えているようだ。
これは、自分の行為を受け入れてくれたのではないかと思い、愛撫の手にも拍車が掛かった。

「んんっ……」

止めるどころではない。
少年の手指の蠢きは逆に活発になっていった。
珊瑚が右腕を解放したために、遠慮なく胸元を割り、まろやかな乳房をさすっている。
左手の方は、相変わらず股間をいびっていた。
珊瑚は、膝や腿で何とか動きを止めようとしているようだが、そんなもので少年の性欲は
収まらない。
さらに上へと進んでいき、とうとう恥毛にまで届いていた。

「あっ、く……」

源八郎の指が乳首を掠り、肛門と美肉の間をさするようになると、珊瑚は腰がつい動いてしまう
のを止められなくなってきた。
熱くなってくる股間と比例して、珊瑚はだんだんと腹が立ってくる。
折角、我慢に我慢を重ねているというのに、源八郎はそこをつけ込むかのような執拗さを見せて
いる。

少年に対する想いや気遣いを無にされたようで、少女は段々とむかむかしてきた。
そして悲しかった。
少年の無礼な指が媚肉触れた瞬間、珊瑚は堪忍袋の緒が切れた。

「源八郎っ!」
「!」

突如起き上がった美少女に、少年は呆気にとられていた。
つられて半身を起こすと珊瑚に正対した。
珊瑚はぶるぶると肩を震わせてうつむき、何かを堪えているようだった。

どうしていいかわからない少年がどぎまぎしていると、その頬が「ぱぁん!」と乾いた音を
立てた。
珊瑚の平手が唸ったのだ。

「あんたなんか……、あんたなんか大っ嫌いっ!!」
「!」

少年は激しく動揺した。
珊瑚に頬を打たれたからではない。
暗がりの中ではあったが、珊瑚の頬に涙が一筋伝っているのがわかったからだ。
源八郎は一言もなく、雨戸を開けて走り去った。

「……どうしたの、珊瑚ちゃん?」

という、寝ぼけ眼のかごめの声を、少年は背中で聞いた。



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