翌朝の朝食時、弥勒と珊瑚の様子は対照的だった。
男の方は、なかば悄然としていた。
昨夜は珊瑚に求められるまま、連続で三戦したのだから無理もないだろう。

セックスそのものは、よく100メートル走ほどの体力消費だと言われている。
大したことはないと思われがちだが、全力で100メートル走ったことを想像していただきたい。
それはそれは疲れるものである。

女性の方も、気をやればかなり堪える。
絶頂まで到達する、そのこと自体も疲れるだろうが、何よりそれを抑えようという思いがある。
いった姿を、顔を見られるのは恥ずかしいという羞恥心があるからだ。
そうではなく、遠慮なくいきたい女性でも、逆になるべくいくまでの時間を愉しもうと、これも
絶頂することを我慢したりする。
それらの場合、ともに全身が引きつるほどの力を込めるのだから、それはくたびれるだろう。

しかし男性はそれ以上なのだ。
女性と同じように男性も、いくことを我慢しようとする。
これも理由はふたつある。
ひとつは、あまり早く射精してしまうことが、やはり恥ずかしいという感情だ。
「早漏」などという言葉があることからも、それはわかる。
早撃ちしてしまうと、性的に未熟だと思われるという恐怖心があるわけだ。

もうひとつは、女性と同じように快楽を長引かせたいという思いだ。
男の場合、射精してしまったら一気に醒めてしまうので当然そうなるだろう。
ただ、女性と違って男性の側には、女を満足させなければならないという先入観がある。
女性側は、よほど相手の男性が性的に自分より未熟という状態でなければ、そういう気持ち
にはならないだろう。
しかし男性には、「女をいかせたい、いかせねばならない」という、一種強迫観念に近い
感情があるのだ。
それだけのために射精を我慢していると言っても過言であるまい。
精神的負担が大きいのである。

それに加えて、男性側は射精という行動が伴う。
女性が絶頂に達すると、肉体的にも疲労はするが、精神的なものが中心だろう。
ところが男性の場合、射精する。
つまり精液を放出するわけだ。
これは体内で作らねばならないもので、あまりに使いすぎると生産が間に合わなくなる。
当然、身体にも無理が出るのだ。
これの度が超すと腎虚となる。
ひどい時には死亡してしまうくらいなのだ。

であるから、一概には言えないが、総じて男性側の方が疲れるものであろう。
ただ、男性の方が体力的に優れている場合が多いため、目立たないだけだ。

弥勒は憔悴していた。
続けて三度もこなすなど、商売女相手でもしたことはなかった。
昨夜は二刻(四時間)ほども珊瑚としただろうか。
いかに若いとはいえ、疲れないわけがない。

一方の女の方も、やはり常態ではなかった。
明らかに苛ついているように見える。
結局、夕べ、珊瑚は一度もいけなかったのである。
最初も二度目も、いく寸前にまでは持ってこられた。
しかし、いつもなら当然いっている場面になっても絶頂に達せなかったのだ。
珊瑚は驚き、そして当惑した。

彼女は我慢できずに三度目を求めた。
恋人はその要求に応えてくれたものの、それでも彼女はいくことが出来なかったのである。
もはや彼女は、さらにもう一度と、弥勒に求める気力は失せていた。
これでまたいけなかったら、珊瑚の中の性の溶鉱炉は不完全燃焼続きで、どろどろした得体の
知れぬ疼きで壊れてしまいそうだったからだ。

だから彼女は、弥勒が三度目に射精したとき、いった「フリ」をした。
そんなことをしたのは初めてだった。
ウソをついたような後ろめたさと同時に、弥勒を裏切ったような気がしていたたまれなかった。
しかしそうでもしなければ弥勒の奮闘をムダにすることになるだろうし、これでまた求めたら
本格的にどうかしていると思われるに違いない。

だから珊瑚は「いく」と口走り、腰を小さく揺すって気をやったフリをしたのである。
もっとも、そんなことをしても珊瑚の肉体の異変を抑える根本的な解決策にはなっていない。
彼女が朝からウズウズ……いや、いらいらしていたのも当然なのである。

* - * - * - * - * - * - * - * - *

「……」

かごめは箸をくわえて珊瑚を見ていた。
どことなく怒っているような気がした。
だがその原因が思い当たらない。
夕べは弥勒とふたりきりだったはずだ。実際、弥勒は朝から疲れ切っているように見える。
かごめはポッと頬を染めた。
そんな想像は卑猥だとわかっているが、昨夜はかなり愛し合ったのではないだろうか。
なら、それなりに珊瑚も満足しているはずだし、疲れてもいるはずだ。
にも関わらず、この両者のギャップは何だろう?

「……ごちそうさま」
「あ」

結局、珊瑚は徒に箸を動かしていただけでほとんど食事を摂らずに席を立った。
いつもなら、自分の食器はきちんと洗い場まで運ぶ娘なのだが、今朝はそれもない。
かごめも犬夜叉も、そして弥勒も、言葉もなく見送るだけだった。

珊瑚はこの日も「調子が悪い」と言って部屋に戻り、布団をかぶってしまった。
心配したかごめが訪ねようとしたが、弥勒に止められ思い留まった。

「……」

部屋の中、いや布団の中で少女は呻いていた。収まらないのだ。
いくにいけなかったこともあるが、あれだけ愛されたのにまだ身体が男を欲している。
それも昨日よりひどくなっている感じすらした。
このままでは普段の生活は出来なかった。

本意ではなかったが、最後の手段を執ることにした。
自慰である。
珊瑚とて健常な娘であるからオナニーの経験くらいはある。
しかしそれとても弥勒と結ばれる前の話だったし、回数もそう多くはなかった。
肉体的、精神的に疲労した時などにしたくなることがある程度で、日常化しているわけでは
なかった。

まして男を知り、弥勒と関係するようになってからはぱったりとしなくなった。
肉体的に敏感ではあるが、性に溺れるタイプではなかったからだ。
しかし今日だけはどうにもならなかった。
布団をかぶり、ひとしきり疼く欲望を堪えていたが、とうとう我慢できなくなった。
珊瑚は観念し、布団の中で着物の前をはだけた。

「……」

恥ずかしさが先に立つが、こうなっては致し方ない。
覚悟を決めると、両手が自然に股間へ降りていった。
指先に湿った感触が伝わる。
思った通り下着はもう濡れていた。
指が動くと、卑猥な蜜の音が洩れてきた。
すでにほころびかけている媚肉を遠慮がちにかき回すと、珊瑚の口からは徐々に小さな吐息が
こぼれてくる。

「ん……ああ……」

勝手に両脚が広がっている。
いま布団を引き剥がせば、着物をはだけて大股開きというあられもない姿を晒すことになる
だろう。
珊瑚は、何をどうすると思ったわけでもないのに、両方の手は勝手に感じやすい箇所をまさ
ぐっていく。
左手の指で割れ目をそっと開くと、右手の指は濡れ濡れになった膣口を潜っていった。

ちゅぷり、くちゅ。ぴちゃっ、じゅぶぶっ。

淫靡な水音が立ち、それに合わせるかのように珊瑚の唇からもあえやかな呻きが出た。

「……あっ……くふ……んんっ……うっ、ああ……」

自慰の気まずさは、もうどこかへ飛んでいってしまった。
膣に入れた指を二本にして、ぐっと根元まで押し込んだ。

「あっ……ん、いい……あっ……」

右手の人差し指と中指を媚肉に挿入したまま、左手の親指で赤く腫れたクリトリスを軽く弾く。
びぃんと響くような快感が突き抜け、ぐぐっと背筋が伸びた。
つるつるした爪の面で撫でるように愛撫し続けると、肉芽はいっそう赤く勃起し、さらに
大きな快感を珊瑚にもたらした。

硬くなったクリトリスをいじっていて、珊瑚はもう一箇所勃起しているところに気づいた。
珊瑚の感情が高まるごとに胸肉は張り、乳首もコリコリになっていた。
彼女は、膣を右手の二本の指で軽くピストンしながら、左手で自らの乳房を揉みしだきだした。
かたく凝り固まった乳首は、少しいじってもピリピリ痛いほどだったが、珊瑚は構わず力を
込めた。
ねじ切るくらいに強くつまみ、乳房自体もちぎれるほどにきつく揉んだ。
奈落に覚え込まされた強い愛撫である。
頭にズーンと響くような快感を得た。
そうして彼女は、昨夜の弥勒の優しい愛撫では満足できなかったことを知った。

白く細長い指は、勝手知ったる性感の中枢を捉えていた。
びくん、びくんと走り抜ける肉悦に、思わず尻が持ち上がり、ブリッジの姿勢になる。
持ち上がった腰から、ぽたりぽたりと白濁した愛液が垂れてきている。
その女露は、珊瑚が挿入した指を三本に増やし、より奥まで突っ込むと、その脇からさらに
じゅくじゅくと滲み出るのだった。

「はっ、ああ……んんん……あ、いい……」

実のところ、珊瑚は自慰ではさほど高ぶらない方だ。
どうしても恥ずかしさが先に立つし、自分で慰めなくてはならないほどに欲することも
なかったからだ。

しかし今は別だ。
彼女の秘裂はいくらでも蜜を吐き出し、膣の奥で火が着いた欲情は一向に収まる気配を見
せない。
夕べ弥勒に愛された時も、肉の欲望は燻るばかりで炸裂するような燃焼はなかった。
布団の中で誰も見ていないという安堵もあってか、珊瑚の指はより大胆により激しく動いて
いった。
同時に彼女の口から洩れる吐息も熱気がこもり、どんどんと艶っぽくなっていくのだった。

「んん! ……ああ……はあっ……」

三本も入れた指がぐりぐりと円を描いていく。
膣口を無理矢理拡げられる感覚と、そんなことを自分からしているという倒錯した悦楽に
珊瑚は酔った。
その指はより深く、そしてより早く動いていく。
昨夜の弥勒の律動を思い起こし、自分の指を彼の肉棒に見立てて、激しい律動を加えた。

どんどんと媚肉が火照っていくのがわかる。
彼女は忘我となり、激しく指を使った。
じゅぶじゅぶと蜜も溢れ飛び、布団にいくつもの染みを作る。
悩ましげな息づかいとともに、身体がうねくる。

「う、うんっ……ああ……いい……」

それでもいけなかった。
過去、自慰をしたときは、胸を揉み、女陰をまさぐり、陰核をいじっただけで簡単に達していた。
なのに今度は、弥勒とのセックスに思いを巡らせ、当時よりも激しい指使いで胸や媚肉を
愛撫したのにいけないのだ。

快感は感じる。
いく直前にまでは到達するものの、最後まではいけない。
気をやれない。
昨夜と同じだった。

珊瑚は焦り、きつく激しく胸を揉みしだき、膣が壊れるくらいに激しく指を出し入れした。
クリットがつぶれるほどにひねってもみた。それでもだめだった。

「……」

少し迷ったが、珊瑚は禁断の箇所に手を伸ばした。
肛門だ。
昨日も、弥勒にそこを嬲ってとどれだけ口にしようと思ったか知れない。
本当は、そんなところをいじるなどおぞましくて仕方がない。
通常の弥勒とのセックスでは、彼が頼んでもいじらせなかった。
恥ずかしいし、あまりに敏感で我を忘れてしまいそうになるということもあった。
第一、そんなところに縋らなくても、充分に快感を得られたし、気をやれたのだ。

しかし、こうまでいけないとなるとそこを使わざるを得なかった。
昨夜もそう思ったのだが、どうしても羞恥心が邪魔して言えなかったのだ。
それと、アヌスを使ってまでいけなかったとしたら、もうどうしたらいいかわからない。
彼女の指は、とうとうそこに伸びていた。

「ああ……」

珊瑚は絶望的な呻き声を洩らしたが、指は止まらない。
尻たぶの谷間の底にある窄まりの周辺を指でゆっくりこねくり出した。
器用な指先が丹念に尻穴周辺をなぞっていくと、むず痒いような、それでいてジンジンとする
ような痺れに囚われだす。
こんなことで感じてはだめだと理性が語りかけるものの、それを遙かに上回る肉悦が尻肉を
揺すり、さらなる刺激を求めていた。

「ああ、いや……こんな……」

珊瑚は自らの責めに「いや」と言った。
こんなことで感じる自分が恥ずかしく、またあさましかった。

もう自分の意志で指の動きは止まらなかった。
人差し指がピンと立ち、ぬぷりとアヌスを貫いていく。
ほとんど抵抗なく、細い指はその穴に飲み込まれていった。
珊瑚は、自分の肛門が指に従って徐々に広がり、さらに奥まで招いていくのを絶望的かつ
背徳的な思いで感じていた。

「ああ、熱い……お尻……あああ……」

その声は羞恥でも屈辱でもなく、熱い喘ぎそのものだった。
官能の呻きであることは、珊瑚自身否定のしようがなかった。
括約筋を拡げられる感覚に、珊瑚は唇を噛んで肢体を震わせた。
抜き差しだけでなく、珊瑚は挿入した指を回転させ始めた。指がねじ込まれる感覚が強まり、
珊瑚の性感はさらに高まっていく。
もう充分に勃起したと思っていたクリトリスが、またむくむくと膨らんでいくのがわかった。

ジーンと腰が痺れていく。
珊瑚の身体が、完全に肛虐を思い出したのだ。
指が犯しているのは肛門なのに、膣の方もじゅくじゅくと蜜が溢れてくる。
びんびんと激しい愉悦がわき起こる。
膣が締まってきた。

「あ、ああ……い、いきそう……」

とうとうその時が来た。
尻責めなどしなければならなかったが、やっといけそうになってきたのだ。
珊瑚は布団の中で丸まっていた。
そうして右手でアヌスを、左手で膣を同時に愛撫していたのだ。
前には指三本を、後ろには二本を使って、激しく出入りさせている。
彼女にはもう、自分がどんなに恥ずかしいことをしているのかという意識はほとんどなかった。
今や目前となった最終地点目指して行為に没頭するだけであった。

「んっ……ああっ……」

腰の奥が熱い。
待ち望んでいた感覚が、ぐぐっとこみ上げてきた。
珊瑚は指をひねりながら挿入を続けている。
粘膜がねじれ込み、巻き込まれる感覚に陶然としながら喘ぎ続けた。
彼女の股間は、前後から零れ出る粘液でぐしょぐしょになっており、布団に夜尿症のような
大きな染みを作るまでになっている。

「あっ……い、いく……」

期待を込めて、珊瑚は指の付け根まで押し込んで両穴を埋めた。
ここでいけるはずだと思った。
しかし、いよいよというところまで高ぶりながらも、どうしてもそこから先へ行けなかった。
頂点寸前をしばらく徘徊し続けた後、ぶすぶすと燻ってしまうのである。

(そんな……)

自分でしてもいけない。
珊瑚は大きく動揺し、再度自慰を試みた。
何度しても同じだった。

珊瑚は布団を剥ぎ、濡れた股間を眺めた。
太腿のあたりまでいやらしい蜜が滴っている。
そして膣は、珊瑚の激しい指使いを思い起こさせるように赤く腫れぼったくなっていた。

彼女は暗い顔のまま起き上がった。
少女が部屋から出る頃には、もう昼近くになっていた。
朝食の後すぐに寝込んで、かれこれ二刻以上も自慰していたらしい。
珊瑚はそんな自分が恥ずかしく、腹立たしかった。
そして何より、情けなかった。

鍛え方が足りないのだろうかと自問もした。
もともと彼女にあまり自慰の習慣がなかったのも、よく身体を動かしていたからだ。
普段の鍛錬はもちろん、退治屋稼業も肉体労働である。
首尾良く妖怪を退治すれば爽快感もある。
そういった意味でも、あまりストレスをため込む娘ではなかったのだ。
発散として自慰は必要なかったと言える。

それだけに、今の身体の変化に、彼女の精神は耐えきれなくなってきていた。
とにかく身体を動かすことだと思った珊瑚は、起きるとまず身体を洗った。
股間や、陰部をいじった手から、というよりその全身から女臭がぷんぷんしていたからだ。
髪まで洗うと、少しすっきりした気がした。
次に、汚れた下着を洗い、新しいものを身につけた。
布団を干した。
その様子を、弥勒にかごめ、そして犬夜叉が観察していた。

「どうですかな」
「……どうだろ。顔は少しすっきりしたような感じに見えるけどね」

どうも病気の類ではないように見える。
おおよその事情は弥勒に聞いていた。
とはいえ、あくまで彼の想像であり、真相は不明である。
また、弥勒の方も珊瑚の心情を慮り、「ならず者に輪姦された」とまでは言っておらず、
匂わせただけだ。
精神的なものだろうから対処が難しい。
しばらく黙って見ていると、珊瑚の動きが鈍くなってきた。

「……」

だめだ。
また妖しげな感覚が甦ってきた。つい、手が胸に伸びる。
着物の合わせ目から手を入れて女陰を触りたくなってくる。
いや、男に触ってもらいたくなる。
突っ込んでもらいたくて仕方がなくなってきた。
いくら我慢しよう、堪えようと思っても、後から後から熱いものがこみ上げてくるのを抑え
ようがなかった。

いらいらしてくるのが自分でもわかる。
そこへ、彼女の様子が変だと思った仲間たちが寄ってきた。
気づいた珊瑚は、思わず舌打ちをした。
こういう苛ついた時に限ってやってくる。
わずらわしい、と思った。
こんなくさくさした感情を彼らに持ったのは初めてだった。

「……なに?」

ついつい声が尖る。
最初に近寄ってきたのは弥勒だった。

「もういいのですか、珊瑚」
「……だから何が」
「ですから、具合の悪いのは治ったのかと」
「……」

別に具合は悪くない。
男が欲しいだけだ。
いかせてもらいたいだけなのだ。
なのに、目の前にいる若い僧は、昨夜、あれだけ時間をかけても、一度も私をいかせてくれな
かったではないか。
とんだ八つ当たりだが、珊瑚はそうは思っていない。
ただ弥勒の、男としての情けなさに失望していただけである。

「……別に何でもないわ」
「ですが……」
「気にしないで」

彼女とは思えない冷たい口調で言い放った。
しかし、これでも珊瑚なりに気を使ったのである。
彼女は、弥勒をなじりたいのを必死に我慢してこれだけで済ませたのである。
しかし、これ以上何か言われたら一気に怒りが放出しかねない。
珊瑚の刺々しい声に、弥勒は這々の体で退散した。

次にかごめがやってきた。
珊瑚は少しうんざりする。
もう放っておいて欲しかった。

「珊瑚ちゃん」
「……なに?」

かごめに対してまでつっけんどんになってしまっている。
これではいけないと思う心もあるのだが、珊瑚はもう自分の気持ちをコントロールできない
ところまで追い込まれてしまっていた。
かごめはもじもじと言った。

「あ、あのさ、まだつらいんだったら無理しないでもいいよ」
「……」
「あんまり調子よくないんでしょ、まだ?」

鬱陶しかった。
なぜこの娘はこうなのだ。
どうしてこうお節介ばかり焼くのだろう。
自分の尻を拭けないやつに限って、他人の世話を焼きたがるものだ。
「偽善者ぶらないで!」と言ってやろうかと思ったが、それだけは何とか我慢した。

「大丈夫だよ」
「でもさ……」
「いいから! ホントにもういいから少し放っておいて!」
「……」

かごめに対して、こんなささくれた感情を持つのは初めてだった。
かごめはよく気の付く優しい子で、珊瑚は少しがさつなところがあると自覚していたから、
彼女を見習おうと思っていたほどだったのだ。
それがこうである。

かごめに対しては、変に気を使うこともなく、何でも言えたし相談も出来た。
なのに今では、彼女の言動がとても煩わしく感じられた。
かごめは少しさみそうな顔をして珊瑚から離れて行った。
言い方がきつかったかも知れないと珊瑚はちくんと胸を痛めたが、もうどうにでもなれという
投げやりになっている。

布団を干し終わり、腰に手を当てて伸びをすると、今度は犬夜叉までがやってきた。

「……」

近寄ってくる犬夜叉を、つい睨んでしまった。
本来、落ち込んだ仲間を慰めるような役柄ではないくせに、この期に及んで何をしに来たのだ。

「珊瑚」
「……なんだよ」
「おめえ、少しいらついてねえか?」
「……」

その通りである。
身体が疼いて仕方がないのだ。
おまえが解消してくれるのか、と言ってやろうかと思った。
犬夜叉に抱かれて満足できるならそれでもいいとすら思った。
それで弥勒やかごめがどう思おうと構うものか、と。
だが、理性の最後の砦で、それだけは言い留まった。

「なにピリピリしてんだよ。かごめもあんなに心配してるじゃねえか」
「……」
「俺や弥勒には言えなくてもかごめには言えるだろ? 今までそうだったんだから」
「……」
「かごめはおめえのことを……」
「うるさいわね、かごめ、かごめって!」

怒鳴ってしまった。

「そんなにかごめちゃんが気になるなら、かごめちゃんとじゃれ合ってればいいじゃないか!
あたしのことは放っておいてよ、どうせ役に立たないんだから!」
「……」

普段の犬夜叉なら、こう言われたら黙っていない。
相手が珊瑚で仲間だし、女だから取っ組み合いにはならないだろうが、喧嘩腰で詰め寄って
いくだろう。
そうじゃなくても、珊瑚とはよく口げんかしていたのだから。
ところが犬夜叉は黙って引き下がった。
珊瑚は意外に思ったが、それすら気に入らなかった。
腑抜けの半妖め、と心の中で罵っていた。

戻ってくる犬夜叉を、ふたりは黙って迎えた。
もういちど、ちらと珊瑚の方を見てから、三人で顔をつき合わせてぼそぼそ話し始めた。
口火を切ったのは弥勒だ。

「どうでした、犬夜叉」
「どうもこうもねえな。ありゃふつーじゃねえや」
「だよねー」

かごめや弥勒はともかく、単細胞の犬夜叉にまで見抜かれるくらいだから、珊瑚も相当追い
詰められているということだろう。


        


「どうしたんだろ……。ね、弥勒さま、なんか思い当たることないの?」
「思い当たることと言われましても……」
「ケンカでもした?」

いちばん考えられるのがそれだろう。
例によって弥勒が別の女に手を出して、珊瑚がそれを知り激怒するという痴話喧嘩パターンだ。
これはもう日常的にすらなっている。
犬夜叉が小馬鹿にしたような目で言った。

「それしかねえだろ。弥勒、おまえもよく飽きもせずあちこちの女に……」
「お待ちなさい、犬夜叉。かごめさまも」

法師は両手を突きだして犬夜叉の言葉を遮った。

「今までそういうことがなかったとは申しません。しかし今回だけは本当に心当たりは……」
「本当か?」
「くどい」
「じゃあ、なんだろ? ……ねえ、弥勒さま、聞き難いんだけど……その、夕べはどうだった?」
「……」

弥勒は言葉に詰まったが、思った通りのことを言った。

「いえ、本当に何も……。ごく普通だったと思います……」

かえって、いつもより珊瑚が積極的だったくらいである。
もし本当に弥勒の浮気がバレたのであれば、珊瑚は彼が身体に触れることも許さなかっただろう。
実際、今までがそうだったのだ。
他の女と関係を持ったことが判明した時は、少なくともまる一週間は身体を許さなかった。
なのに昨夜の珊瑚は、弥勒を差し置いて三度も求めてきた。

「……」

弥勒は昨日の閨を思い起こす。
珊瑚はいつになく燃えていた。
あんなことは今までなかった。

弥勒は、抱いた珊瑚の裸身にいくつものキスマークを発見した。
それを彼は、珊瑚が野伏に凌辱を受けたものと判断した。
だからこそ、それを忘れんがために激しく求めてきたのだと理解したのである。
そしてそれは果たされた。
少なくとも弥勒はそう思っている。
だからこそ、今朝以降の珊瑚の不機嫌さがわからないのだ。
弥勒は言った。

「かごめさま、これも聞きづらいことですが、その、おなごのアレ……とは無関係だと思い
ますか?」
「アレ?」
「はあ、ですから、その……」
「ああ」

生理のことを言っているのだろう。
なるほど、生理不順だったり重かったりすると、お腹が痛かったり、気分がくさくさしていら
つくことは確かにある。
かごめがそう言うと、僧侶は軽くうなずいた。

「では、やはり……」
「う〜〜ん……、何とも言えないけどね。そういうのに似てないこともないって程度。それに、
珊瑚ちゃんはまだじゃなかったかな……。不順かも知れないけど」
「……放っときゃいいんじゃねえのか?」

犬夜叉が実に無責任に言った。

「本人もそう言ってるんだしよ。そーゆう問題なら、オレたちがどうこう言ったってはじま
らねえや」

彼自身、盛りの時期はそうなるのだ。
それが珊瑚に起こっているのであれば、彼女の気持ちもわかる。

「そうだね……。それしかないかな」
「……」
「あんまりあたしたちがちょっかい出しても、かえって珊瑚ちゃんイライラしちゃうかも
知れないし……」
「そうですな、少し様子を見ますか」

それとなく珊瑚の様子を注意しておいて、あまり刺激しない方がいいのかも知れない。
そう確認し合うと、三人は陰からこっそりを珊瑚を覗き見るのだった。

* - * - * - * - * - * - * - * - *

一向に疼きは収まらなかった。
押さえ込もうと思うこと自体、無理なのかも知れなかった。
珊瑚は、仲間たちに対する狭量な態度を情けなく思うと同時に、怒りがこみ上げてくる。
無論、奈落に対してである。
こんな身体にされたのも、きっと奈落の仕業に違いないのだ。

ふつふつと滾る怒りを抑えきれず、家へ戻った。
足音も荒々しく部屋へ行くと、着物を脱ぎ捨て焦げ茶の服を身につけた。
戦闘服だ。
背中には大ぶりのブーメラン、飛来骨を背負った。
完全な戦闘モードである。
珊瑚は、怒りの形相で村を走り出て行った。




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