東京都荒川区西日暮里。
未だ旧都の古い街並みを残している街だが、そこにも都市化高層化の波は押し寄せている。
小春日和のその日、街は時ならぬ騒動に巻き込まれていた。
所轄署の警官たちが野次馬を整理し、現場から遠ざけている。
警視庁の機動隊も出動しており、遠巻きに巨人たちの格闘戦を見守っていた。
彼らの顔には緊張感というより、不安そうな色が浮かんでいる。
騒ぎの中心地に、警備部特車2課から派遣された第2小隊機が暴走レイバーを押さえ込もうと
していた。
222号機が暴れ回っているレイバーと組み合って力比べをしている。
221号機はその様子を窺いながら、飛びかかる隙を見つけているようだ。
2機を指揮する指揮車からバックアップ担当官が出て、マイクに向かって声をからしてレイバー
に指示していた。
そこから少し離れたところに駐車しているミニパトに、彼らの指揮官がいた。
彼はシートを倒し、のんびりというよりもやる気のなさそうな風情で部下の奮戦ぶりを督戦し
ていた。
そこに携帯が鳴った。
「……おっと」
後藤警部補はふたつある携帯のうち、ひとつを取り上げた。
彼は常に2台持ち歩いていた。
片方は仕事関係や表に出している携帯で、もうひとつはプライベートというよりは内輪の人間に
しかアドレスや番号を教えていない電話だ。
鳴ったのは後者の方だった。
「はい、後藤。あ、松井さん? ひさしぶりだね」
後藤は少し驚いたような、意外そうな顔をして答えた。
「え? そう、今、出動中よ。……いや、大したことないんじゃない? レイバーおたくの
高校生が、工事現場のレイバー盗んで動かしてるだけだからさ。……そ、裏は何もないだろね。
騒ぎを収めればおしまい」
そう言いながら、昼行灯の異名を持つ第2小隊長はミニパトの中から現場を見上げている。
どうやら終息に向かっているようで、太田巡査の2号機が盗難レイバーを羽交い締めにしている。
泉巡査の1号機が警棒を腰部関節に押し込んでいた。
「で、どうしたの。何か用? ……え?」
後藤の顔に緊張の色が走る。
緩んでいた表情が一瞬にして引き締まった。
「間違いないの、それ? え? 確認して欲しい? 誰に?」
後藤の車の前方では、暴れていたレイバーが白い煙を噴いて頓挫していた。
見ると、太田機が相手の右腕をもぎ取っている。
そしてバックアップの篠原巡査と熊耳巡査部長が、拳銃を片手に擱坐しているレイバーに近寄っ
ていった。
泉機は油断なく半身の態勢をとっており、警棒を構えて敵の不意打ちに備えていた。
「……ふぅん。で、いつ? すぐ? うん、もうこっちは終わりそうだけどね」
その頃には、遠巻きに包囲していた機動隊員もレイバーに群がっており、篠原たちを押しのけて
コックピットに取り付いていた。
「容疑者確保!」の叫びが聞こえた。
「終わったみたい。……うん、そうだね。……いや、そういうことなら、かえって今日これから
の方が都合がいいんだけどな。今、4時半だから……6時過ぎには帰れるかな。で、どうするの?」
そこまで話した時、今度は無線が鳴った。
後藤は松井に「ちょっと待って」と言い置いて、マイクを取った。
隊内無線に出ていたのは熊耳である。
「はい、後藤。どうした、終わった?」
−熊耳です。終わりましたけど、その……。
「なに? どうかした?」
−はあ。その、機動隊の中隊長が隊長に話があるそうで……。
「話? そっちへ来いっての?」
悪い予感がする。
「もしかして、何かやった?」
−……すみません。
面目ないという声で巡査部長が謝った。
−太田機が、電柱を3本ほど倒してしまいまして。
「……」
−周辺が停電しています。東京電力には連絡をとって修復に来てくれるよう頼んでおきました
けど、機動隊の警部がかなり、その……」
「怒ってるわけね、了解。じゃすぐ行くから、それまで抑えててくれる?」
−すみません。
後藤は軽くため息をついて無線を切ると、携帯を手にした。
「お待たせ。……いや、大したことじゃないよ。例によって部下の後始末。……え? 慣れてる
よ、いつものことだから。じゃあ6時半くらいだね、待ってるから」
* - * - * - * - * - * - * - * - *
埋め立て地に戻ってきたのは午後6時過ぎだった。
バビロンプロジェクトの先行工事ということで早々に埋め立てられた土地である。
当初は、なにしろ工事の騒音がひどくて倉庫や資材置き場以外は、ほとんどこの地へ定住しな
かった。
その分価格が安く、折から特車二課の敷地を探していた警視庁が飛びついたのである。
特車二課の特殊性を考慮した選考だったという話だが、それは半分当たっている。
特車二課自体、相当の騒音を出すし、装備品のスペースも広範囲必要だし、その任務性から見て
も、なるべく市民から離した方がいいという判断だ。
しかし一方で、問題警察官の左遷先として僻地を選んだという面も否定できないだろう。
いずれにせよ、装備品だけは、本庁というよりあらゆる警察組織の中でもっとも金食い虫である
以上、なるべくその他の施設に関しては費用を抑えたかったのが大きい。
熊耳武緒巡査部長は、シャワーを浴びて着替えると、すぐに後藤に呼び出された。
フォワードの太田機の不始末の件かと思っていたら、そうではなかった。
何でも本庁から面会者が来ているという。
不審に思った武緒が、前を歩く上司に尋ねた。
「なんです?」
「なんでしょー」
相も変わらず飄々と受け流しながら、後藤は課長室のドアを開けた。
この部屋は、プレハブに毛が生えた程度の二課棟の建物の中で、もっとも防音状態が良い。
二課長の福島警部は本庁に行っていて留守である。
後藤としては、だからこそ明日にしないで今日にした、というところがあった。
この会合をなるべく表沙汰にしたくないということに加え、課長の耳にも入れたくなかったからだ。
後藤は松井にそのことも承知させている。
隊長に促されて武緒が入室すると、中には5人ほどの制服警官がいた。
婦警もいる。
ソファに座っていた彼らは武緒を見ると一斉に起立した。
顔見知りの松井が軽く会釈すると、武緒も慌てて頭を下げた。
「ま、ま、取り敢えずそこ座ってよ」
「はあ……」
後藤が後ろから指でちょんと背中を突くと、武緒はややつんのめりながら中に入った。
松井が代表して言った。
「出動から帰ってきたばかりでお疲れのところ悪いね」
「いえ……」
武緒が腰を下ろすと、松井から順番に自己紹介していった。
松井は捜査一課だが、捜査二課から一名、さらに生活安全課から三名も来ていた。
武緒にも訳がわからない。
それを察してか、松井がいきなり本題に入った。
「熊耳さんに見て欲しいものがありましてね」
そう言って小太りの刑事が差し出したものは一葉の写真である。
武緒の表情が少し動いた。
以前も見せられたことがある手配写真だ。
「これ……シャフトの黒崎ですね」
「そう、CGの。ああ、元シャフトだけどね。以前、お見せしたことありましたね」
「ええ……」
グリフォン事件の際、内海のCG写真とともに、黒崎や他の7課員たちのCGも出来るだけ
こしらえたのである。
松井らがグリフォンのパーツを造った下請けの工場を足で探し回ったり、本庁外事課の連中の
捜査、さらにシャフト関係者を締め上げてようやくモンタージュCGを造り上げたのだ。
もちろん黒崎に会ったこともある武緒も協力している。
両手でCG写真を持って見つめている武緒を見やりながら、松井は懐からもう一枚の写真を取り
出した。
「これが本題なんだけど、こっちも見てくれる?」
隠し撮り写真のようだった。
喫茶室か何かで、小さなテーブルの向こうに男が座って対面の男と話をしている風だ。
観葉植物の陰になっている部分もあるが、誰なのかははっきりわかった。
「黒崎ですね……」
「間違いありませんか!?」
武緒のつぶやきを聞いて、松井が目を輝かせた。
「我々も黒崎だろうとは思っていたんですが、なにしろ警察関係者でやつらを見ているのは熊耳
さんだけなんですわ。それで是非、確認していただきたいと思いましてね」
「……」
後藤はこの場ではオブザーバーだから、課長席に陣取って成り行きを見ているだけだ。
両手で頬杖をしながら、部下の巡査部長の様子を見守っている。
その表情からは、何を考えているのか窺うことは出来ない。
武緒は写真から目を外して聞いた。
「これはどこで撮ったものですか?」
「場所はちょっと言えません。都内の某ホテルとだけ申しておきます」
「都内ですか……」
ということは、重傷を負ったであろう内海もまだ国内にいる可能性もあるということか。
それでグリフォン−シャフト事件専属の松井が出張っているのだろう。
「黒崎は何をやったんです?」
武緒の問いに、松井は頭を掻きながら言った。
「それが……風俗なんですわ」
「風俗?」
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「どうだった?」
進士と遊馬が戻ってくると、野明が聞いた。
出動後の報告会−武緒曰く「反省会」を開こうとしているのだが、2号機バックアップであり
第二小隊隊員の最上級者である熊耳巡査部長がいないと開催したくも出来ないのだ。
武緒が後藤に呼び出されて課長室に連れて行かれ、30分しても戻らない。
業を煮やした遊馬たちが様子を見に行ったのである。
進士が右手をヒラヒラさせながら言った。
「ダメですよ、全然聞こえやしません。ここと違ってあの部屋、防音しっかりしてますからね」
「それにしても何やっとるんだ? 本庁捜査課の松井刑事が来てるというのは聞いたが」
太田がそう言うと、山崎が小声で言った。
「それだけじゃないですよ。他にも4,5人来てるみたいです」
「いったい何だってんだ?」
「わかんないのかよ」
腕組みをしてふんと鼻を鳴らした太田を、見下げたような目で見て遊馬が言った。
「捜査一課の松井さんが来てること。うちのおじさんがわざわざ課長や南雲さんがいない時に
合わせてセッティングしてること。それを考えりゃ大体当たりはつくだろ」
「……そうか。シャフト……内海さん絡みか」
「そゆこと」
野明が言うと、遊馬はうなずいた。
「よくわからんけど、何か進展があったんじゃないの、グリフォン事件に」
「だったらオレたちだって関係者だ。こっちにも話があっていいだろう」
「だから、太田さん。グリフォン事件というより内海というかリチャード王の件なんですよ、
きっと」
進士はそう言ってパイプ椅子を引き寄せて座った。
「だとするとおたけさんのプライベートにも突っ込みますから、なるべく他の人は接触させたく
ないと思ってるんじゃないですか、隊長は」
「……」
「多分、リチャード王の消息が知れたか、あるいはその手がかりか何かがあって、それをおたけ
さんに確認してもらってるってところじゃないんですかね」
「それはわかるが」
太田は腕組みを解かずに言った。
「松井さんだけでなく、なんであんなに大勢来とるんだ。あれじゃプライベートも何もあった
もんじゃないだろう」
「そうですね。ですけどまあ、警察の捜査ですからね、そういうものよりは優先されちゃう
でしょう。それにしても専従捜査員全員来る意味はないでしょうからね。その辺はわかりま
せんねえ……」
野明がぽつりと言った。
「内海さん……今度は何したんだろ?」
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「そんなことをしてたんですか……」
武緒が表情を暗くして言う。
「まあ、この黒崎という男が関わっているらしいというのは確かですが、そのリチャード王が
後ろにいるのかどうかは不明です」
説明しているのは捜査二課の刑事だ。
「松井さんを通してシャフトの方も洗ってもらいましたが、シャフトエンタープライズ・ジャパン
の方はこの件に関わってないようです。まあ犯罪の可能性が高いですから、さすがに手は出せない
でしょう」
「どうも、また黒崎なり内海なりが独断で動いているんでしょうな。もっとも、シャフト自体は
もうとっくに内海たちを切り離しているみたいですがね」
「……」
「もっとも、グリフォンの時みたいに、裏でどうなってるかわかったもんじゃないがね」
松井がタバコに火を着けながら言った。
武緒が聞く。
「そう言えば、シャフトの徳永という重役はどうなってるんです?」
「あれから三ヶ月たつけどね。徹底的に黙秘してるよ」
松井は煙が目に染みたような顔をした。
「なんだってああも頑ななのかなあ。知らぬ存ぜぬの繰り返しだ。シャフトの方も、「あれは
企画7課の独走で、社としては一切関わってない」の一点張りだよ。徳永は、いわば内海たち
に乗せられたとかはめられたようなもので被害者だと主張してる」
シャフト専従の刑事はくたびれたように顔を振った。
それを見て、二課の刑事が苦笑して言った。
「徳永ってのはあれだろ? 昔、汚職で検察に引っかかりそうになった男だろう? 検察で取り
調べた時も口を拭って押し切ってるくらいだからな、滅多なことじゃ落ちんだろう」
「まあね。内海ははっきりと切り落としてるのに徳永は庇ってるからな。またシャフトは徳永を
拾うつもりなんだろうさ。徳永もそれがわかってるから、シャフトに不利益なことは口にせんの
だろうよ」
「それにしても」
武緒は膝の上に置いた拳を握って聞いた。
「なんだって黒崎たちはこんなことをしてるんです?」
「わからんね」
松井はあっさり言った。
成り行きを見守っていた後藤がぽつりと言う。
「捕まえて聞くのがいちばんだが、多分、資金稼ぎじゃないかと思うね」
「資金稼ぎ……ですか?」
「うん。さっき松井さんも言ってたけど、連中にはもうシャフトの庇護はないわけよ。例の、
シャフト・チャイナだかの極東マネージャーも張られてるから、滅多なことでは近づけない。
となると、ほとぼりがさめるまでは自分らの食い扶持は何とかしなくちゃならない」
「……」
「最終的には連中も自立というか独立するつもりだろうけど、それまでつなぐ資金は必要だ
わな」
「なるほどな。じゃあ後藤さんはこれをどう見る?」
「よくわからんけどね」
後藤はギッと椅子を鳴らして、背もたれに寄りかかった。
「恐らく、あちこちでこれと似たようなことをやってるんじゃないかなあ。もちろん、こういう
風俗みたいなことはあんまりないだろうけど、犯罪みたいなことはしてるだろう。それも、まと
まってみんなでやっているというよりは内職みたいな感じだろうな」
「……」
「内海の回復次第によるけどね。まだやつが本調子でないのなら、その黒崎が次級指揮官らしい
から、そいつが中心になって、あまり目立たずにこそこそやるだろう。それでいて稼ぎのいい
ものだろうね」
黙って聞いていた生活安全部保安課の担当官が言った。
「それでこういう風変わりというか、新しい性風俗産業ってことですか。なるほどな、これは
合法非合法の判断が難しいし、効果は絶大だから値は付け放題だろうし。客は口コミで信用の
置ける者を集めれば上客になるな……」
「そゆこと。で、どうなの? 黒崎たち以外の組織は関わってないの?」
「まだわかりませんが、手口を見てると個人の仕業じゃありませんね。小なりとはいえ、組織的
なものです」
「ふうん。じゃあ黒崎たちのチームが動いてるってことかな」
「でしょうね。ただ、松井さんの話だと、グリフォンの時も、いろんな町工場にパーツを作らせ
て調達していたみたいだから、今回もそうかも知れませんね」
「そうか。あっちこっちの小さなソフトハウスに部分的なソフトを組ませて、それを集めてシス
テム構築してるってことか」
* - * - * - * - * - * - * - * - *
結局、武緒は1時間ほどで解放された。
最初に黒崎の写真確認を終えてからは、断片的なことを聞かれただけで、特に内海との関係を
蒸し返すようなことはされなかった。
松井もそれなりに気づかったのだろうし、後藤がそこに居座ったということも影響しているだろう。
また何か進展があれば知らせるし、協力を願うと要請して、松井たちは帰っていった。
その後、武緒はいつ二課棟から出て、どうやって帰路についたのかよく憶えていなかった。
黒崎が日本に確実にいるとわかった以上、内海も残っている公算が大きかった。
愛憎入り交じった複雑な心境にある。
今となっては愛はほとんどなく憎ばかりではあるが、短期間ながら情を交わした相手だ。
気にならないと言えばウソになる。
あの時、リチャードはSSSのジェイクに刺された。
すぐに黒崎が反撃し、奪っていた武緒の拳銃でジェイクを射殺した。
黒崎は大層動揺して、血まみれのリチャードをいずこかへ引きずっていった。
武緒には目もくれなかった。
武緒も後を追おうとした時、松井ら警視庁の捜査員たちが現場に突入してきたのである。
武緒は保護というより収容され、その後のことはわからない。
聞いたところでは、企画7課員たちは黒崎と内海を除く全員が長城号に乗って出港してしまっ
たらしい。
警視庁は海上保安庁と連携して長城号を臨検しようとしたのだが、中国国籍である長城号は
これを拒否。
押し問答を繰り返した挙げ句、ようやく2時間後に臨検したのだが、7課の人間はひとりも
見つからなかった。
全室の臨検は拒否されたし、2時間あったのだから、どこかに隠してしまっていたのだろう。
長城号は、確たる証拠がない上で行なう捜査活動には協力できないと主張、無理押しすれば
外交問題に発展するであろうと脅してきた。
中国大使館、外務省からの圧力を恐れた外事課がまず手を引き、松井たちは歯噛みする思いで
巨大な豪華客船を見送るしか出来なかった。
「……」
武緒はぼんやりと目の前のホテルを見上げた。
そこは、武緒が内海らに拉致された際に使われたホテルだった。
どうしてここへ来てしまったのかわからない。
意志で向かったわけではない。
内海や事件のことを考えながら歩いているうちに、知らず知らずに来てしまったようだ。
ここにも事件後、捜査の手が入った。
まさかここに連中がいるはずはない。
そう思って踵を返した時、とんでもないものが目に入った。
武緒の視界にひとりの男が入ってきたのだ。
髪を少し伸ばしたようだが、トレードマークの丸メガネは以前と同じだった。
細い目のしょうゆ顔で、冷静というより冷淡なイメージのルックス。
取り澄ましたような表情。
「……黒崎!」
武緒は思わず息を飲み、次の瞬間、慌てて植え込みの陰に隠れた。
黒崎はこちらに気づかなかったようで、ゆっくりとした足取りでホテルのロビーに入っていった。
口に溜まっていたツバを飲み込むと、美貌の巡査部長は足音を殺して入り口へ向かい、中を
観察した。
黒崎らしい男は、ロビーを素通りしてエレベータに乗り込んでいた。
後藤か松井に連絡するべきだという思いもないではなかったが、足が勝手に先へ進んでいた。
武緒は、ロビーのカウンターにいるフロントマンにさっきの男のことを尋ねようとして思い
留まった。
身分証明書は持っているが、警察だということを明かして聞くのはまずいような気がした。
もしかすると、このホテル自体、彼らの関係者である可能性があるのだ。
そこにのこのこと警官が乗り込んだら、途端に黒崎らは警戒して隠れてしまうだろう。
ここでもう一度、署に連絡すべきかと考えたが、まだ黒崎本人だと確証を得たわけではない。
見間違えでした、では済まない。
フロントの案内板を見ると、この建物は8階建てらしい。
地下1階がレストラン街で、地下2階がホテル関係のオフィスらしい。
客室は7階まであるようだ。
武緒は黙ってロビーを抜け、そのままエレベータに乗った。
黒崎の乗ったエレベータは7階で止まっていた。
「……」
降りて周囲を見回したが、特に不審な点はない。
普通のシティ・ホテルである。
まさか客室をひとつひとつあたるわけにもいかない。
どうしたものかと思い、エレベータを振り返って気が付いた。
エレベータは7階までしかなかった。
しかしこの建物自体は8階建てだったはずである。
武緒が廊下の突き当たりまで歩いていくと、その左側に階段があった。
ここから昇って8階へ行くらしいが、チェーンがかかって行く手を塞いでいた。
鎖には「ここから先は客室ではありません。関係者以外立入禁止」とあった。
少し考えて、武緒はそこを跨いだ。
階段を昇りきると廊下に出た。
そこは階下の客室のように、廊下を挟んでいくつもの部屋があるのだが、雰囲気が妙だ。
張り詰めたような空気を感じたかと思えば、変に熱っぽいようなおかしな雰囲気もある。
いやな予感がした。
警官のカンかも知れない。
思わず武緒はハンドバッグに手を入れたが、中に拳銃はなかった。
帰宅するつもりだったのだから、当然、銃は二課に置いてきてある。
捜査権もないから手錠すら持っていない。
仕方がない。
もともと捜査に来たわけではない。
あの男が黒崎だという確信が持てれば、松井刑事に連絡すれば良いのである。
そう思って慎重に歩を進めると、いきなり口を大きな手で塞がれた。
「おおっと、ねえちゃん、そこまでだ」
「んん!」
必死にもがくが、大男にがっしりと捕まってしまい動けなかった。
大きな手のひらが口だけでなく鼻腔まで覆ってしまっており、窒息するかと思った。
その男は、武緒の両手首をひとまとめにして、片手で持ち上げていた。
馬鹿力である。
その物音を聞きつけたのか、ひとつの部屋からふたりの男が出てきた。
「どうした、騒がしいぞ。うん?」
「……!!」
髪をオールバックにしたサングラスの男が、吊り上げられた武緒を下から見上げている。
もうひとりの男−黒崎は言葉もなく武緒を見つめていた。
「この女……」
唖然としたような黒崎の声に、サングラスは軽く首を曲げて聞いた。
「黒崎さん、この女をご存じで?」
「……知ってるとも。取り敢えず、その部屋に」
一室に連れ込まれた武緒は、アームチェアに座らされていた。
椅子の脚に足首を縛られ、両腕も肘掛けの上で縛り付けられた。
室内には武緒と黒崎、そしてサングラスの男だけである。
黒崎は、挑戦的な目で睨みつけてくる女を見て言った。
「……ひさしぶりですね。三ヶ月ぶりですか」
「……」
「黒崎さん、誰なんです、この女?」
「……警官だよ、黄瀬さん」
「な、ポリですか!?」
黄瀬と呼ばれた男は、やや狼狽して武緒を見た。
「ま、まさかもう手入れが……」
「いや、そうじゃないだろうね」
「しかし……」
「この人はね、警備警察の人なんだ」
「警備部?」
「ほら、例の特車二課。レイバー隊の隊員」
「パトレイバーですか? ……いや、しかし、なんでレイバー隊が?」
黄瀬は武緒を見ながら首を傾げた。
そして、思い出したように言った。
「あ、課長の……」
「そう」
内海の代理人は苦笑を浮かべた。
「昔の女ってわけ。確か、熊耳巡査部長……でしたね?」
「……」
「今さら特車二課が何の用です? 僕たちはもうレイバーには手を出してませんよ」
「……」
「それともあれですか。課長が恋しくなってきたんですか?」
「ふざけないで!!」
それまで沈黙を守っていた武緒が激したように叫んだ。
そして黒崎と黄瀬を当分に見ながら言った。
「あなた、また何かやらかしてるらしいわね」
「……」
黙り込んだ黒崎に対し、黄瀬の方がぴくりとした。
見たところ、20代後半と思われる黒崎よりずっと年上のようだが、彼に対しては腰が低かった。
ということは、黒崎が雇っている組織の人間だろうか。
年齢は40歳前後に見えた。黄瀬が低い声で言う。
「熊耳さんとやら、あんた何を知っている?」
「……」
「警備部の警官には捜査権はないはずだ。なぜこんなところに潜り込んできた?」
武緒は少し顔を逸らして答えた。
「……偶然よ。たまたまこのホテルの前を歩いていたら「黒崎クン」を見かけただけよ」
黄瀬と黒崎は顔を見合わせて言葉を交わした。
「……だ、そうです。どう思いますかね?」
「そんな偶然があるか。だが……」
黒崎はベッドに腰を下ろした。
「あんたの言う通り、このお姉さんには捜査権はないはずだ。それに、バッグの中身も調べた
が、手錠も拳銃もない。身分証明書はあったがね」
「潜入ですかね」
「それもないだろう。だったら身分証明書だって持って来ないよ。僕自身、このお姉さんは
よく憶えてるしね、意味がないだろう。しかし怪しいと言えば怪しい」
「……やりますか」
「そうだな」
ふたりがごそごそと何か用意をし始めると、武緒は不安そうに聞いた。
「な、何をする気なの……」
「なに、大したことじゃないですよ。そんなに心配しないで結構」
「……」
手も休めずに黒崎は言った。
男たちが持ち出してきたのは、静脈注射や献血で腕を縛るのに使うようなゴム管と小さな
アンプルだった。
「薬物……!!」
武緒が真っ先に思いついたのがそれである。
考えられるのは、睡眠薬を打って意識をなくさせて始末するか、覚醒剤などを使ってクスリ漬け
にすることだ。
どちらにせよ、ろくなことはない。
アンプルを手にした黒崎が小さく笑って言った。
「そう脅えなくても大丈夫です。あなたの考えているようなものじゃない。合法的な薬品ですよ、
ドラッグなんかじゃありません」
「……」
黄瀬が武緒の腕を捲り上げ、ゴム管を巻いていく。
白い肌がきつく縛られて鬱血するほどだ。
浮き出た静脈に、黒崎がアンプルを突き刺した。
小さな針が肌に突き立つと、後ろに詰め込まれた圧縮空気で薬液が送られる仕組みだ。
「んっ……」
ちくっとした痛みに少し顔をしかめた武緒だったが、それも黄瀬がゴム管を解くまでだった。
巻かれたゴムが解かれ、薬液が静脈を通って体内に浸透していくとすぅっと楽になっていく。
(なにこれ……。睡眠薬じゃないみたいだけど……)
意識が朦朧となるほどではない。
その証拠に、ぼんやりとではあるが黒崎らの動きもわかるし話も聞こえる。
武緒自身、喋ろうと思えば喋れる。
意識は連続しているから、気を失うわけでもない。
ふわふわした感じというか、少し気持ちが良い。
それでいて、妙な倦怠感があった。
まるでひどく疲労したあとのような気分だ。
初めて味わう奇妙な感覚だった。
そんな武緒の表情を見て黄瀬が言った。
「効いてきたようですね」
「そうだな、では訊問と行くか」
* - * - * - * - * - * - * - * - *
第二小隊の面々が待っていた会議室に、後藤が顔を出した。
「あ、隊長」
「おたけ……熊耳さんはどうしたんですか?」
「もう帰したよ」
「は?」
中年の警部補は入ってくることもなく、開けたドアから顔だけ覗かせて言った。
「うん、疲れたろうしな。だからおまえらももう帰ったら? 学級委員がいないんだから、
反省会でもないだろ」
「はあ」
報告書も明日でいいよ、と言い捨てると、後藤はそのまま部屋を後にした。
「……」
「なに考えてんのかなあ、あのおじさんも」
ぼそりと遊馬がつぶやいた。
* - * - * - * - * - * - * - * - *
「……」
武緒は椅子の背もたれに頭を乗せたままぐったりしていた。
意識があるのかないのか、傍目からはわからない。
黒崎が冷たい目線で美貌の婦警を見下ろしている。
「ふん、本当に偶然らしいな」
「それでもある程度、こっちのことはわかってるみたいですな」
「まあな」
まさか隠し撮りされているとは思わなかった。
もしかすると内偵が入っているのかも知れない。
もう少し事を慎重に運ぶべきなのだろう。
それにしても、この女がここを嗅ぎつけたのも、たまたま黒崎が見られたかららしい。
こういうことを警戒して、滅多に外出しないようにはしているのだが、運が悪かったとしか
言いようがない。
そんなことを考えていると、黄瀬が装置の準備をしているのが目に入った。
パソコンというより汎用機のようだ。
液晶モニタが2台にオシロスコープ、ごちゃごちゃとした多数のコードが山積みされている。
「……なんだ、この女にするのか?」
「ええ、せっかくですから。データ収集の意味もあるし、恐喝に使えるかも知れない。それに……」
黄瀬は、くたりとしている武緒を見てニヤリとした。
「なかなかいい女じゃないですか。こっちも愉しみましょうぜ」
「そうかな。僕はあまり……」
「黒崎さんは若い娘が好みのようですがね、こういう熟れた女もいいもんですぜ。反応が違い
まさあ」
武緒は今年で28歳になる。
女性としては成熟しているだろう。
ベリーショートの髪型のせいで、さほど女らしさを振りまくことはないが、時々ぞくりとする
ほどのフェロモンを発することがある。
スラリとした肢体というより、胸や腰回りにはしっかり肉がのって、メリハリのついたスタイル
をしていた。
色白の貌、黒目がちな瞳はいつも潤んでいるように見える。
それでいて落ち着いた知性的なルックスをしていた。
もう少し人当たりがよければ、さぞかしもてたことだろう。
気乗りしていない黒崎を横目に、黄瀬がテキパキと用意をする。
ヘッドギアを武緒に被せ、バイザーを降ろして目を覆った。
両手の中指と薬指にコードの伸びたキャップをはめる。
オシロスコープやモニタの調整をし、マシン本体から生えた細いコードをヘッドギアに繋いだ。
ものの10分ほどで準備が終わると、今度は武緒を縛ったロープを解き始める。
それを見て、黒崎が少し慌てた。
「お、おい黄瀬さん、それは……」
「構いませんや。こいつでデータを流し込めば、どんな女だってイチコロです。終わったあと
はもう抵抗する気持ちなんざ消し飛んでるこってしょうよ」
そういうと、サングラスの男は立ったままワークステーションの端末を叩く。
画面を数回切り替えると、今度はマウスでアイコンをクリックし、そのアプリケーションを起動した。
数秒すると画面がさっと変わり、いくつものグラフと表が行儀良く並ぶ無味乾燥なものになった。
と同時に、武緒の身体がぴくんと動いた。
* - * - * - * - * - * - * - * - *
「ん……」
朦朧としていた意識が強制的に目覚めさせられた。
目を開けるとあたりは薄暗い。
いや、明るいのか暗いのかよくわからなかった。
しかし視界は開けている。
おかしな感覚だった。
武緒はゆっくりと歩き出した。
ここがどこだかわからない。
黒崎におかしな注射をされたあとの記憶が飛んでいる。
あたりに黒崎と黄瀬は見あたらない。
用済みということで放り出されたのだろうか。
それにしては見覚えのない景色だ。
いや、そもそも景色と言えるのか。
見渡す限り何もないのだ。
足元も上も、右も左もうすぼんやりした世界で何もない。
武緒はひどく不安になった。
もしかするとこれは夢なのではないだろうか。
こんな風景が現実にあるとは思えなかった。
胸が悪いような不快感と、ふわふわとする浮遊感が同居している。
気分が良くなかった。
歩いても足音すらしない。
たまらなくなって武緒は叫んだ。
「誰か! 誰かいないの!?」
返事はない。
「ここはどこなのよ!」
いつのまにか武緒は小走りになっていた。
何もない恐怖に押し潰されそうになったのだ。
誰も居ず、何も聞こえず、何もない世界。
こんなに怖いものだとは思わなかった。
年甲斐もなく泣き出しそうになったとき、目線の先に人影が見えた。
「……!!」
武緒は駆け足になって、そこへ向かった。
* - * - * - * - * - * - * - * - *
「……」
武緒の表情は濃いバイザーに隠されて見えない。
頭は背もたれに、両手はアームの上で力なくもたれていた。
確かに暴れる様子はない。
それでも黒崎は用心深く武緒の様子を窺っていた。
「ん?」
武緒の顔がビクンと動いた。
立ち上がるのかと思ったが、身体は椅子に座ったままだ。
そのうち美女の唇が薄く開き、熱っぽい吐息が洩れ出てきた。
早速、効果が出てきたらしい。
黄瀬はちらりと黒崎を見た。
若い依頼人は、面白くもなさそうに生贄の女を見ていた。
肩をすくめながら黄瀬は思った。
こいつさえいなければ、この女が妄想に浸っているその時に犯してやるのに。
* - * - * - * - * - * - * - * - *
現実世界のふたりの男がそれぞれの思惑で武緒を観察していた時、プログラムとデータの作り
出す夢幻の世界の武緒は、仮想現実の男たちに凌辱を受けていた。
「あ、ああ、いやっ……」
何もない世界で人影を見つけた武緒は大急ぎで走っていった。
しかし、ようやく会えたふたりの男は無言で武緒を押し倒したのだ。
何が何だかわからなかった。
何もなかったのに、いつのまにか大きなダブルベッドがあった。
そこに押しつけられたかと思うと、いきなり着衣を破り捨てられたのだ。
もちろん武緒は武道者である。
そこらの警官やチンピラなら造作もなく投げ飛ばす実力がある。
なのにこの男たちにはまるで通用せず、あっというまに押さえ込まれてしまった。
武緒は知らなかったが、この仮想世界では現実での能力など無意味である。
願望を叶えることは出来るが、能力を遺憾なく発揮することは出来ない。
武緒の脳髄に送信されたデータと命令は、様々な女のオルガスムスデータであり、セックスの
技法であり、責めなのだ。
そこに、武緒の深層心理から、普段は隠されている欲望が炙り出される。
「いや、縛られるのは……」
声に力がなかった。
ふたりの男は手際よく分担し、武緒のしなやかな裸身にひしひしと縄をかけていった。
黄瀬はそんなデータは入れていないから、これは武緒の隠された願望かも知れない。
普段強気で、男顔負けの実力を誇る優秀な婦人警官。
出来の悪い部下たちを指導し、苦情を処理する。
後藤隊長と部下の板挟みである。
ストレスも溜まっているだろう。
裏を返せばこういう欲求があってもおかしくはなかった。
縛られてしまえば、もう何も出来ない。
しないでいい。
そういう心理が見え隠れしていた。
高小手に縛りあげた縄尻を美しい乳房の上下にきっちり巻き付けられた。
腋に通ったロープで乳房の裾野をぐっと絞り上げる。
「くっ……きつい……苦しいわ……」
ゆるみのないようきっちりと縛り上げられ、武緒は息をするのも苦しい。
虐められたいという淫らな欲望を象徴しているかのようだ。
(ああ、こんな……おっぱいが根元で絞られてる……)
若い同僚の泉巡査が惚れ惚れするほどの綺麗なバストが醜く歪められていた。
それすら今の武緒には興奮の元となっていた。
これからどんなひどいことを乳房に、いやこの身体にされるのかと思うと、不安と微かな期待
が渦巻いてくる。
「ああ……」
ひとりがのしかかり、その乳房を舐め始めた。
もうひとりは武緒の腿を抱え込んで股間を舐めている。
見知らぬ男に嬲られる汚辱と屈辱に、武緒は顔を振って叫んだ。
「も、もうやめてっ! こんなこと許さないわ、私は警官なのよ!」
乳房を揉んでいた中年男が、「それがどうした」と言いたげに武緒の顔を見た。
その顔を見て武緒は「ひっ」と息を飲んだ。
知っている顔だ。
「あ、あなた……矢作誠吾……さん?」
「ああ、そうだよ」
呆然としている武緒に、矢作はにやっと嗤って答えた。
俳優の矢作誠吾に間違いなかった。
40代後半くらいの中堅俳優で、渋い大人の男を演じるのを得意としている。
刑事ものが十八番で、武緒もそれでファンになったのである。
胸を嬲られているのも忘れ、唖然としている武緒に矢作が言った。
「驚いたか? 俺だけじゃない、あんたのオマンコ舐めてるやつも見てみな」
「え……」
寝そべった美女の上から矢作がどくと、腿を持ち上げていた男が武緒の股間から顔を出した。
あまりのことに武緒は声もなかった。
「安部俊明さん……」
これも俳優の安部俊明だ。
30歳になったばかりで、モデル上がりである。
矢作と違って大した演技力もないが、スラッとした長身と甘いマスク、意外に筋肉質の肉体で、
それなりに女性ファンを抱えている男だ。
「な、なんで……」
目が零れそうなくらいに見開いてふたりの男を見つめている武緒を、面白そうに見ていた矢作が
言った。
「なんでってことはないだろう。これがあんたの欲望なんだ」
「私の……?」
「そうさ。あんた、俺たちをオカズにしてオナニーしてただろう?」
「!!」
事実だった。
毎日ではないが、もやもやする時とか精神的に疲労していた時になど、自慰することはあった。
武緒とて健康な女性なのだから、性欲があって当然である。
ましてリチャード王と別れて以来、男に抱かれたことはない。
欲望処理にはマスターベーションしかないのである。
それほど淫らな質ではないからサッと済ませることが多かったが、夢想する相手は憧れていた
矢作であり、見た目だけとはいえ美男子の安部だったのである。
「これは夢の世界だよ、現実じゃない。だったら、あんたも愉しめばいいさ」
「そんな、いやっ」
武緒は改めて抗ったが、どうにもならなかった。
舐め回されて、矢作の唾液でテラテラと淫らに濡れ光っている乳房を掴まれると吐息が出た。
抵抗できない。
心理的に拘束されてしまっているかのようだ。
矢作は柔肉をぎゅっと掴むと、もうすっかり尖っている乳首を指でコリコリしてきた。
「んんっ、く……」
鼻に掛かるような声を出して、武緒は堪えた。
強く乳房を掴まれて、頂点の乳首に歯を立てられる。
そのたびに小さいが確かな愉悦が武緒を襲い、短い喘ぎを洩らし始めた。
硬く勃起した乳首をちゅううっと吸われ、整った形状のバストを形が変わるほど乱暴にこね回
された。
吸い上げた乳首の根元をカリッと噛んでやると、武緒はビクンと仰け反り、胸を矢作に突きだ
した。
「うああっ……ああ……くっ……はあう……んんっ……あっ……」
中年男は巧みに美女の胸を責め抜く。
歯で囓ったかと思うと、舌でねっとりと乳首をめり込ませるように押しつける。
乳輪をなぞるように舌を這わせ、唾液を塗りたくっていった。
敏感な乳首を執拗に責められ、武緒は何度も首を左右に打ち振った。
「ああっ……ああっ……あう、あうう……」
綺麗な富士額は早くもねとねとした脂汗にまみれ、武緒の前髪が張り付いている。
矢作はなおも胸を揉み込んできた。
わしわしと大きく揉みほぐしたり、左右の胸を思い切り寄せ合って谷間を作り、その間を舌で
舐め回したりする。
すっかり男の愛撫に魅了された乳房は、乳首だけでなく乳輪までぷくりと盛り上がり、さらに
感じやすくなっていた。
全身に拡がっていく悦楽に美女は戸惑った。
堪えようがなくなっているのだ。
おかしい。
確かに我ながら感じやすい質だと思ってはいたが、こうもあっさり崩れ、乱れるというのは変だ。
ここに黒崎らの装置の絡繰りがある。
脳内にあるA−10と呼称される神経にはドーパミンが流れている。
このドーパミンとは人間の恋愛感情に多大な影響を及ぼしていると考えられている。
もちろん性愛にも大いに関係している。
神経繊維が収束した一本ずつぞれぞれにドーパミンが通っているのである。
神経とは、細胞同士をつなぐコードのようなもので、ここに信号が伝えられる。
流れてきたドーパミンは殻に包まれており、外部からの刺激で弾け、中身が放出される仕組みに
なっている。
そのドーパミンを受け止めた細胞が興奮症状を示し、脳に快感の感覚を発生させることになるのだ。
突き詰めて言うと、快感とは、A−10神経から周囲の細胞にドーパミンが放出され、その時に
発生する興奮が生み出す現象と捉えることが出来る。
いわゆる媚薬というのは、膣やペニスなどの性器に直接作用するものを除けば、ドーパミンを
発生しやすくするクスリということが出来るだろう。
アッパー系の麻薬が使われるのも道理なのだ。
黄瀬らが開発したこのシステムは、薬剤を使用せず、直接、脳内のA−10神経に働きかけ、
ドーパミンを放出させることが出来る画期的なものなのである。
医療法に抵触する可能性はまだあるが、少なくとも薬物取締法には触れない。
売春とも言い切れない。
新たな法的規制が出来るまでは違法行為とは呼べないものになる。
武緒はその淫らなシステムに取り込まれてしまっていた。
彼女は鋭敏な性神経を直に炙られ、揉み抜かれているようなものなのだ。
ムリヤリ脳に快感を送り込まれ、強制的に快楽を味わわされているのである。
「あ、あ、そんな、あうう……あっ……いや、あああ……」
武緒は矢作に胸をこねくり回され、舐められているだけでなく、股間も安部に舌責めされていた。
安部は武緒の左足首を掴んで上で持ち上げ、左の膝を押さえて彼女の股間が裂けそうなほどに
開脚させていた。
安部の熱い唇が内腿に吸い付くと、武緒は甲高い悲鳴を上げた。
その悲鳴もすぐに喘ぎに飲み込まれてしまう。
美女の股間はすっかり濡れそぼち、肉の割れ目は口を開いて生々しいほどに剥き出ている。
ピンと立った肉芽は半ば顔を出し、アヌスまでがひくついていた。
「ひぃぃっ……あ、あは……あ、ううんっ……あ、ああ……あひっ……」
男の大きな口が武緒の秘部を吸い付くと、つんざくような悲鳴を出して大きく仰け反った。
漏れ出る恥ずかしい蜜をズルズルと啜られ、ざらついた舌で肉襞の中にまで侵入される。
肉の裂け目に舌を入れられ、左右の襞を上から下まで執拗に舐められると、武緒はわななき、
呻き、身悶えた。
上は上で、中年男がしつこいほどに胸を揉みしだいている。
武緒は全身がカァッと燃え上がるのを実感した。
堪えても堪えても、身体の奥から熱く淫らな感覚がわき起こり、この知性的な婦人警官を追い
込んでいく。
安部は巧みに舌を使い分けていた。
どろどろに唾液で濡らしてぬるぬるした舌で舐めたり、逆にからからにさせてザラザラした状態
にしたもので、擦り上げるように舐め上げた。
がさついた舌で敏感なクリトリスが赤く腫れ上がるまで舐められると、今度はぬるぬるした舌で
こねくり回される。
もう武緒のクリットはすっかり包皮が剥け、その恥ずかしい姿を現していた。
安部は、秘肉からの露が滴り、その蜜で濡れ切っている肛門にまで指を出してきた。
最初は穴をこそげるようにじわじわと揉み込み、武緒から嫌悪の声を出させる。
それでも念入りに嬲り続け、舌や唇も使って排泄器官を責めた。
いつしかそこもぬめり始め、ひくついてくる。
するともう指の第一関節くらいまではあっさりと受け入れるようになってきていた。
指を入れ、くるくると回転させると、武緒の声は嫌悪から甘ったるい切なげなものへと変化し
ていく。
安部がわざと呆れたように言った。
「この婦警さん、本当に好き者だねえ。いくら啜ってやってもどんどん溢れてくるぜ」
「いや、言わないで、ああっ!」
そんなことは言われないでもわかっていた。
矢作におっぱいを揉まれるたびに、そして安部に膣を嬲られるたびに、ジンジンと痺れるような
快感が走り抜け、膣の奥から次々にあふれ出してしまうのだ。
武緒自身では止めようがなかった。
安部の舌で蜜を舐め取られる感覚がたまらなかった。
ジクジクと湧いてくる愛液を舌でこそぎとられると、思わず腰を浮かして男の口へ押しつけて
しまう。
「あっ……あああっ……!」
武緒の喘ぎと身悶えが切羽詰まってきた。
矢作が揉む乳房もしこり、乳首が痛いほどに立っている。
安部が責め抜く媚肉もひくひくと痙攣し始めていた。
いきそうなのかも知れない。
安部と矢作はニタッと嗤って顔を見合わせると、性技に長けた手を美女の裸身から離した。
「……え……」
武緒は虚ろな目で、意外そうにふたりの凌辱者を見た。
焦点が合って男の姿がはっきり見えてくると、今度は喉の奥が「ひっ」と鳴った。
憧れていた俳優たちは、醜いが恐ろしいほどに力強いものを股間に屹立させていたのだ。
(ほ、本当に……本当に犯されるの……? これは夢? 現実?)
武緒も性夢を見たことがないわけではないが、これほど生々しいのは初めてだ。
いや、胸や媚肉を愛撫された快感は、まさに実感として感じ取っていた。
夢ではない。
改めて武緒は狼狽し、身を捩った。
きつく縛り上げられた乳房が弾け出てぷるぷると震えている。
「いっ、いやあ!」
女の抵抗をむしろ愉しむかのように、まずは矢作はのしかかった。
男の熱いものが媚肉に押し当てられ、武緒が身が竦んだ。
火が着くほどに熱く、そして硬かった。
貫かれることを恐れているのに、それでいて武緒のそこはねっとりと濡れている。
いやいやと腰を振ろうとする武緒を押さえ込み、矢作はその中に割り入っていった。
太い亀頭部が通る時こそ少しきつかったが、あとはぬるっとばかりに膣内に飲み込まれていた。
武緒は目をいっぱいに開き、口も大きく開けてあうあうと呻いた。
「あ……ああ、うあああっ……あ、あああ……んん、きつい……」
武緒はその太さに目を剥いた。
こんな大きなものを入れられたことはない。
もっとも、それがこの美女の隠された欲求でもあった。
潜在意識として、きつく責められたい、少しきついくらいのものを挿入されたいという、一種
被虐願望のようなものがあったのだろう。
背を反らせて耐えているが、腰は矢作に突きだしていた。
臨戦態勢だった武緒の媚肉は、男のペニスをすっかり包み込んでいる。
矢作は、挿入された肉棒の大きさに戸惑っている美女を見下ろし、攻勢に出た。
「ああっ、あっ……あはっ、うあっ、くあっ、ああっ、あっ、んあっ……」
早くも収縮し出した膣を擦り上げて、隆々とした肉棒が出入りを繰り返す。
矢作は重く、力強く腰を打ち込んでいった。
加速度的に官能に囚われていく美貌を見ながら、男はさらに奥へと押し込んだ。
「うああ……ふ、深いわ、ああ……んんっ、か、硬くて、ああ、痛い……あっ」
武緒のとろけるような喘ぎに応え、矢作は肉棒を操って最奥を責めた。
ペニスの先端に接触している子宮口付近をなぞり上げるような動きを見せると、美しい婦警の
反応が一段と激しくなる。
「ああ、だめっ……そ、それは、あああっ……い、いはあっ、ああっ!」
形の良い唇から熱い吐息と上擦ったような喘ぎ声がこぼれた。
武緒は、羞恥も屈辱も薄れつつあることにぼんやりと気づいていた。
現実世界にいる時よりのそれより遙かに希薄だった。
汚辱を感じることよりも、素直に快楽を受け止める方が自然に思えた。
ことさら子宮が感じると見た矢作は、大きな律動で肉棒を叩き込み、奥の方を責めた。
腰を回転させ、膣口付近の襞を擦りつけ、膣内部をカリ部分で抉ってやる。
たまらず武緒はひぃひぃとよがってきた。
「ああっ……あ、ああ、いっ……す、すご……あああっ……」
40過ぎとは思えない腰使いだった。
まるで機械のように正確に武緒の膣を蹂躙している。
しなやかな武緒の裸身がうねり、反り返る。
知的な美貌が快楽と苦悩で歪み、さらに男をそそり上げる。
我慢できないとでもいうように、武緒の腰が動き出した。
男の腰と重なり密着し、濡れた陰毛同士が絡み合ってぬちゃぬちゃと卑猥な音を立てる。
そこはもう武緒が零す愛蜜でぐしょぐしょになっていた。
武緒が腰を使い出したのを知り、矢作はストロークの速度を落とした。
その代わり、出来るだけ大きなグラインドにしている。
長いペニスが抜ける寸前まで引き抜き、抜くときの倍する速度で思い切り深く貫いた。
女の腰はそれに合わせて蠢いている。
矢作が抜く時は腰を下げ、突き込まれる時は腰を浮かせて受け入れた。
そうすることで、もっと深いところまで導いているのだ。
男女の腰がぶつかり、汗と淫蜜が飛び散る。
「ああっ、ああっ……あひっ……うはあっ……あ、い……も、もうっ」
両者が盛んに腰を使い、大きなベッドがギシギシと激しく軋む。
男も興奮してきたのか、ゆっくりとしていた律動がどんどんと速くなっていく。
ピストンが速くなってくると、武緒はもう満足に呼吸も出来なくなる。
汗まみれの肢体をくねらせ、髪を振り乱して首を左右に振りたくり、喘ぎ悶えた。
「くっ……」
矢作の方も余裕がなくなってきた。
突き込んでいる武緒の膣の中は、人の体温を遙かに凌駕しているような感じだ。
きゅうきゅうと締めつけ、盛んに射精を促す襞の感触も素晴らしかった。
男の沽券を懸けて、矢作は腰を打ち込み続けた。
ずんずんと深くまで突き込み、何度も子宮口を叩いてやった。
「んああっ、うああっ……は、激しいっ……あ、いやあ、もうっ……あ、もうっ」
武緒は身も心もぐずぐずにとろけるような快楽に飲み込まれ、ひっきりなしに嬌声を上げていた。
白かった全身は、ピンクというより赤みがかるほどに上気している。
男は、子宮まで貫こうとでもいうように突き込み続けた。
武緒の声が1オクターブ高くなった。
もう限界なのだろう。
素足の爪先もぐぐっと内側にかがまった。
「ひっ、ひっ……も、もう……もうだめえっっ!!」
最大の締めつけが矢作を襲った。
武緒の腰の下に手を回し、思い切り腰を押しつけて、肉棒の先が子宮口にくっついたことを
確認すると、男は一気に射精した。
「うっはああああっっ……!!」
武緒は大きく肢体を弓なりに仰け反らせ、びくびくっと大きく痙攣させた。
胎内に粘っこい白濁を噴き出され、武緒はぶるるっと腰を振るわせた。
射精の発作のたびに気をやっていた。
間歇的な射精が終えても、なおも搾り取ろうとでもいうように、膣襞は貪欲にペニスを締めて
いた。
(ああ、そんな……い、いっちゃった……)
ひさしぶりに味わう、凄まじいの絶頂だった。
初めての男にレイプされて、ここまで激しくいかされるなど、武緒には信じられなかった。
矢作が肉の凶器を抜き去ると、今度は安部が迫ってきていた。
武緒は夢見心地……悪夢の境涯でそれを見ていた。
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