カーテンのわずかな隙間から部屋に射し込む陽(ひ)の光で女は目を覚ますと、
まだ隣でまどろみから醒めぬ男を起こさぬようにそっとベッドから抜け出し、
新しいショーツとブラを手にして浴室へと向かった。
バルブを捻って水温を調節し、降り注ぐ心地よい水滴に汗ばんだ身体を晒せば
昨夜の出来事がありありと脳裏に蘇ってくる。

「ぼ、僕と結婚してください」

デート後の食事を終え、車内で軽いキスを交わした直後のことだった。

「絶対に、絶対に幸せにしみせてます」

ただこれだけ。心とろかすような甘い囁きも、ぐっと胸を打つ感動的なセリフも
なにひとつない、だが彼の真摯な思いの伝わる真剣なプロポーズだった。
そして・・・・ 女はそれを受け入れた。その後自ら男を自宅へと誘い、
二人は初めて身体を重ね、愛を交わしたのだ。

シャワーを止めて浴室から出ると、新しいショーツとブラを身に着けて足早に
キッチンへと向かった。
身体が水分を欲していた。冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出し、グラスに注いで
立て続けに二杯一気に飲み干す。
喉奥を流れ落ちていく冷たい感覚が心地よい。まるで乾いたスポンジが水を
吸収するように身体中の隅々まで水分がいきわたっていく。

「ふう・・・」

一息つくと、別のグラスに麦茶を注いで氷のかけらを浮かべ、寝室へと戻った。

「ううっん」

ベッドの上の男が寝返りを打ち、その拍子に毛布がずれて背中が露わになった。
そこにくっきりと残された赤い爪痕と引っ掻き傷。それは昨夜の行為の激しさを
物語る何よりの証(あかし)。
思わず女――佐藤美和子――は顔を赤らめ、男――高木渉――の背中を見つめた。

「(それにしても・・・・)」

高木のセックスには正直驚かされた。普段はやや優柔不断で多少頼りないところが
あるのだが、ベッドの中の彼はまるで別人だった。いや、ベッドインして美和子の
服を脱がすまでの手つきはたどたどしく、いかにも頼りなげだったのだが、
いったん事が始まってしまえばそれは一変した。
それはよく言えば大胆剛毅、悪く言えばかなり乱暴で荒々しいセックスだった。
いや、それは荒々しいというよりむしろ暴力的とさえいえるほど猛々しいもので、
美和子はまるで高木にレイプされているかのような錯覚すら覚えたほどだ。
だがそれは決して嫌なものではなかった。むしろ逆にその被虐的感覚が彼女の官能を
より刺激し、自分でも驚くほどのあられもない嬌声を上げて艶っぽく喘ぎ、嬉々として
腰を使って彼を受け入れ、最高の歓喜と絶頂の中で彼に刺し貫かれていた。
――男にはレイプ願望が、女には被レイプ願望がある
あるベテラン刑事の言葉がふと脳裏をよぎった。
もちろん美和子は今までそんな戯言は信じていなかった。それは単なる神話、
男の都合のいい言い訳に過ぎないのだ。たとえ相手が誰であろうと好き好んで
レイプなどされたがる女がいるものか。
だが高木と営みの最中、レイプとさえ錯覚させるような彼の猛々しいセックスに、
彼になら犯されてもかまわない、いや滅茶苦茶に犯してほしいという自らの秘めやかな
願望の発露に気づいて愕然とした。
普段の彼からは想像できないような激しいセックス。だが、あの都民一千万人質事件の
時のような、ここぞという場面でみせる彼の決断力・行動力を考えれば、むしろこの
セックスこそが彼の本性の部分を体現しているのかもしれない。
そして・・・・ 間違いなく高木とのセックスの相性は悪くない。

「ううっん」

再び高木が寝返りを打ってこちらに顔を向けた。美和子は悪戯っぽい笑みを浮かべて
ベッドに近づき、手にしたコップを高木の頬に押し付けた。

「ひゃっ!」

高木がびくんと反り返るようにして飛び起きた。

「おはよう、高木君」
「あっ・・・・ 佐、佐藤さん。おはようございます」

普段の高木に戻っていた。昨夜の行為の最中、高木は美和子を呼び捨てに
することすらあったのだ。

「はい、これ。喉が渇いたでしょ」

麦茶の入ったグラスを渡す。

「あっ、すみません」

高木は一気にそれを飲み干し、大きく息をついた。
美和子は空になったグラスを受け取って傾け、訊いた。

「どう?」
美和子はお代わりのことを訊いたつもりだったが、高木は何を勘違いしたのか、
一瞬黙り込み、そして言った。

「そ、その・・・・ 佐・・・・ 美、美和子さん・・・・ と、とてもよかったです。
ものすごく」

美和子の顔がたちまち羞恥に赤く染まった。

「ばかっ! 言ってる意味が違うわよっ! 麦茶のお代わりはってこと!」
「ああっ! すみません。お願いします」
「全くもう・・・・」


────────────────

部屋を出て行く美和子の後姿を眺めながら、高木は昨夜の行為を反芻していた。
目を瞑れば、まぶたに焼きついた美和子の裸身がありありと浮かんでくる。
優美な曲線で描かれたしなやかな女性らしいボディライン。
若々しい弾力を持ったしっとりと滑らかで肌理の細かい白い柔肌。
瑞々しく張り切って先端を尖らせた豊かで艶然たるフォルムのバスト。
そのバストとは対照的に一片の贅肉もないぐっと引き締まったウエストライン。
美しい肉の隆起が二つに割れて、その合間に美しく深い溝をなしているヒップ。
さらにそこから惚れ惚れするような美脚が伸び、きゅっと引き締まった足首へと
繋がっている。
部分部分がそれぞれの個性を強烈に主張しつつもバランスを失わず、全体として
見事な調和をなしているまさしく非の付け所がない美しい裸身だった。
そして熱く滾った自らの分身を咥え込んだ美和子の蜜壷の温もり、潤み、締め付けは・・・・
さっきの言葉は嘘ではない。
そんな魅惑的な美和子の身体を思う存分味わった。我を忘れるほど惑溺し、熱く激しく
貪りつくした。そして美和子も普段の沈着冷静な彼女からは到底想像できないほど
おおいに乱れて十分に自分に応えてくれ、最高の陶酔と歓喜の中で彼女を自分のものに
することができた。
さすがに美和子は処女ではなかった。自分が捜査一課に配属されて以来、彼女に男の影を
感じたことはなかったが、彼女ほど魅力的な女性がいままで異性と付き合いがなかった
などとは考えられないし、また28歳の女性ならば男性経験がある方がむしろ自然だ。
それに自分も10代のケツの青い若造ではないのだ、そんなことにこだわるほど野暮ではない。
だがそれでも自分より先に美和子を一糸纏わぬ姿に剥き、その裸身を目に焼きつけ、
身体の隅々までをくまなく愛撫し、あの妖艶な喘ぎ声と嬌声の中で彼女を刺し貫いた男が
いたのかと思うと、その名も知らぬ男に何とも言いようのない嫉妬を覚えてしまう。
部屋の扉が開き、美和子が部屋に戻ってきた。

「はい、高木君」

笑顔で差し出された麦茶を一気に飲み干すと、美和子をまっすぐ見つめて再確認した。

「美、美和子さん、僕と結婚してくれますよね」

美和子は笑顔から一転真剣な表情に戻って答えた。

「ええ。でも、一つだけ条件があるの」
「じょ、条件? な、何ですか? う、浮気なんて絶対にしません。それに・・・・」
「そうじゃないわ。もちろん浮気なんて許さない。でもそれよりもっと大事なことよ」
「それより大事なことって・・・・ 何なんですか?」

美和子は一瞬目を伏せ、すぐに顔を上げた。

「一日・・・・ ううん、一分でも一秒でもいい、私より長生きして。私もう・・・・」

美和子はそこで声を途切らせた。
父親、小学生の時の体育の先生、野球部の先輩、そして松田陣平刑事・・・・
自分が大切に思っていた人はみんな美和子の前からいなくなってしまうのだ。
もうそんな悲しい思いは二度としたくない。

「美和子さん・・・・」

高木を美和子をぐっと抱き寄せた。

「もちろんです。美和子さんを一人きりにするなんてことは絶対にしません」
「ありがとう、高木君」

二人の視線が絡み合い、自然と唇が重なった。
甘く蕩けるような美和子の唇を貪る高木。さっきのつまらない嫉妬などどこかへ
消し飛んでいた。
美和子は自分の妻となるのだ。これからその美しい裸身を開き、愛撫し、貪り、
そして・・・・ その身を貫けるのはこの自分、高木渉だけなのだ。

「美、美和子さんっ!」

高木は体を入れ替えて、美和子をベッドに押し倒した。

「あっ! ちょ、ちょっと高木君。だめよっ! 時間が・・・・」

高木はベッドサイドの時計に目をやった。確かにぎりぎりだ。だが、もう止まらない。

「大丈夫、もう一度くらい時間があります!」
「で、でも私もうシャワー浴びちゃったし、下着も着替えたのに」
「関係ないですっ!」

高木の手が美和子のブラジャーをなぎ払うように強引に毟り取り、露わになった乳房に
むしゃぶりついた。

「あうっ! だっ、だめっ・・・・ 高木君っ!」
「だめじゃない!」

高木は自らの胸を押し返そうとする美和子の手を自らの分身へと導き、握らせた。

「あっ・・・・」

その硬さと熱い拍動に美和子の瞳が一瞬大きく見開き、すぐにとろんと潤んだ。

「いいですね、美和子さん」

高木は美和子のショーツに手を掛け、一気に引き摺り下ろし抜き取った。

「あああっ・・・・ だ・・・・ だめだったら・・・・ 高木君っ」

否定の言葉とは裏腹に美和子は完全にされるがままだ。普段の生活とは裏腹に
いまやベッドでの主導権は完全に高木が握っていた。

「美和子さん、愛しています」

優しい言葉とは裏腹の荒々しい愛撫が美和子をたちまちのうちに高みへと連れて行く。

「美和子さん、美和子さん、美和子さん!」
「あうっ・・・・ あっあっあっ・・・・ ああんっ! たっ・・・・ 高木君!」

ベッドが激しく軋み、高木の激しい息遣いと美和子の艶っぽい喘ぎ声が交錯した。
そして・・・・

「うおぉぉぉぉぉ!」

高木は獣のような咆哮とともに美和子を一気に刺し貫いていた。



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