3日後の夜。

「美味しい・・・・」

レアに焼かれたヒレ肉のステーキを口に運んで噛みしめた瞬間、その蕩けるような
柔らかい食感と滲み出す肉汁の極上の甘みに、小林澄子が思わず感嘆の声を漏らして
顔を上げると、白鳥任三郎の優しい笑みに迎えられた。

「お口にあったなら、よかったです」

ここは米花ロイヤルホテルの展望ラウンジに出店しているフランス料理店
「ザ・ガーディアン」。
都内屈指の高級店として知られ、今年の『ミシュラン東京版』でも三つ星を得て、
今や東京で最も予約の取りにくい店として有名である。
そんな料理もサービスも、そして値段も超一流の高級レストランに招待され、
澄子は自身の26回目のバースデーディナーを白鳥とともに味わっていた。
もちろん澄子はこんな高級レストランは初体験だが、白鳥はどうやら常連らしく、
先ほども高校の先輩だというオーナーシェフと親しげに雑談を交わしていた。

「小林先・・・・ いや、澄子さん、お酒はワインでよろしいですか?」
「あっ、はい、かまいません」
「何おか好きな銘柄がありますか。ここはワインのストックも大したものですから、
たいていのものはそろいますよ」
「えっ、いや特には・・・・ 白鳥さんにお任せします」
「分かりました」

白鳥は指を鳴らしてソムリエを呼ぶと、手際よく料理に合ったワインを選び、
ソムリエが引き下がると澄子に視線を向けた。

「そのドレス、着てきてくださったんですね。とてもよくお似合いですよ」
「あ、ありがとうございます」

澄子は今夜の晩餐のために白鳥からプレゼントされたドレスに目を落とした。
そして出かける前に同じマンションの一室をルームシェアしている同僚の
日野正美とかわした会話を思い出して思わず顔を赤らめた。


──ええっ! 「ガーディアン」って・・・・ あんな超高級レストランで
  バースデーディナーって本当なの?
正美が素っ頓狂な声を上げた。
──うん、まあね。
──いいな、いいな。あそこは昼のランチでも3万以上、夜のディナーならそれこそ
  10万はくだらないわよ。まあ相手はあの白鳥グループ会長の三男坊なんだから、
  そのくらいは痛くもかゆくもないのかもしれないけど、羨ましいなあ・・・・
  それにしても澄子、もう完全に玉の輿ロードに乗ったって感じじゃない。
──ええっ! 玉の輿って・・・・ まだそんなこと分からないわよ。
──またまたあ。そういえば「ガーディアン」って、確かドレスコードがあったわよね。
  何を着ていくつもりなの?
そこで澄子が少し言いよどんだ。
──それが・・・・ その着ていくドレスも白鳥さんがプレゼントしてくれたの。
──ええっ、本当? ちょっと見せてよ、見せて。
澄子はクローゼットからそのドレスを取り出した。デザインこそ肌の露出の少ない
控えめなものだったが、ライトブルーの品のいいドレスで、素人目にもかなりの
高級品であることは一目瞭然だ。
──うわっ、いいドレスねえ・・・ こんなものまでプレゼントしてくれるなんて、
  もう彼は澄子にめろめろじゃないの。
正美がそこで一拍おくと、探るような視線を澄子に向けた。
──ところで澄子、ちょっと聞きたいんだけど。
──何?
──その彼とはもう寝たの?
──ええっ! そ、それは・・・・
真っ赤になってうつむく澄子。
──その様子じゃまだみたいね。それなら今夜は覚悟しておいた方がいいわよ。
正美がしたり顔で思わせぶりに言い、意味深な笑みを浮かべた。
──覚悟ってどういう意味よ。
──何言ってるのよ、澄子。男が女に服をプレゼントしてこんな高級レストランでの
  食事に誘うってことは、当然後でその服を脱がせる下心があるからに決まってる
  じゃないの。それも誕生日なんてアニバーサリーなんだから、これはもうベッド
  インコースで100%決まりよ。
──そ、そんなこと・・・・
──明日は学校も創立記念日でお休みだし、今夜はその彼氏と熱ーい夜を思いっきり
  楽しんできなさい。何だったら今夜は帰ってこなくてもいいからね。
──なっ・・・・ 何言ってるのよ、もうっ!
──それにしてもいいなあ澄子は。あたしも早いとこ金持ちのいい男を捕まえなくちゃ。


白鳥とは何度かデートは重ねたがいまだキスどまりの関係で男女の仲には至っていない。
だが正美に言われるまでもなく、今夜は自分でも特別な一夜になりそうな予感がしていた。
もし今夜、本当に白鳥に求められたとしたら、それに応じる覚悟はしてきていた。
いや、むしろ本心では自分でもそれを望んでいるのかもしれない。

そんな気持ちを知ってか知らずか、白鳥が澄子の顔をじっと見つめ、やや意外そうに言った。
「澄子さん、今日は眼鏡ではないんですね」
「あっ、はい。出がけについうっかり踏みつけて壊してしまったんです。
本当に私ったらそそっかしくて」
最初は予備の眼鏡をかけてくるつもりだったのだが、出がけ直前に正美に止められ、
絶対にコンタクトの方がいいと勧められたのだ。

──澄子は眼鏡にするとちょっと地味になっちゃうのよね。アンタは素がいいんだから
  コンタクトした方が絶対に綺麗に見えるって。

澄子にしても白鳥の前では少しでも自分を綺麗に見せたいと思うのは当然の女心だ。
それで正美の助言に従うことにしたのだ。

「でもやっぱりコンタクトは慣れてなくて・・・・ やっぱりおかしいですか?」

澄子が恐る恐る訊くと、白鳥はテーブルに肘をつき、顔の前で両手を組んで笑顔を見せた。

「いえそんなことはありません。澄子さんは眼鏡でもコンタクトでも十分魅力的ですよ」

こういうセリフをさらっと言ってしまえるところも育ちの良さなのだろう。

「そんな・・・・」

頬を染める澄子。だが白鳥の心中は複雑だった。
眼鏡からコンタクトに替えた澄子はまさしく佐藤美和子に瓜二つで、こうしてまじかで
よくよく見ても区別がつきにくいほどだ。
幼い頃、書店で万引き犯に絡まれているところを助け、そして自分が警察官になる
きっかけを作ってくれた初恋の少女。
白鳥は警視庁で美和子に出会って以来、ずっとその相手を彼女だと思い込んでアプローチを
かけてきたが、恋敵(ライバル)の高木渉に後れを取って歯がゆい思いをしてきた。
だがある事件をきっかけに、その相手が本当は澄子だと知って誤解は解け、改めて
彼女に告白して恋人関係にまでなったが、こうして美和子そっくりの容姿を見ると、
いやでも彼女のことを意識せざるをえなかった。
だが、そんな美和子も最近高木との婚約を発表した。
自分も澄子との関係にもう一歩踏み込んでもいい時期だろう。今夜は澄子と・・・

フルコースの料理の後に、白鳥が特別に頼んで作ってもらったシェフ特製の
バースデーケーキまで堪能して食後のコーヒーを啜っていた澄子に白鳥が訊いた。

「どうでしたか、今夜のディナーは? 澄子さんのお口に合いましたでしょうか?」
「それはもう本当においしくて・・・・ 私、こんなにおいしい料理をいただいたのは
初めてです。白鳥さん、ありがとうございました」
「いえいえ、澄子さんに喜んでもらえたのならよかったです」

そこへ2人の席にオーナーシェフが顔を見せ、澄子が改めて料理へのお礼と賞賛を
伝えると、シェフは深々と頭を下げて礼を述べ、そのあと白鳥と二言三言言葉を
交わしてまた奥へ引っ込んでいった。
そこで白鳥が澄子を振り返り、彼女に向けて切り出した。

「澄子さん、ちょっとよろしいですか」
「はい」

白鳥は一瞬言いよどんだが、決断したように切り出した。

「それで今夜これからなんですが・・・・」
「えっ?」

澄子の心臓がトクンと早打った。頬が赤らみ、鼓動が激しく高鳴り始めたのはワインの
酔いのせいだけではないだろう。
正面から澄子を見つめる彼の真摯な視線が彼女を射抜いた。

「澄子さん、実は今日、このホテルに部屋・・・・」

その時、白鳥の携帯電話が無粋な音を立てた。着信音で相手が誰だかわかったのだろう、
白鳥はその顔に緊張感を漂わせると、

「失礼します」

と一礼して、席を立った。
そしてしばらくして戻ってくると、澄子にすまなさそうに言った。

「申し訳ありません。急な用事ですぐに現場に出なくてはならなくなりました」
「現場って・・・・ もしかして何か事件ですか?」
「ええ、まあ。今タクシーを手配しましたので、申し訳ありませんが澄子さんは
それでご自宅にお戻り下さい」
「いえ、電車で帰りますのでタクシーなんて・・・・」
「いいんです。送ってさし上げられなくて申し訳ありません」
「そんなことは・・・・ お仕事ならしかたありません」
「ありがとうございます。それではお先に失礼します」
「あっ、待ってください。私も一緒に出ます」

2人が一緒にレストランを出ると、白鳥にはすぐに迎えの車がきてドアが開かれ、
千葉刑事が顔を覗かせた。

「白鳥さん」

千葉は白鳥の傍らに立っていた澄子を見て驚いた表情になった。

「ど、どうして佐藤さんが・・・・」

だがすぐに車に乗り込んできた白鳥が不機嫌そうに訂正した。

「違うよ。千葉君。小林先生だ」
「あっ、すみません」

勘違いに気づき、ばつが悪そうに恐縮する千葉。

「いいから早く車を出したまえ」
「わかりました」

白鳥は窓からもう一度顔を出すと、澄子に一礼した。

「最近は何かと物騒ですから、気を付けてお帰り下さい」
「はい、ありがとうございます。白鳥さんも気を付けてください。
それにあまり無理をなさらないでくださいね」
「分かっています」

白鳥は小さくうなずいて窓を閉め、千葉が車を発進させると同時に口を開いた。

「千葉君、それでその自分の家族を人質に自宅に立て籠もった男というのは本当に
例の少女連続誘拐事件の犯人なのかい?」
「いえ、本人はそう名乗っているらしいんですが、確証がとれたわけではありません。
それに年齢も50代前半と目撃されている犯人像にもあっていませんし、目暮警部は
かなり怪しいと睨んでいるようです」
「そうか・・・・」

白鳥は背もたれに身を預けると目をつぶった。
恐らく目暮の読み通り、誘拐事件とは関係ないのだろう。
この連続少女誘拐事件の捜査の進展状況ははかばかしくなく、美和子もそのことを
ずいぶんと気にしていた。
また今日のデート中にも澄子がやはりこの事件のことを心配していた。
彼女は誘拐対象年齢と同年代の小学校1年生の担任でもあるので、やはり他人事では
いられないのだろう。
捜査にあたっているのは同じ刑事部の誘拐事件を担当する特殊捜査班で、白鳥の所属する
強行班は直接関わっているわけではないが、もちろん彼も無関心ではいられない。

「(この事件もなんとか早く解決しなければ・・・・)」

その時、無線が入り千葉が応答すると、すぐに驚いた声をあげた。

「白鳥さん、立て籠もり犯はたった今投降して、身柄を確保されました。
人質になっていた家族にも一切怪我はないようです」


2人の乗った車が視界から消えるまで見送ると、澄子は緊張感から解放されて
一つ小さな息をつき、ようやく人心地がついた。
おそらくさっきの白鳥の言葉の続きは「部屋を取ってある」だったのだろう。
それはつまり白鳥が今夜、自分を抱く気でいたということであり、正美の予言は
ずばり的中だったということになる。それに自分もその覚悟を決めていただけに
ちょっと拍子抜けした感じになった。

「(白鳥さんが私を・・・・)」

白鳥にその身を許し、結ばれる。そこに思いが至った時、初めて澄子は白鳥との
結婚を強く意識し、正美の言葉が脳裏によみがえった。

「(玉の輿か・・・・)」

そして白鳥が呼んでくれたタクシーに乗り込み、自宅へと向かったのだった。


白鳥と澄子のバースデーディナーが佳境を迎えていた同じ時刻。
勝俣は木島と蜂須賀に美和子の拉致計画を言い含めていた。
当初は美和子の拉致は勝俣と園田が担当する予定で準備を進めていたのだが、
2人とも急な予定が入って不可能となり、木島と蜂須賀に任せることになったのだ。

「気を付けろよ。佐藤は腕も相当立つからな。油断するんじゃないぞ」
「分かってますって。俺だって多少空手をかじってたこともあるんだし大丈夫すっよ」

木島が腕に力瘤を作ってみせ、さらに続けた。

「それにこれもありますしね」

ポケットからスタンガンを取り出し、スイッチを入れるとバチバチと青白い火花を
散らして閃光が走った。
勝俣は小さくうなずくと、例の写真を渡し、美和子の家の住所を教えた。

「この近くで待ち伏せをしていろ。佐藤の車は赤のRX7、ナンバーは○○○だ。
じゃあ頼んだぞ。くれぐれも失敗するなよ。拉致に成功したらすぐに連絡をくれ」

                 ※

蜂須賀の運転で勝俣に指示された住所に向かう車内で、助手席の木島が写真を
眺めながらぽつりと言った。

「そういやあ、確かこの刑事さん、最近婚約したばかりだって勝俣さんが言ってたよな。
じゃあ、この写真に一緒に写っている男がその相手なのかな?」
「さあな、そうなんじゃねえか」

それほど気のなさそうな返事をする蜂須賀。
勝俣は園田には白鳥のことを話したが、木島と蜂須賀には特に聞かれなかったので
話していなかったのだ。
木島がもう一度まじまじと写真を見つめ、舌なめずりをしながら卑猥な笑みを浮かべた。

「それにしてもこの刑事さん、マジいい女だよな。これだけの上玉を今から好き放題に
犯りまくれるのかと思うとたまんねえな」
「ああ、たっぷりと可愛がってやろうぜ。俺はやっぱ・・・・」

蜂須賀が何か言いかけた時、突然木島が大声で叫んだ。

「おい、車を止めろ! 停めるんだっ! ハチっ!」

蜂須賀が慌てブレーキを踏んで停車させた。

「何だ、何だ、どうしたんだよ。目的地はまだ先だろ?」
「違う。あれを見てみろよ」

蜂須賀が木島が指差した方向に目を向けると、米花ロイヤルホテルから出てくる男女の
カップルが目に入った。

「あれがその女刑事さんじゃねえか?」
「あっ、ホントだ。それに写真の男と一緒だし、間違いねえな」
「どうする? 婚約者の目の前でマワスって計画だし、どうせならあの男も一緒に
拉致っちまうか」
「でもそれは予定に入ってないぜ」
「じゃあどうするんだよ」

互いに顔を見合わせ思案に暮れる木島と蜂須賀。だが2人が躊躇しているうちに、
男の方は迎えに来たらしい車に乗って立ち去ってしまい、やがて女もタクシーに乗りこみ、
男とは反対方向に車が走り始めた。
慌ててそのタクシーをつけ始める2人だが、すぐに蜂須賀が不審の声を上げた。

「おいおい、向かってる方向が女の住所と全然違うぞ。自宅に帰るんじゃないのかよ」
「そんなこと知るか。とりあえずこのままつけてあの女がタクシーを降りたら速攻で
拉致るぞ」
「分かってるって」

                  ※

澄子は自宅のマンションから200メートルほど離れた児童公園前でタクシーを降りた。
マンションのすぐ近くまで乗り付けることもできたが、酔いを醒ますために少し歩いて
帰ることにしたのだ。
昼間の賑わいが嘘のように人気が絶えひっそりとしている夜の公園を歩き始めた。

「(正美に何て言おうかな)」

彼女が今日のデートの顛末を興味津々で訊いてくることは明らかだった。
あの時、白鳥に急用の電話さえかかってこなかったら、今頃澄子はあのホテルの一室で、
彼に抱かれてめくるめくひと時を過ごしていただろう。
そのことに思い至って思わず澄子が頬を染めた時、背後から声がかかった。

「佐藤さんですね?」
「えっ?」

振り返ると、いつの間にか2人の若い男がすぐ背後に立っていた。
一人は中肉中背、もう一人は小太りの体型だが、ちょうど公園の外灯の逆光になっていて
表情はよくわからない。
澄子は思わず後じさりし、否定した。

「い、いえ、違います」

中肉中背の男が抑揚のない冷たい声で再度繰り返した。

「警視庁刑事部捜査課の佐藤美和子警部補なんですよね?」

澄子はそれで気が付いた。彼らは自分と佐藤刑事を取り違えているのだ。
確かに美和子と自分は驚くほどよく似ている、というよりそっくりだと言っていい。
白鳥はともかく、同じ捜査課の千葉刑事や美和子の親友だという交通課の婦警までもが
勘違いするくらいなのだ。だがどうしてこんな時刻、こんな場所で自分が彼女に
間違われるのだろう。

「だから違います。私は小林澄・・・・」

だが言葉は続かなかった。いきなり男の拳が彼女のみぞおちに突き刺さったからだ。

「うぐっ・・・・」

さらに崩れ落ちる澄子の首筋に押し当てられたスタンガン。
青白い閃光が闇夜にきらめきいた。

「(な、何でっ・・・・)」

そのまま意識を失って倒れ伏した澄子を、2人でかかえ上げて車に運び込むと、
木島がやや不満げな様子で言った。

「何だよ、腕が立つって聞いてたけど全然大したしたことねえじゃねえか。
刑事ならもっと抵抗してくれないと物足りないぜ」
「無茶言うなよ。いきなり鳩尾に一発入れられてスタンガンを押し付けられちゃあ、
誰だってそうなるだろ。だいたい楽に拉致できるならそれにこしたことはねえよ。
それに・・・・」

蜂須賀が言葉を切り、にやりと笑った。

「それに、何だよ?」
「抵抗はベッドの上でせいぜいしてくれればいいさ。そういう活きのいい女を素っ裸に
ひん剥いて犯るってのがレイプの一番の醍醐味なんだからな」

木島は苦笑し、携帯電話を取り出した。

「まあそれはそうかもしれねえな。とりあえず勝俣さんに連絡だ」


木島から連絡を受けた勝俣は西多摩市の郊外のあるテナントビルへと車を走らせていた。
そこには以前、泥山会が一フロア借り切って組事務所として使っていたのだが、
今は使われなくなって園田が管理だけを任されている。
もともとこの周辺は人家もまばらな未開発地域だったのだが、ある新興デベロッパーが
大規模な開発計画を進めて、宅地開発と商業施設の建設に着手した。
そしてそのテナントビルにも開発が進むにつれて他の店子がいつくか入居したのだが、
泥山会が事務所を設立すると自然と立ち退きはじめ、今は全てが空き室となっている。
さらに開発を手掛けたデベロッパーが不況のあおりを受けて倒産すると、開発計画自体も
頓挫して開発はストップし、今や周辺は半ばゴーストタウンと化して夜になるとほとんど
人気が絶えてしまう。
園田達3人はこれ幸いにここを彼らが重ねる性犯罪の拠点としており、今回の計画に
さいしても利用することになった。ここなら多少騒がれてもそれがほかに漏れる心配はなく、
凌辱の宴の舞台としては最適のロケーションといっていい。
勝俣は現場のビルに到着すると、車を目立たない位置に止めて降りた。
エレベータは動いていないために階段を上って監禁場所となっている3階の空室へと向かい、
その部屋の前で待っていた木島と蜂須賀にねぎらいの言葉をかけた。

「よくやってくれたな。佐藤はどこだ」
「奥の部屋に縛りあげて監禁しています」
「てこずったろ」
「いえ、そんなことはなかったけど・・・・」

2人はそこで言いよどんだ。

「けど、何だ?」

勝俣が不審気に訊くと、2人は顔を見合わせ、困惑した表情で言った。

「自分は佐藤美和子じゃないって言ってるんですよ」
「はあ?」
「教えられた住所に行く途中、あの写真の男と一緒にいるところを偶然見かけたんで
後をつけて拉致ったんですが、自分は佐藤美和子ではない、小林澄子という小学校の
教師だって言い張っているんです」
「何だそりゃ」

勝俣はドアを開いて中へと入り、さらに奥の部屋へと進んだ。
するとそこにいた日本手拭いで猿轡をされ、後ろ手縛りに拘束された女が顔を上げた。
端整な顔立ちに特徴的な大きな瞳、勝気そうな表情・・・・ 美和子本人に間違いない。

「久しぶりだな、佐藤。俺のことは覚えているよな」

勝俣が近づくと、女は大きく目を見開き首を振ってもがいた。

「騒ぐんじゃないぞ」

勝俣は女の首筋にナイフの刃先をあてがいながら猿轡を外し、もう一度言った。

「佐藤、ひさしぶりだな」

だが、予想に反して女が弱々しく懇願した。

「だから私は小林澄子。ただの小学校の教師です。信じてください」
「(違う・・・・)」

勝俣は大きく目を見張った。外見はどこからどう見ても美和子本人なのだが、
まず声が違うし、第一、あの気丈で男勝りの美和子が監禁されたくらいで、
こんなにも弱々しく助けを懇願するはずがない。
それでも信じられないといった口調で勝俣はもう一度聞いた。

「お前本当に、佐藤じゃないのか?」

女はこくりとうなずき、もう一度繰り返した。

「だから私は小林澄子。帝丹小学校の教師です。佐藤美和子さんとは確かに似てますけど、
全くの別人なんです。信じてくだ・・・・」

そこで勝俣が続きを遮った。

「ちょっと待て。『佐藤美和子』さんって・・・・ お前、佐藤のことを知っているのか」

澄子は一瞬沈黙し、そして口を開いた。

「ええ。以前ある殺人事件の目撃者になった時に警視庁でお会いしたことがあるんです」

本当はもっと複雑な事情があるが、そんなことをこの男に言ってもしかたがない。

「何だって・・・・」

驚愕した勝俣が例の写真を澄子の眼前に突きつけた。

「じゃあ、この男とはどういう関係だ。お前達は今夜一緒にいたんだろう?」
「し、白鳥さんは・・・・」

口ごもり顔を赤らめた澄子の様子を見れば、白鳥との関係は容易に想像できた。

「なるほどな、あんたは白鳥の女ってわけだ」

勝俣は立ち上がり、混乱した頭の中を整理するために大きく一つ息をついた。
白鳥が美和子に惚れていて、しきりにアプローチをかけていたのは知っていた。
その白鳥が今は美和子そっくりなこの女と付き合っているらしい。
そして最近、美和子は高木と婚約した。それを突き合わせれば・・・・
勝俣は残酷な笑みを浮かべ、澄子に言った。

「知ってるかい? 白鳥はあんたとそっくりな佐藤美和子っていう女刑事に
べた惚れだったんだよ。だけど、結局そいつは年下の男とできちまって最近婚約した。
つまりあいつは振られたってわけだ。それであきらめて佐藤にそっくりなあんたに
乗り換えたみたいだな。つまりアンタは佐藤の代用品・・・」
「違うわっ!」

今度は澄子が勝俣の言葉を遮って、強い口調で否定した。
確かに自分そっくりの美和子の容姿と、白鳥が美和子に熱を上げていたこと、
それに美和子が高木と付き合っていることを偶然聞いてしまったことから、
白鳥が自分に優しくしてくれるのは、この男の言う通り、自分が美和子の
代用品なのだからだと思って彼との間がぎくしゃくしたこともあった。
だが事実は違う。澄子は小学生の頃本屋で万引き犯を咎めて逆に絡まれた時、
白鳥によって助けられた。そしてそのお礼として紙で作った桜の花を渡したことが
彼を警察官の道へと歩ませるきっかけとなった白鳥の初恋の相手だったのだ。
その後白鳥は警視庁で美和子と出会い、澄子そっくりの容姿からすっかり自分の
初恋の相手が彼女だと思い込んでアプローチをかけていたのだが、
ある事件がきっかけとなって澄子こそ初恋の少女であることに気付いた。
そして澄子は白鳥から改めて告白されて今交際しているのだ。
だから自分は決して代用品なんかではない。
突然の強い口調に一瞬たじろいだ勝俣だったが、もう一度日本手拭を手に取って
腰を落とし、澄子がそれを見て再び懇願した。

「もう分かったじゃありませんか。私は佐藤刑事なんかじゃない。だからお願い、
解放してください」

勝俣は黙ったまま、じっと何かを考え込んでいる様子だ。

「あなたたちはいったい誰なんですか? どうして白鳥さんや佐藤刑事のことを
知っているの? それにどうして佐藤刑事を誘拐なんか・・・・」
「黙るんだな、先生」

そこで勝俣は再び澄子に猿轡をかませて立ち上がり、冷たい目で見おろし言い放った。

「残念だがアンタを帰すわけにはいかない。そんなに佐藤にそっくりだったことが
不運だったな。恨み言は今から連れてくる佐藤に言うんだな」

勝俣は部屋を大股で出ていき、澄子は再びがっくりとうなだれた。


部屋から出てきた勝俣に木島と蜂須賀が不安げに近寄ってきた。

「どうでした?」
「ああ、やっぱり別人だな」
「えっ! だってあんなそっくりだし、それに婚約者と一緒にいたのにどうして・・・・」

呆然とする2人に勝俣は苦笑しながら言った。

「ああ、そうか。園田には言っておいたが、お前らには言ってなかったな」
「へっ? 言ってなかったって何をですか」
「あの写真に写っている男は佐藤の婚約者じゃないんだよ」
「えっ!」

絶句する2人の肩をたたきながら勝俣は不敵な笑みを浮かべた。

「確かに別人ではあったけど、まあある意味好都合だったよ」

意味が分からず、顔を見合わせた2人に勝俣はにやりと笑った。

「詳しいことは後で話す。そんなことよりお前らはあの先生様をどうしたい?」

意味ありげに問う勝俣。まず木島が口を開いた。

「そりゃあ・・・・ あの先生もいい女だし、やっぱり犯っちまいたいよな」

蜂須賀もすかさずそれに乗り、ややおどけた調子で続けた。

「そうそう、犯れる女は多いほどいいよ。確かにあの先生様もなかなかいい女だし、
それに女教師なんてのは犯ってなんぼのキャラじゃんかよ。女教師凌辱はレイプの
定番中の定番だもんな」
「ハチ、それはお前、アダルトビデオの見すぎだっつうの」

木島が蜂須賀を茶化し、勝俣は大きくうなずいた。

「決まりだな。せっかくなんだ、あれだけそっくりな女刑事と女教師の身体を
味比べするってのも面白い趣向だろう」
「おおっ! 味比べってのはいいっすね」
「女刑事と女教師をダブル輪姦かあ・・・・ ホント楽しい一夜になりそうだな」

盛り上がる2人を横目で見ながら、勝俣は冷静にこれからのことを考えていた。
勝俣にとっても澄子の一件は全くの想定外の事態だったが、今更計画を中止する
わけにはいかない。
いや、むしろ今回の復讐計画をより淫らに彩る絶好のオプションが手に入ったと
考えればいい。
あの鼻持ちならないエリート刑事の恋人をいたぶってやるのもまた一興だろう
白鳥本人に恨みがあるわけではないが、現場たたき上げだった勝俣としては、
キャリアでエリート臭が鼻につくあの男は前から気に入らなかったのだ。
だが、あくまであの先生は余興に過ぎない。メインヒロインのご登場を願うとしよう。

「佐藤は俺と園田で拉致ってくる。お前らはここであの先生を見張ってろ」

2人の顔に一瞬好色そうな表情が浮かんだのを勝俣は見逃さず、くぎを刺した。

「ただしまだ手を出すなよ。犯るのは佐藤を連れてきてからだ。なあに夜は長いんだ。
たっぷりと時間はある」

多少予定は狂ったが、当初からの計画通り、美和子拉致計画を実行に移すことにしよう。
勝俣は携帯電話を取り出すと、まず園田に連絡し、拉致計画の実行を伝えた。

──どうだ、準備の方はできているのか。
──ええ、大丈夫です。後は勝俣さんがあの女刑事さんをうまく呼び出してくれれば
  オッケーですよ。
──そうか、わかった。

勝俣は電話を切ると、改めてアドレス帳から美和子の電話番号を呼び出した。
美和子を呼び出す口実はあらかじめ用意している。

「(番号を変えてなけりゃあいいがな・・・・)」

かけてみると幸い電話はつながり、10回ほど呼び出し音が鳴った後、
やや戸惑ったような美和子の声が聞こえてきた。

──はい、佐藤です。

「佐藤、俺だよ、勝俣だ。俺のことは覚えているよな」

その一声がこの淫惨極まる復讐計画の開始を告げるファンファーレとなったのだ。



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