警察から連絡を受け、南の父・浅倉俊夫とともに達也は南と由加が収容された病院へと
向かった。

「浅倉南さんのお父様ですね。こちらへどうぞ」

俊夫を別室へと案内したのは、歳の頃は30代前半くらいの女医で生野里美と名乗った。
彼女は父親が来るとしか聞いていなかったのか俊夫についてきた達也のことを訝しんだが、
俊夫の了解を得て達也も同席が認められた。

「そ、それで、南は・・・・」

里美は俊夫の気持ちをなだめるように落ち着いた声で言った。

「大丈夫です。命に別状はありません。今は鎮静剤で眠っていますが、目覚めれば
お話できますよ」
「そうですか」

少しだけ安堵した表情になった俊夫だったが、すぐに深刻な表情になって訊いた。

「そ、それで南は・・・・ その・・・・ やはり、そいつらに・・・・」

あの小部屋の状況から最愛の娘が理不尽な凌辱の餌食とされたことは頭では理解していても、
俊夫はどうしても確かめずにはいられなかったのだ。
里美もまた深刻な表情になり、ちらりと達也の方へ視線を走らせ、すぐに俊夫に問いかける
ような視線を戻した。一応達也の同席を認めたもののやはり親族以外には聞かせられない話だと
感じたからだ。
俊夫はいったん達也に目をやった。達也が何も知らない状況ならばもちろん席を外させるが、
すでに達也は南の身に何があったかを理解しているのだ。それに達也と南は・・・・
2人の関係については俊夫も公認し、むしろ応援していたのだ。
俊夫は里美を振り返った。

「彼のことはいいんです。先生、続けてください」

俊夫が話の先を促すと、里美も覚悟を決めたように俊夫と達也を等分に見て言った。

「分かりました。ですがお2人にとってややつらいお話になりますよ」

無言でうなずく俊夫と達也。

それからの里美の話は確かに俊夫と達也にとって胸が張り裂けんばかりのものであった。
拉致された南は監禁されていた間にも男達にありとあらゆる凌辱の限りを尽くされ、
発見された時は精神も錯乱に近い状態だったのだという。

「そ、それで、まさかその・・・・ 妊娠とか・・・・」

俊夫が訊くと、沈痛な面持ちでうつむいていた達也がはっと顔を上げ、逆に里美が沈痛な
表情になった。

「もちろん、すぐにその予防措置は行いましたが、あれは70時間以内に行ってそれでも避妊の
成功率は8割程度なのです。御嬢さんの場合、時間の経過もあって完全にそれを防げたとは
言えません」
「そ、そんな・・・・」
「もちろんそれも問題なのですが、今心配なのは精神的なものです」
「それはどういう意味ですか?」
「御嬢さんが今回の事件でどれほど傷ついたかはお分かりですね」
「・・・・・・」
「御嬢さんは若い。ですから身体の傷はいずれ癒えるでしょう。しかし逆に若いがゆえに
精神(こころ)に負った傷はなかなか癒えるものではありません。それに御嬢さんは・・・・」

北野はそこで口をつぐんだ。どうやら南はレイプされるまで処女だったらしい。それを暴力で
散らされた上に輪姦された衝撃と絶望は、おそらく男にはどれだけ説明しようが本質的には
理解できないだろう。
俊夫が口を開く前に里美は言葉を継いだ。

「特に御嬢さんの場合PTSDが心配です。PTSD、いわゆる心的外傷後ストレス障害といいますが、
ご存知ですか?」
「いえ、言葉は聞いたことはあるのですが・・・・」

里美はそれから噛んで含めるようにPTSDについて俊夫に説明した。

「それで私は・・・・ いったいどうすればいいんでしょうか?」
「今はただ傷ついた御嬢さんを優しく受け止めてあげてください。それから・・・・」

その時、ドアをノックする音がし、顔を出した看護師が伝えた。

「浅倉さんが気がつかれました」

                    ※

病室から出てきた俊夫に達也が訊いた。

「み、南は大丈夫なんですかっ!」
「ああ、精神的ショックは大きいようだが、今は落ち着いている」
「じゃ、じゃあ、俺も・・・・」

急いて病室に入ろうとした達也を俊夫が制した。

「達也君。南はいま君には会いたくないと言っているんだ」
「えっ!」
「わかるだろ? 今の南にとって君と顔を合わせることが一番辛いんだよ」
「だ、だけど・・・・」
「達也君、君が南のことを本当に大切に思ってくれているなら、ここは我慢してくれないか。
いずれちゃんと君と南が会えるようにするから」

俊夫に諭された達也はそれでも未練気に病室のドアを見つめていたが、ようやく顔を上げ、
力なく言った。
「・・・・・わかりました」
「すまん、達也君」

がっくりと肩を落とし悄然と病室をあとにしようとする達也。だが、そこへ俊夫が声をかけた。

「達也君!」

振り返る達也。

「君は・・・・ あんな目にあった南をそれでも受け入れて・・・・ いや、愛してくれるのかい?」
「それは・・・・」
すぐに返答ができない自分自身を達也は呪った。
俊夫が首を振った。

「すまない、君には酷な訊きき方だった。今のことは忘れてくれ」

そして達也が何かを言う前に全てを拒絶するように背中を向けた。

「すみません・・・・ おじさん、失礼します」

その背中に向かって頭を下げ、達也は踵を返して病院を出ていった。



2日後、俊夫から連絡を受けた達也が病院へと向かうと、病室の前では俊夫が達也を待っていた。

「南が君と話したいそうだ」

そして達也の肩に両手を置き、震える声で言った。

「達也君・・・・ 南を・・・・ よろしく頼む」

達也が小さくうなずいて病室へ入ると、ベッドの上で半身を起こしていた南が振り返った。

「タッちゃん・・・・」
「南・・・・」

互いの視線が絡み合う。だが達也はそこから一歩も動けなかった
どんな言葉をかければいいのかわからない。それに今どんな言葉を尽くしても、返って彼女を
傷つけてしまう気がする。
それでも達也はベッドへ近寄ると、何も言わずにただ南を抱き締めた。

「あっ・・・・ タッちゃん・・・・」

南の身体が小刻みに震えている・

「すまない、南・・・・」

事件発覚後、あの夜に中庭の小部屋で彼女が凌辱されていることなど全く気が付かなかった
自分自身を散々責め、呪った。そしてそのことで俊夫が自分を全く責めないことにも余計
心が苛まれた。罵倒され、殴り倒された方がずっと気が楽になっただろう。
だが、さらに達也の心を苛んでいるものがあった。それは南があの男達に凌辱されていた
まさにその時、彼自身もまた淫らな妄想で南を犯し貫き、穢していたその事実だ。

「すまない、南・・・・ お、俺が・・・・ そばにいながら・・・・」
「タッちゃんが謝ることじゃないわ」

達也と向き合った南は言った。

「タッちゃん・・・・ 私の小さい頃の夢って憶えてる?」
「それは・・・・ 甲子園に行くことだろ」
「うん。それはカッちゃんが叶えてくれるはずだった。だけどカッちゃんは・・・・
それでもタッちゃんがカッちゃんに代わってその夢をかなえてくれた」
「・・・・」
「甲子園に行く夢はカッちゃんに託した夢。そして私はタッちゃんにも夢を託していた」
「夢?」
「うん。ごく普通の夢」
「あっ!」

達也ははっと思い出した。そう、これは以前にも南言われたことがあったのだ。
和也が自分の甲子園に行く夢をかなえてくれるなら、達也にはもう一つの自分の夢をかなえて
ほしいと。その時には達也は
『後楽園にでも行きたいのか?』
などと訊いたが、その時南は、
『そんなんじゃない。もっとごく普通の夢よ』
と答えた。
そして達也はその意味が分からず、後で母親に女子高生のごく普通の夢とは何なのかと訊いた。
すると彼女はいとも簡単に『大好きな人と結婚すること』と答えたのだ。

「タッちゃんはカッちゃんのかわりに私を甲子園に連れて行く夢をかなえてくれて、
優勝までしてくれた。そしてもう一方の夢も・・・・」

それまで気丈に振る舞っていた南が涙ぐんだ。

「だけど・・・・ だめ。私はもうタッちゃんとは・・・・」

南の肩を抱く達也。

「言うな、南。言わなくていいんだっ!」

南はいやいやをするように身体を震わせ、感情を高ぶらせて叫んだ。

「私は・・・・ もう・・・・ 犯されたのっ! あの男達に散々弄ばれて・・・・
何度も、何度も、何度も、何度もっ!」

自身の言葉が鋭い刃となって南は自らを傷つけている。

「南、言うなっ! それ以上言うんじゃないっ!」

達也は彼女の唇を己のそれを重ねることで、その言葉の刃から彼女を守った。
長いキスを終えて達也は南の肩に手を置くと決断したように言った。

「南・・・・ おれはプロへ行くよ」
「えっ! だって肩のリハビリが・・・・ それにタッちゃん、プロにはそんなに興味が
ないって言ってたわよね」
「ああ、確かにそう思ってた。だけど肩のリハビリが済んだらすぐにでもプロに行って
稼げるようになる。だから・・・・」
「だから?」
「南の心の傷が癒えたらでいい。それまでずっと俺は待っているから俺と・・・・」

一拍間をおいて達也は決意を表明した。

「俺と結婚してほしい」

南の目が大きく見開かれた。

「だ、だめだよタッちゃん、私は・・・・」
「だめじゃないっ! 南、俺は和也の分までお前を幸せにしてみせる。そして二度と
お前をこんな目にあわせやしない」
「タッちゃん・・・・ だけど私はあんなことを・・・・」
「関係ない、関係ないんだっ! もう一度言う。南、俺と結婚してくれ」

達也の真剣な視線が南を射すくめ、彼の本気さを彼女に知らしめた。
自分が輪姦されたことを知りながらプロポーズしてくれる達也の気持ちは身震いするほど嬉しい。
だが・・・・

「タッちゃん、同情なら・・・・」
「見くびるなっ!」
南の肩を掴んだ達也の手に力がこもる。

「同情なんて、そんな気持ちでプロポーズなんかするもんかっ! 南、お前は俺をそんな男だと
思っているのかっ!」

達也は本気で怒っている。その真摯な気持ちは南によく伝わった。

「ごめんなさい、タッちゃん」
「わかってくれればそれでいい。南、俺と結婚してくれるよな?」

南はうつむき、絞り出すようにして言った。

「それは・・・・ ちょっと待って。やっぱり今すぐ返事はできない」
「ああ、いいんだ。さっき言ったろ、俺はずっと待ってるって。急ぐことはないさ。
南が・・・・ 本当に俺と向き合って答えを出せるようになったら返事をくれればいい」
「ありがとう、タッちゃん」
「じゃあ、あんまり長居しても疲れるだろ。俺は帰るよ」

達也が踵を返し、病室のドアへ向かって歩き始めた時、南が声をかけた。

「タッちゃん!」
「うん?」

達也が振り返ると、ベッドから立ち上がった南がふらつきながら近づいてきた。

「ばかっ、何をしてるんだ、寝てろよ」

慌てて南を支える達也。南は達也にすがりつき、顔を見上げて言った。

「タッちゃん・・・・ キスして」
「南・・・・」

2人の唇がそっと重なり、南の頬に悲しみと喜びのふたつの感情が入り混じった熱い涙がこぼれた。



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