盆踊り会場の校庭を見下ろすことが出来る一段高い位置に作られた校舎の
水飲み場から、今夜の「生贄」を物色していた鵜飼が体育館近くの一隅を
指し示しながら声を上げた。

「鷲尾さん、あの女なんてどうっすか? ちょうど女子高生くらいっすよ」
「うん?」

鵜飼の指差した方向に目をやると、そこにはメガネを掛けた子供の
手を引いた浴衣姿の少女がただずみ、盆踊りを眺めていた。
しばらくそこで観察していたがどうやら他に連れはいないようだ。
メガネの子供はたぶん弟か何かだろう。

「よし、ちょっと行ってみるか」

男達はさりげなく2人に接近し、少し離れた位置から改めてじっくりと
観察する。

「へえっ、こりゃあ・・・・」

思わず感嘆の声を上げる鷲尾。
こんな田舎町ではめったにお目にかかれない美少女だ。
はっと目が覚めるような、近寄りがたい美人というわけではないが、
目鼻立ちの調った愛らしく親しみやすい顔立ちは、清純さと同時に
ほんの少しの隙を感じさせる、いわゆる男好きのするタイプの容貌だ。
さらにそのスタイルのよさがひときわ男達の目を惹きつけた。
艶やかな浴衣に隠されているとはいえ、やや細身の均整の取れた体型、
巨乳というほどではないが、細身の身体には十分大胆といえる胸の隆起、
それとは対照的に一片の贅肉すら感じさせない引き締まった腰のくびれ、
ふっくらと丸みを帯びた形のいい臀部など、その中身の充実振りは容易に
見て取れ、それらの「雌」を強調する肢体の全てが、彼らの「雄」としての
本能を昂ぶらせ、そのどす黒い情欲の炎に油を注いで、歪んだ征服欲を煽りたてた。
離れて囁き交わす男達。鷲尾がやや興奮した口調で言った。

「こりゃあとんだ大当たりだ。確かに高校生くらいって感じだし、
顔もスタイル抜群じゃねえか。あれほどの上玉はめったにお目にかかれねえ。
よっしゃ決まりだ! 今夜の獲物はあの女にする!」
「でも鷲尾さん、確かにとびきりの上玉ですけどバージンかどうかまでは
わかんないすっよ。あれだけ可愛きゃ周りの男どもが絶対に放っておかない
だろうし、彼氏がいてもおかしくないっしょ。まあ見た目は清純そうっすけど、
案外もう男とバコバコやりまくってるヤリマンかもしれないっすよ」

鵜飼がややちゃかすように言うと、鷲尾が瞬時に反論した。

「そりゃねえよ。まあ彼氏くらいはいるかもしんねえが、大丈夫、あれは
間違いなく処女の顔さ。見てわかんねえのか? さっき俺らに声をかけてきた
ヤリマン女どもとは持ってる雰囲気が全然違う。それにたとえそうじゃなくても、
この前の貧乳女子大生どもよりはずっと犯りがいのある身体をしてやがるぜ」
「確かにそうすっね。ああっ、くそっ! 早くあの浴衣を剥ぎ取って素っ裸に
ひん剥いてやりてぇ!」

男達は既に下劣な妄想をたくましくさせ、一糸まとわぬ姿にひん剥いた
その美少女を貫き犯す己の姿を脳裏にはっきりと浮かべていた。

「でもあの邪魔くせえガキはどうするんすか?」

鷺沼が問うと、鷲尾はこともなげに言った。

「そんなのはどうにでもなんだろ。そうだな、まあいざとなったら弟の目の前で
犯っちまうってのも面白いじゃねえか」
「うわっ! 鷲尾さん、鬼畜っすねえ・・・・ でも、イイっ!
それイイっすよ。や、やべぇ、オレもう・・・・」

鷺沼が慌ててジーンズの上から股間を押さえる格好をした。
どうやらたくましくなったのは妄想だけではないようだ。

「おいおい、いくらなんでも早すぎるぜ」

鷲尾は卑猥な笑みを浮かべながら鵜飼に命じた。

「おい、あの女をうまく引っ掛けて連れてこい。こういうのはオマエが
一番適役だからな」
「任せといてくださいよ」

鵜飼はその端整な顔立ちに似合わぬ下卑た笑みを浮かべると、蘭とコナンに
向かって歩き出した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ねえ、彼女、一人なの?」
「えっ?」

蘭は背後からかかった声に思わず振り返った。
彼のそのよく通る声と整った容姿を見て、蘭の顔に浮かぶ一瞬の驚愕。

「(似てる・・・・)」

その男はひたすら待ち続けている愛しい幼馴染にあまりに良く似ていた。
それもその容姿だけでなく声までも。

「君、この辺りの人じゃないよね? どうだい、もっといいところを紹介して
あげようか? 地元の人でもめったに知らないとっておきの穴場があるんだよ」

蘭は軽い口調の裏に下心が透けて見える男の言葉を無視して背を向け、
コナンの手を取った。

「結構です。それに1人じゃないわ。行こう、コナン君」

だが鵜飼は蘭の肩に手をかけ、振り向かせると急に乱暴な口調になった。

「そんな邪険にしなくてもいいだろ。こんな年寄りくさい盆踊りより、
若者は若者らしく、もっと楽しいことしようぜ、楽しいことをさ」

蘭は男の手を払いのけ、声を尖らせた。

「必要ないわ。さ、行くわよ、コナン君」
「ちょっと待てよ、待てって言ってるだろっ!」
鵜飼がもう一度蘭の肩に手をかける。するとすかさずコナンが2人の間に
身体を割り入れ、大きく手を広げて立ちはだかった。

「蘭ねえちゃんから手を離せ!」

一瞬怯んだ鵜飼だったが、コナンを見下ろして吐き捨てた。

「ガキはもうおねんねの時間だ、引っ込んでな。俺はオマエの姉ちゃんに
用があるんだよ」

蘭は肩にかかった手をもう一度払いのけると男と正対し、震える声で言った。

「いいかげんにしてください。さもないと・・・・」
「さもないと、何なんだい? そんな怖がることはないさ、安心しろって、
悪いようにはしないからさ」

声の震えを怯えだと思い込んだ鵜飼が余裕をもってそう応じ、三度(みたび)、
肩に手を伸ばそうとしたその時、蘭の放った鋭い右正拳が顔面を直撃寸前、
鼻先でぴたりと止められた。

「いいかげんにしてって言ってるでしょ! 私、これでも空手をやってるんだから!」

思わず尻餅をついた鵜飼にコナンが追い討ちをかける。

「ホントだよ。蘭ねえちゃんは関東大会で優勝するくらいなんだから」

完全に不意をつかれて倒れたまま声を失い、口をパクパクさせる鵜飼。
さらに一連の騒ぎに周囲の目も集まってきた。

「うん、どうした、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「いえ、何でもないんです。いきましょ、コナン君」

腰が抜けたようになかなか立ち上がれない鵜飼を尻目に、蘭はコナンを連れて
足早にその場を立ち去り、観客の間を縫うようにして校庭の片隅まできて、
ようやく一息ついて立ち止まると、コナンが蘭を見上げた。

「今の人・・・・ 新一にいちゃんによく似てたよね」
「そうだね。だけど似ているのは顔と声だけ、ホント最悪だったわ。
新一はあんなへらへらしたナンパなんて絶対にしないんだからっ!」

その気張った言い方に思わず苦笑するコナン。
すると蘭が腰を落としてコナンの両肩に手を置き、視線を合わせて微笑んだ。

「コナン君、さっき私を守ろうとしてくれたでしょ。嬉しかったよ、ありがとう。
コナン君は小さくてもやっぱり男の子なんだね、頼もしいわ。それに・・・・
私のピンチを助けてくれたのは新一じゃなくてコナン君だったね。ホント立派な
ナイトぶりだったよ」

コナンは真っ赤になって口ごもりながら答えた。

「そ、そんなこと・・・・ で、でも、やっぱりピンチになんかならないじゃない。
やっぱ強いや、蘭ねえちゃん」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ばつが悪そうにとぼとぼと戻ってきた鵜飼を鷲尾が一喝した。

「何やってんだてめえは! 女一人まともに引っ掛けられねえのか。
無様な醜態晒しやがって」
「わ、鷲尾さん、あの女はだめっすよ。やめましょう、とんでもない
勝気な女っすよ」
「バカかオマエ? そういう女の方が犯りがいがあるってもんじゃねえか」
「だめっすよ。あの女、何か空手の大会で優勝してるらしいっすよ」

その言葉を聞いた鷹村が素っ頓狂な声を上げ、鴨志田と顔を見合わせた。

「あっ! そうか、あの女あん時の・・・・」
「ええ、間違いないっすよ、先輩」

鷲尾が2人を振り返った。

「何だ、、オマエらあの女のこと知ってるのか?」
「いえ、たださっきからあの女、どうもどこかで見たことがあるような気が
してたんですけど、今思い出しました。あの女、昼間の関東大会で優勝した
女子高生ですよ。確か名前は・・・・ そうだ、毛利、毛利蘭です。
大会の時と髪型が違うのと浴衣姿なんで最初は分からなかったけど
間違いないです」
「関東大会? そういやあ、オマエら元空手部だったよな」
「後輩が出てたんで鴨志田と一緒に見に行ってたんですよ。まあその後輩は
決勝であの女にぼこられちゃって準優勝でしたけどね。あっ、そういやあ、
同期の他のやつも応援に来てたなあ・・・・」

鵜飼がはっと思い出したように叫んだ。

「あっ! そうそう確かあのメガネのガキがそんなこと言ってました!
『蘭ねえちゃんは関東大会で優勝した』って」
「えっ・・・・ 関東大会優勝って、マジかよ、それ。
ちょっとヤバイんじゃないすか」

軽く腰が引け気味となった鷺沼に鷲尾は逆に語気を強めて言い放った。

「バカ、びびってんじゃねえよ。いくら強くたってもたかが女1人、
何とでもなるさ」

そこで一拍おき、卑猥に顔をゆがめて続けた。

「それにしても可愛い顔して空手のチャンピオンとは驚いたな。
格闘技をやってる女をコマシたことはねえけど、身体を鍛えている女は
あっちの締りがいいって話は聞いたことがあるし、さぞかし引き締まった
いい身体してやがるんだろうな。こりゃますます犯りたくなってきたぜ」

そこで再び鷹村を振り返った。

「それで他にあの女について知ってることはあるのか?」
「ええと、あの子めちゃ可愛いじゃないですか。それで空手の専門誌に
『格闘天使』とか書かれて大きくグラビアが載ったんですよ。
あと確か父親があの名探偵の毛利小五郎で、母親の方も名前はちょっと
忘れましたけど何だか有名な弁護士だって書いてありました」

鷲尾はますます興味をそそられたように舌なめずりした。

「ふうん『格闘天使』ねえ・・・・ そりゃいい、いいじゃねえか。
そんじゃ、あの鼻っ柱の強い天使様にちゃんと教えてやるとしようぜ。
いくら空手が強くたって所詮自分はただの女に過ぎないってことを、
その身体にたっぷりとなあ」

そこで鷲尾と烏丸が顔を見合わせ、目と目で語り合う。

「(決まりだな)」
「(ああ)」

容姿・スタイルともにあのアイドル・速水玲香にもひけをとらない。
その上、女子高生の空手チャンピオンのレイプ物という付加価値まで
つくとなれば、彼女の陵辱映像は今まで持ち込んだ物とは比較にならない
高値で取引されることは確実だ。今夜の「生贄」としてはもうこれ以上の
ものは望めまい。

「よし、今夜の獲物はあの格闘天使様で決まりだ。いいよな、オマエら」

皆の沈黙を同意と受け取った鷲尾は続けた。

「さてと、あとはどうやって拉致るかだな・・・・」

するとそれまでずっと沈黙を守っていた烏丸が口を開いた。

「ちょっと俺に考えがある。聞いてくれるか」

男達が烏丸の周りに集まり、そこで烏丸の口から蘭を罠に嵌め、
陵辱の舞台へと導く卑劣な奸計が語られると、彼らは淫猥な期待に
満ちた目をらんらんと輝かせて一斉に動き出した。

―――――――――――――――――――――――――――――――

尿意を催したコナンが蘭を見上げて言った。

「蘭ねえちゃん、僕、ちょっとトイレに行ってくるよ」
「あらそう。だけどトイレはどこにあるのかしら?」

蘭が周囲を見回すと、コナンが舞台の向こう側の校舎を指差した。

「ほら、あそこ。学校のトイレを開放しているみたいだよ。
じゃあ行ってくるから、ちょっとここで待ってて、蘭ねえちゃん」
「1人で大丈夫、コナン君? 私もついていこうか?」
「やだな、蘭ねえちゃん。僕、もう子供じゃないんだから1人で行けるよ」

そう言って校舎に向かって走り去ったコナンの後姿を見送りながら蘭は
微苦笑した。

「(子供じゃないって・・・・ どう見たって子供じゃないの。
ホント、コナン君は妙に大人びてるところがあるのよね)」

彼の小学生ばなれした博識ぶりと頭の回転の速さ、そして大胆すぎるほどの
行動力に蘭はいつも驚かされる。親友の園子はそれを単なる「ませガキ」の
一言で片付けるが、蘭は別の違うものを感じていた。

「(コナン君って・・・・ 小さい頃の新一にそっくりなのよね)」

容貌の相似や、コナンが蘭自身についてあまりによく知っていること、
そして新一が居なくなった直後にコナンが現れ、血液型や誕生日、
果ては破滅的に音痴なところまで一致していたことから、蘭は一時
コナンと新一が同一人物なのではと、そんなばかげたことを本気で考えた。
今ではその疑いは晴れたが、それでも時折、コナンに新一の姿が重なる
ことがあって困惑してしまう。
ふと目を上げると、学校の校舎につながるスロープをちょこちょこと
小走りに登っていくコナンが見えた。ああいう姿はやはり歳相応の小学生だ。

「(バカだよね、私。コナン君が新一のわけないのに。いつもあいつのこと
ばかり考えているから、そんな風に思っちゃうんだ・・・・)」

一瞬寂しげな表情を見せ、浴衣に目を落としながら小さなため息をつく蘭。
この姿を本当に一番見せたい相手、それは父親でもコナンでもない。
だがその愛しい相手は、あのトロピカルランドで別れた日以来、電話で声を
聞けるだけで会うことはなかなか出来ない。
そしてたまに帰ってきたかと思うと、すぐさま自分一人をおいてけぼりにして
また姿を消してしまう。
それでも蘭はあの米花センタービル展望レストランで彼女の前から再び姿を
消した新一が、コナンに託して自分に伝えてきた
――いつか必ず戻ってくるから、それまで蘭に待っていてほしいんだ
その言葉を信じて待つ決心をしていた。

「(新一・・・・ 私ちゃんと待ってるからね)」

彼が帰ってくれば、以前と変わらない心穏やかな生活が取り戻せる。
そしていずれそう遠くない将来に、彼とともに紡ぐ明るい未来が自分には
開けている、と蘭はそう夢見て信じていた。
しかし・・・・ 蘭を待ち受けているのはそんな明るい未来などではなかった。
この時すでに残酷な運命の扉が音もなく静かに開き、自らを想像を絶する
陵辱地獄へといざなう淫獣達の魔の手がすぐ背後に忍び寄ってきていることに
蘭は全く気づいていなかったのだ。



用を足し、水飲み場で手を洗いながらコナンが校庭の方に目をやると、
しつらえられた舞台の向こうに小さく蘭の姿が目に入った。

「(蘭・・・・)」

ふと一週間ほど前に探偵事務所で交わされた蘭と園子のやり取りを思い出した。

                *

――蘭、聞いたわよ。○○先輩に肘鉄を食らわしたってホントなの?
――別にそういうわけじゃないわよ。ただ、前からしつこくデートに
  誘われていたから、そんな気はないってはっきり断っただけ。
――あのねえ、蘭、そういうのを『肘鉄を食らわす』っていうのよ。
  ○○先輩っていえば、成績も優秀、運動神経も抜群、ファンも多い
  イケ面なのにもったいないわねえ。
――だけど私、別にタイプじゃないし。
――それだけじゃないでしょ。蘭は前にも同じような事あったわよね。
――そう・・・・ だっけ?
――もう、とぼけっちゃって。蘭は結構モテるんだからさ、その気になれば
  彼氏なんていつだってゲットできるのにもったいないわよねえ。
――べ、別にそんなことないと思うけど。それに園子が言うほど私、
  モテなんかしないわよ。
――またまたぁ・・・・ モテる女ほどそんなふうに言うのよね。
  だけどホント幸せな男もいるもんよね。蘭にここまで一途に想われてる
  どこかをほっつき歩いてる誰かさんは。
――な、何言ってるのよ! 別に私は新一のことなんか・・・・
――あらら〜、私、一言も新一君のことだなんて言ってないけど。
  やっぱり蘭にも自覚があるんだ。

園子が意地悪そうに笑い、蘭の顔が赤くなる。まさしく語るに落ちるというやつだ。

――『ほっつき歩いてる』なんて言い方すれば誰だって新一のことだと思うじゃない!
――ほらほら、すぐにそういう風にムキになるとこがホント可愛いのよね、蘭は。

園子は親友の顔をマジマジと見つめた。
本人はあまり自覚がないようなのだが、蘭は男子生徒からかなり人気がある。
容貌は愛らしく、スタイルも女の園子が見ても羨ましくなるくらい抜群だ。
芯が強くて勝気で空手の猛者という男前(?)ではあるが、基本的には
素直な優しい性格で、さらにお化けが苦手という女の子らしい一面もあり、
若干やきもち焼きなところがまた可愛い。
さらに家事は万能で、その上、突然転がり込んできた全くの赤の他人である
コナンをまるで実の弟のように可愛がって面倒を見ることができる家庭的な
性格ときているのだから、人気があるのも当然だ。
実際、園子の敏感な情報網によれば、校内だけでも彼女にひそかに想いを
寄せる男は最低5人は下らない。
だがその想いを蘭に直接ぶつける男は数少ない。もちろんそれには理由があり、
蘭の幼馴染で同級生の工藤新一の存在がそれに他ならない。
2人がどれほどむきになって否定しようと、互いに意識しあっていることは
傍から見れば一目瞭然だった。その上、その新一が眉目秀麗・学業優秀で、
さらに最近では警察も一目置く『東の高校生探偵』として名を馳せており、
まさしく蘭とは似合いのカップル、中学の頃から2人は夫婦同然の扱いだった。
それゆえ、いまさら彼らの中に割って入るのは無理と大半の男が諦めているのだ。

蘭は依然むきになって言い張っていた。

――だ、だから私と新一とはそんな関係じゃないんだって。だいたい私一度だって
  新一に・・・・
――えっ? 新一君に一度だって、何よ?
――そ、それは・・・・

蘭は思わず口ごもった。もう数え切れないくらい2人でデートはしてきたが、
この秘めた熱い想いを彼に伝えたこともなければ、逆に新一から告白された
ことがあるわけでもない。そういう意味では確かに2人は蘭の言う通り、
「そんな関係」ではないのだ。

――ふうん、まあいいわ。なかなか帰ってこない旦那一途に操を立てて、
  健気に待ち続ける蘭の恋女房っぷりに乾杯しましょ。

園子はおどけて笑い、グラスのジュースを一気に飲み干した。

                *

「(あいつは俺のことをずっと待ってるんだよな)」

蘭の想いを知りながら『早く帰ってきてほしい』という切なる言葉に、
ただ『待っていてくれ』としか言えないこの身の辛さ。
だが、こんな身になって改めて自分の蘭への想いの強さを確認でき、
また蘭の想いもはっきりと知ることができた。
園子の言うように、ただ待たせることしかできないこんな男に愛想を尽かし、
蘭ならいくらでも彼氏を作ることは可能だったろう。
それでも蘭は一途に自分のことを想い、ひたすら待ち続けていてくれるのだ。
こんなに近くにいるのに素直にお互いの気持ちをぶつけられないもどかしさ、
辛さに耐える日々。だがそんな日々とももうすぐお別れだ。
コナン、いや新一は決心していた。
元の身体を取り戻したら、真っ先に蘭に今まで言えなかった大切な言葉を伝える。
そう、「好きだ」その一言を、自分の声ではっきりと。

「(蘭、もうすぐだ。もうすぐ元の身体を取り戻せる。だからそれまで
待っていてくれ)」

そんな物思いにふけっていたコナンに背後からそっと忍び寄る男達。
――ジャリ
その靴音に気づいて振り返ろうとした刹那、後頭部を襲った鈍い打撃に
思わずたたらを踏むコナン。

「うぐっ!」

続いてみぞおちに強烈な痛みが突き刺さって息が詰まり、最後にとどめと
ばかりに再度後頭部に鈍く重い一撃を喰らって意識が遠くなっていく。

「(なっ・・・・ 何でっ・・・・)」

倒れ伏したコナンを囲むように立つ6人。

「さすがに元空手部ってとこだな」

鷲尾が鷹村に感心したように言う。

「それにしてもガキを人質に取ろうなんて、烏丸さんもワルですね」

鷹村が振り返ると、烏丸は表情を変えずに言った。

「さっき拓馬が言ったろ。このガキの目の前であの女を犯るのも面白いって」
「うわっ、それ本気だったんですか!」
「まあな。それにこのガキの使い道はそれだけじゃない。もっと面白い趣向も
考えてるぜ」
「面白い趣向って、何だよそれは?」

鷲尾が訝ると、烏丸はぞっとするような残酷な笑みを浮かべ、楽しげに言った。

「こんなガキでも男は男ってことさ」
「はあ? 何だよそれ。言ってる意味が分かんねえよ、連耶」
「まあまあ、それは後のお楽しみって事にしておけよ」

烏丸は思わせぶりにそう言い、それ以上の説明を拒んだ。

「ちぇっ、もったいぶりやがって・・・・ 連耶はいつもそうだ。まあいい」

倒れた拍子にはじけ飛んだコナンのメガネを拾って鷲尾が鵜飼に渡した。

「じゃあ、オマエは一番最初にあのちゃら女どもを輪姦(まわ)した場所に
チャンピオン様を連れてこい。今度はしくるんじゃねえぞ」
「まかせてください」

校庭へと歩き出した鵜飼を烏丸が呼び止め、何事か耳元で囁くと鵜飼が
大きく頷いた。

「わかりました。やっぱり烏丸さんは頭が切れるし、ど鬼畜すっよ」

烏丸は鵜飼の肩をぽんと叩き、送り出した。

「じゃあ、さっさとあの女を連れて来い。こんな年寄りどもの面白くもねえ祭より、
もっと楽しいショーの主役を演じてもらうとしようぜ、あのチャンピオン、
いや格闘天使様にはな」


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