関東大会当日の夜、会場近郊の田舎町で夏祭が開催されることをあらかじめ
インターネットで調べていた蘭は、小五郎に1泊していくことを「お願い」
し、今まさにその夏祭にコナンと出かけるところだった。

「お父さん、本当に行かないの? せっかくのお祭なのに」

紺色の浴衣に橙色の帯を締め、素足に草履を引っ掛けてポーチを手にした蘭が
小五郎を振り返った。

「ああ、2人で行ってこいや。俺はこっちで今からこれ、だからな」

小五郎はお猪口を傾け、口に運ぶさまをして見せた。
大会直後に偶然知り合った地元の名士である雀田茂之が小五郎の大ファン
だったことから、わざわざ自宅で経営する民宿に一行を招いてくれたのだ。
ホテルに泊まるつもりだった3人にとってもそれは好都合で、
喜んでその提案を受け入れ、宿泊させてもらうことになった。
そして蘭とコナンが夏祭に向かう身支度をしていると、小五郎達がここに
宿泊していること聞きつけた厚木と海老名が現れ、あらためて蘭に追加取材を
するとともに彼女の浴衣姿も撮影して、つい今しがた帰っていったところだ。
蘭は一向に腰を上げようとしない小五郎をもう一度誘った。

「せっかくお父さんの分の浴衣も持ってきたのに・・・・ 一緒に行こうよ、
お父さん」

蘭は両手を左右に広げて浴衣の袖口をくっと掴み、小五郎の前でくるりと
身体を一回転させると、意味ありげに問うた。

「それにこの浴衣・・・・ 何か思い出さない?」
「はあ? 何言ってんだ、蘭。その浴衣がどうかしたのか?
と、ともかく俺はこれから忙しいんだ。コナンと2人で行ってくるんだな」
「忙しいって、お酒を飲むだけじゃない。もうっ、お父さんたらっ!」

なおも不満そうな蘭の浴衣の袖を同じく浴衣に着替えたコナンが軽く引っ張り、
屈託のない笑みを浮かべて言った。

「いいじゃない、蘭ねえちゃん。2人で行ってこようよ」
「あら、コナン君、ずいぶんゴキゲンね。何かいいことでもあったの?」
「べ、別にそんなんじゃないよ」

慌てて否定したコナンだったが、その笑みの理由は先ほど自らの携帯電話に
かかってきた阿笠からの連絡にあった。
それは3週間ほど前にFBIや警察と協力して黒の組織を壊滅させ、その際に
入手したアポトキシン4869のデータを元に灰原と阿笠が開発を進めていた
解毒薬にようやく完成のめどがたち、2、3日後には創製できるとの
連絡だったのだ。
もうすぐ元の身体を取り戻すことができる。
そうすれば、こうしてコナンの姿で蘭と2人で出かけるのも最後になるかもしれない。
そう思うと、コナンとして蘭と過ごす2人きりの時間が名残惜しくさえ思えてきたのだ。

「ほら、おじさんはお祭よりお酒の方が好きなんだからさ。
蘭ねえちゃん、2人で行ってこようよ」

結局、蘭は小五郎を誘い出すのをあきらめ、コナンの手を取った。

「そうね、そうしようか。じゃあ2人で行ってこよ、コナン君」

そして玄関から出ていくその時、もう一度小五郎を振り返り、
母親そっくりの口調で言った。

「私がいないからってあんまり調子に乗って呑みすぎないでよね、お父さん。
じゃあ行ってくるから」
「ああ、分かった分かった。あんまり遅くなるんじゃねえぞ」

小五郎はまるで気のない返事をしながら、邪魔者を追い払うかのように
手を振って2人を見送ると、苦笑交じりにつぶやいた。

「たっく・・・・ 蘭のやつ、口うるさいところなんかホントだんだん
英理に似てきやがるな」

蘭とコナンが出かけるのと入れ替わるように、雀田が地元の銘酒と特産品の
酒の肴を盆に載せて部屋に入ってきた。

「おや、お嬢さんと息子さんはもうお祭に行かれたんですか?」
「ええ、まあ・・・・ ああ、それとコナンは息子じゃなくて居候ですよ、居候」
「おや、そうでしたか。それにしても関東大会で優勝するとは、お嬢さんは
お強いですな。愚息も高校の空手部でしたが、とてもそんなところまでは
いきませんでした。それになかなかの別嬪さんだし、これは毛利さんも
将来が楽しみですな」
「いやいや、それほどのことでは・・・・・ それに最近は母親に似たのか
妙に口うるさくて困っているんですよ」

『困っている』と口では言いつつも、小五郎の表情は緩みっぱなしだ。
小五郎にとって蘭は最愛かつ自慢の愛娘であり、彼女のことを人から
褒められるのが何より嬉しい。
だが・・・・

「でも、あのぐらいの年頃だと、もう彼氏とかもいるんでしょうな。
毛利さんも悪い虫には気をつけたほうがよろしいのでは」

冗談交じりに言ったその雀田の何気ない一言が小五郎に冷や水を浴びせた。
『悪い虫』かどうかはともかく、妻・英理の親友である工藤有希子の息子で、
幼馴染で同級生の工藤新一が、蘭の中で大きな存在になってきている事には
気づいていた。
父親としてはあまり面白いことではない上に、その新一がまた眉目秀麗・
成績優秀で、かつ最近では数々の難事件を解決に導いた高校生探偵として
名を馳せ、小五郎のかつての上司である警視庁の目暮までもが自分より
頼りにしているほどの俊才なのが余計癪に障る。

「(幼馴染・・・・ か)」

今は別居しているとはいえ、英理とは幼馴染同士の熱烈な恋愛結婚だ。
そして娘の蘭もまた幼馴染に惹かれるというのも皮肉な運命かもしれない。
その時、はっと思い出した。

「(あの浴衣まさか・・・・ そうか蘭のやつ、それでさっきから
あの浴衣を見せびらかしていたのか)」

その時ほんの一瞬、背中がひりつくような嫌な予感が小五郎の脳裏を掠めた。

「(まさか・・・・ な。そんなことあるわけねえよ)」

小五郎がその嫌な予感を無理矢理振り払うように頭(かぶり)を振ると、
雀田が怪訝そうに小五郎の顔を覗き込んだ。

「どうされました? 毛利さん」
「いや、な、何でもありません。それより、ぱあっといきましょう、ぱあっと」
「そうですか、それじゃあ、ご一献」

雀田が杯を傾けると、小五郎もまた機嫌よくそれに応じた。
だが・・・・ 数時間後、その嫌な予感は最悪の形で的中し、小五郎はこの時
蘭と一緒に夏祭に出かけなかったことを一生後悔することになるのだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

夏祭は河川敷に作られた特設会場での花火大会と、それに隣接する小学校校庭での
盆踊りがメインである。
すでに河川敷には多くの人々が集まっていて、盛大な花火が打ち上がるたびに
大歓声が上がっている。

「綺麗・・・・」

蘭は夜空に繰り広げられる光のページェントに心奪われうっとりと見惚れている。

「そ、そうだね」

だがコナンは明らかに他のことに気を取られている様子だ。
そのことに気づいた蘭が怪訝そうにコナンの顔を覗き込んだ。

「どうしたの、コナン君? あ、そうか。コナン君、背が小さいから
人込みで花火が良く見えないんだ。ごめんね、気づかなくて」

そう言って蘭は両手でコナンを持ち上げると、胸のあたりで抱きかかえた。

「ほら、これなら良く見えるでしょ?」
「ちょ・・・・ ちょっと、蘭ねえちゃんっ!」

薄い浴衣を通して自らの背中にぴたりとはりついた胸のふくらみの
柔らかい感触にコナンは思わず顔を赤らめ、蘭の腕の中でもがいた。

「下して、下してよ、蘭ねえちゃん! は、恥ずかしいよ!」

コナンを下しながら蘭がおかしそうに笑う。

「もう、コナン君たら照れちゃって」
「そ、そんなんじゃないよ」
「でも、ホント綺麗・・・・」

再び煌く花火に彩られた夜空に目を転じる蘭。
確かに夜空に咲き誇るまばゆい光の乱舞は期待以上のものだった。
だがコナンは花火そのものよりも、その光に映える蘭の横顔にただただ
見惚れていたのだ。

「(蘭・・・・ お前も・・・・ いや、お前の方がずっと綺麗だ)」

トンボの大きな図柄が散った紺色の浴衣は、橙色の帯とのコントラストも
見事で良く似合っていた。
ゆったりとしたそれは身体のラインを隠してはいるが、それでも均整の
とれた体型と、さきほど自らの背中に感じたふくよかな胸のふくらみは
見てとれる。
大会では後ろにまとめてアップしていた長い黒髪も今は自然に流していて、
その下にちらちらと見え隠れする白いうなじの艶かしさに思わずドキッとする。

「(綺麗だぜ、蘭・・・・ 本当に綺麗だ・・・・)」

そう思っていたのはコナンだけではないはずだ。
この会場に来る途中で行き違った若い男達がいくどとなく蘭のことを振り返り、囁き交わして
いたし、実際に声をかけてきた男も何人かいたのだ。

「うん? どうしたの、コナン君? ぼうっとしちゃって?」

蘭がコナンの顔を覗き込み、コナンは顔を赤くしながら慌てて言った。
「な、何でもないよ! あ・・・・ あのさ、ら、蘭ねえちゃん、
その浴衣ホントによく似合っていて・・・・ す、すごく、き・・・・
綺麗だよ」

蘭は一瞬驚いたような表情を浮かべ、コナンの額を指で突付いて悪戯っぽい
笑みを浮かべた。

「ありがとう、コナン君。でも、コナン君にそんなセリフはまだちょっと
早いかな。このお・ま・せ・さ・ん」

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「何か・・・・ すごいね」

河川敷に集まった観客には親子連れも多いが、それ以上に若い男女の
カップルがやけに目立った。
中には明らかに恋人同士だと分かる2人が自分達だけの世界に没頭し、
周囲の目を一切気にせず、熱い抱擁、そしてキスを交わしている
カップルまでいて、そうした光景に出くわすたびに、蘭はコナンの手を
引いて河川敷を右往左往しなければならなかった。

「はあ・・・・」

蘭が思わず小さなため息を漏らした。

「ホント、カップルばっかりだね。でも、私とコナン君じゃあどうみても
姉弟(きょうだい)にしか見えないわよね」

コナンが蘭を見上げた。

「蘭ねえちゃん・・・・ もしかして、新一にいちゃんと来たかった?」
「な、何言ってるのよ、コナン君。そんなわけないじゃない」

蘭はそう否定したが、一瞬口ごもるとコナンから目をそらし、
煌く光でまばゆい夜空を見上げて言った。

「ただこんな綺麗な花火、新一にも見せてあげたかったなって、
そう思っただけ」

さらにそこでいったん言葉を切り、切なげに続けた。

「でも・・・・ そうだね、やっぱり新一と2人で来たかったかな」

蘭のその微かに愁いを帯びた表情にコナンはつないだ手をぎゅっと握り締め、
忸怩たる思いに駆られた。
蘭は芯が強くて勝気な性格だ。
だから自分が姿を消してからも人前ではいつも気丈に振舞ってはいる。
だが、それでいて結構根は寂しがり屋で、人のいないところでは、一人涙を
流していることもコナンは知っていた。
その蘭にこんな表情をさせてしまうほど、自分は彼女に寂しい思いをさせて
いるのだ。
いや、今日だけではない。
自分はコナンとしていったい何度蘭の悲しい涙を見てきただろう。

「蘭・・・・ ねえちゃん・・・・ ごめん・・・・」

思わずもらしたその言葉の意味を取り違えたのか、蘭が慌てて付け足した。

「あっ、だからって別にコナン君と来るのが嫌ってわけじゃないのよ。
だからコナン君が謝ることなんか全然ないの」
「分かってるよ、蘭ねえちゃん」
「それにしてもあの推理オタク、事件、事件って、ホントいつまで
ほっつき歩いてるんだろ? 早く帰ってくればいいのに。コナン君も
そう思うでしょ?」
「あっ・・・・ うん。でも、きっともうすぐ新一にいちゃんは帰ってくるよ」
「そうだといいんだけど・・・・ でもコナン君にそう言われると、なんだか
本当に新一がすぐ帰ってきそうな気がするわ」
「(蘭・・・・ もう少しだ。もう少し待っててくれ。元の身体に戻ったら、
江戸川コナンでなく工藤新一としてお前に・・・・ 俺の本当の気持ちを、
俺自身の声で伝えるよ)」

そして脳裏に浮かぶのは、さきほど見かけたカップルのキスシーンを自分達に
重ね合わせたその姿。

「(そしてお前といつか必ず・・・・)」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

花火の打ち上げも一段落し、蘭とコナンは観客用として河川敷に臨時に設えられた
ベンチに2人並んで座っていた。

「あーあ、ホント、お父さんも一緒に来ればよかったのに。
それにこの浴衣見てもちっとも気づかないんだから」

そう言って、蘭は自らの浴衣に目を落した。

「えっ、それどういう意味?」

コナンが怪訝そうに訊き返す。

「実はねこの浴衣、お母さんが若い頃着ていたものなの」
「へえ、そうなんだ」
「うん。それでこれは新一のお母さんに聞いた話なんだけど、お母さんが
ちょうど私くらいの歳の時、この浴衣を着てお父さんとお祭に行く約束を
していたことがあったんだって」
「えっ、おじさんとおばさんが?」
「うん。だけどお父さん、待ち合わせの時間を1時間勘違いしていて、
お母さん、待ち合わせ場所で待ちぼうけにされちゃったらしいの」
「ふーん、おじさん、ホントしょうがないね」
「そしたらね、お母さん、そこで前からお母さんにしつこく言い寄っていた
不良とその仲間に絡まれちゃって、かなりピンチだったらしいのよ。
でもその時、慌ててやってきたお父さんがその男達を全員一本背負いで
投げ飛ばしてお母さんを助けたことがあったんだって」
「へえ〜 おじさんがねえ・・・・」

さすがにコナンも驚いた。
今からは到底想像できないが、あの2人にも昔はそういう絵に描いたような青春時代の一コマが
あったというわけだ。
そこで蘭が少し羨ましげな表情になった。

「でも、やっぱりそういうのって素敵だと思わない、コナン君?
恋人のピンチに危機一髪で駆けつけて鮮やかに助け出すなんて、
ホント、ドラマチックだよねえ・・・・」

そこで一瞬遠い目をする蘭。すぐにコナンを振り返り、真剣な目で尋ねた。

「ねえ、コナン君。もし、だよ。もし私が同じようなピンチになったとしたら、
新一は
助けに来てくれると思う?」
「あ、当たり前さ。新一にいちゃんだってきっと蘭ねえちゃんを助けに
来てくれるよ」
「そうかなあ・・・・ でも新一ってサッカーはうまいけど、お父さんと
違って腕っ節はいまいちだし、それにほら、どっちかといえば頭で勝負する
タイプだよねえ」

蘭がクスリと笑い、コナンも笑顔で答えた。

「でもさあ、蘭ねえちゃんはピンチになんかならないんじゃないの。
不良なんか得意の空手であっというまにやっつけそうだもん」
「もう、コナン君ったら! でももし本当に私のピンチに新一が助けに
来てくれたらちょっと嬉しいかな」

そしてほんのりと顔を赤らめ、コナンに耳打ちするように囁いた。

「もしそうなったら私、新一のこと今よりもっともっと好きになっちゃう
かもしれない。あっ、でも今のことは新一には絶対内緒だよ、コナン君」

顔を真っ赤にしながら、コクコクと頷くコナン。
その時、校庭からにぎやかな音楽が流れてきた。

「あっ、そろそろ盆踊りが始まるみたい。行ってみよ、コナン君」

そう言って蘭は微笑むと、コナンの手を取って立ち上がり、盆踊りの会場と
なっている校庭へと足を向けた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

同時刻、同じ夏祭の会場にたむろする男達。
年齢は10代後半から20代半ば、全員が同じ高校のOBだ。
リーダ格の鷲尾拓馬(25)に彼と同期の烏丸連耶(25)。
後輩である鷹村裕人(23)、鵜飼克夫(23)、鷺沼秀一(22)の3人は同期だ。
そして今春高校を卒業したばかりの鴨志田亮二(18)の6人だった。
彼らの姿を見て地元の大人達は思わず顔をしかめてそむけ、
若いカップル達はそそくさとその場を立ち去っていった。
彼らはこの辺りでは札付きのワルとしてその名を知られていた。
正確に言えば、鷲尾と烏丸の2人の評判が飛びぬけて悪く、
他の後輩4人はその腰ぎんちゃく的存在といっていいだろう。
拓馬の父親は表向き、地元で羽振りを利かす建築会社のワンマン社長だが、
その裏の顔はこの地方一帯に大勢力を張る暴力団・泥山(でいさん)会の
大幹部であることは周知の事実で、地域を裏から牛耳る権力者といえる
存在だった。

その一人息子である拓馬は、幼少よりさんざん甘やかされて育ったせいで、
すでに小学生低学年の頃から父親の威光をカサに着てわがままし放題という
手のつけられない悪童だった。
だが彼が小学校6年生の時、そのあまりの傍若無人ぶりを見かねた気骨ある
体育教師が厳しく彼を叱責し、それでも反抗的な彼に思わず平手打ちの体罰を
加えた。

すると翌週、その体育教師の車が帰宅途上に突如暴走し、事故を起こして
命にも関わる大怪我を負ったのだ。
その原因がブレーキに細工がしてあったことだと判明すると、直後にある子供が
名乗り出て、日頃からその体育教師に恨みがあり、その腹いせから面白半分に
行ったのだと告白した。
しかし彼は日頃から拓馬のいいなりになっているいじめられっ子で、
明らかに言い含められての身代わりであり、本当の実行犯が誰なのかは
一目瞭然だった。

しかし体育教師にも体罰を行ったという弱みがあり、また名乗り出たのが
小学生ということもあって、学校側は表向きは『教育上の配慮』にかこつけ、
実際は自らの保身と体面を慮って、結局これを「事件」ではなく、不幸な
「事故」ということで処理してうやむやのうちに片付けてしまった。
その件以来、学校側も拓馬の乱行に眉をひそめながらもひたすら沈黙を
守って彼の卒業を首をすくめて待つだけとなり、そのせいでますます
増長した拓馬の傍若無人振りにも一層の拍車がかかって、中学校を卒業する
頃には地元でも有名な不良として恐れられるようになっていた。

一方、烏丸連耶は同じ不良でも拓馬とは全く別人種といってよかった。
父親は県政の黒幕と称され、地元選出の国会議員ですら頭が上がらないと
噂されるほどの有力県会議員で、拓馬の父親とは違った意味で大きな権力を
持っていた。

連耶本人は学業不良の拓馬とは対照的に成績優秀で運動神経もよく、
いわば一見優等生タイプだった。
しかし、その性格は冷酷にして残忍、さらに計算高い上に我が強く、友達などほとんど
いない一匹狼だった。
そんな連耶ではあったが、なぜか拓馬とだけは妙に気が合い、互いに
名前で呼び合うほどの親友の間柄だった。
他の同級生など歯牙にもかけない拓馬もまた、連耶にだけは一目置いて
対等に付き合い、高校卒業後に彼が東京の大学に進学して、しばらく
離れ離れになったものの、卒業後に地元に戻ってくると、それまで以上に
2人は頻繁に付き合うようになり、また高校の後輩から、これまたたちの
悪い不良仲間を集めて、しばしば近隣の住民達とトラブルを起こすなど、
地域の鼻つまみ者となっていたのだ。

「たくっ・・・・ 女は腐るほど居るけど、みんな男つきばっかじゃねえか」

鷲尾が忌々しげに吐き捨てた。

「しょうがないですよ、鷲尾さん。だいたいこんなところに1人で来る
女(すけ)なんかそうそういないっしょ」

鵜飼が言うと、鷺沼がいかにも口惜しそうに続けた。

「だから鷲尾さん、さっき声をかけてきた女どもにしときゃよかったんすよ。
こっちに色目を使ってたし、どう見たって逆ナン目的だったすよ。
誘えばすぐについて来ただろうし、後でいくらでも・・・・」

そこで鷺沼は腰を前後に卑猥に動かす振りをして言い足した。

「やらしてくれたんじゃないすか?」

鷲尾は鷺沼に冷たい一瞥をくれると小馬鹿にしたように言った。

「バカか、オマエ? あいつらの顔見たのかよ? あんなブスども相手じゃ
立つものも立ちゃしねえ。それにもう見るからにヤリマンって感じで全然
そそらねえよ。なあ、連耶?」

鷲尾が烏丸の方を振り向いて同意を求め、烏丸は表情を変えずにただ黙って頷いた。
それでも鷺沼をあきらめきれないといった感じでぼやいた。

「そうかなあ・・・・ そりゃ美人ではなかったけど、ブスってほどでも
ないと思ったけどなあ。だいたい鷲尾さんは贅沢なんすよ。ブスはダメ、
オバンはパス、ガキはイヤだって・・・・ 女なんてやれりゃあ顔なんて
そんな関係ないっしょ」

だが鷲尾はじろりと鷺沼を睨みつけると、改めて言い放った。

「オマエ、ホントに分かってないのか? さっきの女どもをパスしたのは
何も顔だけが理由じゃねえよ。そりゃあ、ああいうヤリマン女どもは
すぐにほいほい股開きやがるだろうぜ。けどそれじゃあ面白くねえんだよ。
オマエら、今日の目的を忘れたわけじゃねえだろうな? オレ達はわざわざ
ここまで女をナンパしにきたんじゃない。オレ達は女を狩りに来たんだ、狩りに。
ハンティングだよ」

鷲尾は手にしたハンディカメラを振りかざしながら男達を見回した。
烏丸は相変わらず無表情のままただ頷き、後輩達は一斉に沈黙した。
誰もがその『狩り』の意味をわかっていたのだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

それは半年ほど前のことだった。
鷲尾と烏丸が近郊の市街に繰り出してナンパに成功した2人の女は、いかにも尻が軽そうな
ちゃらちゃらしたタイプだったが、散々わがままを言ってただで飲み食いした挙句、
いざとなったら言を左右にしてごまかし、それでも強く迫ると突如逆切れした。

「ばっかじゃないの! ご飯をおごってくれるっていうから付き合って
あげただけよ。アンタみたいなイモ野郎にやらせてあげるほど趣味は
悪くないし、男に困ってないわよ!」
「何だと、このアマ!」

その言葉にぶち切れかけた鷲尾だったが、そこはいったんは烏丸に宥められ、
さらに烏丸が彼女達に平身低頭謝ることでその場は収まった。
だが、もちろんそれは烏丸の本心ではなく、すでにその時点で彼は悪辣な
奸計をめぐらしていたのだ。
烏丸は機嫌を直した彼女達を言葉巧みにあらためてこの町へと連れてくると、
突如豹変してその本性を現した。

ひそかに連絡を取って呼び集めておいた鷹村・鷺沼・鵜飼らとともに彼女達を
山中の製材所へ拉致監禁すると、鷲尾とともに2人を相次いで犯していった。
初めは鷲尾と烏丸のあまりの乱行ぶりに腰が引け、渋っていた後輩達も
鷲尾に半ば強制される形で結局は全員がその輪姦行為に加わった。
そして烏丸は最初からそのつもりで鷺沼に持ってこさせたハンディカメラに
その様子を余すことなく撮影し、その映像は編集されてDVDに収録され、
今は鷲尾の部屋の本棚にコレクションとして収まっていた。

以来、彼ら5人に新たに鴨志田を加えた6人はその悪行に取り憑かれたように、
『イベント』や『狩り』などと称して同様の悪行を繰り返し、そしていまや
そのコレクション映像に収められた生贄はOL・看護師・主婦・女教師・
女子大生など合計9人にも及んでいた。

「わかんだろ? 簡単に自分から股開かれて喘がれたんじゃ、面白くも何とも
ねえんだよ。すっ裸にひん剥かれた女が無理やりぶち込こまれて泣き叫びながら、
それでもよがって喘ぎまくる。オレはそんな画像(え)を撮りてえんだ!」
「そりゃあそうですけど・・・・」
「それにオマエらだって、そのつもりでついてきたんだろうが。
この前、女子大生の2人組を犯った時だって、最初はともかく最後にゃ
のりのりでオマエらもあの女どもを輪姦(まわ)してたじゃねえか。
特に鷹村、オマエは結局3度も犯ったよな」

その時の光景を思い出したかのように鷹村が思わず顔をにやけさせた。

「そりゃまあ・・・・ だけどあいつら、最初はわんわん泣き叫んで
めちゃくちゃ抵抗してたくせに、最後の方になったら自分で腰を使って、
しまいにゃあんあん喘いでましたよね」

すかさず鷺沼が応じた。

「それはあれじゃねえか、あれ。ほら男にレイプ願望があるのと同じで
女にも被レイプ願望ってのがあるらしいぜ。だから最初は嫌がってても
犯られてるうちにその気になっちまうんだとよ」
「マジかよ、それ?」

半信半疑の鷹村。そこに鴨志田が口を挟んだ。

「あっ、それは俺も聞いたことあるっす。だから女も普通にやるより、
レイプされる方がエクスタシーを感じてイキまくるらしいですよ」
「へえ・・・・ そんなもんなのか。だけどあいつら、身体はいまいち
貧弱だったよな。両方とも20歳の女子大生っていうから期待してたけど
胸なんかそれこそぺったんこのど貧乳で、まるでガキとヤッテるみたいで
全然物足りなかったもんなあ」

鷹村のぼやきを今度は鵜飼が鼻でせせら笑った。

「ふん、3度も犯ったくせによく言うよな、オマエ。でもまあ確かに胸は
貧弱だったよな。そのくせ結構ヤリ込んでるって感じでよお。乳首なんか
黒ずんでて、あっちもいまいち締まりのねえゆるマンで、あれにゃホント
萎えちまったぜ」

そこで鷲尾が我が意を得たとばかりに大きく頷いた。

「ああ、そうだったな。所詮節操のねえヤリマン女なんてそんなものさ。
だからどうせレイプするんだったらやっぱ処女だぜ、処女!
まだ誰ともヤッテねえ生娘のあそこに思い切りぶち込んでがんがんに
犯してみてえよ! そして・・・・」

鷲尾はハンディカメラをポンポンと叩いた。

「それをばっちり撮影するのさ」
「そうっすよね。どうせ犯るなら処女っすよね! 処女狩り、最高!」

鷲尾の邪悪な熱にあてられたように一斉に盛り上がる男達。
それを見て鷲尾と烏丸は顔を見合わせ意味深に笑った。
後輩達4人は知らなかったが、実は編集されたレイプ映像のうち何本かは
烏丸の知り合いのAV業界の男に、裏の企画モノとして持ち込まれていた。
そしてそれは予想以上の高値で引き取られ、さらに男はもちろんそれが
本物のレイプ映像だと知りつつ、後ろめたさなど微塵も感じられない口調で
こう言ったのだ。

――他にもあったらどんどん持ってこいよ。素人女のレイプ物は人気が高くて
  いくらでも需要があるんだ。それにもっといい女のレイプ映像だったら
  買い取り価格も弾むからよ。例えばそうだな、これなんか超レアものだぜ。

そう言って男はあるDVDをデッキにセットし、再生ボタンを押した。
画面に映し出されたのは8畳ほどの畳の部屋に1人ただずむ20代前半と
思しき美女。明らかに顔はこわばり、何かに怯えている表情だ。
すると突然、ドアが開くと音とともに、その筋の者とはっきりと分かる
屈強で強面の5人の男が現れ、有無を言わさずその美女に襲い掛かるや、
瞬く間に全裸にひん剥き、相次いで蹂躙・陵辱していくシーンが延々と続いた。
そのド迫力のレイプシーンの連続に思わず息を呑んで見入っていた鷲尾と
烏丸だったが、そこではっとしたように烏丸が声を上げた。

「おい拓馬、今犯られてるこの女・・・・ どこかで見たような気がしないか」
「えっ? そういやあ確かにどこかで・・・・」

2人が顔を見合わせると、男は得意げに言った。

「よく気づいたな。お前ら速水玲香って憶えてないか? しばらく前に解散した
アイドルグループのメンバーの一人で、清純派アイドルとして一時期はテレビ
とかにもたまに出てた娘だよ。どうやら所属していた芸能事務所がその筋と
トラブったらしくてな。その時は何とか金で落とし前はついたんだが、
その他に代償としてヤーさん達が要求したのが速水玲香を一晩自由にさせること、
だったらしい。これはその時の映像なのさ」

芸能界と裏社会とのつながりについてはよく噂されるが、そのあまりに生々しい
話にはさすがに2人とも半信半疑だった。

「本当に? よくあるそっくりさん企画とかじゃなくて?」
「ああ、モノホンだよ。だって・・・・」

そこで男は声を潜めた。

「でかい声じゃ言えないが、これを持ち込んだのは警察関係者だからな」
「えっ! マジっ?」
「ああ。この後しばらくして、そのヤーさんの事務所が警察(さつ)に
がさ入れを喰らって、たまたまこの映像が収録されたDVDが押収されたんだよ。
そんでそれをダビングして持ち込んできた刑事(でか)がいるってわけさ」
「でもなんで刑事がそんなことを・・・・」
「まあそりゃあ刑事だって人の子ってことさ。金に困っているヤツだって
わんさといるんだ。このくらいのことはいい小遣い稼ぎくらいにしか考えて
ないんだよ」
「そのヤーさんの組ってどこだか分かりますか?」

鷲尾が尋ねると男はあっさり答えてくれた。

「確か集英会だったな」
「そうですか」

集英会は鷲尾の父親が所属する泥山会とは友好関係にある組で、鷲尾も
名前くらいは知っている。
そしてそこが半年ほど前に警察のがさ入れを喰らったことも父親から聞いて知っていたが、
まさかその時にこんな映像が押収されていようとは知る由もなかった。
男はさらに得意げに続けた。

「まあ、速水玲香レベルのアイドル陵辱物となるとレア中の超レアだけど、
アイドルって言ってもピンきりだからな。マイナーアイドルの枕営業の
流出物とか、元彼の持ち込み映像とかはたまにお目にかかるぜ」

男はそこでDVDを止めると、2人の肩をぽんと叩いた。

「さすがにここまでの極上のレア物とは言わないが、できるだけいい女が
犯られてるやつを持ってきてくれよ。期待してるぜ」



「おい、どうしたんだ、拓馬? アイツラみんなもうのりのりだぜ」

烏丸の声に現実に引き戻される鷲尾。
鷲尾は盛り上がる男達を改めて見回すと命令を下した。

「ほらほら、分かったんならさっさと今夜の獲物を探すんだよ。
それに今回は記念すべき10人目なんだ。もちろんブス、オバン、ガキは厳禁、
レイプし甲斐のある若くて活きのいい生贄を見つけるんだ!」
「鷲尾さん、具体的にどんな女が理想ですか?」

鷺沼が問うと、鷲尾は少し考えてから答えた。

「そうだな・・・・ どうせならまだ一度も犯ったことのない女子高生が
いいな。それもカメラ映りのいい可愛いくてスタイルのいいやつを頼むぜ。
なんつってもレイプの定番といったら女子高生陵辱物だし、やっぱりそれが
なくちゃコレクションが完成しないからな」
そして最後に口の端を歪めて付け加えた。
「それで処女だったら言うこと無しだ」

男達は大きく頷くと彼らの暗く淀んだ瞳の奥に狂気の光が宿り、
一斉に鷲尾の求める生贄を探し始めた。
そして程なくして残酷な運命の神は、まさしくその無茶な要求を完璧に満たす
格好の獲物を、この飢えた淫獣達の目の前に差し出したのだ。
その生贄の名は毛利蘭。
これが彼女を想像を絶する性地獄へと突き落とす
『真夏の夜の悪夢』、その開演のファンファーレが鳴った瞬間であった。


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