真夜中の○○市立中央病院。

「たく・・・・ 事故に遭うなんてついてねえや」

『月刊空手道』の厚木は舌打ちをしてぼやいた。
大会の取材を終え、車で東京に戻ろうとした直後に交通事故に巻き込まれたのだ。
幸い運転していた厚木の怪我はかすり傷程度で大したことはなかったが、同乗していた
海老名が命に別状こそないものの全治2ヶ月という重傷をおい、入院することになった。
そして彼の家族が駆けつけてくるまで、厚木が病院に付き添うことになったのだ。
事故の際に車に積み込んでいたパソコンやカメラなども大破してしまったが、
幸い書き上げた記事と海老名が撮影した写真は、来月号の締め切りに間に合うように、
帰途前にすでにデータ送信をすませていたので問題はなかった。
とりあえず何もすることもなく、待合室で手持ち無沙汰に待っていると、急に周囲が
騒がしくなった。
どうやら急病人が運ばれてきたらしい。

「やれやれ・・・・」

厚木が立ち上がり、入口へと目を向けると、脚付きのストレッチャーに乗せられて
人が運ばれてきた。

「蘭、蘭、しっかりしろ、蘭っ!」
「(えっ・・・・ 蘭って? まさか・・・・)」

それは間違いなく娘の身を案じる父親の悲痛な叫びだった。
蘭が運ばれた手術室から締め出され、呆然と立ち尽くす小五郎に声をかけた。

「毛利さん、いったいどうしたんですか?」

小五郎が振り向いた。
血の気が失せ、真っ青な顔をしている。

「あっ・・・・ あんたは・・・・」
「『月刊空手道』の厚木です。ほら、さきほど蘭さんの写真を撮らせてもらった」
「あ、ああ。あんたか・・・・」
「それでいったいどうしたんですか、毛利さん。今運ばれてきたのは蘭さんの
ようでしたけど、具合でも悪くなったんですか?」
「い、いや・・・・ 違う、そんなんじゃない、そんなんじゃないんだ!」

小五郎はむきになって否定したが、それが逆に蘭の身にただならぬことが起こったのだと
厚木に確信させた。
厚木は手術室の閉ざされた扉に目をやり、もう一度問うた。

「いったい、蘭さんに何があったんですか? 教えてください、毛利さん」

だが小五郎は崩れるように待合室のソファに座り込むと、がくっとうなだれ、
重ね合わせて組んだ両手を額に押し当てるようにしてうつむいた。

「毛利さん・・・・」
「あ・・・・ あんたには関係ないんだ」

小五郎はそう一言だけ言うと、そこから先は厚木が何を訊こうと決して口を
開こうとしなかった。

「(いったい何が・・・・)」

厚木がもう一度、手術室の扉に目をやった時、小五郎の前に2人の男が立った。
一人は40代後半くらいで中肉中背。もう一人は30代前半と思しき背の高い男だ。

「毛利小五郎さんですね?」

中肉中背の男が声をかけた。

「私、○○署の高尾といいます。彼は立川です」

紹介された若い男が軽く頭を下げて挨拶する。

「お疲れのところ申し訳ありませんが、詳しい事情をお聞かせください」

そして高尾は厚木に目をやると、鋭い目つきで訊いた。

「君は?」
「えっ? お、俺は・・・・」

惑う厚木の言葉を遮り、小五郎が立ち上がった。

「彼は関係ありません。それにここじゃあ・・・・」

高尾は大きく頷くと、立川に目配せした。

「わかりました。じゃあ別室にいらしてください」

小五郎は無言で立ちあがり、2人の後についていく。
その場に取り残された厚木は首をかしげた。

「○○署って・・・・ 刑事だよな。いったい何が起こったっていうんだ?」

――――――――――――――――――――――――――――――――

鷲尾達は彼が独り暮らしをしているマンションに引き上げてくると、
たった今撮影してきた蘭の輪姦陵辱映像の編集に夜通しいそしんでいた。
その作業も一通り終えたところで、烏丸が鷹村に訊いた。

「そういやあ、お前、関東大会の決勝戦の様子を撮影したって言ってなかったか?」
「ええ、携帯で動画撮影しましたけど、それが何か?」
「ちょっとその携帯を貸してみろ」
「そりゃいいですけど」

鷹村が携帯電話を烏丸に差し出す。鷲尾が怪訝な顔で訊いた。

「そんなものどうするつもりだよ、連耶」

烏丸はその動画を別のDVDにデータ移行しながら笑った。

「なーに、映像と一緒にこれもつけてやれば、この女が格闘天使本人であることの
いい証拠になるだろ」
「おおっ! なるほどな。そりゃいいや。これで万事完成ってわけだ。
ところで連耶、タイトルは何にする?」

鷲尾が完成したDVDを手にして烏丸を振り返る。

「それはさっき言ったろ。『真夏の夜の悪夢 The 輪姦 引き裂かれた格闘天使』さ」

ラベルに直接タイトルを書き込みながら鷲尾が思い出し笑いをした。

「それにしてもホントに犯り甲斐のあるいい女だったよな。ルックスはアイドル並、
身体はエロいし、それにあっちの締まりはキツキツで、俺のモンをぎゅんぎゅんと
締め上げてよお・・・・ その上、中身は熱々のトロトロ、ああいうのを名器って
いうんだろうな。いままで輪姦(まわ)してきた女の中でも抜群のぴかイチだったぜ」

鷲尾が同意を求めるように皆を見回すと、全員が大きく頷き、まっさきに鷹村が同意した。

「いやあマジ最高でしたね。それにしてもあの身体は犯罪的っすよ。あれじゃあ男に
犯してくれって言ってるようなもんすよ」
「ああ、そうだったな。いるんだよ、ああいう男に犯されるためにいるような女ってのは。
今晩俺達が犯らなくたって、いずれ他の野郎に犯られてたはずさ。そう思えば俺達は
ラッキーだったよな」
「そうっすね。それにあの『新一、新一』って恋人の名前を泣き叫ぶ声や、イッチまった
喘ぎ声もすげぇ色っぽくてぞくぞくしたっすよ。あの声だけでも確実に抜けますよ」

鵜飼が興奮したように言うと、鷺沼も続いた。

「でも、その新一って野郎も腰抜けっすよね。あんな可愛い恋人がいるのに手を出して
なかったんだから。俺だったら会ったその日に即行でやっちまうけどなあ」

烏丸が苦笑しながら茶化した。

「まあ実際、会ったその日に『犯っちまった』わけだけどな」
「ああ、そりゃそうっすね。でもあの女も犯られながらいい反応してたっすよね。
あれもその腰抜け野郎の恋人にに見せてやりたかったっす」

鷲尾がニヤリと笑った。

「まあな。だけど俺はその腰抜け野郎に感謝してるんだぜ。おかげであのチャンピオン様の
とびきり上等のバージンをたっぷりと味わうことが出来たんだからよ」
「それは羨ましいっすよ。でも鷲尾さんって処女レイプに結構こだわりますよね?」

鴨志田が訊くと、鷲尾は得意気に持論をぶった。

「そりゃそうさ。いいか、処女散らしってのは女にとって一生に一度だけのことなんだ。
それをレイプで犯るってのは、ものすげえ興奮するし、あの抵抗感はたまらねえぜ。
それに何てったって犯った直後の征服感がマジ最高なんだよな。ソープに行って玄人の
女と何十回もやるより、ああいうとびきり上玉の処女を散らす方がずっと価値があって
男の悦びが味わえるってもんだ。これだから処女狩りはやめられねえ」

その後も男達の卑猥な性談義は一向に尽きずに、夜も白々と明けてきた。
鷲尾はカーテンを明け、眩しそうに太陽の光を見つめた。

「ようし、今日はこれで解散だ、ご苦労さん。またイベントの時は連絡する。
それと連耶は残ってくれ」

4人の後輩達が帰途に着くと、鷲尾は烏丸を振り返った。

「そんじゃあ、一眠りしたら例の業者のところにこのDVDを持ち込むとしようぜ」
「ああ、さっき連絡は取ったよ。今日の午後にでも来てくれとさ」
「さすが連耶、手際がいいな。今回のはあのアイドルのヤツにも負けてねえ最高の
仕上がりだぜ。いったいいくらで買い取ってもらえるか楽しみだな」
「ああ、そうだな」

互いに顔を見合わせ、期待に胸を膨らませる2人。
だが・・・・ 2人がそのDVDを業者に届けることは出来なかったのだ。



蘭は治療の後もほとんど錯乱状態だったので、すぐに鎮静剤で眠らされてしまい
事情聴取が出来なかった。
そこで高尾と立川は彼女と共に監禁されたコナンから事情を聴取し、彼の証言から
すぐさま犯人達を特定することができた。

「やっぱりあいつらか・・・・」

高尾が唇を噛み、苦々しげな表情になった。
鷲尾と烏丸が何かにつけ問題を起こしていたことは周知の事実だったが、
これまではその狡猾な手口と、地元の表と裏の有力者である彼らの父親からの
有形無形の圧力で逮捕までには到らず、何度も煮え湯を飲まされてきた。
そしてその結果がこれだ。
犯罪は小さな芽のうちにつんでおかないとどこまでもエスカレートするものなのだ。
ここ半年ほどの間にこの近辺で相次いで起こった連続婦女暴行事件もおそらく
彼らの仕業に違いない。
これまでは明確な証拠が掴めず、また加害者からの報復を恐れてか被害者の口も
堅くて逮捕までには到らなかったが今回はそうはいかない。

「よし、立川。朝一で逮捕状を取るんだ。今度こそあいつらの息の根をとめてやる」

そして翌日昼前、仮眠を取って業者のもとにそろそろ出かけようとしていたた2人を
警察が鷲尾のマンションに急襲し、まぎれもない証拠のDVDを押収するとともに逮捕した。
さらに別働隊が鷹村・鷺沼・鵜飼・鴨志田の4人も身柄も押えて、この人の皮を被った
淫獣達の狂った宴は永遠の終焉を迎えたのだった。

真夏の夜の悪夢から3日後。
病院を退院してきたコナンが阿笠と灰原の前に現れた。

「新一! いったい何があったんじゃ!」

阿笠も灰原も詳しい事情は何も知らず、ただ蘭とコナンが怪我をして病院に
入院したとしか聞いていなかった。

「工藤君、もう怪我は大丈夫なの?」

灰原が気遣わしげに訊く。だがコナンはそれには返事をせずに暗い目で灰原を見返し、
一言言った。

「例の薬・・・・ 完成したんだろ。早くそれを飲ませてくれ」

だが、灰原は言下にそれを拒絶した。

「だめね」
「なっ、何でなんだよっ!」

気色ばんでくってかかるコナン。

「工藤君、あなた顔が真っ青よ。どう見ても体調がよくないわよね。あの薬は
解毒薬とはいっても劇薬なのよ。体調が万全の状態じゃない人には飲ませられないわ」
「いいから、早くよこせって言ってるんだっ! どうしてもすぐに元の身体に
戻らなくちゃいけないんだよっ!」

灰原につかみかからんばかりの勢いのコナンを阿笠が制止した。

「まあまあ新一、哀くんの言うことももっともじゃ。それに薬はもう完成して
いるんだから焦ることもないじゃろ」
「だめだ。今じゃなきゃだめなんだっ! 早く元の身体に戻らなきゃだめなんだよっ!」

詰め寄るコナンに灰原が皮肉たっぷりな口調で言った。

「わかってるわよ、工藤君。どうせあの探偵事務所の彼女絡みなんでしょ。
彼女はまだ入院しているみたいだし、病床の彼女の前に突然姿を現して
告白するなんて劇的なシチュエーションを演出したいだけなんじゃないの?
まあ男の子なんだし、その気持ちは分からないでもないけど我慢するのね。
今更もう少しだけ待つくらい大したことないでしょ。まさか今度は彼女が
小さくなってあなたの前から消えてしまうわけじゃあるまいし、ちゃんと
待っていてくれるわよ」

阿笠が子供っぽい笑みを浮かべた。

「なんじゃ、そうなのか新一? まったく・・・・ 君は昔からそういう格好つけの
ところは変わらんの。でも大丈夫、哀くんの言うとおり、蘭くんはちゃんと待っていて
くれるじゃろ。それにほら少しくらいじらした方が効果的かも知れんぞ。どうせだったら
もう少し今の状態を楽しんだらどうじゃ?」

能天気なことを言う阿笠をコナンが激昂した。

「そんなんじゃねえっ! 今の蘭にはコナンじゃダメなんだよっ!
新一じゃなきゃダメなんだっ!」

そのコナンの様子にさすがに灰原が異変に気づいた。

「工藤君、彼女に何かあったの? 向こうで怪我をしたって聞いたけど、
それだけじゃないみたいね。理由(わけ)を話してちょうだい。事と次第によっては
薬のことも考えてあげてもいいわ」
「それは・・・・」

唇を噛み締めるコナン。
そうそう簡単に話せる事情ではないのだ。
適当な嘘でごまかそうか、そう思って顔を上げた時、まるでそれを見透かしたように
哀が釘を刺した。

「言っておくけど、嘘はダメよ」

それでも逡巡するコナンだが、灰原には下手な嘘は通用しない。
ようやく思い切って口を開いた。

「灰原、博士、今から話すことは絶対に秘密だぞ、約束できるか」

2人は顔を見合わせ頷いた。

「わかったわ。誰にも話さない。それでいったい何があったの?」

コナンはあの夜に蘭と自分の身に起こった悲劇を全てを話さざるをえなかった。
ただ一点、コナン自身が蘭にフェラチオ奉仕されたことを除いては。

あまり惨い話に阿笠はいたたまれなくなって席をはずし、コナンと灰原は
2人だけとなった。

「そう・・・・ そんなことが・・・・」

灰原は小さくため息をつくと引き出しから一錠の青い錠剤を取り出し、コナンに渡した。

「これが、例の薬なのか?」
「いいえ、違うわ」
「ど、どういうことだ」
「さっき言ったでしょ。解毒剤とはいえ劇薬なの。やっぱり体調が十分じゃない人には
渡せない。今渡したのは解毒剤を作成中に出来た試薬よ。効き目は弱いから今のあなたでも
飲めるわ。だけど・・・・」
「だけど、何だよ」
「本来の効き目は6時間ってところね。だけどあなたの身体には薬に対する耐性が
もうずいぶんとできているからせいぜいもって2時間といったところかしら」
「2時間・・・・ だけなのか」
「ええ。それにその薬を飲んでしまうと、本当の解毒薬を飲むまでに1週間以上は
間を開けなければならないけどそれでもいい? これが今の私に出来る精一杯のことよ」

たった2時間、だが今のコナン、いや新一にとってはかけがえのない大切な時間だ。

「分かった。ありがとう、灰原」

コナンは薬を受け取るとくるりと踵を返し、蘭が入院している病院へと向かっていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

英理はベッドに横たわったまま身じろぎ一つせず、生気の消えた虚ろな瞳で
ただ天井をじっと見つめている娘を見やった。
蘭は意識を取り戻して以来、まるで無表情という仮面をつけたかのように
その顔からは全ての感情が消えうせていた。
英理がいくら呼びかけてもほとんど返事すらせず、あの天真爛漫で快活な
美少女の面影はいまやどこにもない生ける屍に近い状態だ。
穢れない無垢な身体をさんざん弄ばれ、その純潔をレイプで散らされた上に、
10人近い男に相次いで輪姦されたのだ。清純な美少女の心を殺すにはあまりに
過ぎた試練だろう。

「(蘭・・・・ どうしてこの娘(こ)が・・・・)」

心身ともに深い傷を負った娘。若さゆえに身体の傷が癒えるのは早いだろうが、
逆ににそれゆえ、心の傷から立ち直るのは容易ではあるまい。
そしてたとえ立ち直れたとしてもPTSDの心配もある。
それでも自分と小五郎が時間をかけて、蘭を見守り慈しんでいくしかない。
最初に小五郎から事情を訊いた時、英理は言葉激しく彼を責めた。

――あなたが一緒に行っていれば、蘭がこんな目に遭わなかったはずじゃない!
  蘭が・・・・ 蘭が・・・・ こんなことになったのはあなたのせいよっ!

小五郎がそのことで誰よりも苦しみ、自身を責め苛んでいることを知りながらも、
彼を責めることでしかやり場のない怒りをぶつける術がなかったのだ。
今でも彼に対する怒りがないと言えば嘘になる。今まではたとえ別居していても、
小五郎と離婚(わか)れるつもりはなかったし、彼との絆が壊れたと一度も思った
ことはなかったが、今回のことで明らかに彼との間に埋めがたい溝が出来てしまった。
それでも蘭が立ち直るためには父親としての小五郎の力が絶対に必要なのだ。
今は何よりも蘭のことを一番に考えたい。2人のことはそれからでもいい。
だが、ふと思った。
蘭が今一番必要としているのは母である自分でも、父である小五郎でもなく、『
工藤新一』、その人なのかもしれないと。
蘭がその同じ歳の幼馴染に切なくも熱い想いを寄せていることは明らかだったし、
彼の方もおそらく蘭のことを憎からず想っていることは間違いないだろう。
英理はそんな2人を、若き日の自分と小五郎に重ね合わせ、何ともほほえましく
思っていたのだ。
いずれ蘭も自分と同じように幼馴染と結ばれ、自分はなれなかった良き妻・良き
母として幸せになるだろう、いやそうなってほしいと心から願っていた。
それなのにどうして・・・・

「(蘭・・・・)」

ベッドの上の愛娘にもう一度目をやった時、病室のドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

英理が立ちあがり、ドア越しに訊いた。

「どなた?」

一拍間が空いて答えが返ってきた。

「新一です」
「えっ!」

思わず、ベッドの上の蘭に目をやった。
するとこれまで能面のように無表情だった蘭の顔に明らかに動揺の色が浮かび、
激しく頭を振った。
入院以来、ここまで蘭が感情を露わにしたのは初めてだ。
英理は一瞬躊躇ったが、すぐに決断した。

「どうぞ、新一君」
「おかあさん!」

蘭が抗議の声を上げたが、英理は新一を迎え入れた。
新一は英理に深く頭を下げると固い声で言った。

「おばさん・・・・ 蘭と2人にしてもらえませんか? お願いします」

その真剣な瞳と震える声で英理は確信した。

「(この子は知っているんだわ)」

英理は新一の肩に手を置き、言った。

「新一君・・・・ 蘭を頼むわよ」

新一が小さく頷くのを見て、英理は部屋から出て行った。

2人きりの病室。互いの視線が絡み合い、新一がゆっくりと近づいてくる。
蘭もまた彼の表情を見て絶望とともに確信した。新一は自分の身に何が起こったか
知っている。そう、あのケダモノ達にその身を散々弄ばれたあげくに処女を散らされ、
穢されたことを。
新一が苦しげに、絞り出すような声で言った。

「蘭・・・・ コ・・・・ コナン君から全て聞いたよ」
「来ないでっ!」

身を起こした蘭が叫び、新一の足が止まる。
新一に話してしまったコナンを恨む気持ちはない。
彼もまた自分と同じように辛い目にあったのだ。
だが・・・・ 世界中の他の誰に知られたとしても、唯一工藤新一、
この愛しい相手だけには絶対に知られたくなかった。

「どうして・・・・ どうして今頃・・・・」

思わず口をついて出る言葉。
若き日の母のピンチを同じく若き日の父が救ったエピソードを聞いた時、
蘭はそれを自身と新一に重ね合わせ、そして2人の将来を夢想した。
だが・・・・ 現実は無惨だった。
あの時どんなに今目の前に立つ愛しい相手の名を泣き叫ぼうと、彼は決して助け
になど現れてはくれなかったのだ。

「蘭・・・・」

新一が再び歩を進めてベッドに近づき、蘭が何かを言う前にぎゅと抱きしめた。

「あっ・・・・」
「蘭・・・・ すまん・・・・ お前をこんな辛い目に遭わせてしまって・・・・
全て俺の責任だ」
「えっ? 責任って・・・・ し、新一・・・・ それはどういう・・・・」

新一は抱擁を解くと真摯な瞳で彼女を見据えて、震える声で言った。

「蘭・・・・ 俺はお前が好きだ」

蘭の身体がびくんと震えた。
今までどれほどこの言葉を期待し、待ち望んでいただろう。
だが今となっては全てが遅いのだ。
蘭が視線をそらした。

「新一・・・・ でも私は・・・・」
「いいんだ、今は何も言わなくていい」
「でも私はもう・・・・ あんな男達に・・・・ 私は・・・・ 私は・・・・
あの男達に犯されたのっ! 何回も何回も何回も・・・・ 汚いのよっ!
穢れてるのっ! だから・・・・ だから・・・・ 新一にそんなこと言って
もらう資格なんかないのよっ!」

自身の心を切り裂く言葉を絶叫する蘭。

「言うなっ、それ以上何も言うんじゃないっ、蘭っ!」

突然蘭の唇が新一のそれに塞がれた。
蘭は一瞬はっとしたように目を大きく見開いたが、やがてまぶたを閉じ、なすがままに任せた。

「ううっ・・・・」

長い長いキスを終え、新一はまるで自身の気持
ちに決して揺らぎがないことを確かめるかように愛の言葉を繰り返した。

「蘭・・・・ 俺はお前が好きだ。ずっとずっとガキの頃から好きだった」
「新一・・・・ でも私はもう・・・・」

だが新一はその言葉を遮ると、蘭の肩に手を置き静かに言った。

「蘭・・・・ お前は俺のことが嫌いか?」

蘭がぶんぶんと首を振る。

「ううん、私も新一のことが好き。私だってずっとずっと好きだった。でも・・・・」
「『でも』はいらない」

新一は蘭の両肩に置いた手にぐっと力を込め、そして意を決したように蘭をまっすぐ
見つめ、一言一言確かめるようにして言った。

「蘭・・・・ いつか・・・・ いつかお前が・・・・ 今度のことを忘れられる日が
来たら・・・・ 俺と・・・・ 結婚しよう。いや、結婚してほしい」
「えっ!」

思いもかけないプロポーズ。

「ううん、俺が、俺が必ず忘れさせてやる。だから・・・・ 俺と結婚してくれ。
蘭・・・・ お前を愛している」

身が震えるほど嬉しい言葉。
だが蘭は力なく首を振った。

「新一・・・・ 同情だったらいらない。私はもう以前の私じゃないの」
「馬鹿なっ! 同情なんかじゃないっ!」
「でも私はもう・・・・ あんな男達に・・・・ 私は・・・・ 私は・・・・」

新一は蘭の言葉を遮った。

「分かってる。もう何も言わなくていい。それにオマエはちっとも変わっちゃいない。
何があっても蘭は蘭なんだ。俺はお前が好きだ。何度でも言う。愛しているんだ、蘭。
俺の言葉を信じてくれ、蘭!」

コナンの姿では決して言うことできなかっ愛の言葉。その真摯な想いは蘭の胸を打ち、
かたくなに閉ざされた心をほぐしていった。

「新一・・・・ 本当に・・・・ 本当にこんな私でいいの?」

新一は優しく蘭を抱きしめた。

「ああ、俺にはお前しかいない。そして蘭、お前にも俺しかいないはずだ」
「新一・・・・」
「今すぐ返事をくれなんて言わない。だけど俺はずっと待ってる。何年だって何十年だって、
お前がイエスと言ってくれるまでな」

蘭がふと顔を上げ、泣き笑いのような表情を浮かべた。

「新一・・・・ さっきのキスは私の・・・・ ファーストキスなんだよ」
「えっ!」

そう、あれだけ陵辱の餌食とされながらも奇跡的に唇だけは奪われることなく、
蘭の大切なファーストキスは守られていたのだ。
もっとも別のおぞましいものを咥え込まされはしたが、神聖な唇を重ねたのは
まごうことなく新一とが始めてだった。

「新一・・・・ 私・・・・ ファーストキスは絶対新一とだって決めてたの。
だから・・・・ 嬉しい」

半分は本当で半分は嘘だった。
新一に捧げたかったもの、それはファーストキスだけでなく、女の子にとって
最も大切なものもだった。
だがそれはもう二度と戻ることはない。

「蘭・・・・」

再び唇を交わす2人。
そして蘭の瞳から熱い大粒の涙がこぼれ、頬を伝った。
それは悲しい色を滲ませてはいたが、正真正銘の嬉し涙であった。
 



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