自慰/奈賀視点 晩飯の食器を洗う。 洗濯をする。 ついでに掃除機もかける。 夜だがまだ宵の口だ。下の部屋の住人が気弱そうな男の一人暮らしだと知っているので平気でやる。 作業をしながらちらちらと居間の奥のドアを伺う。 桑原が出てくる気配はない。 俺は諦め、不必要な灯りを消して寝室に入る。 今夜あたりであがると言っていたのに、桑原はまだ仕事が終わらないらしい。 今週は波乱続きだった。 発端は、桑原のパソコンの反乱だ。突然ハードがいかれたのだ。作業途中のデータが全て飛んだと、大騒ぎになった。 パソコンは他にも二台あるが、メイン機ほどのパワーはない。それでもないよりはマシだった。桑原がトロいサブ機で急ぎの仕事を片づけている間、俺はわざわざ講義をさぼって電気街へ新しいハードを買いに行った。 パーツの取り替えも俺がやってやった。パソコンの本体をあけるのなんて、初めてだ。 つつがなく交換を終え、すぐ仕事に使えるように弄くってやる。その横で、桑原はトイレにもろくに立たずに画面と睨めっこをしていた。 桑原は俺が仕事部屋に入ることを嫌がる。だからじっくり室内の様子を眺めるのも、仕事をする桑原の姿を見るのも初めてだ。 たいした集中ぶりだった。 イラストなんてさらさらっと描いてしまうのかと思ったら、拡大したり縮小したり色を調整したりと、随分沢山の作業をしている。俺が横にいることなど、完全に忘れている。締め切りを延ばしてくれなどという電話を何本もかけていたからかなり深刻な状況なのだろう。 作業を終えた俺が部屋から出た時も全く気付かず、ありがとうの一言もなかった。 別にいいけど。 ベッドサイドの灯りだけ点け、俺はジーンズのボタンを外した。高校生の頃から履いているジーンズは少しきつい。引き下ろすとトランクスも引きずられ、半ケツ状態になってしまった。 少し考える。 結局俺はトランクスを引き上げず、ジーンズとトランクスを腿まで一緒に引きずり下ろした。ベッドに座って両方とも片足から完全に抜いてしまう。それからベッドヘッドにいつも置いてあるティッシュボックスを取りやすい位置へ移動した。 ベッドのど真ん中に躯を伸ばす。 足は開き気味にして。 くたりと柔らかい肉塊を手の中に包む。 こうしていると、不思議な感じがする。セックスする時に感じるあの強烈な快感、触れられるだけで震えてしまう鋭敏さは、今はない。手の中にあるのは、単なる自分の肉の一部だ。 感触を確かめるように手を動かし始める。 はっきり言って、味気ない。 無知な子供のように性器を弄くっている自分がなんだか可笑しくなって、笑みがこぼれた。 目を伏せて、いやらしいことを考える。気を入れてペニスを扱き始める。 ガキの頃は輸入物のゲイポルノ雑誌を手に入れてオカズにしていた。でも今は二次元なんかじゃ足りない。ビジュアルに聴覚に触感、五感の全てを記録した脳というライブラリから、とびきりのポルノをひっぱりだして興奮を高める。 俺は年齢の割には充実したライブラリを所持している。ほっそりとした柳腰の美少年を組み伏せた事もあるし、女装癖のある大男と倒錯的な行為を楽しんだこともある。 だけどやっぱり、一番興奮するのは桑原とのセックスだ。 あの大きな掌が俺のペニスを握っている様子を想像する。息を荒げ股間を隆々と屹立させながら、俺の我が儘を、快感を優先させてくれている姿を。 挿れたがっているのをはぐらかして奉仕させるのは、快感だ。でも、一番気持ちがいいのは、あのデカいペニスをぶちこまれること。獣になって絡まり合い、欲望のままに揺れて快感を追求する。どこまで昇れるのか実験してみる、あの瞬間。 あ、ちょっとノってきたかも。 堅さを増した自身をリズミカルに扱きながら、俺は小さく息を吐いた。膝を立ててもう少し足を大きく開く。 膝の間にドアが見える。今、桑原があそこから入ってきたら、面白い事になるなとふと思い、俺は更に大きく足を開いた。 俺の思考を感じ取ったかのように、ドアノブが廻った。 「一体何をやっているんだ、おまえは」 笑いが止まらなかった。 予想通り入ってきた桑原は、ドアを大きく開いたまま呆れて俺を見下ろした。 「何って、見たら分かるだろ。一人エッチ」 くすくす笑いながら俺は手の動きを更に早める。ついでに片手で枕元を探り、ローションのボトルを見つけだした。ぬるりとした液体を掌に取り、広げた足の間に指を伸ばす。 桑原はドアを締め、腕を組んだ。 「俺がいるのに、そんな事しなくても」 「お仕事で忙しいんだろ?」 桑原の顎にうっすらヒゲが浮いている。髪だってくしゃくしゃのままだ。この数日飯も食いに来ないので、俺が片手で喰えるサンドイッチだのおにぎりだのを仕事部屋まで運んでやったのだ。 セックスなど、ねだれなかった。 「なんだ、拗ねているのか?」 「バーカ、ガキじゃあるまいし……ン、…」 アナルに指を差し込むと、桑原の眉間に皺が寄った。 ゆっくり指を動かす。やはり桑原にしてもらうのに比べると味気ない。だが、別の快感があった。 見られるという、快感。 「……奈賀」 桑原が一歩俺に近づく。意図を察して俺は桑原を睨んだ。 「来んな。そこで見てろ」 良い子の桑原は命令通り立ち止まる。だがその目は心中を映し、獣じみた光を放っていた。 俺のペニスもアナルも、全部桑原の目に晒されている。見られているのを承知の上で、俺はわざと腰をくねらせ、自身を激しく扱く。 ……これは、かなり、イイかも。 倒錯的な快感に煽られた。 食いつきそうな顔をした桑原が、俺の痴態を見ている。凝視されているアソコが熱い。急激に熱が上がっていく。 「あ、気持ち……イ……っ」 甘い声を上げてみせる。喉をそらし、足を突っ張る。片足に絡めたままのジーンズのざらついた感触。シャツの中に熱が篭もる。 視覚的効果を狙って指を出し入れすると、ローションが塗れた音を立てた。 「はあっ、……あ、イけそ……」 桑原がまた一歩近づく。 ベッドの上に乗り上げてきた膝を、俺は蹴った。 むっと尖った唇を見て、笑う。 踊り子さんに手を触れてはいけません。 最後まで、見ていて欲しい。 「ん、ああ……っ」 先端を強く擦る。ぐううと衝動がせりあがってくる。 解放。 弾けた欲望をティッシュで受け止め、俺は喘いだ。 「露出狂め」 不機嫌な桑原のあざけりに、俺は皮肉で返した。 「お触りしようとした癖にエラソーに」 丸めたティッシュをゴミ箱に放り込み、俺は上半身を起こした。まとわりついていたジーンズは蹴って脱ぎ、ベッドの下に落とす。 「仕事終わったのか?」 「今入稿中だ。問題があれば連絡が来る。なければ終わりだ」 「ふーん」 シーツの上に胡座をかく。 シャツの一番上のボタンを指先で弾いて外す。 「じゃあ、暇なんだ」 「まあな」 二番目のボタンも外した。くっきり浮いた鎖骨が現れる。 何気なくシャツの下に手を差し込み、鎖骨を指で辿ると、桑原の表情が剣呑さを増した。 俺はもう一つ下のボタンに更に手を伸ばす。 ギャラリー有りの自慰はそれなりに楽しかったが、やっぱり本物のセックスに如くものはない。 だが俺は何食わぬ顔で心にもない事を口にした。 「じゃあもう寝たら? 徹夜続きで疲れているだろ?」 「こんなんで、寝れる訳がないだろう」 桑原が情けない声を出した。俺はワクワクしながら視線を落とす。 「どれどれ」 胡座を解き、右足を伸ばす。背後で手をつっかい棒にし、バランスをとりながら、爪先で桑原をつつく。 堅い熱の固まりが、ズボンの下に潜んでいた。 「確かにこれじゃあ寝られないだろうな」 悪戯している足首を掴まれる。ぎしりとベッドが軋む。桑原がのしかかってくるにつれ、掴まれた足首の位置も上がり、俺は大きく足を開かされることになった。内股に、桑原のシャツがあたってこそばゆい。 「こんなにした責任をとれよ」 耳元に吹き込まれた囁きに、躯の奥が、ざわざわ疼いた。 to be continue → 006 2004.12/5 |