69/奈賀視点 キスは好き。 舌と唇で戯れ合う行為は、淫靡でどきどきする。 深く探ったり、舌先で擽ったり。 戯れのような動きが思わぬ快感を呼び、欲しい気持ちが高まる。 俺に体重をかけないように気をつけ唇をついばむ桑原の腰に、足を絡めしがみついた。掌で重量感のある躯の感触を楽しむ。それからズボンのファスナーを引っ張った。ほぼ同時に桑原も俺のシャツのボタンを外し始める。 脱がしっこは楽しい。 もつれあいながら服を脱がせ、脱ぎ、お互いの裸体にいやらしい目を走らせる。 何度見ても飽きない。桑原の躯は逞しくて、男臭くて、セクシーだ。 半勃ちになった桑原のモノに目を止め、俺は舌なめずりした。顔を寄せ、食いつこうとする。だがでかい手がすばやく俺の顔面を捉え押し戻した。 俺は桑原の顔を睨みあげる。桑原はわざとらしく目をそらしている。腰も引けている。 まただ。 桑原は咥えられるのをイヤがる。 言っておくが俺が下手なせいではない。それどころか、かなり上手い方だと自負している。それが桑原には逆に都合が宜しくないらしい。気持ち良いと、長く保たない。どうも桑原は早く達してしまう事を男の沽券に関わる位に思っている節がある。早漏とは違うんだっつってんのに。 バッカみたいである。黙って気持ちよくなれば良いのだ。 俺はまた桑原に近づく。目標は無視し、髭の浮いた顎先にちゅっとキスをする。 薄目で隙をうかがう。 掌でアレを撫でてやると、桑原の目の焦点がふっとぼやけた。快感を追っているのだ。 愛撫しようと伸びてきた手を捕まえて、指を舐める……フリをして、俺は更に下方に頭を沈めた。 食いついてしまえばこっちのものだ。 だが後少しというところで、桑原に肩を掴まれた。悔しくてガチンと歯を噛み鳴らす。 「邪魔すんな!」 「おまえも恐ろしい事をするなよ。俺を噛みちぎる気か?」 力強い腕を振り解こうともがく。桑原はそうはさせじと俺を押さえ込む。 接近戦だと体格の良い桑原の方が圧倒的に有利だ。短い攻防戦の末、俺は亀の子のように仰向けに押さえつけられた。俺の腹の上に桑原の上半身が乗り上げている。目の前にある背中をポカポカ叩き、じたばた暴れたが、敗北は明らかだった。 膝蹴りを顔面にぶちこめば形勢逆転は可能だが、それじゃあ本当の喧嘩になってしまう。 「ああもう、大人しくしなさい」 「うるせーなっ! 舐めさせろっ! 舐めさせろよ、コンチキショー!」 嫌がられるとますますしたくなる。凄く舐めたい。めちゃくちゃ舐めたい。俺の頭の中は、桑原のでっかいモノを舐める事でいっぱいだ。 ダダをこねる俺を見下ろして、桑原は心底呆れたという顔をした。それから俺の腹に体重をかけたまま、ずるずると下へずれていった。何かする気なのだ。 案の定ペニスを握られ、俺は歯を食いしばった。 えっちして、誤魔化す気だ。 くそっ 軽く上下にしごかれる。さっきの何倍も気持ちが良い。レスリングでちょっと削がれた気分がたちまちえっちモードに切り替わる。暴れるのを止め、シーツの上に躯を伸ばすと、桑原がくすりと笑う気配がした。 むかつく。 桑原は楽しそうに俺のペニスをいじくっている。敏感な粘膜をぎゅっと擦られると、びくりと腰が跳ねた。 「は……」 思わず漏れた声が思いのほか熱っぽくて、俺は唇を噛む。 いつの間にか桑原は俺を責めやすいよう上半身を浮かせていた。もう俺を拘束しているものは何もないのに、反撃する気は起こらない。それよりも大きくなりつつある快感の火種を育てる事に俺は夢中だ。息を殺して桑原のくれる愛撫に集中する。 ふっと桑原の上半身が沈んだ。続いて柔らかい粘膜が俺のペニスを包む。桑原が俺のを咥えたのだ。俺はぎょっとして躯をこわばらせる。 「ずりィぞ、桑原……!」 まとわりつく熱い感触が淫猥で、たまらない。音を立てて吸われて、俺は悶えた。 「あああああっ」 実を言うと、俺も桑原に咥えられることを巧妙に避けていた。桑原とはもう何十回も、ひょっとしたら何百回もセックスしているが、舐められたことは片手で数えられるほどしかない。 嫌がる理由は、桑原とは全然違う。 なんとなく、可哀想だったからだ。 桑原は俺と出会う前は女と寝ていた。俺とのセックスが、男との『初めての経験』だ。完全にホモの奴らとは明らかに毛色が違う。それに多分、両刀でもない。桑原には不思議なくらい、性の揺らぎというか迷いというか、そういう俺たちのような性倒錯者に必ずつきまとう混乱がない。とても安定している。多分、俺と寝たのは、間違いだ。桑原は本来そういう男ではないのだ。 ハッテン場の雰囲気にアテられ、たまたま俺という最高にえっちの上手い男と寝てしまった事が、桑原の人生を変えてしまった。俺はそんな風に思っている。 もちろん、だからといって桑原を手放す気はない。ただ、そういう男に俺のペニスまで舐めさせるのは……あんまりにも哀れだと、そんな気がするのだ。 しかし桑原は俺のそんな気持ちを知らない。 「やめろっ、バカ!桑原っ!……ああ、クソっ、ヤだっつってんだろ……!」 舌先が括れを辿る。正直あんまり上手くはないが、禁忌を破ることには快感が伴う。俺は感じていた。逃げようとする俺の腰を固定するため、大腿部を鷲掴みにしているその手にまで、感じた。 俺の意思に反し腰がくねる。更に快感を貪ろうと桑原の口腔を突き上げようとする。そんな事をしてこれ以上汚してはいけないと、思っているのに。 「ああ、桑原……」 俺は躯を丸め、桑原の背中に縋りついた。短く刈り込まれた髪を指先で愛撫し、うなじに熱烈なキスをする。 それから桑原の躯を押した。俺のを舐めるため、膝を付き屈みこんでいた桑原は思いの他簡単にころんと転がった。俺を含んだままの桑原が、くぐもった唸り声をあげる。歯があたって俺も腰が砕けそうになったが、我慢して股間にむしゃぶりついた。 俺を舐めていて興奮したのか、桑原は完全に勃ち上がっていた。でかすぎるソレを含むのは難しい。とりあえず感じる場所を狙って舐める。 桑原が不満気に呻いた。むきになって舌を動かすが、もちろん俺にはかなわない。力加減とか色々ポイントがあるのを、桑原はまだよく分かっていないのだ。 「ん……」 びくりと桑原の腰が動いた。感じている。舌の動きがおざなりになり始めている。チャンスとばかりに腰を引いたが、素早く尻を捉えられた。 しつこい。 俺はとどめをさそうと、舌を尖らせ先端部にねじ込むように動かした。 うーっと桑原が呻く。びくりとペニスが揺れる。 やったか!?と喜んだ次の瞬間、俺は危うく桑原のに歯を立てそうになった。桑原が俺がしたのと同じ事を仕掛けてきたからだ。 なんてヤツだ。 俺は気を取り直して裏筋に舌を這わせた。桑原がまた俺の動きをトレースする。それだけではなく、アナルに指を突き入れてきた。 まずい。 さっき弄ったせいで、そこは十分濡れて開いている。柔らかい感触で分かったのだろう。桑原はたちまち指を増やし、ぐいぐいと押し入ってきた。慣れない体勢のせいでポイントを探すのに手間取っているが、ソコを突かれたら俺の敗北は確定だ。 思い切って口を開き、桑原を喉の奥まで咥えた。かなり苦しいが、奥の粘膜で亀頭を刺激してやる。唇で幹を絞り上げ、頭を上下に動かす。 だが、悲鳴をあげたのは俺だった。 桑原がまたおんなじ事を仕掛けてきた。しかも指先が、俺の弱点を正確に捉えている。 内股が痙攣する。ぐぐうと高まった衝動を、俺はかろうじて堪えた。桑原の口の中で出す訳にはいかない。 「桑原……」 俺は諦めて桑原のペニスを解放すると、腰を引いた。だが桑原は離してくれない。それどころか亀頭を強く吸われ、俺はまたおののいた。 「桑原、もう、出るっ。離してくれ。なぁ」 本気でヤバい。 躯を捻り、尻を掴んでいる腕を引っ張る。だが桑原は吸い付いて離れない。顔を押して引き剥がそうとしたら、甘噛みされてイきそうになってしまった。 もうこれ以上我慢できそうにない。 「あっ、あ! 桑原っ。頼むから、離せ。おっ、お願いだから…っ、な、ああ……!」 ちょっと、泣きそうになった。 本当に、桑原にはこんなものを飲ませたくないのだ。だけど滅茶苦茶気持ち良い。腰が溶けそうだ。舐めているのが、桑原だからだ。 なんという、ジレンマ。 シーツを鷲掴みにし、込み上げる衝動に耐える。 ようやく俺の切羽詰った様子に気がついたのか、桑原が起き上がった。ペニスが抜けるぬるりとした感触に躯が震える。 「何泣いているんだ」 桑原の掌が頬を覆った。優しい仕草に本気で涙が出そうになったが、俺は無言で顔を逸らした。 言うべき言葉はない。桑原には俺の心情は理解できないし、知らせる必要もない。 俺はごそごそと躯を起こした。桑原に背を向け、四つん這いになる。 「つっこめよ」 「何か怒っているのか」 不安そうな声に、胸が痛む。 なんでこいつは、俺なんかに気をつかってくれるだろう。抱いてくれるんだろう。愛して、くれるんだろう。 「ムカつくんだよ。おまえに負けるなんて信じらんね。そんな事より焦らさねーで早く入れてくれ」 ああともおうともつかない返事をして、桑原が腰を掴んだ。入り口に濡れた楔が当てられる。ぐいと押し入られた途端、俺は放っていた。 「あ…ああ……っ」 躯に力が入らない。がくんと肘が折れる。シーツに頬を押し当て、俺はびくびくと震えた。 「どうした? ん?」 優しく問いかけながらも、桑原は奥まで突き入れた。デカいものに貫かれ、粘膜がぴんと張り詰めている。今にも裂けてしまいそうな緊張感。だが、それだけではない。拓かれる痛みと同時に、擦られる快感も確かに感じた。もっともっと大きな快楽を期待して、躯の中が疼く。 過敏な反応を労わり、桑原が背中に接吻する。だがまだ腰は動かさない。俺が慣れるのを待っているのだ。桑原はやさしい。大きく温かな掌で躯を撫でられ、俺はきつく目を閉じる。 この男が好きだ。 抱かれるたび、いつも強く自覚する。 この男が好き。 好き。 大好き。 好きすぎて、時々どうしようもなく、怖くなる。 躯の震えが止まらない。 気付かれないよう顔をシーツに押し付けたまま、くぐもった声で命令した。 「動けよ。俺を、めちゃくちゃに、しろ」 桑原が笑う気配がした。 end 2004.12/7 |