受×受/阿井視点


 夏の雨は、苛烈だ。
 むくむくと雲がわきあがったかと思うと、堰を切ったかのように降り始める。大粒の雨は、あたると痛い程だ。
 降れば気温が下がる。
 だから夏の雨は嫌いではないのだけれど、タイミングが悪かった。
 コインランドリーで乾かしたばかりの服を詰めた紙袋を胸に抱き、俺は走った。アパートまでたった2分。たったそれだけの間にずぶ濡れになる。濡れた路面の上、スニーカーが頼りなく滑った。なんだかふらふらするのは微熱があるせいだ。そして足元が不安なのは、腰が痛いせい。
 庇の下に飛び込み、息を整える。前髪から落ちる水滴に気を付け袋の中を覗いてみると、なんとか洗濯物は無事だったようだ。ほかりと乾燥機の暖気が立ち上る。
 足を引きずり、自分の部屋に向かう。黒い足跡が背後に残る。ざあざあと激しく降る雨は、庇に守られたコンクリートの廊下をも点々と濡らしていた。目をあげればまるで水のカーテン。そう遠くない場所に建つビルさえ見えなくなっていた。
 ジーンズの後ろのポケットにつっこんであった鍵を抜き、ドアを開ける。全ての音は雨音に消され、聞こえない。
 玄関に入り扉を閉め、部屋の中へと向き直り。
 誰もいない空間に、俺は眉を顰めた。
 部屋の中は、空っぽだった。


 今朝までここには彼がいた。


 夏休みが始まってすぐに飛んできてくれた。夢のような一週間だった。たくさん抱き合って、キスして、いろんな話をした。でも、どうしてもサボれない合宿があると、帰ってしまった。
 イヤだと駄々をこねる程、俺は子供ではない。彼はスポーツ推薦で現在の大学に入ったのだ。サッカーは単なる趣味ではない。彼にとっては義務である。仕方がない。
 でも俺の感情は、まるで納得していなかった。
 彼が帰って、まだ半日も経たないのに寂しくて切なくて仕方がない。新幹線に乗って追いかけたいとすら思う。行った所で彼は合宿所に缶詰で会えないのは分かっているのに、である。
 溜息を吐き、俺はひどく重く感じられる紙袋を下ろした。靴を履いたまま、その場に座り込む。ぐずぐずと横倒しに崩れてしまう。
 彼に愛された後ろがじくじくと痛んで辛い。その痛みは肉体だけではなく、精神まで蝕んでいるようだ。このまま壊れて溶けてなくなってしまいたい。馬鹿げた事を考えていると、自分でも分かっているけれども。
 とりとめなく彼の事を考えていた、その時だった。
 ノックの音がした。
 俺は肘を突き、上体を起こした。
 鍵はまだかけていない。目の前でドアノブが回る。


 彼だ。


 そんな事がある訳ないのに、俺はそう思った。
 もうとっくに大阪駅に着いている頃。夕刻集合の合宿の為の荷物を纏めている時分なのに。


 彼が戻ってきてくれた。


 小さな音を立て、ラッチが外れる。外開きの扉が開かれる。

 2006.8/22



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