受×受 03/阿井視点


 駄目だと俺は言った。
 そもそも俺の彼も桑原さんも、奈賀と俺が会うのを面白からず思っている。旅行なんてとんでもない。奈賀は言わなきゃバレないとしゃあしゃあと言うが、本当だろうか。奈賀はなんといっても桑原さんと同棲しているのだ。一緒に住んでいる恋人が外泊したら、桑原さんだっておかしく思うんじゃないだろうか。
「馬鹿だなあ。実家に戻るって嘘吐けばいんだよ。あいつ疑いもしないぜ」
 えー。
 嘘は、苦手。後ろめたくて落ち着かない。できれば、嘘なんて吐きたくない。彼に対して、後ろめたい気持ちになるような事をしたくない。
「別にそんなに気にしなくてもいーじゃん。あいつだって他の男達と一緒に寝起きする為、アッチに帰っちまったんだろ?」
 他の男達と一緒に寝起きって…。そんなの、全然意味が違う。合宿なんだし、変な事するわけじゃない。
「へえ。それじゃまるで俺達が旅行したら、変な事するみたいじゃないか」
 そんなこと、ないけど。
「なーなー。行こーぜ。海でも山でもいーよ。夏を満喫してーんだよ。桑原なんかに付き合っていたら俺、ひきこもりになっちまう。なー。阿井ー」
 奈賀が畳の上をゴロゴロ転がる。駄々を捏ねる子供のように、上目遣いで俺を誘惑する。
「そんなお金もないし、駄目だよ」
「えー。じゃあ、お金があったら付き合ってくれるんだな?」
「もー、奈賀。子供みたいだよ」
「いーよ。子供で」
 それから俺達は他愛もない馬鹿話をした。そのうちに暗くなってきたので買い出しに出掛ける。奈賀が珍しく料理をしてくれると言うので、近くの八百屋と肉屋で種々の食材を仕入れ、それから酒屋で酒を買った。
 どこでも小さな福引き券をくれた。歩きながら奈賀が券を目の前に翳し、説明書きを読む。
「二等が、温泉旅行だって。これ当たったら、旅行行けるな」
 微熱が下がらないせいで、俺はすこしぼんやりしていた。
「ん」
 ほとんど無意識に頷く。
 にんまりと笑う奈賀を見て、ちょっとまずいかなと思った。でも、商店街のくじ引きなんて当たる訳がない。いつも当たるのは末等のポケットティッシュ。良くて四等の醤油なのだ。
 それなのに奈賀は当てる気満々で、福引き所へと進んでいく。行列の末尾に嬉々として並び、福引券に念まで込めている。
 俺達の前には結構な人数が並んでいた。俺はずっと様子を見ていたけれど、やっぱり当たるのはポケットティッシュばかりだった。だから、大丈夫だと思った。思ったのに。
 奈賀がガラガラを回すと、赤ではなく、黄色の玉が出てきた。見慣れない色に俺は愕然とした。
 大きな鐘の音が響く。
「大当たり〜! 二等、温泉旅行〜!」
 ありえない。
「ズル、した?」
 思わず聞いてしまった。
 周囲の人々の顔が強ばる。疑り深い目が奈賀に突き刺さる。奈賀は堂々としている。
「どうやって」
「だって二等なんて、当たる訳ないじゃんっ」
 くすりとどこかで笑い声がした。奈賀が呆れ、眉を上げる。
「おまえ、末等しか当たったことねーからってひがむなよ。俺はな。この福引券を手にした瞬間ピンと来たんだ。これは、当たるって。俺、時々分かるんだよな、こーゆー事が。今日、俺は福引に当たる運命だったんだよ」
「ええ〜」
 納得いかない。
 だけど、抽選係のおばちゃんが、その通りだとばかりに頷いた。
「そういうのって、あるのよねえ。はい坊ちゃん、賞品授与だよ」
 拍手が湧いた。担当のおっちゃんが、背後の陳列棚からちいさな熨斗袋を取り上げた。頭上に掲げ、皆に示してから奈賀に進呈される。
 小さな包みを押し戴き、奈賀が振り向いた。
 満面の笑みは、悪魔の微笑みにしか見えない。
 運命は、俺の敵だった。
 これで旅費が出来てしまった。
 奈賀とふたりきりの温泉旅行。
 俺の第六感は、ヤバいヤバいとわめき立てている。だけど金が出来てしまっては行かないと言い張る事も出来ず。
 俺は気弱な笑みを浮かべた。

2006.8/30



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