浮気 03/阿井視点


 奈賀の目をじっと見つめる。視線で訴えかける。奈賀は無表情に俺の顔を見返す。してくれる気がないのかな、と思い始めた頃、不意に奈賀の顔が近づいてきた。下唇を甘く噛まれる。同時に入り口に押しあてられていた奈賀の指にぐっと力が入った。ぬくっと第一関節までが俺の中にもぐりこむ。
「んっ……」
 欲しがっていた癖に、俺の躯は奈賀の指を拒みきつく締まった。何回ヤっても、入れられる時の異物感は変わらない。痛いし、それが快感に変わるまで随分長い時間を堪えねばならない。俺は浅く息を吐き、奈賀の肩に両腕を軽く回した。力を抜き、じっと俺の様子を窺っている奈賀の頬に唇を寄せる。
「大丈夫、だよ。大丈夫だから、もっと、奥まで」
「ん」
 またずるっと奈賀の指が進んだ。また俺の躯が俺の意思を裏切ってびくんと竦む。これでは嫌がっているようだ。そんなつもりではないのに。すぐにでもアソコを弄ってもらって、イきたいのに。まだ指はそこまで届かない。
 潤滑が足りないのも辛さの原因だった。お湯で濡れているから全然滑らない訳ではないけれど、やっぱりそれだけでは足りなくて、俺の粘膜は悲鳴をあげている。それでも俺ははあはあと息を吐き、再び躯の力を抜こうと努力した。
 奈賀が胸の奥から息を吐き出した。今度は俺の躯ではなく、心がびくりと竦んだ。
 ……奈賀は、面倒になってしまったんじゃないだろうか。俺が協力しない──できない──から。
 さっさと突っ込んでくれればいいのだ。奥まで。強引に。彼が、するみたいに。痛いけれど、そうすれば簡単にすむ。入ってしまえば、なんとかなってしまうものなのだ。痛みもいつか鈍くなる。奈賀が俺に遠慮なんかするからいけない。ある程度痛いのは仕方がないと、奈賀も知っている筈なのに。
 脅えた表情をする俺に向い、奈賀がふっと微笑んだ。
「あのな、阿井。怖がらなくても大丈夫だぞ。俺は上手いんだ。痛くなんかしない。そのまま力を抜いていろよ」
 優しく宥める言葉を受け取る余裕は、俺にはなかった。
「だって、引っかかって痛いんだっ。さっさと入れてくれればいいのに、奈賀がもたもたしているのが悪いっ」
 ああ、いけない。こんな駄々っ子のような癇癪を起こしては。言った傍からそう思う。でも出てしまった言葉は無かった事にはできない。恥じ入り俯く俺に、奈賀が首を竦めた。
「あー。まあ、それも一理あるな。悪かった悪かった。阿井があんまり可愛いから事を急いてしまった。ではちょいと準備を整えよう。よっと」
 半ばまで入っていた指がするりと抜かれた。俺を抱いたまま、奈賀が手を伸ばす。湯船の縁に置かれた、奈賀のお風呂セット(シャンプー・リンス・海綿・その他)の中をごそごそと探る。しばらくして抜き出された手には、なんとチューブが握られていた。
 あれだ。セックスの時に使う、潤滑ゼリーの入っている奴。用意周到にも、携帯用のミニサイズ。
 信じられないと、俺は目を瞠った。
「な……っなんで!?なんでそんなの持ち込んでいるの!?お風呂に!」
「だって、念願の阿井とのお風呂だしー」
 絞り出したゼリーを掌に出し指に絡める。少しピンクがかったそれが裸電球の頼りない光に、ぬらぬらと光る。あまりの卑猥さに、俺は真っ赤になった。
「信じられない! 始めからそーゆーつもりだったの!?」
「違うけど。あわよくば、なんて思ってー。さ。黙って黙って。怒鳴ると力が入っちゃうだろ」
「奈賀…っ!」
 きーきー喚く俺に構わず、奈賀が俺の尻を掴む。そして指が。するっと入ってきた。奥まで、何の抵抗もなく。痛いどころかぬるんと粘膜を擦る感覚に、膝の力が抜けそうになった。
 あれ、と、思った。彼とする時も何かしら潤滑剤を使っている。でもここまで簡単には入った事なんてない。奈賀の指が細いのだろうか。そう違わないと思うのだけど。
「痛くなかっただろ? 角度と、タイミングの問題。コツがあるんだ」
 奈賀がしたり顔で解説する。そうなんだ!上手だね!なんて、言えない。俺は言葉を詰まらせる。
「あ……そ……」
「動かすよ」
「あ……っ」
 奥まで差し込まれていた指が少し引く。それから何の迷いもなく、俺の一番良い所に触れた。
 びくんと腰が震える。馬鹿げた騒ぎに少しやる気を失くしていた前がまたぴんと立ち上がる。
 奈賀の目が猫のように細められる。
 ゆるゆるとそこを愛撫され、俺はじんわりとわき上がる快感に浸食されていった。
「あ……っ、は……っ。や……っ」
 なに、これ。
 こんなの、知らない。

2006.10/1



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