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好きでなくとも触れることはできる。メイクラヴすることもできる。そう言ったら、ヨウはどんな反応を返すだろうか。
そんなことくらい知っていると、あの大人びた顔で言うか。
あるいは……傷つくか。
私は身勝手にも傷ついてほしいと望んだ。
「ヨウがホームレスをしていた理由を教えてくれたら、私も答えよう」
不釣合いな取引条件に、案の定ヨウが甲高い声で異議を唱える。
「なんだよそれ。オレは別に…っ」
「そんなこと訊く必要はないか?」
ヨウが口を噤む。私の声に潜む不機嫌なトーンに気がついたのだ。
ヨウは聡い。そして、子供とは思えぬほど細やかに気を使う。今も私を傷つけるまいと考えている。
大人である私の方が大人気ない。
「言えないほど酷い理由があるのかね。……そうか、じゃあ、私があててみせよう。世の中には実の子供を虐待するような親がいるな」
えげつない挑発にヨウは乗った。
「オレの親はそんなことしないっ」
「ではなんだ。学校で苛められでもしたか?」
再び、沈黙。
ヨウの呼吸がわずかに速まる。
「最近の虐めは酷いとよく聞く。私の知り合いの医院には、ナイフで切りつけられた子供が運び込まれたそうだ。カツアゲもよくあるそうだな。渡す金に困った挙句、親の財布に手をつけた子供が」
「そんな事、してないしされてないよ」
ヨウは静かに言った。その声が沈んでいた。
ヨウを苛めた人間に、私は突然激しい憎しみを感じた。それは不可解なほど強い感情だった。
ヨウは、傷ついている。
それが許せなかった。
抑えきれず声が尖る。
「何を、されたんだ」
「別に大したことじゃないよ」
だるそうにヨウはしがみついていた腕を解いた。逃れようとした体を、私は離さなかった。
ヨウが私の胸を押す。長いままの前髪の向こうから久しぶりにきつい眼差しが私を貫く。
「大した事じゃないのなら教えてくれても構わないだろう? 言えないのは君が傷ついているからじゃないのかね?」
「オレは傷ついてなんかいない!」
ヨウはムキになって叫ぶ。私の耳には悲鳴に聞こえた。
「誰にも言わない。私にだけ教えてくれ。辛かったんだろう? だから、逃げたんだろう?」
「辛くなんかない!あんな事くらいでオレは傷ついたりなんかしない!」
きれいな、ヨウ。
プライドが高く、無垢で、まだ幼い。
ためらいはあった。だが湧き上がる強烈な欲求に、私はまたしてもあっさり禁忌を乗り越えた。この子供が愛しくて、可愛くて、……欲しくて、たまらなかった。
ヨウの唇は湿って温かかった。柔らかな感触が甘く私を誘惑した。年端もいかぬ子供に、私は溺れそうになった。
薄く目を開くと、ヨウが目をぱちくりさせているのが見えた。子供らしい戸惑いと羞恥。だが、それだけではなかった。
「私は君が好きだ。だから、私にだけ教えてくれ。君の、傷の、すべてを」
熱に浮かされたように吐き出した次の瞬間、恥ずかしくて笑い出しそうになった。
陳腐だ。
まるで女に寝室でささやくような安っぽい台詞である。だがヨウは笑い出すことなく、催眠術にかかったかのような焦点のぼけた瞳を私に据えていた。
そして、言った。
単なる、ゲームなんだよ。
つづく。
2004.1/8
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