新幹線に乗り遅れた。
 ギリギリで着くと思って家を出たが、途中でもう無理だと気付き、みどりの窓口に駆け込んで一本後の新幹線に振り替えた。ラッキーなことに空席もあったので、指定席券も無駄にせずに済んだ。
 それでも時間に余裕なんて無い。混み合う新大阪駅を通り抜け新幹線に駆け込み、座席に沈み込んでようやく一息吐く。
 車内はそこそこ混んでいた。
 普段となにも変わらない。くたびれたサラリーマンやら老夫婦やらがよそよそしい表情で、座席を倒して目を閉じたり、弁当を開いたり、それぞれ勝手なことをしている。時刻は七時過ぎ。丁度夕食時である。どこからか漂ってくるポテトの匂いに、空きっ腹が刺激された。
 俺は窓際の席だった。ホームを行き交う人の流れがよく見える。ぼおっと眺めていると、発車ギリギリに太ったオバサンが隣の席に座った。大荷物を網棚だけでなく足元にも置いて、大声で連れとくっちゃべっている。パワフルな大阪弁には威圧感さえある。
 阿井に電話をしようと思っていたのだが、オバサンをどかせて通路に出るのは面倒だと、俺はさっさと諦めた。到着時刻は予定より多少遅くなるが、迎えには来るなと言ってあるから大丈夫だろう。
 俺はイヤホンを耳に押し込むと、ウォークマンのスイッチを入れた。脱いだコートを毛布代わりに体に掛けて目を閉じる。
 かなり音量を大きくしたのに、チキンだの子供へのプレゼントだの、大声で喋りまくるオバサンの声を閉め出すことは出来なかった。

 今日はクリスマス。
 恋人たちの、一大イベントである。
 俺は遠距離恋愛中の、大人しい恋人に想いを馳せた。
 阿井と付き合い初めて五ヶ月経つが、俺は恋人らしいことを何一つしてなかった。メールは頻繁にやりとりしているが、電話は滅多にしないし、夏休み以後は会ってもいない。すねかじりの学生の身には大阪-東京間の電話代も交通費もバカにならないのだ。
 だから、せめてクリスマスくらいは一緒に過ごそうと思った。
 ちゃっちゃとスケジュールを調整し、新幹線のチケットも取った。
 だが──正直言って俺は戸惑っていた。
 男同士のクリスマスなんて、一体何をやれば良いのか。
 相手が女なら、豪華なディナーにプレゼント、そして素敵なホテルでベッドイン、というのが王道なのであろうが、男二人でそのコースは寒い。
 一応ホテルや手頃なペンションに問い合わせをしてみたのだが、とっくに予約で埋まっていた。
 そもそも俺がクリスマスを意識し始めたのは十二月に入り、町にクリスマスソングが流れ始めてからである。玉砕して初めて俺は、王道なクリスマスを過ごすには半年前から動かねばダメだと知った。
 そんな訳で今の俺の頭の中にはクリスマスらしいプランなど一つもない。
 これって男としてどうよとも思うが、どこもかしこも予約で満杯なのだから仕方がない。
 行き場のない怒りが胸の中で渦巻く。
 首尾良く予約を取れた野郎どもなど、クリスマス前に振られてしまえば良いのだ。
 俺はコートのフードで顔を覆うと、ウォークマンの音量を上げた。


 東京駅に着いたのは、当初の予定より三十分後だった。相変わらずクソ混んでいる駅構内を苛々しながら抜け、山の手線に乗り換える。
 駅に着いたらまず阿井の部屋に行き、荷物を置いてからメシを食いに出る予定である。阿井のことだから、時間通りに現れない俺をじりじりしながら待っているだろう。久しぶりの逢瀬なのだ。
 部屋に行く前に、商店街でケーキでも買っていこうかなどと考えながら電車を降り、改札口に向かうと、強い視線を感じた。階段を下りながら目を上げると、白いダッフルコートに身を包んだ小さな姿が目に入った。
 阿井だ。
 子供みたいに、鼻も頬も真っ赤になっている。
 俺が急ぎ足に改札を抜け、駆け寄ると、うっすらと笑みを浮かべた。だが、なんだか泣き笑いみたいな表情である。
 胸がつんと痛み、俺は引き寄せられるかのように、林檎のようなほっぺたを両手で包み込んでいた。
 生き物の肌とは思えぬほど、冷たい。
 一体どれくらいここで待っていたのだろう。
 バカな奴だ。
 そう思うと同時に、突然訳の分からない衝動が奔流のようにわきあがった。
 抱きしめてやりたい。キスして、直に肌を合わせ、冷えた体を温めてやりたい。
 抱き合い───たい。
 だがここは駅前だ。そんなことはできない。激しい感情は行き場を無くし、頭の中でぐるぐる渦巻く。どうしたら良いのか分からない。
 つい乱暴な口調で阿井を咎めてしまう。
「冷え切っているじゃねーか。バーカ。部屋で待ってろっつったろ? なんでこんなトコにいンだよ」
 阿井は待ち合わせには五分前に現れる生真面目な性格だ。寒い場所で待たせるのが嫌だから、部屋で待てと言ったのに、勝手に迎えに来やがって。
 これが理不尽な怒りだと、分かっている。だが感情を抑えきれず、きつい目で睨んでしまう。
 阿井は、相変わらず女みたいに線の細い手で俺のコートの胸元をぎゅっと掴んだ。手袋もしていない拳が小さく震えている。
 バンビみたいな大きな瞳が潤む。零れそうな涙を、唇を引き結んでこらえている。
「何で泣くんだよ」
 動揺して問うと、阿井は俺の胸に顔を押しつけた。蚊のなくような声で、泣いてなんかないと、主張する。艶やかな黒髪が目の下で揺れた。
 電車の発着を知らせるメロディが駅の奥から微かに聞こえて来る。
 それから、ジングルベルの歌。底抜けに明るい曲調が、俺を責めているように感じられた。
 クリスマスだというのに、俺は阿井を泣かせている。
 そう思ったら、我慢できなくなった。
 俺は阿井を抱きしめた。
 人目なんかクソ食らえだ。
 大体、白いダッフルコートにジーンズという阿井の格好は女の子に見えなくもない。顔は今、俺の胸元に押しつけられていて見えないし。阿井と俺が普通のカップルと違う事を見分ける方法はない。
 そう自分を納得させると、俺は本格的に阿井を抱きしめた。腰に腕を回し、体を密着させる。
 通りすがるオジサンやオバサンが『今時の若い者は』と言わんばかりの視線を突き立ててくるが、それだけだ。
 阿井も必死に俺にしがみついてきた。柑橘系の爽やかな香りが微かにした。柔らかな髪が顎にあたってこそばゆい。
 高一の時、クラス一のチビだった阿井は、今もやっぱりチビだった。流石にあの頃よりは身長が伸びているが、骨格も華奢だし、肉も薄い。
 ちっちゃい体を抱いていると、守ってやりたいなんて、俺らしくもない殊勝な感情が猛烈にわき上がってくる。
 しばらくすると阿井は唐突に俺から離れた。
 恥ずかしそうに俯いて、ごめんなさいとか何とかぼそぼそ言い出すから、俺はほっぺたを摘んで引っ張ってやった。
「うーるーさーい。謝んなっつーの。俺が遅れてきたのが悪いんだし」
 きゅっと阿井の眉根に皺が寄る。困ったような内気な表情が、いかにも阿井らしい。
「でも、部屋で待てって言われてたのに、俺勝手に来て、こんなこと……」
「いーんだっつーの。黙んねーと、ちゅーして黙らせっぞ」
 本気の証拠にタコみたいに唇を尖らせて顔を近づけると、阿井は真っ赤になって逃げた。
 相変わらずウブで可愛い奴だ。

 そのまま二人で焼鳥屋に入った。カウンターとテーブルが三つあるだけの、小さな店だ。周囲は地元のむさ苦しいオヤジばかりで、若い女の子なんて一人もいない。
 こういうオヤジ系の店が、クリスマスの夜意外と空いていることを俺は知っていた。思った通り、すんなりテーブル席に案内され、俺たちは向かい合って座った。
 あまりクリスマスらしくないディナーであるが、この店の焼き鳥は旨い。日本酒も良いのが揃っている。
 阿井は大人しい顔をしている癖に、ポン酒好きである。飲んべえのようだが、好きなだけで強いわけではないので注意が必要だ。二合も飲ませたら簡単につぶれる。
 クリスマスに男二人で焼き鳥屋なんぞに来る俺たちは、あぶれ者同士慰め合っているようにしか周囲には見えなかったのだろう。顔見知りの店のオヤジは勝手に同情して、とっときの秘蔵酒を出してくれた。
 越之寒梅。
 滅多に手に入らない、幻の名酒だ。
 阿井はそれを幸せそうに味わっていた。俺も一口貰ったが、癖のないあっさりとした風味は飲みやすく、美味しかった。

 ゆっくり食事を楽しんだ後、俺は当然おごるつもりで伝票を掴んだが、阿井は頑なに割り勘を主張した。ちょっとくらい格好つけさせてくれよと思うのだが、女の子じゃないんだしなどと言われると、俺もどう反論すればよいのか分からなくなる。
 そう、阿井は女の子なんかじゃない。俺たちは両方男で、対等な立場だ。それが難しい。どんな風に『特別』を表現したら良いのか、分からない。
 阿井をオンナ扱いする気はないが、俺としては付き合っているのだから、割り勘なんて律儀なことをする必要はないと思うのだ。しかしそういう微妙な感情は、言葉で説明し難い。
 大揉めに揉めた挙げ句、俺は押し切られた。
 面白くない。
 阿井がマジメなのはよぉく分かっているが、ちょっとは男心も分かって欲しい。
「可愛くねーやつ」
 つい、そんなことを言ってしまった。
 阿井は、一瞬大きく目を見開き、まじまじと俺の顔を見ると、顔を背けた。振り向く一瞬前、その顔が泣きそうに歪んだのを、俺は確かに見た。
 マズイ。
 慌てて肩を抱く。だが阿井は、尚も俯き、俺に顔を見せようとしない。
「阿ー井ー?」
 返事はない。ただ、コート越しに、体を固く強張らせているのが分かる。
 まったくもって面倒な奴だ。
 俺は呆れてしまった。
 また落ち込んで泣いているのだ。こんな些細なことで!
 ここでいわゆる熱烈な愛の言葉なんてモンを聞かせてやれば良いのだろうが、俺には出来ない。考えただけで『だーっ!』と叫んで走り出したくなる。
 ふ、と息を吐くと、俺は肩を抱いたまま、阿井を引きずるようにして歩き出した。
 こーゆー時は、えっちに限る。めいっぱいサービスすれば、足りない言葉を埋めてくれるだろう。

 阿井のアパートへと向かう間、お互いに一言も喋らなかった。
 鍵を開け、阿井が先に部屋に入る。その後から室内に入り、扉を閉めると、俺は靴も脱がずに阿井の背中に抱きついた。
 うなじに唇を押しつける。滑らかな肌を軽く吸いながらダッフルコートの前を開いていく。続いてセーターの裾に手を伸ばし、中に着ているシャツの裾をひっぱり出して直に腹に触れると、阿井はびくりと体を震わせた。
 その温かさを一瞬だけ堪能し、俺は手を引いた。
 手袋はしていたが、俺の手は冷え切っていた。いきなり触られた阿井は、さぞかし冷たかっただろう。この手でベタベタ触るのは、ちと可哀想だ。
 俺は方針を変えた。
 阿井の体を腕の中で反転させ、キスをしようと顔をよせる。そして俺はぎょっとして動きを止めた。
 阿井はまた、泣いていた。
 きゅっと唇を引き絞り、眉根に力を込めて、なかなかに悲壮な表情をしている。バンビを思わせる大きな瞳は潤み、目尻には涙が盛り上がっている。
 見ているうちに最初の一滴がぽろりと頬を伝った。
「あ──阿井?」
 俺は身内にたぎっていたものが、急速に冷えていくのを感じた。
 久々にえっちできると言うのに、何故阿井は泣いているのだろう。阿井は俺とシたくないのだろうか。
 嫌な予感が頭の中を駆け巡る。
 夏休み後、俺は離れているのを良いことにあまり構ってやらなかった。遠恋で会えない間に心変わりするってのはよくある話だ。なのに俺は阿井が浮気するかもなんてこれっぽっちも思わず、ほっぽらかしていた。
 実を言うと傍にいないのを良いことに、コンパだのバーベキューだのにしょっちゅう出席していた。
 お持ち帰りはしていない。単なる気晴らしというか、付き合いだ。
 だが、阿井も俺がいない間の無聊に同じ事をしていたのかもしれない。そこで誰か、惹かれる奴に出合ったのかも。でもって、もう俺とは別れたいのに言い出せず、泣き出してしまったのかも!
 俺は己の想像に狼狽した。
 ありそうな話だ。そういえば今日阿井はやたらとベソをかいている。
「い、嫌なのか? 俺とえっちしたくねぇの?」
 我ながら嫌になるくらい動揺しまくった、情けない声だった。
 頷く阿井を半ば確信していたが、予想に反して阿井は激しくかぶりを振った。それだけでなく両手を首に絡め、強くしがみついてきた。
 何がどうなっているのかさっぱり分からない。
 えっちがイヤなのでなければ、どうしてコイツは泣いているんだ?
 とりあえず抱き返し、涙を舐め取ってやると、阿井の大きな目から、涙が滂沱と流れ出した。
 わあ。
 かんべんしてくれ。
「何、何なんだよ。なんで泣いてんだよ、オイ。俺、何か悪いことしたか?」
 阿井はふるふる首を振り、嗚咽の合間にようやく言った。
「悪い事なんて、してない。俺、嬉しいんだ」
「ああ?」
 まだ部屋の灯りさえつけていない。薄暗い中、俺は懸命に阿井の表情をうかがった。
「あ──、あり、がとッ」
 クリスマスに、会いに来てくれて、ありがとう。
 ようやくそれだけ聞き取って、俺は呆れた。
「おまえバッカじゃねーの。俺たち付き合ってんだろ? だったらクリスマスを一緒に祝うのなんて、あったり前じゃんか。おまえ、まさか俺がすっぽかすとでも思っていたわけ?」
 そう言うと顔がゆがみ、阿井はますます激しく泣きじゃくった。
「だって、だって……!」
 きつく俺のコートを握り締めた拳が震えている。
 本人もこらえようとしているようなのだが、どうにもこうにも止まらないらしい。
 しょうがないので俺は靴を脱いで部屋にあがりこんだ。
 阿井を抱えたまま部屋の灯りを点け、エアコンのスイッチを入れる。それからベッドの上に座り込んだ。
 横座りになった阿井を足の間に挟み、かかえる。甘ったれなガキンチョを宥めているみたいである。丁度エアコンの風があたり、暖かかった。柔らかな阿井の髪が、ふわふわ揺れる。
「さびしかったのか?」
 そう問うと、俺のシャツを掴む阿井の手に、力がこもった。
 そうか。
 じんわりと胸のあたりが温かくなる。
 正直言って、俺はこのレンアイに自信が無かった。
 俺は阿井が自分に惚れていることに、ずっと前から気付いていた。ノーマルな俺に合わせ、我慢するこいつの姿をずっと見てきた。
 だから、俺は阿井に同情しているだけなのかもしれないと、自分で思わなくもなかった。寝てみたらセックスも良かったし、何をおいても俺を最優先にして甘やかしてくれるから、一緒にいてとにかく楽だし。好かれているのだという、優越感を味わえる。
 だが、阿井の何処が好きなのかと問われたら、俺は答えられない。
 種々のメリットを取り除いたら、もしかしたら何も残らないのかも知れないとも、思っていた。
 そういう自分が最低だとも思ったし、阿井に引け目も感じていた。クリスマスに会いに来たのは半ば義務感からだった。
 今でも、阿井の何処が好きなのかと問われたら、俺ははっきり答えられない。
 だけど。
 阿井のやることなすこと全てが可愛い。健気な姿を見ていると、大事にしてやりたいなと思う。
 前の彼女といた時には知らなかった感情だ。多分、これが、好きという感情なのだろう。
 俺は、間違っていなかった。
 俺は阿井の頭のてっぺんにキスを落とすと、ごめんなと囁いた。

 ダッフルコートを肩から滑らせる。幼児に着替えをさせるように袖を抜いてやり、床に落とした。
 それからセーターに取りかかる。
 阿井はまだ泣いているが、俺が嫌で泣いているのではないのだから構わない。胸に阿井を縋らせたまま、俺はさっきひっぱりだしたシャツの裾から手を入れた。
 掌で直に肌を撫でる。阿井と抱き合っていたせいだろうか。いつのまにか俺は指先まですっかり暖まっていた。
 髪にキスをする。
 宥めるような愛撫で、俺が阿井を求めている事を伝える。
 急ぐつもりはなかった。触っているだけでも、不思議なくらい、充足感を得られた。
 ぞくぞくする。下腹部に血が集まっていくのが分かる。煽られている感覚。ズボンのまえが、もう窮屈だ。
 やがて、落ち着いたのか阿井が身じろいだ。
 体を密着させているから、俺の状態もよく分かっているのだろう。そのまま顔をずらして、俺の首筋に唇を寄せてきた。
 伸び上がるようにして、耳の下にキスをくれる。
 それから、少し離れ、俺の顔を赤くなった瞳でじいっと見つめてから、ゆっくり唇を寄せてきた。まだ、ひんやりと冷たい唇が可哀想で、俺は強く唇を押しつけた。柔らかい下唇を軽く噛んだり、嬲ったりすると、徐々に熱が戻ってくるのが分かる。充分温かくなってから、俺は阿井を離した。
 阿井は濡れた瞳で上目遣いに俺を見つめた。怯えた小動物のような目だ。
 手はまだ、俺の服をしっかり握り締めていた。
「俺、あなたが好き、だよ」
 思い詰めたような声で、言う。
 不意に告白されて俺は狼狽え、視線をそらした。つい、また、冷たい返事をしてしまう。
「知ってる」
 それから、それだけではあんまりにもそっけないと気付き、慌てて言葉を繋げた。
「けど、改めて言われると恥ずかしいから、ヤメロ」
 全然フォローになっていない。
 ああ、こんな事が言いたいんじゃないのに。
 俺はちょっと自己嫌悪に陥り、背中を丸めると頭を掻いた。
 阿井は微動だにしない。じいっと俺を観察している。
 ひどくぎこちない雰囲気だった。気持ちが噛み合っていない感じ。このままえっちになだれ込んでも、あんまりヨく無さそうな気がする。

 何かが、足りないのだ。

 何か。

 なんだろう?

 俺は不意に思いついて、顔を上げた。
「俺もおまえが好きだぜ」

 そういえば、『多分』も『かもしれない』も無い好きを、言ったことがなかった。自分の気持ちに自信が無かったのに、そんなこと言えるわけがなかった。俺は嘘はつけない。
 だが、今、その言葉は何の抵抗もなく口をついて出ていた。
 そして俺は、強く確信した。
 かもしれない、なんかじゃない。
 好き、だ。

 それが、正解だった。

 阿井は、笑った。
 長年付き合ってきた俺でさえ見たことのない、嬉しそうな笑みだった。


fin.

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