「寛希、いい物を買ってきたんです。貴方に似合うと思って」
 そう言って昭隆様が差し出したのは、赤い、首輪だった。

 苦しいな、やっぱり……。
 だんだん意識が虚ろになってくる。
 心臓がずっと早く鼓動を打っているのが分かる。
 何故か、いつもより昂ぶるのも早いみたいだった。
 顎の下のところに新しい首輪が擦れて痛くなってきてる。顔の表の方から吊って下さればいいのに……何で首の後ろから吊るかな。

 大体、何処に鎖を引っ掛ける場所があったんだ?
 ひと月程、郁弥様が病院に入っていらっしゃるからって、おれ達の部屋でする事もないだろうに。
 空間が汚されていく様でひどく不快だ。
 けれど、その穢れがより、昂ぶりを生んでいるのかもしれない。
 背徳の情というものだろうか。今更といえば、今更だし……。
「っ、ん……ん……」
 苦しい。
 昭隆様は、そんなおれをただにやにやしながら見詰め、時折身体に触れてくるだけだった。
 触れるとは言っても直接にではなくて、背や脇腹を撫でたり、精々立ち上がりかけた乳首を潰す程度。
 それでも、おれの身体は否応なしに高められていく。
 嫌なのに……。
 苦しくて仕方ないのに、身体が貪欲に求めていくのが分かる。

「やっ……っあ…………」
 身体がびくびくと震え続ける。
 ガチャガチャと、鎖がうるさい音を立て続けていた。
 軽い羽根で撫でられている様にしか触られてないのに……何で、こんな……。
 昂ぶりと息苦しさとが渾然となりながら襲ってきて、自分を保ってすらいられなくなる。
「はっ……ぁ……は……」
 駄目……気が、遠…………く…………。

 気が付くと、首の圧迫感は緩められていた。相変わらず違和感は続いていたけど……。
「気が付きましたか?」
「…………ぃ…………」
 はい、と言いたかったけど声が出ない。
「貴方があまりに感じていたので、止め時を誤りました」
 …………責める様に仰るけど……それって、おれの所為か?
「そんなによかったのですか?」
「……んな…………」
 そんなこと、あるわけない。
 あるわけないんだけど…………。
「大して触れてもいないのに達してしまって。身悶える貴方はやはり、大変可愛らしかったですよ」
「っ、ふ……ぁ……」
 内腿の付け根の辺りが撫でられる。思い出した性感に、全身が震えた。
「こんなに、粗相してしまって。よほど気持ちよかったんでしょう?」
 目の前に翳された指は、白くどろりとした液体で汚れていた。

「直接に触れてもいないのに。ねぇ?」
 ……見たくないのに……。
 おれの視界に入るところで、昭隆様はその汚れた手をぺろりと舐めた。そして、おれの口元に差し出す。
「汚れてしまいました。綺麗にしてください」
 分かってるなら触らなければいいのに……。
 でも、声も出ないし逃げたって、また酷い目に合うだけだ。
 大人しく舌を伸ばし、指を舐めた。
 苦くで生臭い。込み上げる吐き気に耐えながら、舐め取っていく。

 耳を塞ぎたくなる。
 このぴちゃぴちゃという濡れた嫌な音は、おれが立てているんだと思うと、恥ずかしくて消えてなくなってしまいたい。
 視界の端には、郁弥様のベッドが嫌でも入ってくる。
 あの方と過ごす為のこの聖域で、一体おれは何をしているんだろう…………。
「…………兄さんの事が、そんなに気になりますか?」
「……ぅ……ん…………」
 気付かれてしまった。
 必死で首を横に振る。
 おれを汚すだけなら幾らだって耐えてみせる。だから、郁弥様の事だけは……おれの中の聖域でいさせて欲しい。
「あの方に、この事が知れたら貴方はどうなるでしょうね」
 言わないで!!
 他の事なら、何にだって堪えるから。だから……。
「……首を絞められただけで、大して触れられもせず達する様な変態の貴方を、あの方はご存じない」
「っ、ぐっ……」
 指が喉の奥に突き込まれる。
「明後日には退院だそうです。首の痣が消えるといいですね」
 言われて、初めてそこへ手をやる。
「ん、っ……」
 痛い、とは指が邪魔で声が出せない。弾みで指を噛んでしまう。慌てて口を開けた。
 皮膚が酷く擦り切れている様だった。触るか触らないかというところで、既にひりひりとした痛みが走る。

「首輪を外しても、貴方はまだ僕に繋がれたままだ」
「……っ…………」
 首輪が外される。
 目の前に、赤い皮が置かれた。
 内側の着色されていない部分にも、紅が滲んでいる。
 …………おれの、血なのか…………。
「もう、いいですよ。力を抜きなさい」
 口から指が出て行く。
 濡れた指がうろうろと身体の上を彷徨うのを感じ、おれは目を閉じた。
 これから起こる事なんて、考えたくなかった。


作 水鏡透瀏

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