心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどわせる 白菊の花
求められることは嫌いになれない。
だから、最終的には拒みきれないんだろう。
身体を無為に揺さぶられながら、ぼんやりとそう思う。
この腕が郁弥様のものだったら……初めのうちはそんなことを考えていた気もするけれど。
どうでもいい、かな、そんなことは、もう。
近頃は何も望まなくなった。母さんの分まで、父さんの分まで……生きてさえいれば。
「何を考えているのですか? 上の空で」
「……ん……っぁ……」
「兄さんのことでしょうね。貴方が考えるのは」
「あっ、ぁあ!」
深く突き上げられ、身体は反応を返す。
今この家に郁也様はいない。気温が下がるに連れ体調を崩されたので、病院にいらっしゃる。旦那様もお仕事だ。だから、どれだけ声を上げたって誰が咎めるわけでもない。
窓の外は、白く、静かだった。
夕方から降り始めた雪が積もって来ている。
寒いから、余計に昭隆様を突き放せないんだろう。人の体温は、嫌いじゃない。
窓から見える庭には、幾つかの菊の鉢が置いてあった。
母さんが亡くなってから、命日に毎年旦那様が買ってきて下さるものだ。それは、母さんが落ちた池の端に増やされていく。
白い菊の花は、咲く姿が母さんに似ていると、旦那様が何度か言っていらしたのを覚えている。
旦那様は、母さんのことを大切にして下さっている。亡くなった、今でも。
一本で立つその姿は、おれには郁也様の様にも思えた。
凛として美しい。
ああ、何をしてるんだろう、俺。
これでいいのかな。このままで。昭隆様に流されるまま……。
分からない。分からないけれど、じわりと目の縁が濡れる。
求められるのは、嫌いになれない。だけど……。
身体を這い回る手も舌も、気持ちが悪い。
身を捩ると勘違いなさるのか、一層執拗に触れられる。
厭だという言葉は、出てこない。今この方を拒んだら……そう思うと身が竦む。母さんの二の轍は踏みたくない。昭隆様は普段優しい方だけど、反面、意に沿わないことがあると何をするか分からないところがあるから怖い。
「……妬けるな。兄さんには」
「あぁっ! ぃっ……ぁ……」
膨らみもない胸へ爪が立てられ、痛みに声が上がる。痛い筈だけど……身体は、それを快感にすり替えていく。
慣れたのがいいことなのか悪いことなのか、それを考えることも億劫で目を閉じる。
「貴方を手折ってしまいたい。……身体はこんなに感じてくれているのに、それでも……折れずに立っている貴方は、憎い」
身体を抱いていた手が離れ、首に掛けられる。
「雪が積もればあの花は見えなくなる。気が、散るのでしょう? 兄さんに似ているから。小母様にも、貴方にも……」
「っ、ぅ……」
首に昭隆様の体重が掛けられた。息が詰まる。
苦しいけれど、昭隆様に痛みや苦しみを与えられると、何故か安心した。
厭だ、と思えている。自分はちゃんと好きな方を間違えないでいる。身体の感覚には流されないでいる。
このまま死んでしまったら……あの世で郁弥様をお迎え出来るのかな。
なら、それも、いいのかも知れない。
せっかくおれを産んでくれて郁弥様に会わせてくれたお父さんやお母さんには申し訳ないけれど、もし、郁弥様が先に亡くなってしまったら…………。
いや、きっと、そうなんだろう。なら……。
「く…………っふ……」
昭隆様がしやすい様に、少し顎を上げる。
と、手が緩められた。
「……貴方は……何故」
生きていても、死んでしまっても、おれには郁弥様の為に出来ることがある。きっと。
そう思えば、どちらも辛くなどない。おれが堪えられないのは、郁弥様が辛い思いをなさることだけだから。
昭隆様がそうなさりたいなら、必死で抵抗しようという気にはならない。
だけど、こんな時必ずこの方は手控えてしまう。抵抗したらその先へ進んで下さるのかな。でも、おれにはそれ程の気力も、特にない。
死ぬ時には死ぬんだろう。ただ、それだけだ。自分に対する執着なんて、そんなもの。
「ぁ…………昭隆、様……」
おれが死んだら、誰か悲しんでくれるかな。
…………郁弥様は、悲しんで下さるかな。悲しんで下さったら嬉しいけど……郁弥様を悲しませるのは厭だ。
「も……っ…………」
死ぬことについてなんて、考えても仕方がない。でも、こんな時間が続くとそれしか考えることがない。
もう飽きて下さればいいんだけどな……。
緩く首を振って、逃れる仕草を見せる。昭隆様がいけば、許して貰える。
「……あ、あぁ……」
「感じている貴方が一番綺麗ですよ」
昭隆様の囁きに、思わず笑いそうになった。
綺麗、なんておれに言ってどうするんだろう。馬鹿馬鹿しい。昭隆様もよくもまあ飽きもせず言えるものだ。
おれは女の子じゃないし、自分の顔だって良く分かってる。言われても、いつもどう返せばいいのか分からなくて困る。
「後で庭の白菊を全て折ってしまいましょうね。手当たり次第にそうすれば、何時か貴方にも当たるでしょう。きっと」
口先ばかりだ。
手折るなら手折ればいい。
昭隆様の身体に腕を回し、抱き付く。
ぎゅっと閉ざした瞼の裏には、さっき垣間見えた雪の中でも凛と咲く白菊が焼きついていた。
終
作 水鏡透瀏