ぽっかりと空に浮かんだ月が、目の前に広がった無限の水面に映っていた。
その景色は、まるで一枚の絵画のようで、ふと涙が出そうになる。
止まない潮騒の音が心地良い・・・今まで、こんな水辺に住んだことなかったけど、これからは毎日聞けるのかな。
そう思ったら、暗いはずの『 未来 』に少しだけ明かりが灯ったような気がした。
手元の小さい紙には、走り書きのような字で、住所と名前が書かれている。去り際に半ば握らされるような
形で渡された手紙には、目的地までの( 一切無駄のない )交通費とこの紙切れが一枚入っていた。
『 武田道場 ・ 武田 信玄 』
逢ったことのない・・・遠縁の伯父が、次の『 身元引受人 』だという。
どんなヒトだろう、と新しい生活や期待を膨らませることは、もう止めた。そんなことをしても、私の未来は
変わらないことを学んだから。
時計を見れば、午後9時30分を回ったところ。本当は9時頃までには、尋ねようと思っていたのに
( そうじゃないと、何されるかわかんない・・・し )浜辺に惹かれてしまったら、一歩も動けなくなってしまった。
怒られる・・・かな、最悪、殴られるのも覚悟しとか、なきゃ。ぎゅっと膝を抱えると、やっぱり震えてしまった。
どんなに時間が経過しても『 恐怖心 』に耐えられない。
「 ・・・・・・い、おぉい、殿ぉーっ!! 」
・・・え、
今、誰かに呼ばれた?
顔を上げて、辺りを見渡す。街灯のない、月明かりの下。青い空間の中でヒトの形をした影が、忙しなく動いている。
遠くにいいたハズのそれが、ふとこちらに気づいたらしく・・・駆け寄ってきた( あ )
「 そなた・・・もしや、殿か? 」
隣に立つと、座り込んだ私を見下ろす。キラキラした星のような瞳で見つめられ、私はそのまま
素直に頷いた。よかった、と呟いた少年の笑顔は、月明かりの下でも魅力的に見えた( う、わっ )
膝を折ると、恭しくお辞儀する。
「 某は、武田道場の遣いの者にござりまする 」
「 武田道場、の・・・? 」
「 左様。お館様より、客人のお迎えを申し付かりました。ついて参られよ 」
そう言って、ボストンバッグひとつ分しかない私の荷物を肩に担ぐと、もう片方の手で私の手を取った。
驚いたけれど、嫌な感じはしなかった。広い背中に泳ぐ一束の髪を見て、そのまま視線を捕まえられた右手に移す。
少しごつごつした、男のヒトの、掌。今までだって、見てるはずなのに。
何でこんなに・・・私、ドキドキしているんだろう・・・。繋いだ掌が、熱い。
突然のことだったのに、抵抗することもなく。
彼に手を引かれて、門前に煌々と炎の灯った屋敷へと案内されたのだった。