01.Song of start ending

「 真田幸村ァ、ただいま戻りましたァァァ!!! 」



大声、というレベルを遥かに超えて。空気と、周囲の柱がビリビリと震えた。 一瞬・・・静けさが訪れたかと思うと、ガラス戸の開く音がして、ひょいっと覗いた顔があった。



「 おかえりー、旦那 」
「 佐助か、戻ったぞ 」
「 あっ!君が、ちゃんだね? 」



佐助、と呼ばれたその人は、音もなく私たちに近づくと、手を伸ばす。すごくナチュラルな動作だっただけに、 反射的に身体を強張らせた私を、二人は驚いたように見つめていた。ふと視線を感じて・・・青ざめる。

あ・・・まず、い。つい、殴られると思って・・・。

止まっていた手は、そっと私の頭に乗せられた。



「 いらっしゃい、よく来たね 」
「 ・・・あ・・・あの、 」
「 俺は、猿飛佐助。佐助でいいよ。武田道場の台所担当ってトコロかな 」
「 ・・・です。よろしくお願いします 」
「 うん、よろしく。それでこっちは・・・ 」
「 真田幸村と申す。よろしく頼む・・・・・・・・・・・・、っ! 」



私と目が合った瞬間、ピシリ!と空気の固まる音がした( ような気がする )
目に留まらぬ速さで、顔が紅く染まる。頭のてっぺんまで達すると、ポシュン・・・と蒸気が抜けて、 ツンツンしていた髪の毛が萎びていった・・・途端!



「 おわあああァァァっ!!! 」



と、悲鳴を上げたから堪らない!すかさず、佐助さんの両手が私の耳を塞ぐ。 さっきの挨拶なんて目じゃないくらい・・・な、すごく大きな大きな、声。 彼は慌てたように私の手を離すと、飛び出していきそうな勢いで、後ずさった。 せっかく塞いでもらったのに、隣で直接攻撃をくらったせいか、頭がクラクラする・・・ ふらついたところを、佐助さんの腕に支えられた。 その佐助さんが気配を感じてか、顔を上げたのにつられて、私も背後を振り返る。
幸村さんの顔が、泣いてしまうんじゃないかってくらい、くしゃりと歪んだ。



「 どうした、幸村よ 」
「 お・・・お館様!! 」



その人が『 武田信玄 』だって、一目でわかった。

堂々とした佇まい。どっしりと構えているのに、決して偉そうに見えないのは、 この人からほとばしる武人としての貫禄・・・だろうか。私の身体を支えた佐助さんの、肩の力が抜けたのが わかった。幸村さんが、すぐ様片膝をついて、頭を下げる。



「 お客人が『 女の子 』だったのに今更気づいて、照れちゃったみたいっすよ 」
「 ( ・・・ええっ!? ) 」
「 という名の客人を連れて参れ、と言うた時に、なぜ気づかなかったのだ? 」
「 も・・・申し訳ございません。お姿を拝見した時に・・・その・・・ 」
「 ・・・まあ、ボーイッシュではあるけどさ。普通、気づくよね、本当に鈍いんだから 」



確かに・・・満足に服も買えなかったから、前にいた家の人の、古着ではあるんだけど。 何の変哲もないTシャツに、Gパンにスニーカー。街灯もなかったし、ほとんど声も出さずに頷いただけだったから、 全く気づかれなかった・・・というワケなんだろうか。
ため息を吐いた佐助さんは、ごめんね、旦那ってば女の子に免疫がないからさ、と言った。 それを受けて、幸村さんまで私に向かって頭を下げ出したので、どうしたらよいか迷っていたら・・・。



「 おお、そなたがか!よくぞ来た 」



信玄さんがそう言って、私の両手を取った。大きな身体を屈めて、私と向かい合う。
じ、と見つめる視線は、心の中まで見透かされてしまいそうで・・・本当は、顔を背けてしまいたかった。



「 父親似だな 」
「 ・・・本当、ですか? 」
「 うむ。同じ、強き光を持った目をしておる 」
「 ・・・・・・ 」



そんなこと言われたの・・・初めて。
お父さんに、似ているの?毎日見ているこの顔に、お父さんの面影が生きているの?

泣きそうになった私の頭を、佐助さんとは対照的に、ワシワシと撫でつける( でも、全然痛くなんかなかった ) グシャグシャになった髪の間から、ぽかん・・・と見上げると、彼は大きな声で笑った。



「 わしは武田信玄。そなたの身柄は、この信玄が責任を持って預かる 」
「 です・・・お世話に、なります 」



自然と・・・頭が深く下がったのは、心の底からそう思えたから。
『 此処 』は、いつもと違う。縋ることを諦めた『 未来 』に、もう一度だけ、期待してしまいそうになる ( もちろん、まだ安心するには早いけれど ) ぽん、と片に手を置かれて振り返ると、佐助さんがにっこり微笑んでいた。



「 お腹、空いたでしょ。夕飯用意してあるから、一緒に食べよう 」
「 え・・・待っていて、くれたんですか?もう10時なのに 」
「 当然でしょ。俺様たちの新しい家族が増える、大事な日なんだからさ 」
「 わしは殿に、部屋を案内するとしよう。幸村、お前も佐助を手伝ってやれ。 」
「 ぎょ、御意! 」



ガラス戸の奥に二人が消えて、私は荷物を持ってくれている信玄さんの後についていった。 私が来るのを待っていた・・・こんな、こんな『 幸せ 』なことがあっていいんだろうか・・・。 前を歩く信玄さんに、浮かんだ涙を知られたくなくて。

案内してもらう部屋に着くまでの束の間、大きな背中に隠れて、こっそり涙を拭った。