02.Do you believe in MAGIC?

古典の先生の声が、朗々と響く。
午後の日差しが当たるこの穏やかな空間の中では、子守唄代わりにしかならない。 それは他のクラスメイトたちも同じなのか、机に突っ伏しているヒトも、 肩肘をついたまま目を閉じているヒトもいた。 何とか眠らないようにしないと・・・と思って、ふと、教室の隅にぽっかりと空いている空間に目がいく。 あれ、そう言えば・・・窓側の空席が埋まったのを見たことがないような気がする。



「 ああ、伊達の席な 」
「 ” 伊達 ”? 」
「 学校の創立者の孫、らしくてな。学校も授業も、休み放題の奴だ 」



放課後、部活に行く前のかすがを捕まえて聞いてみると、そう言ってため息を吐いた。 彼女にしてみたら、好き勝手な振る舞いが許せないのかもしれない。 真面目な女友達にくすっと笑って見せると、真っ赤になって反論してきた。



「 な・・・何だ、 」
「 かすがは本当に、真面目なんだなって思った 」
「 ま、真面目で悪いか!? 」
「 ううん。そんなかすがと友達になって良かったなって、思ってる 」
「 からかうな! 」



教室の外から、かすがを呼ぶ声がした。今行く!と答えると、私の頭をぽんぽんと叩いて、 声のしたほうに駆け出して行った。 私も、そんなかすがの背を見送ると、鞄の中に机のものを詰め込んで、教室を後にした。






放課後の部活動は、基本的に自由参加だ。
幸村くんは、剣道部に所属している。道場でも稽古があるのに、それとは別に学校でも 武術を身に着けようとする幸村くんは、本当に意欲的だと思う。
彼の部活動の時間、私は図書室に身を置いている。お館様から一緒に登下校するように、と いう指導は、まだ解けていない。最初、幸村くんはしばらく剣道部を休む、と言ってくれたのだけど。 別に帰りを急いでいるワケでもないし、ただでさえ、幸村くんは私のために時間を割いてくれている。 残って待つことくらいしか、私には出来ない。

それに・・・やっぱり、以前も帰るのが嫌で、よく図書室に来ていた。
ヒトの少ない図書室で、ひっそりと自分の世界に篭る。勉強に詰まっても参考書はいっぱいあるし、 息抜きにライトノベルを読んでみたり。
天井まで伸びている、迷路のような本棚の隙間を歩くのが好きだった。



「 ・・・・・・? 」



窓辺の夕陽の光も届かない、ある一角の本棚に・・・蹲ったまま、誰かが背中を預けているのが見えた。 具合でも、悪いんだろうか。ひ、ヒトを呼びに行ったほうがいいのかな?それとも、 声をかけてみたほうがいい?その場で、オロオロと迷っていると。



「 ・・・おい、アンタ 」
「 えっ・・・わ、私、ですか・・・!? 」
「 Yes 」



身体を起こすと、大きな欠伸と伸びをひとつ。頭を少し掻いて、小さく声を上げた。



「 てて・・・やっぱり此処で昼寝するには、座布団かなんかねえとダメだな 」
「 あ、お昼寝、だったんですか? 」
「 An?見てわからなかったか? 」
「 た、倒れているのかと思って・・・ヒトを呼びに行こうか、迷ってたんです 」
「 それで、地団駄踏んでたってワケか。その足音で起きちまったんだけどな 」
「 す・・・すみません 」
「 いや、これ以上身体が痛むのはゴメンだったから、ちょうどいい 」



夕陽を背負って立つ逆光の私を、瞳を細めて見上げる。あ・・・ このヒトの右目、眼帯に覆われている・・・?じっと動かない私の視線に気づいたのか、これか?と、 彼は眼帯に触った。



「 ご・・・ごめんな、さい。ジロジロ見ちゃって 」
「 気にすることはねえ。大抵の奴は同じ反応をする 」
「 そう、ですか。それじゃ、あの、これで・・・ 」
「 ・・・Hey、待てよ 」



去ろうとした私の腕を、彼は掴む。がっしりした大きな掌に連れられて、転びそうになりながらも 彼の隣に引き寄せられた。片目だけれど、両目分の強い光に魅せられて。 頬が赤くなったのが、自分でもわかる。



「 終わりか!? 」
「 ・・・へ 」
「 理由聞いたり、喧嘩売ったりしないんだな・・・アンタ 」



拍子抜けだぜ・・・と呟くと、私の腕を開放する。り・・・理由を聞いたりした方が、良かったというんだろうか ( さすがに、喧嘩を売ったりは出来ないけれど )呆けている間に、彼はまるで興味がなくなった、という 素振りで、図書室の出入り口に向かう。
今度は逆に私が、彼の制服の裾を掴んだ。びっくりしたように、振り向く。



「 あのっ、痛くないんですか!? 」
「 ・・・What? 」
「 右目。もう傷は塞がっている、んですか? 」
「 あ・・・ああ、小さい頃のモンだしな 」
「 そうですか・・・よかった。痛かったら、どうしようかって 」
「 ・・・・・・」
「 って、あ、すみません、私がどうこうできることではないんですが 」



私には、心配することしかできないけれど。でも、目の前に困っている人がいたら、力に、なってあげたいと思う。 ほっとして胸を撫で下ろしていたら、お前・・・という声がして、顔を上げる。ちょっと驚いたような、彼の表情。 だけど、ふいに柔らかい笑みを浮かべて、裾を掴んでいた私の手を取る。そして、自分の両手で・・・包んだ。


「 そんなこと言われたの、初めてだ・・・面白いな、お前 」
「 ・・・そ、そうです、か? 」
「 ああ、名前は? 」
「 です 」
「 いい名前だな 」



そう言って、握り締めていた私の手を自分のほうへと引っ張った。眼前に、彼の整った顔が広がる。 ぶつか、る・・・!と思ったら、額に感じた・・・柔らかい吐息と、唇。しばらく、 何が起こったのかわからなかったけれど。 呆けた私に、少し意地悪い笑みを浮かべた彼を見て・・・爆発、しそうだっ、た!!
金魚のように、口をパクパクさせた私のおでこをピン!と弾いて。



「 See You!!! 」



彼は踵を返す。固まったまま、颯爽と図書室を後にする姿を見ていたが、見えなくたった途端に床にへたりこんだ。 深呼吸を繰り返しても、一度高鳴った心臓は鳴り止まない。ど、どどっ、どうしてっ、あ、あんな・・・!!

ポケットの中の携帯が、震えてる。きっと、幸村くんからだ。出なきゃ・・・っ。
で、でも、手が震えて、上手くボタンが押せないよ。 火照った顔を両手で押さえると、身体中の熱がそこに集中してるのかもって思えるほど・・・熱かった。

幸村くんには悪いけれど、もう少しだけ・・・もう少しだけ、待ってて・・・!!



( そうじゃないと、心臓が、壊れてしまいそう!! )