幸村くんと帰るのは、もう何度目だろうか。潮騒の聞こえる浜辺の道を、二人で歩く。
以前は無言で歩いていて、黙ったままの幸村くん( たぶん、緊張してたんだと思うけれど )が
割と早足で帰ろうとするので、その後ろを、ヒヨコのようについて行くだけだったけれど。
「 そうか、その御仁は昼寝していただけだったんだな 」
「 うん。大事がなくて、本当によかった 」
・・・さすがに、お、おでこにキスされた・・・とまでは言えなかったけれど。
私たちの影が並ぶようなことはないけれど、時々重なるくらいの距離に立っている。
女性が苦手だという幸村くんは、時間が経つうちに、会話することに慣れてくれたようだった
( 初めての出逢いからは考えられないくらいの、すごく、大きな進歩だ )
たわいもない『 今日の出来事 』を共有し合うのが、帰り道のお約束。
幸村くんの部活での『 出来事 』を聞いた後、私も図書室での『 出来事 』を話してみた。
私一人で、テンパっちゃった・・・と苦笑するけれど。
彼は、いや、と言って少しだけ微笑む。
「 殿は、放っておけなかったのだろう? 」
「 え・・・っ、あ!うん、そうな、の 」
「 なら、無駄なこと何ひとつないではないか。胸を張っておればよい 」
笑い飛ばすわけでもなく、からかうわけでもなく。
私の想いを読んだかのようなセリフを、あっけらかんと言うから・・・ホント、時々ビックリする。
言い当てられたら、何だかすごく恥ずかしくなって。彼の顔を見ることが出来ずに、俯いて
影ばかり見ていた。きっと、私の顔・・・紅くなっている。やだな、今日はドキドキすることばっかりだ。
クラクションの音が次第に大きく響いているのに気がついて、足元の視線を背後に向けた。
すると、視界いっぱいに大きなトラックが広がっ、て・・・息を、呑む。
「 殿!! 」
幸村くんが、私の名前を呼んで。
動けずに・・・立ち尽くしていた身体が、ものすごく強い力で引き寄せられる!
顔を照らしていたライトの光が、左から右へと移って、身体のすぐ脇をあっという間に走り抜けていった。
ふう、と漏らした吐息が、私の頬にかかる。
「 危ないな。ヒトがいるのが見えていなかったのか? 」
「 ・・・・・・ 」
「 ・・・殿? 」
顔を上げなくても、わか、る・・・わ、私、今・・・幸村くんに、抱き締められてる・・・!
非常事態だったから仕方ない。だけど・・・こんな状況にときめかない女の子なんて、いない。
足の先から頭のてっぺんまで熱いのに、凍りついたように動けなかった。
それを不審に思ったのか、幸村くんが抱き締めていた腕を緩めて、軽く揺さぶった。
「 殿、いかがした?もしや、どこか怪我でも・・・ 」
「 ・・・・・・ゆ、 」
揺さぶられて、初めて顔を上げ・・・彼と、視線を交える。ああ、幸村くんの大きな瞳に映った自分は、
やっぱり酷い顔、してる。真っ赤になって、眉間に皺を寄せて。困ったように、彼を見つめていた
( だって・・・こんな時、どんな表情したらいいかなんて、わからなくて )
幸村くんも、ようやく状況に気づいたのか、顔いっぱいに動揺の色を浮かべる。あ、とか、その、とか
呟き出してフリーズしたが・・・以前のように、突き放すことはしなかった。
「 す・・・すまぬ、殿・・・某、 」
「 うん・・・あ、あり、がとう、幸村くん 」
「 某、決して不埒な真似をしようと思ったワケでは・・・信じて下され! 」
がしっと両手を掴んで、もう一度自分の方へと引き寄せる幸村くん。目の前にアップになった顔が・・・
なぜか、図書室の『 彼 』と重な、った・・・っ!
「 ・・・や、っ! 」
「 うお! 」
反射的に、彼の手を振り払った。
驚いた幸村くんが、一歩後ずさる。そして、目をぱちくりとさせて私の顔を見ていた。
・・・私、何を?
彼は・・・少しずつ、私との距離を縮めようと努力してくれた。
そして、今まさに助けてくれた命の恩人だというのに・・・。
後は、何も考えられなくて。気がついた時には、その場から逃げるように走っていた。
殿!と幸村くんの声が、する。だけど微塵の余裕もない上に、振り返って謝る勇気もなかった。
どうせ同じ道場に帰るのだから、避けられるはずもないってわかってる。でも、でも・・・!
さっきまで、2人の影はすごく近い距離に生まれていたのに。
『 心 』の距離と同じ分だけ・・・離れ離れに、なってしまった・・・。