02.Do you believe in MAGIC?

かすがと昼食を済ませて、お弁当箱をロッカーにしまいに行った。
ふと・・・手元が暗くなった。誰かが背後に立ったのはわかったので、ちょっとビクビクしながら ( 襲われる心配はなくなったってわかってるけど・・・でも、どうしよう、って ) 振り返ると・・・そこには、意外な人物が立っていた。



「 伊達くん・・・ 」
「 ・・・今、付き合えるか?少しだけ、話したいことがある 」
「 うん、構わないよ 」



頷くと、伊達くんはほっとしたような顔をして、教室を後にする。
ただでさえ学校に来ない大物が、いきなり転入生に声をかけたのだ。本当は・・・かなり、みんなの 視線を集めていたのだけれど。
促されるまま・・・勇気を出して、私は彼の後をついて行った。









てっきり屋上とかだと思ったのに・・・連れて来られたのは、理事長室だった。
そういえば、伊達くんは理事長の孫、とかだっけ。中に入っていいものかと入り口で躊躇っていると、 今日はいねえから遠慮すんな、と呼ばれた。私は扉をそっと閉めて・・・窓際にいた、伊達くんの隣に並んだ。



「 この前は、悪かったな・・・突然、攫うような真似しちまって 」
「 ううん、皆にも言ったんだけど、自分の意思で伊達くんちに留まったんだし 」
「 ・・・そうか? 」
「 そうだよ。だから伊達くんが気にすることなんて、何もないよ 」



元気付けるように( ・・・だって、あからさまに落ち込んでいるような気がした、から )努めて明るい 声を出すと、彼は口の端を上げて、お前は優しいな・・・と少し笑った。



「 今回の件に関しては、小十郎が特に落ち込んでいてな 」
「 片倉さん? 」
「 ああ。俺の命令でやったことなんだけどな・・・あの書状 」
「 ・・・ねえ、あの、どうして・・・わ、私の、こと・・・ 」
「 花嫁、ってヤツか? 」
「 う・・・うん 」



ほ、本当は、聞くのも恥ずかしかったけれど、その理由は知りたいかも・・・。
ほんの数回しか会話していないのに、何が伊達くんの中にひっかかったんだろう。
ドキドキしたままの私の手を、彼はそっととった。



「 図書室で逢った日も、伊達家に呼んだ日もそうだった・・・この、手 」
「 ・・・手? 」
「 俺を心底、心配してくれる、手だ。それがわかって、振り払えなくなっちまった 」



・・・実は、伊達くんの生い立ちを、お館様から少しだけ伺っている。
伊達くんは、私と同じで理事長の親戚として、あの家にやってきたコドモなのだと。 本家にいた頃、目を失ったことが母親に忌み嫌われて。半ば追い出されるようにして、 分家にあたる今の家に、片倉さんと一緒に預けられたそうだ。
( あの寂しい瞳は、無理に追いかけても手に入らないということを知っているから )



「 嬉しかった・・・だから、欲した。けれど、力づくじゃ手に入らねえこともわかった。
  お前は、俺と同じように武田に引き取られたけど・・・幸せ、なんだろ? 」
「 ・・・うん、とっても 」



伊達くんも、私の生い立ちを知っているのだろう。もしかしたら・・・彼は、同じ境遇の 私を救おうとした気持ちもあったのかもしれない。武田道場のみんなも、私にとても良くしてくれるけれど、 かすがや伊達くんまでこうやって心配してくれるなんて・・・。
ならいい、と納得したように、伊達くんは微笑む。



「 ・・・もうふたつ、お前に言っておくことがある 」
「 ふたつ?? 」
「 ああ。まずひとつは・・・伊達くんはヤメロ。俺のことは、政宗と呼べ 」
「 ええっ!? 」
「 構わねえだろ?風魔のことは最初ッから『 小太郎 』って呼んでただろうが!
  ・・・むず痒いんだよ、苗字で呼ばれるっつーのは 」
「 あ・・・もしかして、ヤキモチ・・・ 」



何気なく出した言葉だったのに・・・どうやら図星だったらしい。伊達く・・・政宗くんの顔が一瞬赤くなって、 次に意地の悪そうな微笑みを浮かべた( ひいっ )窓辺のカーテンに私を閉じ込めて動きを封じると、 隙間から出した私の顔に、自分の顔を近づける。



「 わっ・・・ぷ!! 」
「 ああ、そうだよ!悪いか!? 」
「 ・・・悪くない、です・・・ 」
「 Call me 」
「 え? 」
「 Call me my name 」
「 まさ、むね・・・ 」
「 One more... 」
「 ・・・ま・・・ 」



カーテンに包まれて、周囲への感覚が鈍っているのか。
魔法でもかけられたように、私はだんだん近づいてくる彼の吐息を拒むことが出来なかった。 耳に降る、政宗くんの低い声が心地良くて・・・瞳を閉じそうになった瞬間、理事長室のドアが勢い良く開けられた!



「 殿ーォ!! 」
「 ・・・ゆ・・・ゆきっ、むらくん!!( ど、どうして!? ) 」
「 ちッ・・・上杉の奴がチクりやがったな 」
「 まっ、政宗殿!殿をだ、抱き、抱き締めてっ、何をしているでござるか!! 」
「 今イイトコなんだ・・・邪魔すんじゃねえ、幸村 」
「 なッ・・・!! 」



色恋ごとには弱いから、このまま引き下がるかと思ったのに・・・今日の幸村くんは、強気だった。 一瞬怯んだけれど、きっと政宗くんを睨み返して。 つかつかと歩み寄ると、私たちをべりっと引き剥がして、カーテンに巻かれた私をまず解放する。 そして、真っ向から政宗くん噛み付いた。



「 政宗殿・・・殿には、指一本触れさせぬ!! 」



言い切った幸村くんの姿に、驚いたのは政宗くんだけじゃない。
背中にいた私こそ目を丸くして、動けなかった。そんな私の気配を感じてか、 振り向いて目が合った幸村くんも・・・熱が伝染したかのように、赤くなって固まった・・・。



「 ほう、言うじゃねえか・・・、もうひとつの『 言っておくこと 』だ 」
「 え・・・、んんっ! 」



名前を呼ばれて、肩越しから顔を出した私の唇に、政宗くんのそれが重なる。 固まったままの幸村くんの頬を、片手で押しのけて。割り込むようにして・・・口付けた。



「 同情でも、哀れみでもなく・・・純粋に、お前が好きだ 」



次は・・・『 心 』ごと攫ってやるぜ。

不敵な宣戦布告を残して、政宗くんは理事長室を後にした。
押しのけられた幸村くんにも、今の告白バッチリ聞こえたのだろう。彼もしばらく呆然としていたが、 ふと我に返って・・・ワナワナと震え出した。



「 なっ・・・なんとっ、破廉恥極まりないっ・・・!!! 」
「 ・・・・・・ 」
「 ・・・殿?・・・、! 」



ひっくり返るようにして倒れた私を、頭を打つ寸前のところで、彼に支えられる。 が、すでに抜け殻状態の私。心配するように覗き込む幸村くんが、視界の端に映った。



「 あ・・・あたし、のォ・・・ふっ・・・えぇん!! 」
「 いかがした、殿・・・殿!? 」
「 ふえぇええ・・・んっ!! 」
「 殿、ど、どうしてござるかぁぁ!! 」



ファーストキスを奪われたショックに泣くなんて、私、意外と乙女だったみたい・・・!

幸村くんが、何のことかわからないままに・・・泣いている私の横で、オロオロとしていた。 さっきまで赤かった顔も、今度は青ざめている。先刻、政宗くんに啖呵を切った同一人物とは 思えない。






( でも・・・さっきの、すごく嬉しかった・・・ )






誰もいないはずの理事長室から、女子生徒の泣き声が聞こえるというので。

集まった人々の注目を浴びた幸村くんが、慌てふためくのは・・・また、別のお話。