それから、2日後のことだった。
学校に行く前にお館様に呼ばれた私と幸村くんは、道場で正座をして待っていた。
「 ・・・あの、幸村くん 」
今更だったけど、やっぱり言葉にしておいたほうがいいと思って。
隣に正座する幸村くんが、不思議そうに首を傾げた。
「 この前は、ごめんなさい。それに・・・迎えに来てくれて、ありがとう 」
「 い・・・いや、某もついムキになって、殿に迫ってしまったと反省している 」
「 ・・・ふふ、よかったぁ 」
「 え? 」
「 自己満足なのかもしれなかったけれど、ずっと謝りたかったんだ。
伊達くんちにいた時も、そればっかりで。小太郎さんに相談しちゃったり・・・ 」
「 そう、だったので、ござるか? 」
「 うん・・・幸村くん、どうしたの?笑顔になってるけど、嬉しいことでもあった? 」
「 ・・・ああ、たった今。確かに『 あった 』でござるよ 」
珍しく・・・満面の笑みを浮かべた幸村くんの笑顔を見ていたら、何だか私まで嬉しくなってきた。
そこへお館様と、後ろから佐助さんも一緒に現れた。朝食の場ではなく、道場に呼ばれて話す、という
コトは、何か重要な話があるということだ。
静かな道場に、私と幸村くん、お館様と佐助さんが向き合う。
「 急にすまないのう。だが、出かける前に言っておくことがある。
・・・2人とも、わしが初日に言ったことを覚えておるか? 」
「 はっ!殿をお館様と思ってお守りし、共に登下校するように、と・・・ 」
幸村くんの答えに満足するように、お館様が頷く。
「 その命を、本日より解く。も幸村も、各々の学校生活に集中せよ 」
堂々とした宣言。幸村くんと私は、一瞬理解できなくて、お館様を見つめた。
もうちゃんも登校して随分時間も経つし、襲われる心配はないから、旦那の警戒は解いて
大丈夫だろうって話になったんだ・・・と、佐助さんがフォローするように語る。
もう・・・義務的に、幸村くんと待ち合わせしたり、一緒に登下校しなくていい、ってコト・・・?
私は、思わず幸村くんを見ると、彼も私のほうを向いていて・・・目が、合う。
そして、幸村くんがお館様に頭を下げた。
「 御意 」
「 ・・・・・・ 」
「 うむ。それでは支度をして、出かけるが良い 」
「 行って参ります 」
お館様が席を外し、残った佐助さんが2人分のお弁当を差し出す。
幸村くんはそれを受け取ると、道場を後にした。本当に・・・行ってしまう。
なかなか立てずにいると、佐助さんが声をかけてきた。
「 ちゃん、旦那はきっと待ってるよ 」
「 佐助さん・・・ 」
「 大将は、命令とかで縛るのを止めただけで、本人の好きなようにしていいよって
言ってるだけなんだ。ちゃんが旦那と登下校したいなら、それを話さなきゃ 」
風呂敷に包まれたお弁当を私に渡しながら、ウィンクをひとつ。それを合図に、私は頷いて、幸村くんの
後を追って外へ飛び出した。佐助さんの、いってらっしゃい!と声を背中で受け止めて。
道場を出て、最初の角を曲がって、海沿いの大通りに出たところで・・・幸村くんが、待っていた。
私の姿を認めると、少しだけ・・・曇った表情でこちらを見ている。
息の上がった肩を落ち着かせて近づくと、行きながら話そうか・・・と彼は歩き始めた。
「 よかったでござる・・・殿が狙われずに済むのなら、某もお役御免でござる 」
「 ・・・私のお守は、やっぱり幸村くんに負担をかけていたよね。ごめんなさい・・・ 」
「 ち、違う!某が言いたいのは、そういうことではなくて、っ!! 」
くしゃっと前髪を掻いて、幸村くんは少し声を荒げた。怒っているのかと思い、肩を震わせた
私に、否定するように手を振る。そして・・・真っ赤な顔で、瞳を背けたまま呟く。
「 お館様の命がなくても・・・某は、殿と一緒に登下校を・・・したいのだ 」
時間が合う時だけで構わない、と付け足して。
それは、まさに私のセリフだったのに。幸村くんも・・・そう、思っていてくれてるなんて、
予想していなかったから。だって、彼には部活があったり、クラスの友達と遊んだりする時間も
あるだろうと思っていたし。
いつの間にか・・・縛られていたはずの『 ひと時 』は、
お互いにとって『 大切な時間 』になっていたんだね( ・・・そう、自惚れたっていいよね? )
「 うん・・・時間の合う時は一緒に、登下校してくれる? 」
「 ・・・!もっ、もちろんでござる!! 」
「 ありがとう、幸村くん 」
「 い、いや・・・礼を言うのは、某の方である 」
追いかけていた背中は・・・ついに、私の『 隣 』に並んだ。
「 ありがとう、殿 」
朝の日差しは、私たちの心の奥まで照らす。
晴れ渡った空は・・・これからの未来を暗示するように、どこまでも澄み渡っていた。