「 それでは、立候補する人はいますか 」
呼吸すら止めるような感覚で、静かに、静かに『 その時 』が終わるのを待っていたのに。
斜め前にいたかすがが、すっときれいな手を伸ばしたと思ったら・・・その手をゆっくり下ろして、私を指差した。
「 を推薦する 」
「 それで、文化祭実行委員長補佐を引き受けたってワケか? 」
「 ・・・うん 」
「 ・・・・・・むう 」
屋上で紙パックジュースをずずっとすすりながら、政宗くんがちょっと呆れたような顔をしている。
盛大にため息を吐いて、やれやれというように肩を竦めた。
隣の幸村くんも、フォローにも詰まるカンジで、無言で唸っている。
ううーん・・・そ、そうだよね・・・安易過ぎた、かなあ。
私は萎れた花のように項垂れて、小さく丸まっていると。
同じようにジュースをすすっていたかすがが、ストローから唇を離して反論した。
「 はもっと積極的に『 生きる 』べきだと思ったんだ 」
かすがには、今までの『 私 』のこと、全部話してみた。
彼女が何度も眉をひそめる場面もあったけれど、
それでも黙ったまま、口を挟むことなく・・・私の話を聞いてくれた。
話し終えた後に、ちょっとだけ考えて・・・よく耐えたな、って頭を撫でてくれた。
それで・・・彼女が私の『 過去 』を受け入れてくれたことがとわかった。
過去を知っても『 友達 』でいてくれるかすがには、すごく感謝している・・・。
「 壮大なthemaだと思うが、いきなり過ぎなんじゃねぇか? 」
「 そうか?私には適任だと思ったが。
は責任感もあるし、他人に気も使える子だ。補佐役は十分務まるだろう 」
「 しかし、実行委員長は・・・アイツ、だろ? 」
「 アイツ? 」
「 2組の竹中だ 」
「 ・・・ああ、そうだったな 」
今度はかすがの眉間に皺が寄る・・・え、一体何なの?竹中くんって、何者??
答えを求めるように幸村くんを見ると、彼は飲み終わったパックを潰しながら、
「 何においても非常に優秀な御仁で、冷静沈着な策士のようだと聞いている 」
「 策士? 」
「 おまけに無慈悲な男らしいからな・・・お前、泣くかもしれねえぞ 」
政宗くんは光る右目で、不安そうな私を見下ろす。
けれどしばらくして、意地悪そうな笑みから、柔らかい笑顔に変わった。
「 ま、誰であろうとももを泣かす奴は、俺が許さねえ。お前は堂々としてればいい 」
「 そうだ、私も協力するぞ!!お前を押したのは、私だからな 」
「 おおっ!もちろん某も・・・ 」
「 幸村はクラスが違うから無理だろ。今回、お前の出番はねえよ 」
「 なんと!い・・・いや、クラスは違えども、同じ屋根の下に住む者としてっ! 」
「 真田が言うと、違うニュアンスで聞こえるな・・・で、ナニモノだって? 」
「 かすが殿、どどっ、どういう意味でござるかっ!?そ、某は、その 」
「 ”指一本触れさせぬ”とかぬかして、直後にを奪われた大馬鹿者だろ 」
「 政宗殿ーっっ!!! 」
・・・このやり取り、武田家でも見たことがあるような・・・。
( 幸村くんのキャラクター、なんだろうけど )
幸村くんを上手にあしらう二人を見ていると、私まで自然と笑顔になってくる。
堪え切れない笑いを、肩を揺らしてかみ殺していると、その肩を政宗くんに抱き寄せられた。
「 ひゃ! 」
「 お前は、もう独りじゃねえんだからな・・・頼れよ、周りを 」
「 ・・・うん、ありがとう 」
彼の言うとおりだ。今までこういう役回りは避けてきたけれど、これもいい機会なのかも。
出来るかどうかわからない、じゃなくて、出来るように頑張ろう。
かすががくれたチャンスだと思って、補佐役に挑戦してみよう
( その『 竹中 』くん、という人だけが心配だけれど・・・! )
俄然、やる気になった私の表情を見て、かすがが少し満足そうに微笑んでいた。
( 幸村くんが私の肩を抱く政宗くんに突っかかって喧嘩していたけど、最近では珍しくなくなったので、
かすがも私も知らん振りだった )
予鈴が鳴ったのを機に、私たちは屋上を後にした。
幸村くんと廊下で別れ、教室に向かっていると・・・誰かを待つように、一人立つ生徒の姿があった。
政宗くんの足が止まり、竹中、と呟いたのが聞こえた( え! )
彼は気がついたようにこちらを振り向き、薄い唇を綺麗に持ち上げて、私の名を呼んだ。
「 僕は竹中半兵衛。今度の文化祭実行委員長を務める。よろしく 」
「 あ・・・です。よろしく、お願いします 」
「 君が補佐を勤めると聞いてね、一度挨拶をしておこうと思ったんだ 」
「 ほお、アンタにしちゃ珍しいんじゃないか 」
「 ・・・独眼竜のお手つきだという噂だから、どんな娘(こ)か見ておきたかった、
というのが、本音かな 」
「 ・・・もう一度言ってみろ 」
「 気に障ったのなら謝ろう。早速だけど、明日の放課後から会議がある。頼んだよ 」
「 は、はい! 」
ちょうど本鈴が鳴り、竹中くんはそのまま自分の教室に向かって歩いていく。
政宗くんの睨みなんか気にせずに、柳のように受け流すその姿勢は、幸村くんと対照的に思えた。
こんなヒトもいるんだ、と。遠ざかっていく彼の背中を見送っていると・・・かすががとん、と肘で突いた。
「 惚れたか? 」
「 ・・・っ、かすが! 」
「 What!?本当か、!? 」
「 ちっ、違うよー!! 」
そこへ先生がやってきて、抗議は余儀なく中断される。
授業が終わってからも、教室に迎えに来てくれた幸村くんに、かすががその話をしちゃったもんだから、
政宗くんと幸村くんに挟まれて・・・とにかく騒がしい帰り道になった・・・。
でも・・・わざわざ挨拶に来てくれるなんて、実はすごくいいヒトなんじゃないかな。
『 冷静沈着 』ってのは合ってると思うけど、『 無慈悲 』なヒトではないような気がする。
明日の会議で、上手に役目を果たせるといいけれど・・・。
眠りにつく、ほんの一瞬、前。
午後の光に溶けてしまいそうだった・・・線の細い背中が、瞼の裏に甦った。