生徒会長の毛利くんと、文化祭実行委員長の竹中くんは、犬猿の仲だったんだって・・・誰から聞いたんだっけ。
目の前で繰り広げられる熱い論争に、言葉も挟めず、ただ見守ることしかできない。
私だけでなく、他の生徒会役員ですら、二人の間に割り込めずに息を潜めている。
「 だから、どうして君の頭はそう固いんだ! 」
「 貴様のような甘い考えで、生徒らの統率ができるわけなかろう! 」
どちらも引かず、一歩も譲らず。会議開始10分でこの状態。すでに30分以上は経過している。
何度か目にしている光景だけれど、毎回、どうしてこうも激しく争えるのか。
つ、疲れないのかな・・・でも、二人がそこまで、文化祭だけじゃなくて、生徒のことを考えてくれるというのは、
生徒一員としては喜ぶべきことなんじゃないかって思う。
『 冷静沈着 』な竹中くんは、実は『 熱血漢 』だったんだな・・・なんて、逆に感心していると。
最終的には、毛利くんの両拳が( いつものように )机に叩きつけられた。
これには慣れず、ビックリして身体が強張る。
「 もう良いっ!これ以上話を続けても、意味がない!! 」
「 同感だ・・・行くよ、さん! 」
「 ・・・は、はい・・・ 」
急に振られて、すぐにそれが自分のことだと気づかなかった。生徒会室から出て行く竹中くんを、慌てて追いかける。
扉を閉めて、廊下を早足で歩く彼に追いつくには、少し走らなければ駄目なようだ。辺りを見渡して、
小走りに走っていると、急に竹中くんが振り返る。慌てて急ブレーキをかけて、スピードを緩めた。
彼の胸元まであと2歩・・・の距離で無事にストップして( ほっ・・・ )見上げる。
すると、頭上の竹中くんも私を見下ろしていて、目が合う。
「 ・・・た、けなか、く・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
私を見つめているようで、どこか遠くを見ているよう。その瞳には生気がない。
退室した後は、毛利くんの悪口を言ったり、憤怒していることが多いのに、今日は・・・一体、
どうしたというのだろう。
ため息を吐くのすら忘れているようなカンジがして・・・私は、彼の手を取った。
「 ・・・、さん? 」
「 こっち、こっちです 」
近くに売店があったのを思い出して、手を繋いで連れて行く。
放課後だから、もう購買はやっていないし、周辺の人気も少ない。空いたプラスチック製の椅子に
彼を座らせて、私はポケットから小銭を取り出す。チャリン、ガロロン・・・という音を繰り返して。
「 はい 」
冷たいココアを、彼の手に握らせた。竹中くんは戸惑ったように、眉を潜める。
向かいの椅子に腰を下ろして、自分の分のココアのプルタブを開けた。一口含むと、ココア特有の
甘さが広がって、喉の奥に消えていく。
「 ・・・何故? 」
「 え!?・・・あ、あの、ココア、駄目だった!? 」
「 いや、どうして、僕をここに連れて来たんだい? 」
「 疲れてる、みたいだったから・・・ 」
「 まあ・・・あれだけ白熱すれば、誰でも疲れるだろう 」
「 うん、それもあるけど・・・もっと、別のことでも疲れているよな気が、して 」
あ・・・よ、余計な気遣い、というか、お節介だっただろうか・・・。
でも、論争だけであんな瞳・・・普通、しないでしょ?
それっきり彼は黙ってしまったので、私も口を噤んだ。居心地が悪くて、ココアを何度か
口に運んだけれど、それもそのうち無くなってしまった・・・。
しばらくして・・・竹中くんの口から、ようやく、盛大なため息が零れた( あ )と思ったら、今度は
その口からクスクスと小さく笑う声がした。
「 君は面白いね・・・竜や若虎が目をかける理由が、ちょっとわかる 」
「 竜・・・?若、虎?? 」
「 ああ、気にしないでくれ。それじゃ・・・頂くとしようか 」
ココアなんか、絶対自分じゃ買わないな・・・と呟いて。
竹中くんは、ココアの缶を傾ける。苦手だったらどうしようと心配したけれど、
ちゃんと最後の一口まで飲んでくれて、ご馳走様、と優しく私に微笑んだ。
駅まで一緒に帰ることになった私たちは、お互いの教室に寄って鞄を取って、下駄箱へと続く階段のエントランスで
待ち合わせた( 会議がどのくらいになるかわからなかったので、幸村くんには先に帰ってもらったのだ )
竹中くんの姿は、まだない。夕陽は地平線の彼方に沈んでいて、薄っすらと星が輝いている。
「 ( 竹中くん・・・まだかな ) 」
待たせちゃ悪いと思って急いで支度したけれど、彼の姿は一向に現れない。腕時計を見れば、いつもなら夕飯を
食べる時間になっている。料理を食卓に並べる時の、佐助さんの笑顔を思い出して、つい口元が緩んだ時だった。
「 ・・・っ!! 」
エントランスの端に立っていた私を目掛けて、どこからかバスケットボールが飛んできた。
時計から目を上げた瞬間、のことだったので、避けるという考えも浮かばず・・・
ただ、目を瞑ることしかできなかった。顔面にぶつかる、と思った、その直前で。
パシン、と弾いた時の軽い音が、人気のない廊下に響き渡った。
恐る恐る目を開ければ、白い掌が、かばうように私の顔前に広げられている。竹中くん、だった。
遅くなって悪かったね、と言って、私の二の腕を掴んで、階段を降りて下駄箱へ向かった
( まるで、素早くその場を後にしなきゃいけないみたいに・・・ )
「 たっ、竹中くん、手、大丈夫!?痛くなかった? 」
「 僕は平気だ 」
「 ど・・・どうして、あんなところにボールが飛んで・・・ 」
急かされるように靴を履いて、校舎を出たところで・・・彼は、振り返る。外灯の逆光で、竹中くんの
表情はハッキリとは見えなかったけれど、ココアを飲んだ時とは比べ物にならないほど、
彼の纏う『 雰囲気 』が酷く・・・冷たいものになっていた。
「 今日、真田は? 」
「 幸村、くん?・・・あ、時間が合わない時は先に帰ってもらってるの 」
「 明日から、必ず待っていてもらうようにしろ。会議は、早く終わらせるようにする 」
「 ・・・竹中くん・・・? 」
私・・・気がつかないうちに、何かしてしまったんだろうか。
どうして、竹中くんは、こんなに機嫌が悪くなっているんだろう。
脅えて動けない私を一瞥し、その場に置き去りにすると。
竹中くんは、そのまま独りで歩いて、さっさと校門を出て行ってしまった・・・。