家康先輩は、やっぱり悲しそうな顔したけれど、それはほんの一瞬だった。
そして、そうか・・・と呟いて、自分の頭をがしがしと掻いた。
「 ・・・ごめん、なさい・・・ 」
「 謝ることはない。悲しいといえば悲しい・・・というより、寂しいかな。
この前逢った時も・・・断られるであろうことも、想定もしていた 」
「 ・・・・・・・・・ 」
運ばれてきた紅茶に、一口も口をつけられずにいる。
逆に先輩は、最後の一口を飲み干して、カップを受け皿の上に置いた。
「 ・・・あの男、だろ? 」
「 男・・・? 」
「 ほら、最初に逢った時、の手を引っ張ってった奴がいただろ 」
「 ・・・あ・・・幸村くんの、こと、ですか? 」
「 幸村というのか 」
「 はい。今、お世話になっているお館様のお弟子さん、です 」
幸村くんのことを説明するなんて、ちょっと初めてだったけれど。
私の簡単な説明に、先輩はそれで納得したようだ。なるほど、と大きく頷く。
テーブルの上に組んだ手に顔を近づけて、唸るように言った。
「 あいつ・・・わしが、を近づこうとしたら思いっきり睨んだよなあ 」
一瞬、呆気に取られたが、すぐに私は笑い出す。
家康先輩も苦笑交じりに、顰めていた顔の表情を解いた。
睨んでましたか?と聞けば、ああ!それはもの凄い形相だったぞ!と、
身振り手振りを交えて、わざと大げさに振舞ってみせる。
そして、ひとしきり笑った後・・・。
「 ・・・は、あいつのことが好きなんだな 」
確信めいた言葉だった。質問ではなく、確認だ。
私は頷く。そこに一切の躊躇いはなかった。だから・・・。
彼は長い溜め息を吐いて、わかった、と短く答えた。
「 そろそろ出ようか。今夜、地元に帰らなければならないのでな 」
すぐに電車に乗って帰る、というわけではなく、泊まっていたご親戚に
一度挨拶を済ませてから地元に戻るという。家康先輩は別れ際に、右手を
差し出してきた。
きっとそれは、友情の証・・・という意味なのだろう。
だけど、先輩の好意を断った私に、握り返す権利があるのだろうか・・・。
なかなか握り返せずにいる私の両手を取り、彼は両手でぎゅっと強く握った。
「 ・・・先輩・・・ 」
「 携帯番号も教えてもらったしな!前回の別れは突然すぎたが、再会できた!
これで一生お別れ、ということにはならん。それとも・・・嫌か? 」
「 いえ・・・嬉しい、です。また、先輩にお逢いできたら、って思います 」
家康先輩は、今日一番の笑顔で笑うと、じゃあな!!と大きく手を振り、去っていく。
私も・・・いつもだったらこんなこと出来ないけれど、と思いながら、人混みの中に
消えていく先輩に、大きく手を振り返した。しばらく、立ち尽くしたまま
その背を追っていたけれど。私は、くるりと踵を返す。
「 ( さーて・・・帰ろう! ) 」
あと数日もすれば、3学期が始まる。元気がなければ、かすがや政宗くんが心配するもの。
美味しいもの食べて、ゆっくり休んで、元気を蓄えなきゃ!
・・・家康先輩といた頃は、こんなこと、考えたことなかったな。
今、こうして私の『 原動力 』を構成するもの・・・それは、お館様と武田道場、
佐助さん、かすが、政宗くん、小太郎さんに小十郎さん、竹中くんや毛利くんの存在。
でも、その中でも一番、強い『 光 』を放っているのは・・・。
「 ・・・幸村くん・・・? 」
道場の裏手にある下り坂の電柱の傍に、見慣れた人影があった。
隠れようか、隠れまいか・・・と迷うようにうろうろとしていたが、声をかけたことで
脅かせてしまったらしい。びくり、と震えて、恐る恐る・・・こちらを、向いた。
「 ・・・殿・・・ 」
「 ・・・どうしたの、幸村くん。こんなところで 」
「 いいいやっ、あの、そそ某は、そのッ!殿の帰りを、待ちきれなくて・・・! 」
「 待ちきれなくて・・・ここまで、飛び出してきちゃったの?? 」
「 ち、違・・・ッ!い、いや、違わない・・・いやいや、違・・・はて・・・!? 」
自分で言っててわからなくなってしまったのか、最後は素に戻った彼を見て、私は笑った。
かああ・・・と赤くなった幸村くんが、言葉に詰まったように少しの間俯いて・・・真っ直ぐに私を
見つめた。そして、おもむろに伸びた手が、私の右手を掴んで歩き出す。
いつかのように・・・手を繋いで、道場までの帰路につく。あの時のような、引っ張られるような
感じはない。むしろ、エスコートされるように、優しく握られている。
が、道場に着く、少し手前で。幸村くんは、突然足を止めて、あの・・・と呟いた。
「 ・・・こうしても、よいだろうか・・・ 」
あと少しだから・・・と、繋いでいた手を一度離して、互いの指を絡めて握る。
頭の中にはてなマークが飛び交ったが、嫌じゃなかったのでとりあえず頷いた。
「 ( ・・・・・・あ、もしかして ) 」
学校や、街中で見たカップルの姿。彼らも、こんな風に手を繋いでいなかった、っけ?
よくよく考えてみれば・・・それは、クラスメイトが言っていた『 恋人繋ぎ 』というやつ、
だったかもしれない・・・。はっと幸村くんと見上げてみれば、耳なんか以上に
首元まで赤く染まっていて、頬も、胸も・・・熱くなった。
ゆ・・・幸村くんって、私が嫌がったり驚いたりしないように、事前に確認するのが常だったのに。
と、とつ、突然、こんな大胆な行動に出られると、わたッ、私もどうしたらよいか・・・!
( ででででも・・・嬉し、過ぎるーっっ!!! )
今でも、いっぱいいっぱい、幸せなのに。
もっともっと彼のことを知りたい・・・って思っちゃうのは、幸村くんに悪い、よね・・・。
・・・それでも、いつかは彼の口から教えて欲しいと思う。
佐助さんとの出逢いや、ご実家のこと、武田道場で過ごしてきたこと、それから・・・。
「 ( 幸村くん・・・私のこと、どう、思ってる・・・? ) 」
道場の入り口までは、ほんの数メートル。
それでも、いつも以上に指の間から感じる彼の熱に、心臓が鳴り止まない。
締め付けられる胸を押さえて・・・たまらず、瞳を瞑った。