06.Nothing venture nothing win.

幸村くんからの連絡が来たのは、それから2時間経ってのことだった。



「 教室でずっと喋っておったのでござるか? 」
「 うん。かすがと市ちゃんが待っててくれてね、そのままジュース飲みながら 」
「 ・・・おなごの不思議なところだと、某はいつも思っておったのだが・・・。
  2時間も飲み物を片手に、何をそんなに話すのでござるか? 」
「 そっ、それは・・・今回の報告も、か、兼ねて、というか・・・ 」



赤くなって俯いてしまった私の様子に、あ、と声を漏らした幸村くんも気づいたようで。
繋いでいたてのひらが、少しだけぎゅっと強くなった。
海辺の帰り道を、こうして並んで歩くのは珍しいことじゃないのに、何だか・・・色々と照れくさい。 『 好き 』と言葉を伝えたまではよかったけれど、こ、これからどうしたらいいかなんて、 よくわからない。

そして・・・ひとつだけ、心配なことがある。



「 そっ、それで先程の・・・お館様と佐助のことなのだが! 」



もやもやした空気を吹き飛ばすように、威勢良く幸村くんが話しかけてきた。
・・・そう、お館様と佐助さんに報告するか、黙っておくか、なのだ。

べっ、別に高校を辞めて結婚する訳じゃないんだし!( あああ当たり前だけど!! )
幸村くんと私が『 家族 』なのはこれからも変わりない。 同じ屋根の下に住む義務として『 報告する 』となんて正直大袈裟なのかも、と思う。
かといって知らんぷりして、こそこそと隠れて逢瀬する・・・というのも 何だか違うような気がする。それに、お館様と佐助さんのことだから、知られた時に 何故隠していたのかと追求されそう。
なら、いっそ話してしまう?いや、でも・・・と悩んでしまうのだった。



「 お館様も佐助も、某や殿にとっては親同然。余計な心配をかけたくない。
  それに・・・か、隠し事というのは、某、どうも苦手でござる・・・ 」
「 うん、そうだねえ。私のバイトの時もそうだったけど、幸村くんは下手そう! 」
「 あっ、あれは・・・! 」



くすくすと思い出し笑いをする私に、彼は真っ赤になって反論してくるけれど・・・ 最後には項垂れてしまった。すっかり萎れてしまった後ろ髪を見て、つい子供にそうするように 頭を撫でてしまう。ちょっと涙目になった幸村くんが繋いだ手を引き寄せる。



「 ひゃ! 」
「 とにかく、まずは道場へ帰り・・・2人の顔色を見定めてからにするとしよう 」
「 幸村くん・・・やっぱり顔色確かめてからじゃないと怖いんだね 」
「 そ、そうではござらぬ!!この幸村、例え相手がお館様でも臆することなど・・・ 」



と、騒いでいる間に道場についてしまい、門の前で2人並んで黙って立ち尽くす。
・・・結局、答えは出ないまま。幸村くんの言う通り、本当に2人の様子を確かめてからでも 遅くないのかな( 私も幸村くんも嘘をつくの、得意じゃいないし )
ふう、と無意識に溜め息を吐いてしまったようで、隣の幸村くんが振り向く。



「 あ・・・ご、ごめ・・・ 」
「 謝るのは某の方でござる 」



夕陽に照らされた幸村くんの頬は相変わらず赤かったけれど、それは優しい笑顔だった。 その赤みが移ったかのように、ぽっと自分の頬が赤らむのが解った。



「 すまぬ、殿。不安にさせてしまったようでござるが・・・某を信じてくれるか 」



頷くと、そうか、と幸村くんは歯を見せる。
・・・不思議。解決策が出た訳でもないのに、そう言われると無条件に信じてしまう。
恋は盲目だという言葉だけは知っていたけれど、これがまさにそうなのかも ( というか、こ、告白が実って浮かれているのかなあ、私 )
まるでこれから討ち入りをするように、いざ!と掛け声と共に、幸村くんが玄関の扉を勢い良く開いた。



・・・と、









「 こぉンの、たわけものめがぁぁあああッッ!!! 」









繋いでいた手がぱっと離れて、素早く突進してきた『 何か 』に幸村くんだけが連れ去られる。 遅れて吹いた風が私の髪を撫でたが、収まると元の静寂が訪れた。
我に返るには少し時間が要った。手のひらから幸村くんの熱が消えてからしばらく、 ただ呆然と・・・目を白黒させたまま声も出せずに立ち竦んでいた。
が、はっと我に返って、その場から忽然と消えてしまった彼の影を慌てて探す。
突然襲った事態におろおろと狼狽していると、ふいに視界が翳った。



「 いやーやっぱ俺の予想通りってやつ?良かったねえ、ちゃん 」
「 ・・・さ・・・さささっ、さすっ、佐助、さんッ! 」



頭の後ろで両手を組んだ佐助さんが、にっこり微笑んで私を覗き込んだ。
相変わらずの気配の無さにも驚くんだけど・・・今回はそれだけじゃない!
よ、良かったねって何のこと!?問い正しい気持ちはあったが、それを声に出して確かめる勇気が無かった。 まっ、まさか・・・元々勘の良い人ではあるけれど・・・!!!



「 ( こ、この展開ってやっぱり・・・ッ!! ) 」



ぼちゃーん!と大きな水音が盛大に響いて、私は駆け足で裏庭に回った。
武田家と道場を結ぶ廊下に接した、庭園にある大きな池。池を囲むように並べられた 置き石に脚をかけたお館様は、腕を組んだまま池の様子を伺っている。その背中から迸る目に見えないオーラは、 武道とは縁の無い私にも感じ取ることが出来るほど、殺気立ったものだった。
鳥肌が立つ。青褪めた私の肩に手を置き、佐助さんがホラ、と指差す。
お館様も眺める池の水面に、気泡が上がった・・・と思ったら、幸村くんが垂直に飛び出てきた。 てぇいッ!と宙で一回転すると、お館様に距離を置いて着地する。全身ずぶ濡れになって、 ぜえぜえと肩で息する幸村くんの顔が強張る。お館様が、鋭い眼差しを送ったのだとわかった。



「 ・・・幸村よ、そなたは本当にと真剣に向き合う覚悟があるのか 」
「 ど、どういう意味でござりますか!? 」
「 あれは人一倍臆病で、脆い一面もある。過去に受けた傷もまだ癒えていない。
  そんなを更に傷つける奴は、このワシが許さんッ!答えよ、幸村!!
  おぬしはと心通じても、彼女をこれから先傷つけぬ覚悟はあるのかッ!! 」
「 ・・・・・・・・・ 」



私は・・・黙って、その言葉を胸に受け止める。



「 ( ほんと、お館様はずるい・・・ ) 」



まだこの道場に来て、そう月日は過ぎていないのに、今まで 私を預かってくれたどの家族よりも『 家族 』で、私を大切に思ってくださっている・・・。 その思いを誰よりも正面からぶつけてくるから、受け止める私も素直に感動してしまう。
涙を浮かべた私をそっと撫でる佐助さんの優しい手・・・あれ、や、やっぱり・・・。



「 あの、さっきから不思議だったんですけど、どうして知っているんですか? 」
「 何を?? 」
「 何、って・・・その、ゆっ、幸村くんと、付き合うことになった、って・・・ 」



や・・・っぱり口に出すと恥ずかしい・・・!!
ぽんっと蒸気が上がりそうなほど、赤くなったのが自分でもわかる。
だけど佐助さんは気にした様子もなく、ああ、と頷いた。



「 言わなかったっけ?この街で俺様の知らないことなんかないよ 」
「 お、女の子のことは、って聞きましたけど・・・ 」



ええーそうだったっけー?と彼は笑うけど・・・そ、その情報収集って一体何に使ってるの!? ( っていうか、ついさっきのことなのに!! ) あまりの恥ずかしさに、そのまま地面に伏して泣いてしまいたかったが、幸村くんの空気が震えんばかりの大声に現実に引き戻される。



「 某は、軽い気持ちで・・・殿と付き合おうとなど思ってはおりませぬッ!! 」



私はもちろん、あの佐助さんやお館様まで圧倒されそうな勢い。ビリビリと辺りの空気が震えたせいか 庭の樹から鳥が一斉に飛び立った。



「 殿を想う気持ちに、嘘偽りなど一切ございませぬッ!!それに、それに・・・。
  お館様以上に、某の方が殿を想っている自信がございするッ!! 」
「 ・・・幸村、くん・・・ 」
「 おーおー、旦那も言うようになったじゃない。一丁前にさ 」
「 真の心か、幸村よ。嘘偽りないと、師であるワシに誓えるか 」
「 無論!!これが幸村の、真の気持ちにございまするぅぅううっっ!!! 」



といって、拳にこめた『 愛 』とやらをお館様にぶつけたものだから、場が騒然となる。 が、お館様はこれを当然とばかり受け止め、自分も拳を振り上げた。幸村くんが吹っ飛ぶ。歩み寄ったお館様が 彼の崩れ落ちた先にてもう一発振るおうとしたところで、起き上がった幸村くんの拳がお館様の頬を抉った・・・。
もう何が何だかわからなくなってきて・・・だんだん、私は笑いがこみ上げてきた。
隣にいた佐助さんだって、大きな溜め息をつきながらも苦笑している。



「 あーあ、またカオスになっちゃったよ・・・結局いつもこうなんだよね。
  ちゃんへの愛を堂々と宣言したのかと思ったら。照れ隠しのつもりなのかな。
  長年一緒にいても大将と旦那の師弟愛ってイマイチ理解できないんだよな 」
「 ふふっ、でも幸村くんらしい 」
「 ・・・うん、ちゃんが良い顔してるから、俺様はそれでいいかな、なんてね 」
「 佐助さん・・・ありがとう、ございます 」



夕飯の支度でもするかな、と屋敷に戻っていく佐助さんの後を追いながら振り返る。
幸村ぁあああ!お館様ぁあああ!!と咆哮を響かせる2人だけど、どこか嬉しそうな表情をしている。 久々に見る晴れやかな表情に・・・私も、嬉しくなった。
ちゃあん、と催促するような佐助さんの呼ぶ声に答える。 玄関に置きっ放しだった鞄を拾って、台所へと向かった。

料理が並ぶのと同時に、庭で暴れて泥だらけになった身体を洗ったお館様と幸村くん、呆れた顔の佐助さんが 自分の椅子に座った。幸村くんがちらり、と私を見て、少しだけ微笑む( あ ) 私が照れたように微笑み返した瞬間、ぱんっ!と鳴ったお館様の合唱の合図に、一同の声が揃った。






「「「「 いただきます! 」」」」






数日振りの賑やかな夕食は、いつもに増して温かかった。



「 ( ・・・でも、 ) 」



でも『 いつも 』と同じのようでも、これから幸村くんと綴る日常を思えば、未来は 『 いつも 』より、少しだけ甘酸っぱい予感がする・・・。



お館様と佐助さんに呆れられちゃう、とわかっていても。

頬が緩むのはとめられないし・・・今日くらいは、緩みっぱなしでもいいかな、と思うのだった。